7月17日
今回は会話多めです。
「光様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「構わないぞ、っと、どうしたフルーレ……顔が随分と怖いが……」
政務の中の一休みの時間を取っている光に、フルーレが訪れてきた。美人なフルーレが怖い顔……フルーレからしてみれば悩んでいるが故の表情なのだが、なまじ美人ゆえに怖い様に見えてしまっているのかもしれない。
「私の顔の事は一旦おいておくといたしまして、どうしても一つ、質問させていただきたい事がございますので、失礼ですがこうして直接押しかけさせてもらいました」
「ふむ、今は休憩中だから問題はないぞ、何か肝心な事をそちらに通達し忘れたか……?」
フルーレの行動に、光も何か肝心な事を伝え忘れていたか? と記憶の日記をめくるが……思い当たるような物事が見つからない。とりあえず話を聞いてみてからだな、そう考える光。
「それではお伺いいたします。光様は恐怖と言う感情を持っていらっしゃらないのですか!?」
「──は?」
フルーレの質問は予想外であり、間抜けな声をつい上げてしまった光。そして、しばし気まずい沈黙が訪れる。
「ええとな、ちょっと待ってくれよフルーレ。 ──うむ、ええと、もう一度すまないが質問を繰り返してもらえないか?」
混乱した頭をなんとか落ち着かせて、もう一度質問を聞くことにした光。恐怖と言う感情を持っていないとはどういう事か??
「そ、そうですね、分かりにくすぎましたね……。 聞きたい事ですが、今まで光様はこの国の指導者としては逸脱した行動ばかりを取っておられます。いくら我々の保護があるとはいえ、敵の攻撃の前にその身を晒し、私達も貴方達独自の護衛もつけずに一人で敵地に乗り込んだり……さらには新しいゴーレムを用い、最前線にて自ら敵と戦うと宣言までなさっています。ここまで自らの体を敵前に晒し続けるのは恐怖以外の何者でもないはずです。にもかかわらずこうやって平然としていらっしゃるのですから、光様には恐怖心と言うものが無いのではないかと……」
恐怖を知るからこそ、対策を取れる。恐怖を知らずに戦い続けるのは無謀以外の何物でもない。だからこそフルーレは不安になったのだ……死に急いでいるようにも見える光の行動が。
「そういうことか……ああ、先に答えを言っておこうか。当然ながら私にも恐怖心はあるぞ。今だって恐ろしいと思うことは山ほどある。世界は今突然に不意打ちで攻めて来たりしないだろうか? 自分の選択は多くの人に流血を、死を強要しているのではないか? それ以外にも怖いものなんて山ほどあるぞ」
そこで一旦休んでコーヒーを飲む光。フルーレにも薦めて飲んでもらう。コーヒーを入れるのは光のもつ趣味の一つであったりする。コーヒーを飲む小休憩を挟んで、光は続きを話し始めた。
「だがな、未来を先読みに先読みを重ねて考えればありとあらゆる物が怖くなってしまうんだ。そうなってしまうと身動きが何一つ取れなくなってしまう。国の指導者がそんなことではそれこそ最悪だろう。 それに自分の行動に脅えて震え上がっている人間に自分の命を、将来を託す人間なんていない。実際自分もそんないちいち物事に脅えている司令官なんてとてもじゃないが信用できない」
貴方達だってそうだろう? と光はフルーレに問う。その場その場で最善だと思われる行動を選択し、実行することしか今を生きている人間には出来ないのだ。 愚かだの何だの後世の歴史家は言うこともあるが、その現場にいなかった人間が、必死になって最善だと思われる行動を取った当時の人を貶すことは本来は許されない。
「だから今の日本にとっての最悪を回避する為に今の自分は動いているのだよ。 恐怖心が無いわけではない。だが、胸を張れる事をやっていると自分を信じられる行動を取っているから覚悟も自然と出来るし、恐怖心に押しつぶされずに今を戦えている、それだけなのだよ、フルーレ」
コーヒーのお代わりをフルーレのカップに注ぐ光。フルーレはそれを受け取りゆっくりと飲む。はぁ、とフルーレの吐息が僅かに漏れた。
「では、光様の仰る最悪とは何を指すのでしょうか」
フルーレのこの質問に光は即答した。
「日本の敗北。二度と立て直せない程の日本人を支えてきた物事の全ての崩壊。今回の戦いに負けてしまえば、それらは間違いなく現実になってしまう。そうなれば日本人の命は世界に徐々に食われてゆき……いつしか完全に消え去るだろう」
その日本消滅に繋がる未来を拒絶する。その未来を回避するためなら自分とて駒の一つに過ぎない……だからこそ、自分が率先して前に出る。明日を見せる。絶望を吹き飛ばす。戦いに負けるのは物資がなくなるか、心が折れるかだ。 幸い物資はフルーレ達の好意もあり、異世界産の金属関連を此方の世界に持ち込めており、そのおかげで神威の配備数を増やすことが出来ている。その対価として此方の料理のレトルトなどを向こうに送る事を許可しているのだが。物資があるのなら、心を世界の脅しで折られるような事があってはいけない。むしろ士気を高め、未来を見せ、世界の脅しを国民の活力で食いちぎる。心身が満ち足りていれば負けはまず無い。
「世界に食われる……ですか」
「そうだ。国の否定に始まり、ありとあらゆる事を歪めて批判し、最終的に人格を否定する。批判された日本人達は一人、また一人と疲れ果ててボロボロになって行き……心身が力尽きた所を世界が捕まえて都合のいい奴隷にする。世界は常に冷酷だ。その上歴史を経れば経るほど残虐にもなってゆく。それらが合わさった結果、いつしか日本人はこの地球から居場所を失うだろう」
後は奴隷として死ぬまでこき使うだけだろう。そして使い古されて日本人と言う人種は消える。遺伝子的には血が残っていたとしても、日本人と言う考えは消えてしまえばそれはもう日本人ではない……そんな未来はくそっくらえだ。 だが、あのままではそんな未来を迎える結末はそう遠いことではなかったのだが、フルーレがあの日自分の元を訪れてくれたおかげで……そんな悲惨な未来を叩き潰す千載一遇の機会が巡ってきたのだ。
「そんな未来を否定できるのなら、何でもやるさ。そんな未来を否定できるのならば、戦場の最前線に立って戦う事は恐怖に陥るどころか、光栄ですらある。その日本滅亡の未来を迎えてしまう恐怖に比べれば、他の恐怖なんて今の自分にとっては塵芥に過ぎない」
だから自分はこうして動けるのだよと話を締めくくり、つい話に熱が入ってしまい、やや冷めた自分の分として用意していたコーヒーを飲む光。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
ゆっくりと席を立つフルーレ。
「魔法部隊の皆様にもかなりの仕事をやらせてしまっている事は真に申し訳ない」
部屋を出て行こうとするフルーレにそう光は言うが……。
「お気になさらず。 誇り高き人々と共に戦えるのは私達にとっても光栄なことですから」
そういい残してフルーレは部屋を退出し、光は政務に戻る。フルーレは官邸をでた後、各魔法部隊に指令を送る。
「光様への護衛を、それからこの世界での情勢を探る者を両方更に増やしなさい。本国に掛け合って、護衛特化と諜報特化の人員を更にこちらの世界に送って貰ってください。この国の人々が居れば、我々が数百年苦しめられてきたあれにも対抗できるかもしれません。そのためにも、光様を始めとした要の人物が死ぬことの無いように影から護衛しなさい」
筆が進まない。うーぬー。




