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1月5日

 1月5日。仕事始めを迎え、午前中に軽い雑務をこなした光は首相官邸にて複数のカメラを目の前にしていた。この日の正午に少しだけ直接テレビやネット中継を通して、神々の試練に向けての話を国民に対して行う為である。


「総理、そろそろ始めます。準備の方は宜しいですか?」「ええ、問題ありません。いつでもどうぞ」「こちらも準備整いました!」「では、始めます。カウントダウン、5、4、3──スタート」


 全ての機材が予定通りに動き出したことを確認して、光は話し始めた。今年最初の仕事を、失敗するわけにはいかない。



『こんにちは、国民の皆様。仕事始めを大勢の方が迎えられたと思われる今日ですが、少しだけ皆さまの時間を頂きたくこのような形でお邪魔させていただくこととなりました』


 各種媒体から立って挨拶を行う総理大臣である光が映し出されると同時に話を始めたことで、すぐにテレビやネットを通じて見ることが出来る人々はその姿に注目した。ラジオなどで聞いている人はその声を聴き逃さぬように気を払った。


『皆様もご存じであるとは思いますが、今年の年末にいよいよこの世界における災厄である神々の試練と呼ばれる隕石群がマルファーレンス帝国の首都を襲います。今年に入ってから再確認も行われましたが、残念な事にこの事実は変わっていないそうです──ですが、これまた皆さまがご存じの通り、我々はこれらの隕石群に対する迎撃作戦を立案、実行のために各種作業を進めております』


 ちょこちょこ政府から小出しにではあるが、宇宙ステーションの建設や各国専用機体の存在と生産状況はすでに国民にも伝わっている。なので、この光の言葉は確認の意味合いが強い。


『幸いな事に各種作業は順調に進んでおります。その理由の1つとして各部門で働いている国民の皆様による多大な協力があってこそであるという報告を多く聞いております。この場を借りて、まずは国民の皆様に感謝を申し上げます』


 官民一体となって事に当たっているからこそ、今までの作業は上手く行っているというのは事実である。国民側も協力できるところは積極的に動いており、その理由はもちろん地球を脱出するときに多大な恩を受けたからそのお返しをさっそくできると言う考えが根底に存在する。


 後はやりがいがあるか否かも大きく影響している。搾取されるだけの過去と、友と共に歩むために協力し合う。どちらのほうが努力しようとするかは言うまでもないことだろう。


『今年1年、今年1年がまさに大きな勝負です。ここで神々の試練を完全に退ける、もしくは落ちたとしても海などの災害が出ない場所のみにすると言う事を成し遂げられれば、これから先この世界の未来の暗闇を大きく払う事となります。その理想的な未来を迎えるために、国民の皆様のお力をお借りしたい。もちろん、私を始めとした首脳陣もより一層の努力を払います。更に私は出撃もします』


 光の出撃すると言う言葉に、ああやっぱり総理も出るのかと言う感情が国民の間で共有された。まあ、地球最後の戦争で先陣を切った光とその機体の活躍はすでに映画にもされてしまっている。なのでそのことを知らいないという国民はそれこそ赤子ぐらいである。


『また、私だけでなく各国上層部の総理大臣に相当する方々も出撃することが決まっております。各国ともに、今年の年末に向けて対策をより良いものにするために走り出しています。その為今後一時的に国民の皆様に不自由を強いるときがあるかもしれませんが、どうかご理解の程をよろしくお願いいたします』


 頭を深々と下げた光に対して、国民側からも応援する言葉が飛ぶ。ここまで官民が一体となったのは、皮肉にも1000年以上奴隷として使われてきた歴史があり、そしてその状況から解放する事に成功した現政権に対する好感があってこその物だが……更に付け加えるならば、この世界に来た以上、今後『神々の試練』とは無縁ではいられない事を皆が理解している事も理由としてあげられる。


 だからこそ、対策する為の第一歩となる今の動きに反対を述べる人はいなかった。まあ、もし反対でもしようものなら周囲から「次自分たちの国の上に落ちてくると言う事が判明した時にどうするんだ。周囲も助けてはくれないだろうに」と言われるだけだろうが。更には「助けてもらっておいて、用事が終わったらあとは知らんぷりとは人として終わっている」とも言われるだろうか。


『それでは、皆様のお時間を頂戴するのはこのあたりと致します。もし今後大きな動きがありましたら、またこのようにお時間を頂戴することになるかもしれません。どうか、ご理解のほど、よろしくお願いいたします』


 こうして、時間にして数分の光による国民への呼びかけは問題なく終了した。



「──はい、終了! 総理、お疲れさまでした」「皆様もお疲れさまでした、ここまで機材を運ばせることになってしまい、申し訳ありません」


 無事に放送を終えて、撮影を行っていた総理官邸に張っていた緊張の糸がやや緩んだ。僅かな放送時間と言えど、やはり総理が直接国民に話しかける放送という物は相応の重みがある。そこで機材などの問題が発生してスムーズに進まなくなってしまったりでもしたら、それだけで悪い感情を生ませる切っ掛けとなってしまう。


 更に今日の放送は1年の初めである。その初めで盛大に転べば、縁起が悪いどころの話ではない。だからこそ、そんな事態が万が一にも起きないように各機材を担当しているスタッフたちは過剰なほどに各種チェックを事前に行っていた。そのかいあって、問題は何一つなく無事に終わらせることが出来た。のちにこの放送に関わったあるスタッフはこう周囲に漏らしたと言う。


「ドラマの始まりからエンディングまで撮った時より、あの数分間を無事に終わらせるために費やした労力の方が多かったし、放送中の緊張感は今までの人生の中で一番つらく、苦しかった」


 そんなスタッフのおかげもあり、新年の国民に向けての挨拶は無事に終了した。放送終了後に集まった各大臣達もほっとした表情を浮かべている。だが、光の次の言葉で誰もがそんな表情を引き締めた。


「今年だ。とにかく今年こそが日本皇国の桶狭間だと思ってほしい。今年の成果で他国や国民からの信頼が左右されると心得てくれ。何としてでもヒューマントーカー作戦を成功させ、未来はちゃんとそこにあるのだとこの世界に住まう全ての人に言葉ではなく結果で示さなければならないのだから」


 光の言葉は真実である。今年の年末に控えている『神々の試練』との対峙。そして打ち勝つという結果──どんなに悪くても、マルファーレンスの首都に一つの隕石も落とさないと言う結果を出す事こそが求められる。宇宙部隊の損害がどれほど出ようとも、である。光は、自分が死ぬ可能性はもちろん考慮の中に入れている。だからこそ、自分が志半ばで散ってもその後の日本皇国の道に明日を残す事が求められると考えていた。


「幸い、去年は予定以上の速度で各種建築物や各国専用機体の生産が進みました。このペースで行けば夏の終わりには実際に宇宙に上がっての軍事演習が可能となるでしょう。もちろん事前にVRを使った訓練は行いますが、最終的には実機と現地に向かった上での訓練は必要です」


 大臣の一人の言葉に、皆が頷いた。やはりVRだけでは限界がある。現場に行き、実際の機体を用いた訓練は絶対に必要である。VRでは感じ取れないものはたくさんある、そのたくさんのモノを少しでも感じ取って理解し、戦いに生かさなければならない。


「このペースを維持し、乱さないことが我々の今年一番の重要な仕事でしょうね」「うむ、だからと言って焦らせてもダメだ。焦った状態で作る物に良品は無い。そんな部品で作られた機体は十全な仕事ができないだろう」「そうですね、焦らせて仕事ができない張りぼてを生み出すようでは何の意味もありません」


 他の大臣達も、己の意見を口にする。同意できるものばかりであったため、光はそこにいちいち口をはさむ様な事はしない。


「総理の言葉通り、我々が一丸となって『神々の試練』を食い破って見せようではありませんか。我々を解放してくれたこの世界に対して大きな恩返しができるとなれば、気合も入ります」


 この大臣の一人が発した言葉に皆が同意し、今年の末には祝勝会が開けるようにしようを合言葉としてこの日の会議は終了した。


(今年の年末の光景が、これからの日本皇国の行く末を表す鏡となるだろう)


 政務室に戻った光は、大きく息を吐いた。国民に向かって口にした言葉を、もう一度己の心の中でかみしめていたのである。そう、自分の肩に乗るその重責を、改めて背負いなおした。まだまだ道は長く、険しい。だが、進む価値がある道でもある。ならば突き進むのみである。


(この命、今年の末で捨てる覚悟はとうに出来ている。だが、そう言う覚悟に至れたからこそ生きる道が見つかる事もあるだろう。逃げる事だけはだめだ、今回は逃げた先には悲劇以外の何もない。血路は前に突き進み、事をなすものにしか与えられん)


 このことを口にするわけにはいかない。周囲に気を使わせ、問題を発生させるだけだからだ。だが、これぐらいの覚悟と事に挑む必要がある。光はその考えを変えるつもりはなかった。


(だが、もちろん私が今年でいなくなってもいいように、ひそかな備えを今年の末までに整えなければな。種をまき、水を与えれば今の日本ならば芽はいくつも出る。後はその芽が潰されぬように育てればいい……それが先に生を受けた人間がすべきことだ)


 その表情は、まさに死ぬ覚悟を決めた戦国時代の武将と大差なかった。この日を始めとして、光は仕事の合間に国の明日を作れる人材を育てる切っ掛けを産み出すために、水面下で動き始める事となる。

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