6月14日
訓練は、その後も問題なく進行していった。途中で痛ましい事故などが発生したこともない──起きそうになったことは何度かあるが、その都度なぜそうなったのかを使っている戦士達と技術者が綿密に話し合い、問題点を潰すアップデートを繰り返した事が功を奏している。
また、訓練の中には高速移動しながらターゲットを斬る、射撃すると言った訓練も加わり始めた。隕石がどのような反応を見せるかが分からないから、というのが始まった理由である。今まではあくまで降ってきた隕石に対して逃げるか防御を固めて耐えるというのがこの世界の考えだった。
しかし、今回は迎撃するという攻めの要素を持った防衛となる。その時、隕石が一直線に向かってくるだけなら軌道を読んで攻撃すれば良いだけだ。しかし、もし隕石がこちらの防衛を縫うように動きだしたらどうなる? という話が持ち上がったのだ。魔法という物が存在するこの世界で、隕石などが地球と同じように動くと考えるのは早計ではないかと。
事実、一昨年の末に地球を襲った隕石は、何度も方向を修正をしながらやってきていた。なら、もっと小さい隕石ならばもっと機敏に動いてこちらの防衛を抜こうとするのではないだろうか? その可能性の話が幾人もの技術者の間から出された。そして、それを否定できる人物は、各国の上層部を含めて誰もいなかった。
それが、高速戦闘を行う訓練が追加された理由となる。もし隕石がそのような動きをしなかったとしても、交流戦として各国の機体同士で模擬戦を行うときにより観客を楽しませることが出来るために反対意見は特に出ず、採用された。幸いペイント弾やペイントコーティングされた訓練用武装は潤沢にあるので、消費が激しくなっても問題はない。
そう言ったバックアップに応えるべく、各機体のパイロットである戦士達は毎日修練で汗を流し、訓練後はお互いの良かった点と悪かった点を話し合い、同じ釜の飯を食って連帯感を高めていく。神々の試練に勝利するという目標を達成するために。
そうして各戦士達が宇宙空間でそれぞれの訓練に励む中、光はいったん地上に戻ってきていた。天皇陛下と謁見するためである。より正確に言えば、陛下より召還されたと言う事になるのだが。そして今光は宮中にて、天皇陛下と対面していた。
「話や報告はもちろん聞いている。しかし、やはり本人から聞きたい事もあってな。それに、こうして顔を突き合わせなければ分からない事もある──体は健康そうだな。それが分かっただけでも来てもらった甲斐があった」
天皇陛下の言葉に、光は頭を深く下げる。
「ありがたきお言葉、感謝いたします。確かに以前私は体を壊していますから、そのような心配を陛下にさせてしまう事に申し訳なさを感じてしまいます」
光の言葉に、陛下は少々困った表情を浮かべた。責めるつもりはなかったからだ。むしろ、歴代の総理大臣の中でもかなり過酷な時代に立ち向かっている光を労いたかったのだ。上手く行かぬものだな、と陛下は内心でひとり呟いた。
「いや、貴殿はこの困難があまりにも多く立ち並ぶ混沌の時代の中で必死に道を切り開くべく働いてくれている。先の未来が開けたことで多くの民の目に光が戻り、日々の仕事にやりがいを感じ、そして正当な対価を手に入れて充実している国にして見せた。そして今、率先して神々の試練に立ち向かおうと最前線で戦い続けるその姿には感謝しかない。これは、余だけの心情ではないぞ?」
既に陛下は、各国の象徴である3人との顔合わせ、それから派生する外交の仕事を始められている。国会議員や総理大臣にはできない独特の外交によって、より国家間のパイプを太くする。西暦2000年代に陛下を始めとした皇室の皆様方が行っていた国家間交流が、ここに復活したのである。
「ガリウス殿も、フェルミア殿も、沙耶殿も同じ意見であった。貴殿が常に最前線に立ち、人を引っ張っていくからこそ『ヒューマン・トーカー』作戦が成功する可能性が高いと考えることが出来るのだと。特にガリウス殿は私と同じでな、戦列に加わって戦えないことがこうも歯痒いものだとはとこぼしていたぞ」
以前質問されて、流石にそれは出来ないとNOを突き付けるしかなかったガリウスの参戦だが、いまだに本人にとっては納得がいっていない。その分、自分の跡を継ぐ子供への教育にその熱意が向かって行ってしまい、煙たがられている。光は知らない事だが、更に困ったことにそのガリウスの子供である跡継ぎまでもが、ブレイヴァーに乗って戦いたいと言い出している。
当然それに待ったをかけるのはガリウスだ。跡継ぎには死んでもらっては困る、自分は決戦の日にマルファーレンス首都に残る予定であるが、後継ぎには日本に避難してもらう予定となっている。それなのに、戦いに出向きたいと言い出したことでその予定が怪しくなり始めた。
跡継ぎはマルファーレンスに残されている数機のブレイヴァーに乗り込むべく脱走を何度も行っており、周囲がそれを阻止するという鬼ごっこが頻発している状態だ。
「お前を乗せる訳にはいかん、そう何度も言っているだろうが!」「私が倒れても、父上にはまだまだ子供がいるでしょう! 勉強もさせている事も確認しています、だから私がいなくなっても国は揺らぎませんよ!」「そう言う問題ではない! むしろ戦いに出向きたいのは俺の方だ!」
こんな口喧嘩はすでに日常茶飯事となっており、周囲はまた始まったか……と既に気にすらしていない。もっとも、周囲の人たちも自分だって乗り込んで戦いたかったという感情を大なり小なり持ち合わせており、二人が言い争う心情は理解できるという考えももっている。なので、二人の言いたい事とやりたい事は同じ戦士として痛いほどわかる。
だからどれだけ大声で怒鳴り合う二人を見ても顔をしかめる事だけはない。むしろ、分かる、分かるよと同意する。なので、無理に止めようとはしなかった。流石に食事の時間だとか仕事の時間になった場合は止めに入るが。
「──ガリウス殿の言いたい事も分かるのです。気持ちも理解しています。しかし、やはりガリウス殿は我々の言う所である天皇陛下と同じ立ち位置です。彼を万が一でも失えば、その後の国家間の付き合いに問題が生まれる可能性は高い事を否定できません。せめてガリウス殿が後継ぎに椅子を譲った後であるならば、参戦して頂いてもよかったのですが」
そう告げて、光は天皇陛下を見た。陛下、気持ちは分かりますが参戦を認めるわけにはまいりませんというアピールだ。陛下に召喚された理由の一つが、たぶんそこにあるからだと光は最初から予想を立てていた。
まだ地球にいた時、陛下には確かに専用機体に乗って出陣していただいた。しかし、今回は流石にまずい。陛下の参戦を認めれば、当然ガリウスも俺も出せと言ってくる。そして断る理由が全て論破されてしまう。
なので、この両者に出撃許可を出す訳にはいかない。国に被害が出ても、国の象徴が存在して国を護る為に動くのであれば必ずその国は立ち直れる。それを光は歴史で知っている。だからこそ、十分命を失う可能性がある場所に二人を出す訳にはいかない。
光自体は、初回の『ヒューマン・トーカー作戦』さえ完遂できれば、後続に道を示せる。だからもし命を失っても、日本皇国の未来は護られると計算している。
「その様な目で見るな。分かっている、余が出陣など出来ぬのはな。地球にいた時はあまりにも特殊であったが故に出ることが出来ただけであったことも分かっている。余には余でしかできぬ仕事があって戦場があり、貴殿もそれは同じことだ。頭では分かっているのだ、頭ではな」
光にそう話した陛下は一度大きく息を吐き出し、窓の外を眺めた。この日は青空が広がり、その青空を眺めながら陛下は言葉を続けた。
「しかし、寝るたびに夢の中で思い出すのだよ。あの地球で行った世界との最後の戦争の光景をな。しかし、その光景は途中から必ず宇宙の光景へと変わる。そして私は操縦桿を握り、やってくる無数の隕石と戦うのだ。そう、心は戦いたいと叫んで止まぬのだ。子供みたいであろう? 笑ってくれてもよい。しかし、こればかりはどうしようもなさそうなのだ」
そんな陛下を、笑えるはずがない。日本人が奴隷となっていた中、陛下がどれだけ気をもみ、そしてどうにかできないかと手を尽くしていた事を光は知っていた。ただ、口にする事だけはしなかった。『忍』のメンバーに、陛下を暗殺されないように守って欲しいと頼んだだけで。そんな生き地獄から、上も下もない日本人が協力して戦い、ついには解放された。その時の陛下の喜びはいかほどか。
今、また危機が迫っている。だからこそまた轡を並べて共に戦いたいと陛下の心は叫んでおられるのだろう。しかし、光はそんな陛下の心を止めなければならない。今は、まだ。
「陛下もガリウス殿と同じで、跡継ぎに立場をお譲りになられた後であるならば──まだ考えられたのですが。しかし、それは今は不可能でございます。ゆえに、今回ばかりはどうかご自重のほどをお願い申し上げます」
上皇陛下になられれば、ガリウスに出した条件と同じになる。無論死なせたくはないし、戦場に向かわせたくなどない。しかし、ガリウスには後継者に椅子を譲れば参戦してもいいと言ってしまっているし、当然それを知らない陛下ではないだろう。
だから今回を乗り切った後、次回までに機体性能を上げて少しでも死亡する確率を下げるしかないと光は腹の中で考えた。
「うむ、分かっている。流石にまだ後を任せるには若すぎるからな……ままならぬ物よ、聞き分けのない子供のような心に戻る日が来るとは思っていなかったぞ……」
目を閉じながら、最後の方は絞り出すような声で陛下が口にした言葉に対して、光は何と返せばいいのかが思いつかなかった。陛下の心情も痛いほどに理解できる、しかし自分はそれを止めねばならない立場……何を言っても、意味がないような気がしてならなかったからだ。しばしの静寂が場を支配し、口を開いたのは陛下であった。
「済まぬな、忙しい中呼び出した上にこのような愚痴を聞かせてしまった。しかし、このような話が出来るのは、貴殿ぐらいしかいないのだ……立場という物は厄介なものだな。ああ、本当に厄介なものだ──」
光は、無言で陛下の言葉を聞く事しかできなかった。陛下が一筋の涙を流しても見ないふりをする事しかできなかった。陛下による召還は、こうして終わった。
新刊作業が、どうやら年末に入りそうです。
今年の正月は無しか……




