7月11日~18日
花火となれば、出店も出るのがお約束と言う事で、できる限り過去の出店を再現させたお店が花火会場に立ち並んだ。イカ焼きたこ焼き、かき氷に綿あめにちょっとした記念品が景品として並ぶ射的等々──花火が始まる直前まで、かなりの盛況っぷりを見せた。そして花火が打ち上げられている時は流石に客足が減ったが、花火が終わった後にまた盛況になってしまい、店をなかなか畳めなかった……事は蛇足ながら記録させてもらおう。
さて、そんな出店の事はいったん横に置いておき──いよいよ花火が打ち上げられ始め、観客たちからは歓声が上がり始めた。最初は穏やかに、中盤からは様々な仕掛けが発動して特殊な花火も多数展開され、後半はスターマインが夜空を様々な輝きを見せる花火が夜空を彩った。一瞬だけ輝いて消えていくこの芸術に、日本人だけではなく各国から招待された者達もみな次々と魅了された。
花火職人達も、短い準備時間を考えれば十二分すぎる物を見せることが出来たと胸を張って言える内容に満足していた。花火大会は成功に終わり、それぞれの宿泊施設に引き上げてからも花火の話で盛り上がったところは多かった。当然、一緒に引き上げた3人の女性たちも同じである……
「実に美しい物を見せてもらった。一瞬だけ輝いて消える美、その儚さと一瞬の派手さという矛盾した物の組み合わせがこうも素晴らしいとはな」
沙耶が興奮冷めやらぬ表情を浮かべながら、花火をそう評価した。
「そうですね、様々な色を組み合わせて夜空にあれだけの芸術を描き出すその技術、そして何よりその芸術性の高さ。私も初めて見ましたが、こうも心奪われる物であったとは、最初は予想することが出来ませんでした」
こちらはフェルミア。普段落ち着いた雰囲気を常に漂わせる彼女にしては珍しく、今は興奮した雰囲気を隠すことが出来ていなかった。
「長年の研究なのでしょうね。私達の芸術とは方向性が全く異なります……世界が落ち着いたら、是非我が国にもこのような芸術を伝えていただきたいものです。そうすれば、また新しい芸術が花開くきっかけになるでしょう」
最後にフルーレ。彼女もまた、花火によって心を強く掴まれた。あのような芸術は、ぜひ自国にも取り入れたいと考えている。マルファーレンスに欠けている優雅さという物を彼女は感じ取ったからこそ、取り入れれば無骨ながらもどこか美しいという新しい方向性を打ち出せると感じ取ったのだ。
「多くの兵も、この花火の美しさを見てまた見るために再開される訓練をより真剣に取り組んで生き延びたいと考える者が大勢出ておる様じゃな。うむ、その気持ちはわかる。来年も再来年も、わらわは皆と花火を共に見たい」
沙耶の持つ端末に、情報が入ってきた。それが先ほど沙耶の口にした内容である。
「そうですね、夏にこうして集まり共に花火を見るというのは良いことかもしれません。堅苦しい空気はないですし、美しい物を苦楽を共にした人たちと共に見るというのは、戦いに身を置く者達にとって平和を感じることが出来るいい機会になるやもしれませんから」
沙耶の言葉に、フェルミアも同意した。大勢の仲間と共に花火を見て、共にあることを喜ぶのは良い事だと彼女は考えたようだ。
「私も同意いたします。戦士達にとっても安らげるときは必要です。それに共に花火を眺めていられるというのは、自分達がその状況を守ることが出来たという自信をつけさせることにもなるでしょう。ヒカル様に掛け合って、毎年この時期に花火を4国の皆で見るという事を一つのイベントとして成立させるのも良いかもしれませんね」
フルーレのこの意見に、沙耶とフェルミアは頷いた。そして、ここでちょっと話を休んで帰り際に出店で買ったたこ焼きやかき氷などを口にする3人。打ち上げ前には買いそびれたので、帰る時には買って行こうと話をしていたのである。
「ふむ、出店と言ったか。一つ一つは小さいゆえにあまり期待していなかったのじゃが、なかなかイケるではないか」「たこ焼きなるもののソースがまたいい感じですね。こういう物を食べるのもまた、楽しみの一つと言う事ですか」「かき氷は急いで食べないでゆっくり食べてくださいと言われていましたね。氷をこのようにして食べるのは初めてですが……面白い食感です」
沙耶とフェルミアはタコ焼きに、フルーレはかき氷を手に取って口にする。一応言っておくと、再現したとはいえ物の品質自体が西暦2000年代よりはるかに良いので、当時の物と比べても美味しいものになっている事だけは断っておく。かき氷一つとっても、美味しい氷の作り方の研究が2000年分続いた結果がここに存在するわけで、まずいはずがないのだ。
「ふーむ、花火を見ながら食すれば、また違った感じがしたのかもしれんのう。次があれば、ぜひ花火を見ながら食したいものだ」
たこ焼きを食べながら、沙耶はそうつぶやいた。
「確かに、これは室内でこう落ち着いて食べるよりもあの現場の熱気に当てられながら食べる方がよりおいしく食べられるのかもしれませんね。是非、次の機会があって欲しいものです」
沙耶の意見に、フェルミアも乗ってきた。そして、フルーレも同意した。
「たこ焼きもかき氷も、それを見越した食べ物のような気がいたします。やはり、私達で掛け合って来年も再来年も花火をやる事をヒカル様に持ちかける価値はあると見ます。如何でしょうか?」
フルーレの言葉に、沙耶もフェルミアも反対意見など出そうはずもなかった。
その一方で、主催となった光は各方面からの情報を集めていた。内容は当然、花火大会の反応である。集まってくる情報は──光にとって、喜ばしい物ばかりであった。
(そうか、どこの国の人達からも一定以上の評価を貰えているか。花火職人に無理を言った甲斐があったという物だ。花火職人たちには、報酬をさらに上乗せしておかなければなるまい。彼等は本当にいい仕事をしてくれた)
何より、花火職人たちの奮闘あってこその結果である。ならば相応に報いるのは当然の事。光は端末に、花火職人へ支払う金額を倍増すると入力しておいた。必要ない所に金を出さないのは節約家であるが、必要な所で金を惜しむのはただのケチであり愚か者である。
(しかし、予想以上の手ごたえだな……あちこちで、来年もまたやってくれないだろうか? という声が多数上がっているか……)
今日の花火大会を見て、もういいという意見は無かったと報告にはある。来年もまた見たいがどうなのだろうか? という意見と、来年もやって欲しいと嘆願するという意見が入り混じっている状態らしい。そこに、フルーレ、フェルミア、沙耶からの通信が入ってきた。
『ヒカル様、夜遅くに失礼いたします。少しだけ時間を頂きたいのですが宜しいでしょうか?』「かまいませんよ、どうしました?」
フルーレの挨拶から始まった通信だが、一言で纏めれば来年以降も毎年行われる定期的なイベントとして花火大会を調整して欲しいというお願いであった。資金の支援も行うし、そのほかの面倒事があればこちらも支援する。だから来年以降もぜひ開催して欲しい──それが通信の内容である。
「なるほど、お話は分かりました。こちらとしても、そこまで花火を気にいって頂けたのは嬉しい話ですね。確約は出来ませんが……そうですね、形式上でいいので何らかの要望として形に残る物……書類などを出してもらえないでしょうか? そうすれば、大臣達も説得しやすいですし、より確実になるかと」
口約束より、はっきりと残る物があった方が信頼性は高まる。ちゃんとこういった要望がありましたよー、という事実を確認するためにも、やはり物は大事である。
『そうじゃな、国から国の要望になる事は間違いないしのう。先に上層部にも確認と取ったのじゃがの、向こう側も反対意見無しの全会一致で要望書を作る事に同意しておる。数日後にはそちらに届く故、よろしく頼みたいのじゃ』
沙耶の言葉に、光もそう言う動きがあるならばあとは物が届いた後に適切な処理をすれば問題は無いだろうと計算を済ませる。
「そうなりますと、要請書を貰った後にこちらで話し合いを行い、遅くとも8月の終わりごろには来年以降も花火大会は行われます、さらに来年以降はより多くのお客様を受け入れるようにしますと発表すれば良い感じでしょうか」
光の言葉に通信越しでフルーレ、フェルミア、沙耶の3人は頷いた。彼女達は来年もやってくれるのであれば文句はないのだ。なので多少発表が遅れたとしても何の不満もなかった。
『是非、そうなるようにお願いいたします。あのような芸術を一回だけしか見られないなど、あまりにも辛いものがありますので』
フェルミアの懇願と表現すべき声に、光は頷いて努力する旨を伝えた。その後多少話をしてから通信は終わり、光も風呂を済ませた後に寝床に入った。
そして後日。3国から同時に花火に関する要望書が正式に届いた、だけでは済まなかった。来年も見たい、いや今年中にもう一回という各国国民からの要望書が殺到したのである。この想定外の反響に、のんびりなどしていられるはずもなく。8月後半どころか1週間後には来年もやりますと宣言を日本皇国は出す羽目になった。
来年も絶対にやると日本皇国が保証したことで、各国の兵士達のやる気はますます上昇。来年も生きて夜空に輝く花火を見るんだ! を合言葉に、猛特訓をすることにつながったのである……何が切っ掛けで士気が上がるか、分からない物である。
何とか、今週も形になった……
今日はラーメンでも食べに行こうか。




