11月8日
大盛況のうちに終わった第1回の4国合同模擬戦。それから数日後、光はマルファーレンス帝国の宮廷に呼び出されていた。呼び出し主はガリウスである。
「急遽この様な形で日本皇国の総理を呼び出す事になってしまい、まことに申し訳ない。そして来てくれたことに感謝する」「幸いにして自由が利く状況でしたので、応じさせていただきました。それにマルファーレンス帝国は大事な友人であります故」
公式な場なので、ガリウスは普段と口調が違う。それに少々どころではない違和感を感じている光だが、当然そんな事を顔にも口にも出してはいない。出すようでは総理なんてやっていられないとも言うが。
「呼び出した理由だが、単刀直入に言おう。回りくどい話など、今の我々には不要故な。話というのは、我が国に提供してくれているブレイヴァーであるが……もう少し数を提供して頂くわけには行かないだろうか?」
このガリウスの言葉に、光は渋い顔をする。その表情を見たガリウスはため息をついてから言葉を続ける。
「やはりそうか……無理を言ってすまぬな。実は先日の模擬戦を見た影響で、乗り手として志願する者の数が増える一方でな。反乱でも起こしたのかと言わんばかりの勢いでここに来て、日本皇国に掛け合って欲しいと懇願されてしまってな……」
この現象は他の3国でも起きていたが、やはりマルファーレンス帝国が一番大きく起きていた。ガリウスが疲れた表情を浮かべているのも全てが全て演技という訳ではない。それぐらい血相を変えて詰め寄られたガリウスやフルーレの精神的疲労は想像する事が難しい程に酷かった。
「いえ、そう言いたくなるお気持ちはお察しいたします。しかし、こちらもすでに全力中の全力を出して生産に当たっております。どうか、その事はガリウス陛下を始めとしたマルファーレンスの皆様にもご理解いただきたい」
光の言葉に、マルファーレンスの宮廷内に溜息が漏れる。日本皇国はすでに全力で事に当たっているのだから、通らぬ願いであった事は国の上層部はもちろん把握している。が、それ以外の人々はそうではなかった。そして正式に今は無理だ、と光に言われてしまった事で、ブレイヴァーに乗せられる人の数が増やせない事が確定したために戦いの場に出られない人々が無念さを表に出してしまったのだ。
「貴様ら、失礼な事をするな! 今回無理を言っているのはこちらなのだ、願いが通らぬからと言ってそのような溜息を吐くのではない! 気持ちは分からんでもないが、わざわざやってきてくれた日本皇国の総理に対して情けない姿を見せるでないわ!!」
溜息を吐く者達に対して、すかさずガリウスからの厳しい叱責が飛んだ。周囲の空気が一瞬にして張り詰めた物となる。その状況のなかで、周囲を一喝したガリウスは光に向かって深く頭を下げた。
「我が国の者が大変無礼な態度を取った。この国の象徴としてこの通りお詫びする」「お詫びは受け取ります、ですから頭をお上げになってください」
ガリウスが詫び、光がそれを受けてすぐに許したことで場の空気が少しだけ緩む。ガリウスが「詫びの代わりに、夕食を振舞わせていただきたい」と光に話を振り、光はそれを受けた事によって険悪なムードが漂う事は避けられた。
そして、その夕食の最中。
「ヒカル殿、今日は済まなかったなぁ。無理だというのは当然分かっていたんだが、国民がこうしないと納得しなさそうだったのでな……時間を割いて演技してもらう羽目になってしまった」
何のことはない、この日のやり取りはガリウスから話を持ち掛けられた光が、お互いにブレーンを交えて話し合って仕立て上げた場でしかなかったのだ。目的はこれ以上ブレイヴァーの追加生産は無理であるという事を、しっかりとマルファーレンスの国民に理解させること。
「こちらでも、先日の模擬戦の後にこの宮廷に押し掛けてくる人の数は凄まじかったという情報は掴んでいました。こういう芝居でマルファーレンスの戦士の皆さまが納得して矛を収めてもらえるのであれば、進んでやりますよ」
日本皇国としても、マルファーレンスの国内でゴタゴタが起きたり長引くことを望んではいない。4国の連携が取れてこそ、来年発動するヒューマン・トーカー作戦の成功が見込めるのだ。なので、これぐらいの演技をして見世物になる事で今回のような問題が大きくなる前に終わってくれるのであれば、光にとってやらないという選択肢はない。
「そう言って頂けるのは本当に助かります……あの日は本当にすさまじい熱と共に大勢の戦士が宮廷に押し寄せましたから、一瞬革命という言葉が頭をよぎったほどです」
同席していたフルーレも、鳥肉のソテーを食べながらそんな言葉を口にした。普段の凛々しい姿など影も形もなく、疲れ果てた人間の顔をしていた。どうやら、此方が入手した情報よりももっときつい状況だったのだろうと、光は考えを改めていた。
「本当にヒカル様を始めとした、日本皇国の上層部の皆様には感謝しなければなりません、こんな芝居を打つ事に対して積極的に協力して下さったのですから」
これはフレグの言葉。彼の言う通り、日本皇国の大臣達もこの芝居をやる事に対して協力していた。当日光が一日自由に動けるように仕事のスケジュールを調整したり、どういう話し方をした方がいいかをマルファーレンス側と話し合ったり。時間がない中で行われたので大変……何て事を漏らす大臣は居なかった。
「地球に居た時に比べれば、楽な話です」「話が通じるってのは、ありがたいですなぁ」「共存共栄が出来るんです、多少力を貸したっていいと思える隣人がいる事は幸せです」
日本皇国の大臣達はそんな事を言っていたと蛇足かもしれないが明記しておく。
「なんにせよ、日本皇国に此方が頼んで、日本皇国側がこれ以上はどうやっても難しいという返答を返した事実はすぐに広まるはずだ。この話の結果を元に沈静化させるぞ、フレグ、フルーレ」
ガリウスの発言に、二人は静かに頷いた。と、ここまでは真面目だったのだが。
「そもそも追加発注が出来るなら、最初に俺の専用機を作ってもらわなきゃ話にならんだろうが。あのびっととか言う兵器は面白いからな、ぜひ俺の専用機にのっけてもらって──」
そんなガリウスの発言に、フルーレの冷たい視線が飛ぶ。フレグは無視した。何せフレグは専用機を作ってもらってしまっている以上、自分が口を出すと「お前はずるいぞ!」とガリウスから詰め寄られる事が分かり切っているからである。
「また、フェルミア様と沙耶様をお呼びいたしましょうか?」
もはや絶対零度という空気を漂わせたフルーレが容赦なくそんな言葉をガリウスに叩きつけた。いや、叩きつけたというよりは絶対零度の空気の中に突っ込ませたという方が正しいかもしれない。ガリウスの表情があっという間に真っ青になっていく。
「そ、それはやめてくれ。今は考えていないぞ、うん」「『今は?』」
ガリウスの発言に対してすかさず行われたフルーレの返答は、凄まじくドスが効きすぎていた。美人が刃物持ちだすと、ますます怖いよななんて事を光とフレグは偶然? にも同じことを考えていた。もちろん両者ともに口は一切挟まない、あんなドスが効きすぎているフルーレの発言の切っ先を自分に向けられたらたまらないという考えからだ。沈黙は金とばかりに二人は黙って我関せずとばかりに静かに食事を続けていた。
「今はない、という事は少し時間が経ったら要求する、という事でしょうか皇帝陛下」「あー、いや、それは引退した後にやるから、な、な? フェルミアや沙耶も象徴の座を譲った後ならいいと言っていたじゃないか」
フルーレの言葉に、ガリウスはタジタジである。なおも絶対零度の視線を送っていたフルーレだったが、ふっとその冷気を収めた。
「まあいいです、それを覚えているのであれば私からあれこれ言う事はしません。ですが先程はまるで神々の試練を乗り越えた直後にすぐ作りたいというような雰囲気を感じ取りましたので」「は、ははは。まさかそんな事はないぞ、無いんだぞ」
言うまでもなく、そのつもりであった事がバレバレなガリウスの言葉に、フルーレは特大のため息をつく。そして光に向き直ると……
「ヒカル様、あのバカの専用機は当分作らなくていいですからね? 作る事を約束したら後継者の教育を投げ出して、すぐさま退位しそうですから」「え、ええ。分かりました」
光に対しては一切威圧をしていないフルーレであったが、先程のやり取りを見ている以上、光もつい少しだけたじろいてしまった。
「まあ、その話はこのあたりで。それよりヒカル殿、日本では近頃わが国だけでなくフォースハイムやフリージスティの料理を研究し、組み合わせる事が行われていると伺っています。どのような料理が出来たのか、完成した時はぜひ食べさせていただけないでしょうか?」
古来より日本という国は他国の文化を知り、自分達流にアレンジするという事をやって来た。その為、少し余裕が出てくれば各国の料理を調べ、自分達の料理をより高めようという日本人が出てくるのはもはや必然である。ここから先はそんな料理談議に花が咲き、絶対零度が訪れる事無く食事が終わる事となった。
ガリウス陛下は書きやすくて助かる。




