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4月16日

 宇宙ステーションが本格稼働してから2週間が経過した。最初の1週目には、やはり地上とは違う生活故に不安に苛まれたり体調をやや崩す者が一定数出た。だが、過ごしているうちに設備は安定している事、食事は一切変わらない事、そして環境への適応が進み……現在は持ち直してきていた。


 更に、各国のトップも同じ場所で生活している事もあって相談にも向かいやすかったこともよい方向に働いた。不安や不満を隠さず口にし、トップがそれを聞いてできる範囲で要望に応える事で、宇宙ステーション内での生活環境はさらに向上が図られた。そのため、2週間後の今は、大半の者が地上と大差ない生活を送っている。


 一方で各国の専用機体も転送されて次々と宇宙ステーションの格納庫に届けられており、整備班が毎日整備に余念がない。機体に加えてオプションパーツも次々と届いており、そちらの方の最終チェックもあるため彼等はかなり忙しい。更に今後は実機を使った訓練になるので、整備班の人数はさらに追加されることになっている。


 忙しいのは、戦士や機体に関わる人々だけではない。この宇宙ステーションを維持するために、多種多様な人々が、己のスキルを活かして日々仕事に励んでいる。事前のシミュレートは彼らも行ってはいたが、やはり実際に動かすと想定外が出てくるため最初の1週間は彼等もかなり疲弊していた。


 だが、その1週間を抜けた後は慣れもあって徐々に落ち着いてきている。大きなヒューマンエラーも出すことなく、彼等も今は一定の落ち着きを持った状態で宇宙ステーションの仕事を行えている。そう言った報告は当然、光の元へと届けられている。


 そして今、宇宙ステーション内にある光専用の執務室にて、この2週間における技師からの総合的な報告書を受け取っていた。


「やはりシミュレートを重ねても、予想外の問題は起きるものだな……だが、その問題も大きくなる前に対処できている事は分かった。無論、皆の奮闘あってこその事だと理解している」「はい、幸いにもどの問題も早めの対処に成功し、大ごとにならずに済みました」


 光は報告に来た技師の一人から提出された報告書に目を通しながら、会話でのやり取りも行っている。技師は如月指令が直々に吟味を重ねてから送り込んだ優秀な人物であり、この2週間でいくつもの良い仕事を行っている人物である。


「だが、その状況にあってなお技師の皆はよくやってくれている。全員の給料を上乗せするべきだという話を、如月指令に伝えておこう。優秀な人物には相応の報酬を出すのが、上の者の仕事という奴だ」


 光の言葉に、技師は笑顔になる。自分の仕事をちゃんと評価し、見合った報酬を与えるという言葉は彼らにとっても自信となる。自信がつけば、さらに良い仕事ができるようになる──ただし、慢心しなければ、だが。


「ありがとうございます。我々はこれからも評価に見合った成果を出して、この世界を護る為の手助けをしていきます」


 技師の言葉に、光はゆっくりとうなずいた。彼等の士気の高さは歓迎するべきことであり、その士気をより高めることが出来るのならば、報酬の上乗せなどは痛くもかゆくもない。


 残された時間はそう多くないが、士気が高い人間が生み出すヒューマンパワーは非常に強力だ。どんな機械が生まれようが、どんな技術が存在しようが、結局使うのは人なのだから。


「それでは失礼いたします。話を聞いていただき、ありがとうございました」「こちらとしても良い事と悪い事の両方を包み隠さず正確な報告書を上げてきてくれる貴殿のような人物はありがたい。どうしても人は悪い部分をごまかしたくなる……それをせずにきちんと報告を入れてくれる貴殿のような人物はなかなかに得難い。これからも頼む」


 どんな時代でも、上に対して失敗や都合の悪い報告を行うというのは勇気がいるものだ。機嫌を損ねるどころか、時代や組織によっては報告者の首を飛ばされる事すらあった。だが、こうして報告に来た技師が渡してきた報告書には、あらゆる問題がごまかされる事なく明記され、どのような対処を行ったのかがしっかりと書かれていた。


 このような人物は大切にしなければならない。人材という物は何時の時代でも常に不足している物であり、更に時代によってはその大事な人材を育てもせず、ぼろ雑巾のごとき雑にコキ扱い、挙句の果てに捨ててしまう事までやっている。その様な事をすれば、その者の元に人材が集まる訳もなく、ますます人手が足りなくなるものだ。


 そんな愚策を今ここで光が行えば、文字通り世界の未来に大きな影を落としかねない。もちろん怠け者や虚偽の報告をすると言った者は排除する必要があるが……その様な愚か者は如月指令が送ってくるはずもない。だからこそ、今最前で戦う優秀な者達の仕事を正当に評価して見合った報酬を出す。それこそが大事なのである。


 報告に来た技師が立ち去り、再度報告書を見直し、今の所は問題なしと自分のサインを入れた所で光は大きく息を一つ吐き出した。ここに来て早2週間の時が過ぎた訳だが、なかなかに忙しかった。幾つもの要望を通信で地上にいる大臣や如月指令を交えて話し合い、出来る事と出来ない事をはっきりさせて対処していく。それだけで2週間が過ぎてしまった。


(この場所に慣れる、慣れないとかの話ではないな。新しい仕事が多すぎて、必死にやっているだけであっという間に時が過ぎる。気を抜けば、まさに一瞬で年末まで時間が過ぎてしまいそうな錯覚すら覚える。だが、逃げる事もやめる事も出来ん。この作戦を立案し、ここまで世界を動かしたのは私自身だ。その責はしっかりと取って成功に導かねばならん)


 そんな事を考える位、光は仕事仕事の2週間だった。もちろん睡眠時間は十分に取れているし、三食しっかりと口にしている。だが、それらの時間以外は基本的に仕事であった。


 各国の上層部だけではなく、ここに来ている戦士、魔法使い、銃士からも様々な相談を受け、その相談からこの宇宙ステーションをさらに良くしていく事、ストレスを減らして彼らが十全に働ける環境をさらに整えていく事……


 相談を受けるだけでも時間を消費し、そこから先の要望にどう対処するかの対話でさらに時間は消費された。しかし、彼等は嫌がらせなどではなく、本当に必要な事や改善した方が良い事、今後を見据えての提案など──実に実になる話ばかりを持ってきた。となれば、当然光も真摯に対応し、丁寧に話を聞かねばならなかった。


 ゆえに、時間の浪費と表現する事は出来ない。事実、この2週間で初日とは比べ物にならないほどこの宇宙ステーションの環境をどう整えてゆけばいいかの方向性ははっきりと見え始め、できる範囲で改善も行われた。もちろん時間的に改善できたのは小さなことばかりだが、その小さなことの積み重ねこそが、いつか大きな事へと繋がる。


 むしろその小さな改善こそが、今この場に身を置いている各国の人々のストレスを確実に減らした。ほんの少しでいいから風を感じたい。土の匂いを感じられる場所が欲しい。ただひたすらに静寂な場所を作って欲しい。


 そんな上がってくる願い事をコツコツと各国上層部とのやり取りを交えて叶えてきた。全てが全て十全に叶えられたわけではない。だが、それでもまったくやらないのと、ほんの少しでもやったという、0と1の差は途方もなく大きかった。


 それらの改善案を少しずつでも行ってきた結果、各国の戦士、魔法使い、銃士、自衛隊の人々が上層部への信を厚くすることにつながった。上の者がちゃんとこちらの要望を聞き、できる範囲で改善を図るだけの考えを持っている事を心で理解できたからだ。その事実こそが、この慣れない世界でも彼等に落ち着きと安定をもたらしたのである。


 そうなれば、あとは彼らのやる事は至極単純。12月24日にやってくることが確定した神々の試練を乗り越え、人間が初めて試練に打ち勝ったという事実を作る事。それに集中することが出来る環境は上が作ってくれる、ならば我々は相応の結果を出してそれに応え、多くの民を守る。悲劇の歴史を、ここで断つ。


 その悲願の為に、出身国はもちろん、戦う人、宇宙ステーションを維持するために働く人の枠組みなどはすでになく、いかにうまくやるかの討論が増えてきていた。戦術論に始まり、この宇宙ステーションがもし狙われた時の対処案、巨大な隕石が出てきた時の連携方法などが上からの命令でなく皆が自発的に行うようになった。


 当然それは食事時も継続され、同じ釜の飯を皆で食う、という言葉通りになった。同じ飯を食いながら、同じ目標を達成するために熱心に議論をぶつけ合い、突拍子の無い案が出てきたとしても頭ごなしに否定せずにどうすればそれが出来るようになるかの話し合いがあちらこちらで行われる。


 その様な生活をすることで、より結束力が高まり……更には恋愛へと発展する事すらあった。その先は──記すのは野暮という物だろう。ただ、この戦いの後に新しい生命がいくつも生まれた、位は書いてもいいだろう。


 つまり、光を始めとした各国上層部の働きは、現場の人々に高い評価を貰う結果になった。もちろん今までの行動は評価されているが、さらに高い評価をもらう事になったと言う事になる。大変な中仕事をしてきただけの意味は十二分にあった、とも言える。これが、この2週間で起きていたことの全てとなる。



(戦士達の士気は高まり、今は国の枠組みなど何処かに消え失せ、同じ目標に向かう戦友として結束している。ヒューマン・トーカー作戦……ヒカル殿が言うには、神々の試練に対する人の答えという意味だそうだが……ああ、この答えを出した後の結果が楽しみになるという物だ)


 などと考えているのは、マルファーレンスのトップであるフレグ。彼自身、いくつもの部下達から出てくる相談を受けてその対処に走り回っていた。だが、こうやって団結する戦士達の姿を見る事によって明るい未来への道が彼には見えていた。


(このまま、このまま行ければ……きっと、きっと未来は変わっていくはず)


 ティアは、この雰囲気が作戦終了まで続くように、今後も努力していく事を改めて決意をより固めている。今までとは違う明日はすぐそこまで来ている、後はそれを阻む神々の試練という分厚い扉を開けるなり吹き飛ばすなりして夜明けを迎えてみせると。


(2週間でここまでの結束が得られたのであれば、我々上層部のやり方は間違っていない、と言う事ですね。我々はこのまま、決戦を迎えるまで戦う者達が万全を期して思う存分実力を発揮できる環境を整えるのを最優先にすればいい。大変ですが、これも多くの命が未来を見るためと考えればやりがいもあるという物です)


 そして、ブリッツはこのように考えていた。彼もまた、部下達を始めとした神々の試練に立ち向かう者達へのバックアップをより良いものにしようとするために、これから先も走り回って手を尽くす事こそが己の仕事であると考え、行動することを最後まで続けると決意を新たにした。


 残り8か月半。この残り時間で、何をすべきか。上も下も己で考え、相談し、そして己の足で行動する流れが加速する。

何とか更新できたことにほっとします。

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