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~10月21日

 その後、色々回っては見たが一番面白かったのがアミューズエリアだった事もあり、残りの日全部をここにあるローグゲーを遊ぶことに決めた光。そしてその翌日、つまりカジノイベントが始まって9日目、それは起きた。


 突如大勢が遊んでいるこのエリアで「ギュアー!!!!!」という悲鳴? 絶叫? とにかくそんな感じの叫び声が聞こえてきた。そんな絶叫が聞こえれば当然周囲にいる誰もが一体何事だ!? と振り向く。イベントのスタッフもすぐさま数人ほど駆けつけてきていた。


「お客様、お客様! 一体いかがなさいましたか!?」


 しかし、声を出したと思われる男性は天を仰いだままピクリとも動かない。もしかして、何らかの発作でも起きたのか? 例えば心臓とか。そんな声が飛び交い始め、医者までやってきた。医者が動かない男性の脈を取り、呼吸を確認し、魔法を併用した簡易メディカルチェックも行った結果、取り合えず問題は無しという結論が出たが。


「病気じゃないなら一安心だが……じゃあ、なんでこいつはあんな奇声を突然上げたんだ?」


 この場にいた一人の男性の言葉に、誰もの視線が、彼が恐らく奇声を上げる直前までプレイしていたと思われる筐体に目を移した。遊んでいたのは、光も遊んでいるローグライクのゲーム。そこに理由があると判断され、スタッフと共に大勢の人がそこに映し出されている内容を確認すると──


『貴方は、地下99階にてアルティメットゴーレムからの強力な一撃で力尽きた』


 と出ていた。更に、賭けられていたメダルの額は……リミットの1万枚。そう、ここをクリアできれば1億を獲得できたのである。だが、そのチャレンジは失敗に終わった。さらに、道具を使いまくったことがログで確認できていた。ここさえ超えればいいのだからその判断は間違ってはいないが……


「うわぁ、薬草を使うだけで4000枚もメダルを要求されんのこれ」「全快ポーションは10万枚も入れないとダメなの!?」「ああ、こりゃ絶叫するわ。これだけメダルを突っ込んで、あと一歩で大勝利から無一文にまで叩き落されたんだからな……」「今日は9日目だし、もう一回挑戦は無理よね」


 と周囲からの声が。事実、彼はこの階を越えれば勝ちなので、手持ちのアイテムをフル回転し、残りのメダルがどれだけ失われようとかまわない覚悟で行動していた。しかし、最後の最後で判断を誤った。残りの手持ちのメダルが全快ポーション一回分まで追い詰められた状態で、残り二体の敵を相手取る事になった。


 ある程度のダメージを受けながらも通路で一匹ずつ戦える状況にして、まずはアルティメットゴーレムを先に相手取る事になった。次に戦う相手がダンジョン最強のモンスターであるヴァーミリオンドラゴンだったので回復アイテムはそこまで温存しよう。そう彼は考えてしまったのである。


 そんな考えをあざ笑うかのように、アルティメットゴーレムは確率25%で出すヘビースマッシュを彼のキャラに対して繰り出していたのである。通常のダメージなら、余裕をもって耐えられたはずのHPはその一撃によって全部なくなったのだ。先に全快ポーションを飲んでおけば、確実に耐えられた一撃であった……


 自らの判断ミスによって、一億の勝ちが一瞬で消えたのだ。彼が絶叫して正気を失っても仕方がない事であろう……


(勝負の世界は厳しいとは言え、あんまりにもあんまりだろう……彼はここまで計算して必死に積み重ねてきたんだろうが、最後の最後で全てが吹っ飛んでしまうとは……)


 光は内心でそう考えながら、彼に対して同情した。動かない彼はそのまま担架に乗せられ、退場していった。もはや今回のイベントにおいて、彼は再起不能である。まあ、残り2日にもなればあちこちで一発逆転を狙って今まで貯めたメダルを使った一大勝負を仕掛け、派手に爆発して散るという姿があちこちで見られるようになっていた。


 トップテンもかなり激しく入れ替わる。ここで名前が突然消えると言う事は、それすなわち一発に賭けて派手に散ったと言う事を意味する。一方でトップは揺らがず、確実に勝利を積み重ねている事もまた分かっている。だから、そんなトップを越えるためには一発に賭けるしかないというのも、状況を加速させる原因になっていた。


 一方でトップなんかに興味が無い、純粋に楽しめればそれでいいという人達にとってはこの日も大して変わらない一日であった。周囲から時々絶叫が聞こえてくる事に目を……いや耳を閉ざせば。であるが。それぐらい周囲から絶叫が聞こえてくると言う事でもある。


 普段なら鈍らない判断力、引くべき時に引く冷静さ、そういった者が多くのメダルがかかると一気に鈍る。そこで鈍らない者が上に行けるわけなのだが、賭け事である以上まぐれ当たりもまた存在する。故に、今日は上位10名の入れ替わりが非常に激しい。変わらないのはトップと、沙耶ぐらいなものである。


 トップは今までの経験で、沙耶は国の象徴としての重圧に耐えてきた心の強さで多額の勝負になっても揺らがない。引くべき時に引き、勝負に出るところは出る。それを徹底して崩さない。故に落ちず、確実に上がり続ける。沙耶はすでに上位で5番目に上がっている。周囲が勝手に落ちたとも言えるが……


 翌日の最終日はより二人の冷静さと周囲の熱狂がより鮮明となった。確実に前に進むトップと沙耶と比べ、最後の勝負に出る多数の人々。大半が再起不能になり、ごく一部が勝利してトップ10に入る。トップテンの名前を出している掲示板は休む暇もなく動き続けている事からも、激しい勝負があちこちで繰り広げられている事を証明する。


 そのころ光は……最後の勝負として、地下100階を目指すために旅立っていた。賭けたメダルは最低の20枚。大きく勝つ事ではなくダンジョン踏破が目的なのでこれでいい。地下50階までは今まで何度か到達しているのでモンスターの内容も分かっている。ただし、そこから先は闇だ。それでも、もう時間が無い。


(あと4時間で全てのゲームが止められるからな……これが最後だろう)


 今日で閉会式と、上位入賞者の表彰が行われる。そのため夜まで勝負を続ける事は出来ない。時間を再確認し、光はダンジョンに入っていく──そして結果は、地下86階にいるフェアリードラゴン+5にやられた。フェアリーと付くのでドラゴンとしては小さいし能力も低い。しかし+5という補正値がそれを補っていたのだ。


 逃げに徹したのだが、罠を踏む事で混乱しまともに歩けなくなる。アイテムで対処したがさらに詰められる。更に罠を踏んで強制的に眠らされるという、この手のゲームを遊んだ人ならば、一度は体験したやられ方で、最後の冒険は幕を閉じた。最後に光のカードに残ったメダルは451枚。このゲームにはまった結果、確実にメダルを減らされてしまったのである。


(終わったかー……だが、楽しませてもらった。では、閉会式の会場に向かっておこうか。もう一回挑戦するだけの時間はないしな)


 悔しいのは事実だが、スパッと諦めて席を立つ。周囲はまだ粘る人たちが大勢いたが、光はそういう人達の熱気に充てられることなく場を後にした。やがて夜のとばりが下りてくる頃に終了のアナウンスが入った。これで、今回のカジノイベントは終了となった。


 結局優勝は一回も揺らぐことなく守り切った男性が取る事となった。沙耶は3位に入っている。ちなみに2位は滑り込みで大穴をあてた女性が取った。彼女が取らなければ沙耶は2位だったのだが……これもまた、カジノならでは、である。


『今回も大勢の方々に参加いただき、開催者としても喜びでいっぱいでございます。来年もまた、同じように開催できることを祈りつつ、閉幕と致します。皆様ありがとうございました』


 と、主催者から簡単な挨拶で閉会式は絞められた。なお、宿泊施設は今夜まで使えるので今日泊まる場所を見つけなければ、という騒ぎにはならない。部屋に戻り、冷たい水をあおった光は夜の空を見上げる。


(明日から11月の中盤辺りまで、最後の訓練が始まる訳か……気分転換もできたし、明日からは国を守る戦士として、そして日本皇国のかじ取りを預かる総理としての顔に戻らねばな)


 10日も十分に遊ばせてもらったのだ。ここから12月24日の決戦を勝利で終えるまでは、緩んだ顔をするわけにはいかない。そう心身を引き締めていた所に、沙耶からの通信が入った。


『光殿、楽しんでいただけたかのう?』「ええ、いい息抜きになりましたよ。ありがとうございます」


 沙耶の問いかけに、光は戸惑うことなく本音で応えた。十分に遊べたので、ここからは仕事をやるぞ! と気合が良い感じに入っているのだ。


『それならば呼んだ甲斐があったという物じゃの。明日からは再び星々の世界に上がるのじゃろ? わらわはここで上手く行くことを祈りながら、国民がこの先不安にならぬ様にふるまう事しかできぬ。共に戦えぬことが、こうも口惜しいとはのう……』


 沙耶も、遥か遠くを見るような雰囲気を漂わせた。だが、国の象徴である彼女はそれこそが仕事である。代わりがいないのもまた事実である。だから光はこう言うのだ。


「お互いの力を最大限に振るうべき場所がある、その違いですよ。いつどこで、どんな形であっても、前に進むために行動することはすべて戦いです。血を流すだけが、言葉をぶつけ合うだけが戦いではない。人を導き、混乱に陥らないようにする為に走り回るのもまた戦いです。明確な敵がいない戦い、それはとても難しい事を、私もよく知っておりますので」


 大勢の人々が不安からパニックになる事はよくある事である。そうならないように言葉と行動で不安を和らげる、これはとてつもなく難しい。ましてや今回は、この世界でまだ一回も明確な勝利が無い戦いを迎える訳で……当然不安はどんなに頑張っても拭い去れるものではない。


 そんな人々を国の象徴として落ち着かせる、その戦いを無事に終わらせる為にどれほどの苦労をしなければならないか。その重みを理解できる光は、背筋に冷たいものを感じる。


『その戦いは、任せておくがよい。星々の世界で戦う者達の妨げになるような事案は決して起こさせぬよ。じゃから、再来月の25日に無事話が出来るような結末を、呼び込んでおくれ。わらわの願いは、それだけじゃ。では、あまり長話もいかんからの。これで失礼するぞ』


 沙耶からの通信が終わり、光は寝床に入る。明日からは仕上げとなる厳しい訓練が宇宙で待っている。

地下90階に入ってから涙をのんだ経験は数知れず。


おのれ、睡眠と地雷!

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