11月18日
この日、まだ11月だというのに日本各地に雪が降った。降らなかったのは沖縄と九州の南部のみ。異世界にやってきた以上、確かに今までの気象情報は役に立たないところも多いので、降ってもおかしくはないのかもしれないが。
ただ雪が降ったといっても吹雪いたり馬鹿みたいな量が降ったわけではないため、対処は容易かったが。
「早い雪だな……11月にしては寒いと思っていたが」
降る雪を眺めながら光はつぶやいた。雪は木や草花に落ちたものはしばし残るが、道路などに落ちた雪はすぐに溶けて排水される。この時代の日本には、たとえ北海道の稚内であってもアイスバーンや高く壁のように積み上げられた雪という物は存在しない。降ってきてもすぐに雪を溶かして排水するシステムが全国各地に完全配備されているからである。
このシステムも、元々は地球に日本が存在していた時に雪が降る国から要請という名の恐喝を受けて開発したもの。だが今はこうして純粋に日本のために役立っている。今や雪は意図的に積もってもいいところにしか積もらず、交通を妨げるようなことはない存在となっていた。事実、ニュースの方も今年初めての雪が降ったことは伝えても、雪による事故の多発に注意といった呼びかけはしていない。
急ぎの仕事はないためゆっくりとしていても問題はないのだが、最低限の業務はある。なのでさっさとそれらを片付けて、雪見酒にしゃれ込もうかと考えていた光の執務室のドアをノックする音が聞こえてくる。
(誰だ? 今日はこれといった面会の予定はないはずだが……?)「はい、どなたですか?」「すみません、池田です。お忙しいところ申し訳ありませんが、話し合いたい議題がございまして」
声をかけてきたのは大臣の一人である池田であった。部屋の中に招き入れて、話し合いたい議題という物を光は聞くべく椅子に座りなおして体勢を整えた。
「それで、話し合いたいこととは何かね? 何かしらの問題が発生したのか?」「いえ、問題というよりは1つの祭りについてのお話なのですが。今日雪が降っておりますが、どうもこちらの世界にとって雪とはただの邪魔ものでしかないという印象しか存在しないようなのです」
無理のない話であった、寒いだけではなく足元を取られるし、中途半端に溶ければ氷となって歩くのが危険な場所へと変じてしまう雪は、厄介者として扱われる事は避けられないだろう。
「そこで、今年……札幌で過去に行われていた雪まつりを復活させてみようではないかという話が大臣の間で持ち上がりつつありまして。雪は邪魔物になる一方で、芸術作品を作る土台にもなるのだと世界にアピール。ゆくゆくは各国の芸術家が、雪で作った自分達の作品を競い合える場として機会と場所を提供できるようにしたい。そういう計画が進んでおります。こちらを見ていただければ」
池田大臣から差し出された企画書を光は改める。過去に行われていたという雪像の作り方を記載した資料に始まり、期間を12月後半から1月いっぱいの間とするなど……そしてかかる費用や観光として訪れやすいように宿泊施設を始めとした建築予定などが挙がっていた。
「ふむ、かなりの突貫作業となるのではないか? 今は11月だぞ?、それで12月の後半から始めるとなれば準備期間は1か月あるかどうかだ。時間的に大丈夫なのか?」「ええ、確かに一般観光客を受け入れるのは難しいでしょう。ですので今回は各国の上層部の皆様のみをお招きし、各国の一般の方々にはどういう物なのかを映像で見ていただきます。その反応次第でこの計画を来年以降により進めていくのか中断するのかを見極めようと考えております。この計画は、今年で全てを完了させると言う訳ではないので」
池田大臣の言葉でもう一度光は計画書を読み直す……確かに、これらの計画は今年は最小限に抑えて、各国の評判が良ければ来年から本格的に始動すると後ろの方にあった。
「なるほどな、各国の上層部も来年の事に向けて疲れがたまっていることは容易に予想がつく。ならばこちらの祭りの視察に来てもらうという理由をつけて休んでもらうというのもいいか……雪像製作者たちは確保で来ているのか?」「ええ、この手の作品を作るのが好きな者たちとは連絡がついています。あとは総理の承認があれば、祭までに完成させる計画がスタートします」
池田大臣の話と、計画書を読み終えて光は話し合って札幌雪祭りの復活は理があると判断した。
「よし、ではこの件についての会議を行うこととしよう。会議はいつできる状態にできる?」「明日の午前9時半にできるように全大臣のスケジュールは調整されています」「なるほど、あとは私の判断次第という処まで整えてから持ってきたと言う訳か。では、明日の午前、そちらの予定通りの時刻にて会議を行う。それでいいな?」「ではすぐに手配を行います、失礼します」
池田大臣が部屋を後にした後、光は政務に戻りつつ考える。
(今まで何度も休息をする理由をもらってきたからな。ここらでこちらがその理由を作ってお返しをしてもいいだろう。タイミングも良い、ここら辺で一息つきたいと各国の上層部も内心で思っているだろうからな。休めるときに休んでおかなければ、いざというときに力が出せん。常に力を限界まで使っていては、いざという時に振り絞れる物が残らん)
各国の交流のために日本が祭りを行うとなれば、各国の国民の心境を悪化させることなく上層部を招いて休ませられる。何せ招かれた祭りに国を代表して出席する、というのは立派な仕事だ。なので彼らの罪悪感をあおる心配もない。ここで休み、英気を養い、そして国に帰ってもらってまた仕事をしてもらう。そう、自分がやってもらった事を今度はしてあげるのだ。
(幾度となく助けてもらったからな、今度はこちらが助けてこそ協力という言葉が使える。助けてもらってばっかりでは協力とは呼べん、それはただの寄生になり下がってしまう。だからこそ、こういう機会はしっかりと使っていかないとな。個人的にも国としても、借りっぱなしというのは不健全なことにしかならん)
借りを返すため、光はこれを最大限利用することに決めていた──そして翌日の会議となった訳だが。
「日本らしいものを重視して──」「今の世界に適応するべきだろう、制作が可能ならば各国のものも積極的に作っていくべき──」「しかしそういった物を作って満足してもらえなかったら──」「だからと言って日本の物ばかりでは他の国からの賓客を招く意義が──」
会議は荒れていた。雪祭りの復活などの部分はすんなり決まったのだが、荒れたのは作る雪像の内容だ。日本の物をメインに作って、まずはどういう物なのかを知ってもらう派閥と、新しい世界に来たんだから、他の3国の有名な物も作ってより広く興味を引いてもらうべきと主張する派閥のバッチバチな意見をぶつけ合うバトルが勃発していた。
「とりあえずの例として展示するのに、失敗があってはまずいだろう! うかつに各国の模写してはいけないもの等を作ってしまっては取り返しがつかんのだぞ!」「当然下調べはする! そのうえで当り障りのないものの中で各国の物だと分かるものを作るのだと言っている! やはり自国の物があるというだけで、人は落ち着くものなのだ!」
どちらにも正当性がある意見だと考えて居るため、どちらも一歩も下がらず殴り合うかのような論戦が交わされる。時間はすでに午後3時。お昼休憩として1時間ほどの休みは入っているが、それ以外はひたすら論戦をぶっ続けている。
「むう、双方ともに言わんとすることは分かる」「それだけに、こちらとしてもなかなか意見を決めにくいところがありますね」「どちらも間違ったことは言っていないですからな」
そしてどちらにも属さなかった大臣達も悩んだ。双方の言い分は十分理解できるし、失敗が許されない以上熟考する必要がある。そしてその結果どちらにも決められないという考えの堂々巡りを続けている。このままでは埒が明かぬ、と感じた光がついに動く。
「そこまでだ。双方の言い分は分かった、そしてその主張はどちらも筋は通っている。そこで、妥協案を出そう。まず、雪像だが……日本の物をメインに据える。だが、この後私が各国の首脳に描いても構わないものを直接伺おう。それらの中から雪像にすると見栄えのするものを数点制作する。そうすれば数は少なくても各国上層部は、こちらの物も取り扱ってくれている、と感じてくれると思う。どうだ?」
光の言葉に、一転して会議室が静かになる。そんな誰もが考えるが故に口を開かない時間が数分ほど過ぎ、ぽつぽつと意見が出始める。
「総理の案なら、双方の意見は汲んでるか」「総理が聞いてくれるというのであれば一番問題はないでしょう……」「これ以上議論を続ける意味も薄いか。もう言うべきことは出尽くしたと感じられるほどには戦わせていたわけだしな……」「明確な他の案が出せない以上、総理の案に従うことに不満はないですな」
ようやく、朝の9時半から始まった会議にようやく終わりが見えた瞬間であった。そのあと、光が話を聞いて作る事に許可が出た雪像は、マルファーレンスは剣と盾と鎧。フォースハイムは杖とローブ(を着た男女のペア)、フリージスティが銃と勲章(勲章に関しては、今回限りという条件付き)であった。
こうして、奴隷時代から抜け出した日本にまたひとつ忘れ去られてしまった行事が復活するのであった。そして全国各地にお祭りが蘇っていく契機になった、と後の世に記されている。
久々の更新ですが、書くのにかなり苦戦しました。




