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12月10日

 札幌雪祭りの復活を数日後に迎えたこの日。総理としてやるべき仕事がひと段落し、久々の穏やかな休日を光は送っていた。最近趣味になった日本茶の美味しい入れ方を試しながら、ああでもないこうでもないと自宅で試行錯誤。久方ぶりの休日を満喫していた──


(うん、このやり方で入れた奴が一番うまいな。しばらくはこの入れ方でいってみるか)


 満足のいく結果が出たことに喜ぶ光。数日後にはまた年末まで仕事が入っているので、この休日を存分に生かす気満々である。だが、そんな所に家の呼び鈴が鳴る。なお、光は総理大臣ではあるが住んでいる家は豪邸ではない。一般の人が持つのと大差ない大きさの一戸建てである。


「どちら様ですかー?」「突然申し訳ありません、マルファーレンスのフルーレです」


 今日フルーレと個別に会う予定は無かった筈だが? と首を捻りながらも光はカメラ越しに来訪者を確認する。確かにそこにいたのはフルーレである、ただし普段と違って鎧などは一切身に着けておらず、日本の女性が身に着けているおしゃれに気を遣った冬の服装であった。とにかく、間違いなく本人であると確認が取れたので光は玄関に向かう。


「どうしました? 今日はお会いする予定は無かった筈ですが……」「その、なんと申しますか。父が少し暴走いたしまして……こちらをもってヒカル様の所に挨拶に行って来いと」


 差し出されたのは、日本の有名菓子店の包みであった。ここで売っている菓子はなかなか手に入らない限定品の筈だが……


「父が言うには、たまには仕事で会うだけではなく休日にも顔を合わせて気楽な会話も楽しむ方が良いと。そしていつの間にか用意されていた服と、この菓子の包みを渡されてヒカル様の所に行って来いと……」


 フルーレの表情は、明らかに困惑している。急な客ではあるが、ここで帰ってくれと言うほどの状況ではないと光は考えたのでフルーレを家にあげる事にした。このお菓子と自分が入れたお茶を飲んで、仕事や国政に一切関わりのない話をするのもたまには悪くはないと思ったのである。


「ではどうぞ上がってください、あまり広い家ではありませんが」「それでは、失礼いたします」


 フルーレは周囲をきょろきょろ見渡しながらも、靴を脱いで光の家に上がった。あまり家にいない光は、家の中を飾り立てるような雑貨をあまり置かない。そのため、人によっては少し寂しい感じを受けるかもしれない。


「ヒカル様の家とはどういう物なのかを色々と想像してきましたが……質素な物なのですね」「ええ、まあ我が国は貴女方の救いが来るまでは苦しい状況にありましたからね。なので私だけではなく他の大臣達の家も大きさなどは大差ないですよ」


 フルーレの中にあった感情で一番大きいものと言えば困惑、が当てはまるだろうか。フルーレの中の常識では、国政という一番重い重職に着く者はそれ相応の品格を出すために大きな家に住むのが一般的であり、その家の管理の為に人を多く雇い入れて、少ない休日には十分な贅沢と休息を楽しめるようにするのが当たり前のこととして認識されている。


 それと比べて光の住んでいるこの家はどうか? 周囲の家と大きさも大差なく、人を雇っている気配もない。そもそも、本人が玄関までやってきて客人を招き入れるという処からして、マルファーレンスの上層部の常識とは色々と違い過ぎる。また、家の中にも調度品の類はほとんどなく、質素にもほどがある。これが一国のかじ取りを担っている者の家なのか──


「それに、私にはこれぐらいがちょうどいいのです。大きな家があっても管理しきれませんからね──人を雇うというのも、どうにも慣れませんし」


 そう言う光の表情には、本音を素直に言っているという雰囲気しかなかった。事実、光は嘘を言っていない。バカでかい家なんかを手に入れても自分の手に余る、むしろ邪魔になるだけだと本気で思っているのだ。


「確かに、我が国の重鎮にも人を雇うのは苦手だから家はそこそこの大きさでいいと言っている人物がいますね。彼は家族だけで住み、掃除などの管理関連を全て家族だけで行う変わり者として知られています。もしかしたら、ヒカル様と話が合うかもしれません」


 フルーレの言葉に、光も興味を抱いた。もし話し合う機会があったら、その変わり者と言われている人物と時間を取ってみても悪くないかもしれない。


「その人物と時間が取れるときがあれば、話してみるのもいいかもしれませんね。さて、実は私は最近お茶の入れ方に凝っておりまして。その成果を持ってきてくださったお菓子とともに見ていただけると嬉しいのですが、いかがでしょうか?」


 光の申し出に、フルーレはうなずいた。光は掘り炬燵にフルーレを招き、足を延ばしてもらっていったん奥に引っ込む。フルーレは最初恐る恐るという感じで炬燵の中に足を入れたが……しばらくすると炬燵の良さが分かったようでリラックスしてくる。そうしているうちに光が更にカステラと自分で入れた緑茶をもって戻ってきた。


「これが私が入れたお茶になります。自分ではなかなか上手くいったと思うのですが……人の意見も聞いておきたいので、感想を頂けると助かります」


 そんな風に促されたので、フルーレはまず茶を口に取った。程よい暖かさと、心地よい渋みが彼女の舌を楽しませる。自国で飲んでいるお茶とは香りなどが異なるが、これはこれで悪くはないとフルーレは感じた。


「良いと思います。この味であればわが国の者であっても楽しんで飲めると思います」「そうですか、ほっとしました。菓子の方もどうぞお召し上がりください。この店の菓子は我が国の人でもなかなか口にできません。品質を保つために生産量が少ないからですね……かくいう私も、初めて口にするので楽しみです」


 双方ともに、カステラを口に入れる。光は、ああ旨いなぁ。さすがはあの名店だという感想を持ったが──一方でフルーレはその甘さに魅入られていた。柔らかく、甘く、旨い。そのトリプルコンボがフルーレの舌を容赦なく叩きのめした。切り分けられたカステラの一つを食べ終わった後、お茶を口に運ぶフルーレだが……


(!!──なんてこと。確かに甘くなった口の中をお茶でさっぱりさせるのはよく使う手段。でも、このお茶は……このお菓子と相性がとてもいい。このお菓子にはこのお茶でなければしっくりこないと言ってもいいぐらい)


 お茶とカステラを交互に楽しむフルーレ。そのコンボは両方が尽きるまで続いた……残るのは非常に満足げに笑みを浮かべるフルーレである。


「菓子とお茶、本当に堪能させていただきました。今までにも日本皇国の食べ物は何度も口にしてきましたが、この国の菓子はあまり口にしてきませんでした。今後は菓子にも目を向けたいのです、が……この味に負けて毎日食べてしまったら、太ってしまいそうですね」


 少々気恥しそうに微笑むフルーレに、光も同意した。


「ええ、お菓子は美味しいですが、食べ過ぎはやはりよくないですからね。ほどほどに食べ、一回一回をじっくり味わってゆっくり食するぐらいでちょうど良いのでしょう。ましてやこの菓子は数が少ないですからね。なおさら味わって食したいところです」


 光の返事に、フルーレは何度も頷いていた。マルファーレンスにも旨いものは多々あるが、このお菓子はまた別方向のおいしさを持っている。そんな美味しいものを、一気に食べつくすのはあまりにももったいない。封を切った後の食べ物故に極端な長持ちはしないだろうが、それでもできるだけじっくりと味わいたい。


「それと、このお茶も実によいです。先ほどはお茶のみでの感想でしたが──この菓子と合わせて飲むと、よりおいしく感じました。むしろこの菓子にはこのお茶でなければいけないと思えるほどに」


 このフルーレの言葉に光は「そういっていただけるとは、光栄です」と言ってほほ笑んだ。そしてその後二人は数時間ほど、たわいのない話で盛り上がった。政治の色は全くなく、本当に普通の人が普通に友人同士でやるような内容。しかし、二人の立場を考えれば、この数時間は実に贅沢なものである。



 フルーレは暗くなる前に光の家を発って帰っていった。帰ってきたフルーレの話を聞いて、内心でガリウスは上手く行ってくれたなと笑みを浮かべた。ガリウスは、フルーレを光の元に嫁がせたいと考えている。そうなればわかりやすい友好の証となるからだ。そして、恋愛結婚をするのが一番いい。恋愛結婚であれば政略結婚であっても、非難される空気は起きにくくなるからだ。


(沙耶がかなりヒカル殿に対してアプローチしているからなぁ。流れをただ待つだけでは沙耶とフリージスティに全部持っていかれかねん。沙耶と結婚するなら、フルーレとも結婚してもらって結びつきを分散しておかねば先が怖い。無理に部下を日本にやって、あの菓子を買わせた甲斐はあったな)


 今後も両者に疑われない範疇で、ちょくちょく手を出していこうと考えるガリウスであった。彼の目論見は成功するのかは、まだ誰にもわからない。

国政に関わっている人、特に総理が遊んでいる姿を写真に収めてけしからんと言う人がいますけど、私にはあれが分からない。


総理だって人間なんだから、休むべき時には休むべきだと思うんですけどね。緊急事態じゃないときなら、趣味をやっていようが遊んでいようが構わないと思うんですが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 公務員相手に「俺たちの税金で!!」って騒ぐ奴いるけど、そいつらは24時間365日一秒たりとも休むことは許さんっていうブラックも真っ青な思想持ってるやべー奴らです。 その公…
[一言] 総理のような立場の人こそオンオフは大事ですよね。
[一言] 緊急時以外の休暇は何をしてても良いと言うのは同意ですが… どう見ても緊急を要するのに休日だからとスルーする官僚がいるのがねぇ…(溜息 そう言う人が多いからそう言うブラックな事言う人が出るんじ…
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