12月27日以降
年末、今年は去年と違って実に穏やかな時間が日本全体に流れていた。宇宙ステーションに関わっている人達も管理に必要な最小人数を残して国に帰還しており、穏やかな年末を送っている。来年の末に神々の試練が襲ってくるマルファーレンスは、流石に完全に穏やかとはいかないが──それでも次々と日本皇国が中心となって打ち出してくる神々の試練対策という希望があるため、去年に比べると落ち着きを取り戻した年末となった。
フォースハイムとフリージスティにはこれといった問題も発生せず、2国共に仕事納めを迎えることが出来ていた。この後働くのは年末が書き入れ時となる産業系のみとなり、大勢の人が休暇を楽しむ事となる。この休暇に入ったのは政府だけではなく各国の代表であるガリウス、フェルミナ、沙耶とその家族も含まれる。
その一方で天皇陛下は年末年始にも様々な用事があり、休めるのはまだ先の話となる。特に来年は決戦が控えていることもあって、八百万の神々に祈りを捧げる儀式を執り行う為に忙しい日々を送られている(天皇陛下は、神道において最上位の神官である為)。人事を尽くして天命を待つ、と言う言葉があるが、その天命を少しでもこちらに傾けるべく、陛下は必死で各儀式を執り行っていらっしゃるのである。
と、一部は忙しいが大半にとっては穏やかな年末を送っている訳だが、光も穏やかな日々を送る側にいた。光が忙しく働いていたら下が休めない、という助言もあったので光も年末の仕事は手早く切り上げて緊急時以外の仕事はすべてオフにした。自宅でのんびりとした時間を過ごす光だったが、この日は家のチャイムが鳴った。
(誰だ? 客が来る予定は無かった筈なんだが)
一応警戒しながら、玄関前にだれが居るのかをカメラで確認する。するとそこには──日本でなら手ごろな値段で買える冬服を身に纏った各国代表の三人が、手荷物を持って立っているではないか。護衛らしき人の姿は見えない……まあ、離れた所で見張っているのかもしれないが。とにかく危険な人物ではないと分かったので、光は玄関の扉を開ける。
「こんにちは、今日はいかがなされました?」
光の言葉に対して、彼ら3人が口にした言葉は……「「「しばらく泊めて欲しい(ください(もらえんかの?))」」」であった。突然こんな申し出をしてくるような無作法をする人達ではないのに、なぜ今回は? と光は首を捻ったが、このまま外で話をしていても始まらないのでとりあえず3人を家の中に入れた。
「中はこうなっているのか」「木をふんだんに使っているのですね、素敵な家だと思います」「大きさは控えめじゃが、形は実によいな。我が国でも建ててみて欲しい所じゃ」
家に入ってきた3人の言葉を聞きながら、とりあえず居間に案内してお茶を入れる光。そこで全員が一息ついてから、光が切り出した。
「玄関でも伺いましたが、本当にいかがなさいました? 来るな、とは申し上げませんが突然のご来訪で、もてなすのに何の準備もできておりません」
光の言葉に、最初に口を開いたのはフェルミナだった。
「はい、本日は突然押しかけてしまい申し訳ありません。ですが、その、事前に行くと教えてしまうと、私達の為にそれなりの格がある宿泊施設を用意されてしまいますよね? そうなると、光様の家を見る事が難しくなってしまうと思いまして……」
こんなほかと大差ない家を見て何か楽しい事でもあるのだろうか? と光は内心で考えたが、これといった答えが見つかるはずもない。
「うむ、フェルミナの言葉通り、何の飾り立てもしていない光殿の家を見てみたかったのじゃよ。それこそ来客が来るからと準備された状態ではない状態の家をな。そして、押しかけた詫びとして、手土産を用意した。見て欲しい」
3人が持っていた手荷物の中にあった光に対するお土産は……各国の食べ物から始まり、いくつかの紙が光に渡される。残りの手荷物は寝具とか着替え用の服などであるらしい。
「──んー、なに? リゾート地の一部を私の専用にする、ですか?」
書かれていたのは、3国の特級リゾート地の一部を光専用の物として譲るという物であった。一般人ならまず一生に一回行く事すら叶わない場所ばかりであり、そのリゾート地で一泊するだけでも相当な金が飛ぶ。なので基本は金持ちの行く場所である。それらを知った光の顔は険しいものになる。これは賄賂ではないだろうか?
「すみません、受け取れません。これらは私が総理大臣という立場を利用して不当に手に入れた権利と言う事になってしまいかねません。ですので、こちらの食べ物は頂きますが、この権利書はお返しいたします」
と言う言葉とともに、食べ物は受け取ったがリゾート地云々が書かれた権利書を光は返却した。頭をかきながら口を開いたのはガリウスだ。
「うーん、そういう答えになるならしょうがねえか。無理に受け取ってくれと言うつもりは無いから安心してくれ。だから、ここまで高価過ぎる物は流石にやりすぎだって俺は部下に言ったんだよなぁ……」
言い終わると申し訳なさそうな表情をガリウスは浮かべた。ガリウスとしても、これはやりすぎだろうと言う事は流石にわかっていた。だが部下からは急に一国のトップの家にこちらの象徴が押し掛けるのだから、これぐらいの誠意は見せてしかるべきであろうとの意見が非常に多く、やむなく持ってきた物であった。フェルミナや沙耶も似たり寄ったりの理由である。次に口を開いたのは沙耶。
「すまんの、光殿。しかし光殿からはっきりと断られたという事実がないとこちらとしても取り下げる切っ掛けが得られなくてのう。無論、受け取るという場合は本当に用意したのじゃが。気分を害させたことに対しては、この通りじゃ」
沙耶、だけでなくガリウスやフェルミナも深々と光に向かって頭を下げた。公式な場では絶対に見せてはならない姿であり、だからこそ光も3人がきちんと誠意を込めて謝っていると言う事を理解できた。
「分かりました、まあ確かに下からの意見を無下にするのは難しいですよね。私が要らないと言っていたという理由で構いませんので、部下の方々に説明してあげてください」
そうすればガリウスたちの面子はつぶれないし、部下達もこういう高価なものは向こうは欲しがらないと言う事を知ることが出来て、じゃあやめようという考えになってくれるだろう。そんな光の考え交じりの言葉を聞いて、口を開いたのはフェルミア。
「お気を使わせてしまい、申し訳ありません。私達としては、突然用事があったりどうしても必要な時に用意するものとしての勝手がわからず……今後は部下も含めて気を付けます」
フェルミナの言葉に、光はうなずいた。確かにそこらへんの勝手はまだまだ分からないところが多いのは無理もない。またまだ光を始めとした日本皇国はこの世界の新米だ。だから、どういう形で最初の挨拶をすればいいのかがまだ図り切れてないのかもしれない。先日来たフルーレさんの場合は、まだ代表の代理であって代表ではないという感じで、こんな高価な物を持たせなかったのかもしれない。
「いえいえ、先日ガリウス殿の娘さんであるフルーレさんがこちらにいらっしゃいましたが──手土産も過剰すぎる物ではなかったので、そこら辺の感覚はもう十全に学ばれたとばかり思いこんでしまっていました。今後も、こちらに来られるときはほどほどのものでお願いしますね」
と、光は笑みを浮かべながらフェルミアに返答したのだが。さて、ここで顔色が変わったのは沙耶であった。
「ほう、先日フルーレ嬢がこの家に来たと。ふむ、一人で来たと。なるほどそうか。ガリウス、説明はしてもらえるんじゃろうな?」
だが、沙耶の眼光にガリウスはひるまない。
「娘がちょっとした挨拶に行っただけだぞ? 泊まりもせずその日のうちにきちんとこちらに帰ってきている。如何わしいことなど何もしていない、これは流石に文句を言われる筋は無いはずだぞ?」
もちろん、こんな言葉で沙耶が納得するわけもない。
「ちょっとした挨拶、のう? 娘を、一人で光殿の所に行かせる? 他のたくらみがある、狙いがあると考える方が自然よの? 娘を光殿と一緒にする策略ではないのかの?」
沙耶の言葉に、一瞬目が泳いだガリウスだったがすぐに持ち直した。家主である光は、今の所は口出しをしない方が良いだろうなと思い静かにしている。
「そりゃ娘が結ばれてくれればうれしいとは思っている所があるのは素直に認めよう。あいつも280歳を回っているんだから、そろそろ結婚をしてもいい年ごろだろ? だが、どうにもそこら辺の縁と言うか切っ掛けがあいつには今まであんまりねえ。今まであいつの近くに居る連中では満足できないようで、友人ならいいが結婚したいとは一切言わねえんだからよ……」
280歳で結婚をしてもいい年ごろ。地球にいた時の日本人が聞けばパワーワードが過ぎると大半の人が口にしそうである。
「うーむ、確かにフルーレ嬢の周りにはあまり良い男がおらんかったのは事実じゃのう。わらわとしてもフルーレ嬢にそろそろ結婚相手は見つかったかの? と聞いたり見繕ったりもしたから、そこら辺の事は分かっておる。しかし、光殿はわらわが貰う。そう決まっておるのじゃから、付き合いが長いフルーレ嬢といえど譲れぬわ」
いや、そんなことを勝手に決められてもこちらは困るんですがと内心で思うが顔には一切出さない光。しかし、ここまで黙っていたフェルミアがここでさらなる爆弾をこの場に全力で投げ込んできてしまった。
「そのお話なのですが、私と致しましてはヒカル様と結ばれるのは私が一番良いと考えます。私でしたら家事も得意ですし、支えられる良き妻になれると思いますわ」
この一言で場が凍り付いた。フェルミアの一言で、沙耶は固まり、ガリウスは目を剥き、光はいったいどうしてこうなった? とパニックに陥る寸前。一番最初に再起動したのは沙耶だった。
「のう、フェルミア殿。その先ほど口にした『つま』と言うのはどういう意味かの?」「決まっておりますわ、共に人生を過ごし、支えあい、そして子をもうけて育む存在ですわ」
間違いなく『妻』という意味であると言う事を理解した沙耶が、更にフェルミアに向かって吠える。
「どういうつもりじゃ!? 今までそんな事など一切口しなかったではないか!?」「ええ、確かに口にはしておりません。ですが心の内に秘めているのは自由であると思いますが?」
それをフェルミアがさらりと受け流す。ここに突如大戦が勃発した。戦場は光の家、対するは2国の代表である。色々と面倒な戦いが始まろうとしていた。
フェルミアが正式参戦。




