3月28日
先週はすみませんでした。
宇宙ステーションに各国の戦士達を受け入れる数日前。光を始めとした大臣職についている面子全員が会議室で資料を眺めていた。
「先日、宇宙ステーションにおける最終チェックの結果が出た。それが今皆が見ている資料の内容となっている事は分かると思う。これらの結果を見たうえで、今後の事を話し合いたい」
光の言葉に大臣全員が頷いた後、手が上がる。
「この、耐久性が最終的に5倍近く上がる予定とありますが……これは、例の回復魔法によって直せる金属の存在によるものでしょうか?」「そうだ、正直我々の常識……だけでなく、こちらの世界の常識でも今まではあり得なかったことだが、あの金属を用いる事で隕石などによるダメージを受けても復旧がたやすくなる。その金属を、最終的に宇宙ステーション全体にコーティングする形でつける事で耐久性を上げる形となる」
宇宙ステーションが神々の試練のターゲットにされる可能性は当然あった。だが、例の回復魔法によって復旧が可能となる金属があれば、修理にかかる時間や応急処置がしやすくなる。そうなれば宇宙ステーションの前線基地としての信頼性はもっと上がる。
「また、マギ・サイエンスによって生み出された鉱石の存在も大きい。これらの合金で作り上げた今回の宇宙ステーションは、その時点で地球素材のみで作り上げた物より3倍以上は耐久性があったんだがな。これでさらに耐久性が上乗せできる。多少の隕石被弾ではびくともしないだろう」
光の言葉に、大臣達もうなずく。出来る限りの備えは出来たと胸を他国に対して張れる内容であるからだ。
「今回の作戦、失敗は許されません。何が何でも、使える手はすべて使って勝ちに行かねばいけない一戦です。だからこそ、拠点の信頼性の向上はありがたい話です。建築に当たった技術者達には感謝してもしきれませんな」
大臣の一人が、そう全員の胸の内を言葉にした。年末の戦いに向けて、この場にいる全員が気持ちを一つにしながら、資料をさらにめくる。
「ふむ、転送装置も問題ないと」「予備を含めて10個ほど用意していますからね。もし何らかのトラブルがあってもそれらが全部使えなくなる事態を避けるために、多少繋がり方を変えているという点もよいでしょう。念を入れているのが分かります」
一つ一つを確認するたびに、このようなちょっとした会話が交わされる。これらの会話はちゃんと読んでいる事を確認し合うという意味合いもある。
「各施設も、各国の専門家を招いて問題なしとのお墨付きをもらっている、か」「サインもきちんともらっていますね。とにかく不慣れな場所に行くのですから、使い慣れた物や馴染み深い物をいつも通りに手にできる環境は大事です。心が出来るだけ乱れずに済むバックアップは必須でしょう」
これらの再現には最大限に気を使い、各国の専門家たちにも厳しく評価をしてもらって改善を重ねたと報告書にはある。その上でサインをもらっているのだから、技術班の努力が分かるという物である。
「建設期間を考えれば、建築に関わった皆が相当無理をして作り上げたことは容易に分かります」「ああ、彼等は最低一か月は休ませなければならないな。これだけの大仕事をよくぞここまでやってくれたと手放しで褒めたたえなければならんだろう」「そうだな、休暇を与え、心身ともに休んでもらわねばならん」
言うまでもない事だが、これらの作業をこなし、物を作れる技術者や建築者は国の大事な財産である。それを使い潰すなど言語道断、大きな仕事をこなした後には休暇と十分な報酬が与えられてしかるべきであり、そこをケチろうとする考えの者はここにはいない。
「報告書を見終わったが、私は各国の戦士達の受け入れと宇宙ステーションの本格始動に問題はないと考えている。皆はどうか?」「問題ないでしょう」「ええ、よくやってくれたという言葉しか浮かびません」「予定通りに4月1日から受け入れを始めましょう」
そして、全会一致で4月1日より宇宙ステーションの本格稼働が決まる。ここから先は、大きな問題が起きなかったとしても宇宙ステーションを始めとした仕事が増えるのは間違いない。が、それでも国を守るための仕事であり、そのことに文句をいう者は居るはずもない。
「そう言えば、総理はこの訓練に参加なさるのですか?」「時間がある時は積極的に参加する予定だ。宇宙空間における戦闘経験は──黒鉄とあの巨大隕石から皆を守るために──出向いた一回だけだ。だから、私も訓練を重ねてより動けるようになっておかねばなるまい。VRでは得られない経験を積むためにもな」
大臣の一人からの質問に、光はそのように返答した。その脳裏には、まだ自分達が地球にいて、あの日地球を……より厳密にいえば日本人を潰そうとしたあの隕石に黒鉄と共に出撃した事が思い出されていた。共に出て、共に戦い、そして自分に後を託して──日本人の未来を守るために無茶に無茶を重ねて、護り切って宇宙の塵になった相棒。
(あのような思いはもうしたくはない。だからこそ、神威参特式で戦い抜こう。今度は、今度こそはあのような犠牲を出さないようにして見せる。神々が敵だとしても、それは変わらん。人間の意地を、見せてくれる……!)
光がそんな事を考えていたことは表情にも表れていた。そしてその表情で光の心境を察した大臣達は静かに目を閉じた。彼等は当然、あの日に何があったかをすべて知っている。光と黒鉄に搭載されたAIノワールが何を成したかと言う事はしっかりと心に刻んでいる。なので、改めて日本の未来を守ってくれた黒鉄とノワールに対して黙とうをささげていた。
(あの日、我々は一人と一機にすべてを任せるほかなかった)(だが、今回は、そして今後はそうはならない。なってはいけない。皆で戦い、皆で守り抜き、皆で勝利して、皆と共に笑うのだ)(せっかく手に入れたこの新しい未来を、護らねば大臣として失格だ)
そしてその黙とうの中、大臣一人一人が年末の決戦……だけではなく、その未来に対しての決意を新たに誓っていく。そう、年末の戦いに勝ってもそこでめでたしめでたしとはならない。生きている限り、そして自分が死んだ後も国は続き、栄えるか滅びていくかは分からないにしろ多くの人が動くのだ。
だからこそ、未来を考えた行動をとらねばならない。ましてや、絶望的な状況からこの世界に住む人々に日本は救われた。ならば、自国を栄えさせつつ他国に対しても相応の貢献をしていかなければ、この世界の一員であるとは言えないだろう。そんな未来への道筋を定める事もまた、ここに集っている大臣達の大事な仕事である。
「では、今日の会議は終了だ。これからもちょくちょく飛び入りの仕事が入ったり、宇宙ステーションにまつわる要望などが各方面から出てくることは予想がつく。まだまだ落ちつけはしないが、皆が十全な仕事をしてくれると信じている。解散!」
会議が終わり、光はちょっとした政務を幾つかこなす。そうすると、お昼時となったので食堂へと向かった。そこまで空腹ではないので、重い物はいらないななどと考えながら。
お昼時と言う事で、食堂は賑わっていた。光を見て軽く頭を下げるものが大勢いたが、光は手で制してそれ以上は良いと告げておく。光がこの日選んだメニューはエビの天ぷらそば。揚げたてのエビが二本乗ったそばの器をお盆にのせて、適当な所に腰を下ろして頂く。
食事を終えた後、光は普段通りに部屋で政務を行っていたのだが、ここで通信が入った。光が通信を送ってきた相手を確認すると、マルファーレンスのフレグからであった。今日は何も予定は無かった筈だがと首を捻りながらも、光はその通信を受ける。
「すまん、ヒカル殿。突然失礼する。あと数日に迫った星々の世界に作られた砦の件で通信を入れさせてもらった。予定通りに受け入れを開始すると言う事で問題ないのだろうか?」
どうやら、フレグは宇宙ステーションの準備が完了したかの確認をしたかったのだと光も理解した。無理もない、彼らにとっては初めての経験だ。必要だと頭では分かっていても心ではすくんでしまう所があってもおかしくはないのだから。ここで光が弱気な態度を見せれば、ますます不安に襲われるだろう。彼はマルファーレンスの戦士達全員の命を預かっているのだから。
そして、当然ながら光もそう言った事は理解している。だからこそ、彼は胸を張って自信満々にこうフレグに告げる。問題ないと言う事を感情で分かってもらえるように。
「問題はありませんよ、予定通りに進めましょう。最終確認でも、各国から出していただいた設備の専門家の方々からサインを頂いていますからね。抜かりはありませんよ」
そんな光の態度と言動で、フレグからも不安そうな空気が収まっていく。
「ヒカル殿がそこまで胸を張って言うのであれば、何も問題はないか。ならば、こちらも予定通りに事を進めましょう。では来月、あの星々の世界の砦の中で会いましょう」
フレグからの通信は、それで終了した。フレグの反応は、光がまさに望んだことそのもの。これで事は予定通りに進む。
(さあ、ここから年末までが勝負だ。彼らの心の奥底に染みついてしまった神々の試練に対する恐怖や悲しみ、無力感を取り払う為に我々が頑張らなければな。我々は、地球にいた時にはこのような未来が続くという絶望を掃ってもらったのだから、その恩返しも兼ねている)
そして数日後、ついに宇宙ステーションが本格稼働を始める。
今日の選挙、ちゃんと行ってきました。
選挙は自分の意見を言える貴重な手段です。面倒くさがらず行くことをお勧めします。
選挙に行かない=どういう扱いやトンドモ法律を決められても構わない
と言う片付け方をされる危険性もありますからね。




