6月1日
6月に入った。5月の期間中毎日基礎訓練を受けたパイロット達であったが、その疲れも何のそのとばかりにこの日を迎えていた。そう、今日からは実際の武器を持った状態での訓練が開始される。と言っても、銃の中に入っている物は魔法ペイント弾だし、剣などの近接武器もペイントコーティングされた模造刀であるが。
ただし、重量や攻撃した時の感覚は一緒なので実弾を用いた訓練と大差はない。用いられる理由はただ一つ、大量に量産がしやすくコストが非常に軽いという点である。まだまだ実際に使う銃弾は生産が追いついておらず、現時点では訓練には使えない。その代替品として用いられたのがこのペイント弾&ペイントコーティングの剣である。
剣だけは実物を使ったっていいじゃないかと思うかもしれないが、何かを切れば当然傷む。痛めば修理が必要となる。修理するのは? 当然整備班である。整備班にこれ以上の仕事を割り振りたくない為、今は実際の剣を使うことが出来ない。
『さて、5月にみっちりと行ってきた訓練で、皆が基礎的な動きが出来るようになったのは確認できた。皆が真剣に事に当たっている事は、こちらとしてもよく分かった。よって、これからは実際の戦いで使う武器を用いた訓練を行う。ただし、今はまだ銃弾や刀身などは安価な物を用いている事だけは理解して欲しい。今は各武器の生産が追い付いていないためだ』
フレグの言葉を、この場にいる誰もが無駄口をたたく事なく聞いている。
『実際の弾や刀身の配備は9月ごろになるそうだ。そのころになれば訓練で山ほど使っても問題ない状態にできるという報告を受けている。それまでは、仮の銃弾と刀身で訓練を行う。だが、仮の銃弾や刀身と言えども、実物と扱う感覚は同じに調整されている。よってこれらの器具で訓練をした経験はそのまま生かせる。それを忘れるな』
フレグの言葉に、兵士全員が敬礼を取ってその言葉に応える。
『それでは、これより訓練に入る。まずは周囲に浮いている隕石を相手に射撃、並びに近接攻撃を試せ。的はいくらでもある、存分にやれ。そしてお前達には細かい指導はすでに必要あるまい。各自己が最大限の力を生かし、仲間を助け、護るべき者を護れる為にすべき行動を取るがいい!』
既にほとんどの兵士達は己を生かし、周囲を生かすにはどうすればいいかと言う事に対しての答えを見つけていた。後はそれをより磨き上げた上で、上からの指示がいつあっても応えられるようにする。訓練をする理由はまさにそれに絞られている。故に、フレグのこの指示で兵士達は皆、己がやるべきことを実行に移した。
ほとんど、と書いた理由はもちろん理由がある。複数の適性を持つ兵士達は専用の訓練を行うため、別行動となっている。
例えば射撃が得意でありながら一定レベル以上の治癒魔法が使える兵士。例えば、格闘が得意でありながら精密射撃をこなせる兵士。いわばユーティリティプレイヤーとでも言うべき兵士達には指導を交えながらの訓練となる。使える能力が多いなら、よりそれを生かせるようにする為である。
一方で光も、神威参特式にて訓練を行っていた。周囲に合わせて神威参特式の武装もペイント弾やペイントコーティングされた模造刀でだ。流石に自立兵器の八咫鏡と八尺瓊勾玉には対応させられないので今回はそれらを用いた攻撃や防御は行わない。
臨時で胸部前方に追加されたガトリングガンの使い勝手と剣を振るった時の感覚を確認すべく、隕石に向かって直進。双方を試す。
(ふむ、ガトリングガンの具合は良好と言っていいだろう。こちらのイメージとずれもなし。命中率もいい感じだ。剣の方は……よし、こちらもVRで散々振ってきた感覚とずれはない。VRの時と同じ感覚で扱えるな)
ペイント弾と模造刀とは思えない手ごたえを感じ取った光は、一人コックピット内で頷いていた。今回は長門と大和の分霊は中にいない。彼女達分霊も実は見える人たちにとってはマスコット兼神様扱いを受け始めており、忙しい日々を送っていたりする。なお、見えない人向けの見えるようにするヘルメットが開発中だったりもする。
(まだまだ時間はある。もっと訓練に勤しもうか)
武器の使い心地を念入りに確認した後に時計を見た光であったが、まだまだ訓練終了の時間には程遠い。なので当然訓練を続行した。もちろんこれは光だけではなくフレグを始めとした各国トップも同じである。上にいるからこそ、率先して見本となってこそのトップだ。そう考えているからこその行動である。
そして、これらの訓練の様子は地上各国でも見られるように配信されるようになっていた。これを見て日本皇国では非常に盛り上がっている人達がいた。そう、この手の人型兵器が大好きな方々である。
「アニメでしか存在しないと思われていた人型兵器がこうして現実で動いているところを見られるのは、非常に眼福ですなぁ」「「「然り、然り」」」
一人の言葉に、同好の士達が皆頷く。
「本音を言えば、乗りたかった。なんで俺はこういうタイミングで自衛隊に入っていなかったんだ! 悔やんでも悔やみきれない!」「俺は入っていたが、体を壊して抜けた後だったんだぞ? 俺の方がもっと悔しいわ。くそ、魔法で治療された今なら問題なく動けるからなおさらだぞ」
乗りたいという気持ちもみな同じであるようで、悔しがる二人の事を周囲の人たちも分かるよと言わんばかりの暖かい視線を送っていた。
「そう言えばさ、日本がこっちの世界に来る前に一般の人から募集掛けたじゃん? 彼等は今どうしてんの?」「詳しい事は分からんが、なんか新しい仕事もらってるって噂は聞いたぞ。で、何らかの形で神威弐式に乗ってるって話だ」
実は、今彼らは特殊な超遠距離狙撃スナイパーライフルの訓練を毎日行っていた。彼らがどこに配備されるのかを一般の人が知るのはまだ先の話となる。
「何にしろ良いよなー、やっぱりロマンがあるよ人型兵器は」「あと一歩が遠かったな……あそこで負けさえしなければ、俺も今頃神威弐式乗っていたのに」
同好の士の中には、当然乗るために挑戦した者もいた。その中には、あと一歩で神威に乗る事が出来なかった男が一人いた。だが、彼は腐ってはいない。魔力のおかげで寿命は延びた。そして神々の試練とやらに光総理は戦う意思を固めている。ならば、いつかは一般人でも志願制で乗れるチャンスが来ると信じているからだ。
この彼の読みは、少し先になるが当たる事になる。当然その時に彼は神威弐式のパイロット志願に応募することになるのだが、これはまた別の話である。
『よし、本日の訓練はここまで! すぐに帰還し、体を綺麗にしてからしっかりと食事を取って休め! これからは休日以外はとにかく訓練が続く! 途中でダウンしないように己の体をきちんと管理しろ!』『『『『『はい!』』』』』
訓練終了の時間を迎え、全員が帰還する。大和も待機しているが、全員が無事帰還できたことを見届けると自分の宇宙ステーションの近くに移動して待機する態勢を取った。全員長時間の訓練を終え、宇宙船用の鎧を脱げば疲労した表情を隠しきれるものではない。それでもどこか満足げにしている兵士達は、シャワーを浴びるなり風呂に入るなりして身を清め、食事を取って緩やかに眠りについていく。その一方で──
『総理、お疲れさまでした』「ありがとう、指令。だが、皆が頑張っているのだ。私も頑張らねばなるまいよ」
光は地上にいる如月指令と通信で会話していた。もちろん談笑するためではなく、神威参特式が使ったペイント弾や模造刀の使い心地の確認の為である。
「ああ、実際に振るったり撃ったりしたが、良好だったと言っていい。VRの時と使い勝手が異なると言う事もなかった。現場の兵士達からも使い勝手に対しての不満は出ていない。特に銃器を長年にわたって扱ってきたフリージスティの兵士達から文句が出なかったのは大きいだろう」
訓練終了後、帰還するまでの時間を使って光は今日の訓練でどう感じたかを雑談を交えながら聞き込みを行っていた。様々な意見が出たが、今の所極端な不満や文句はない。ただ、いつかは自分専用の機体を持ちたいという意見が非常に多かった点はあったが。
『やはり、専用機に対する要求は大きいですね。確かにその人専用に調整することで、武装や機体の扱いが大きく変わりますからね……とにかく、今後は機会を見つけて専用機を手に入れられるチャンスは増やしてあげましょうか。次回の神々の試練がより楽に越せるようにする為にも』
如月指令の方も、光との話で気になった点を幾つもメモしていく。専用機の話はもちろんだが、ちょっとした使い勝手の改善要望は見落とせない。現場の使う人間から上がってくる要望には、それなりの理由が伴うのだ。我が儘でない意見であればとにかく聞き、それをできるだけローコストで改善するすべはないかと模索し続けるのが技術者である。
「だが、今日大きな問題が出なかったのは内心でほっとしている。やはり何かしら物事を大きく前進させる節目は緊張するからな」
ペイント弾や模造刀と言えど、使うのは人間じゃなくって大きな機体が振るうのだ。何かあれば十分人死にが出る……だからこそ、今日の訓練は大きな節目だった。そして次の節目は9月以降の実弾と実剣を用いた訓練に移った時だ。かつて地上で様々な安全対策を仕込んで闘技場でやった戦いとは違う。この世界ではあの時のような仕掛けはない。これは競技ではないのだから。
(それでも、やらないという選択肢が出る事だけは絶対にない。何があっても進むしか、我々に道はない)
『お話は分かりました。ですが総理、一言だけ宜しいですか? 一人であまり背負わんでください。我々は同士ではありませんか。この苦境を共に打ち破り、未来のこれから先生まれてくる子供達にいい世界を用意しておくという目標に向かって一緒に前に進む同士でしょう。何かあれば、遠慮なんかせずにおっしゃってください。私に話せない機密事項以外なら、喜んで手伝わせていただきますよ』
光の表情を見て、色々と察した如月指令は光にそう声をかけた。他の方法が見つからなかったとはいえ、光と鉄に任せるしかなかった一昨年の年末の出来事が如月指令の中でフラッシュバックしたからだ。
「ああ、その時は遠慮なく相談させてもらうよ。大丈夫だ、一昨年の末の様な事は起こらないようにしなければならないからな。あんな不安定すぎる策とも呼べない策を再び用いるようなことになるなど、私としてもご免被る話だよ」
そして光も、如月指令が言わんとしたことを察してそう返答した。あの時のような無茶をせずとも護れるようにする。その為にここまでやってきたのだから。




