9月12日
ティアとブリッツの専用機騒ぎから数日後。光の回りは穏やかな日々が久しぶりに続いていた。ブレイヴァー、ソーサラー、ランチャーの生産状況は良好。神威・零式を解体し、使える部分を再利用しての神威・弐式量産の方も順調。宇宙へと飛び立った大和からも、基地の製作に問題は発生していないと報告が入っていた。
(全体的に見て、想定していたペースよりやや早いな。それでいて問題なく順調か……うん、これならば安心して推移を見守っていられる)
各種報告と予定表を見比べて光はそう感想を心の中で述べ、ほうと息を吐く。後はこのペースで行ってくれれば十分な備えを持って事に当たれる。そうなって欲しい……何せ、自分達はもちろんだがこちらの世界に長く住んでいた人々にとっても初めての一大作戦なのだから、余裕は少しでも多い方がいい。
光の政務はここ最近ではほとんどない。他の国とのやり取りも良好で、光が直接出張らなければならない案件はない。今後の大きな案件は、11月1日に決まった各国の国民の行き来の自由化に向けての準備ぐらいだろう。それも大体は大臣や官僚たちが中心となって動いており、そっちの方も問題が起きたという報告はない。
(まあ、どうせ忙しくなる時はなるのだから今はゆったりと過ごさせてもらうか。以前の様に体調不良でいろんなところに迷惑をかける方が問題だ。世界は今、神々の試練に初めて勝利するという目標で一致団結している。そこに、自分が体調不良で指揮が取れなくなったなんて事になったら、水を差すどころでは済まない)
以前の失敗を思い出しながら、同じ轍を踏まぬようにしようと光が考えている所で、執務室のドアをノックする音が聞こえてきた。今日は誰かが来る、と言う予定は無かった筈だが……と訝しみながらも光は返事をする。
「どなたですか?」「光殿、済まない。フルーレです……あと、フレグ殿も同行しています」
来る予定のなかった客に首を捻る光だが、さすがに来ているのを追い返すわけにもいくまい。そう考えて入室を許可する。入ってきたのはフルーレとお疲れ気味のフレグ。いったい何があったのだと、光は首を傾げる。
「前もって連絡もせず、押し掛けた事をまずはお詫びします」「本当に申し訳ない、このように押し掛けるなど礼儀に欠ける行為だというのは重々理解しているのだが」
入って来たフルーレとフレグは、最初にアポを取らずにやって来た事を光に詫びてきた。光はその謝罪を素直に受け取り、何故やって来たのかを聞くべく話を促した。その光の対応に口を開いたのはフルーレだった。
「その、実に恥ずかしいお話となるのですが……私の父であるガリウスが、唐突に『俺もブレイヴァーに乗って出撃するぞ!』と言い始めたのです。私やフレグ殿があれこれ説得を試みましても、首を縦に振らず駄々っ子の様に俺も出るんだの一点張りで……」
話を聞いて、光だけでなく傍にいた長門と大和の分霊も頭を抱えた。国の象徴なんだから、もっとデンと大きく構えていて欲しいのに、そんな事を言い出すとは……以前会った時も自由な人だなと言う感じはしたが、こんな時に発揮しないでほしかった。
「あの御方は……」「無茶苦茶言ってるな」
長門と大和の分霊も、そんな言葉を呆れながら口にする。
「ヒカル殿も出撃するそうではないか! ならばともに出撃して蹴散らしたい! とまあ、完全に戦闘に参加する方向に動いている状態でな……止めに入っている周囲にも何故止めるのだ! と怒鳴っている有り様なのだ。だからヒカル殿と同じ立場にある私がガリウス殿の代わりに出ると言ったのだが、ますます猛って来てな」
フレグの話を、疲れた表情を浮かべるフルーレが続ける。
「そこでフレグ様が専用機を作ってもらうという事も知りまして、俺も専用機を作ってもらって出撃したいぞ! とますます要求が上がってしまいました。我が父ながら、あのブレイヴァーがVRではなく実際に動くところを見て火がついてしまったらしく……多忙なヒカル様にこんな事を頼みたくはないのですが、何とかして説得して頂けないでしょうか?」
ここまで話すと、フルーレは普段の彼女とは思えない行動を取った。ぺたりと地面に座り込むとおいおいと泣き始めたのだ。
「あのバカ父は! この大事な時にどうしてこういう行動を取るんですか! いっつも後で尻を拭くのは私やフレグ様ばっかり! 周囲の迷惑を顧みない行動は控えて下さいとあんなにお願いしてきたのに! あのバカは一回100年ぐらい寝込めばいいんです! もう嫌ぁ!」
フレグに向かって光は(どうすりゃいいの?)と目で訴える。だがフレグは光に目で(こちらとしても困ってるんです)と切ない心情を訴えてきた。そして泣き止まないフルーレ嬢と言う、さっきまであった穏やかさなどどこにあったのかと言うぐらいカオスな状況が出来上がってしまっていた。
「説得するとしても、どうすればいいんでしょうか?」「流石に国の天辺を殴っちまうわけには行かねえよなぁ……」
長門と大和の分霊もどうした物かと悩み始める。光としても何とかしてあげたいが、流石に大和の言うようにぶん殴るわけには行かない。しかし、これと言った手段も浮かばない。殆どの手段はすでにフルーレとフレグがやったのは簡単に予想がつく。ここで自分が出向いてもどうにもならないかも知れない。
(とはいえ、放っとけないよなぁ。そうだ、先に聞いておくか)
もしかしたらフォースハイムのフェルミアやフリージスティの沙耶も乗りたいと言って来るかもしれない。光はそう考え、両者に繋ぎを取った。光からの唐突な要望であったが、両者ともに快く応じ、光からの話を聞いた後……
『あのおバカはまた無茶な事を言い出しましたか!』『フルーレに必要以上の負担をかけるなと何度も言って置いたにも拘らずあの戯けは! フルーレ、安心せい! わらわも説得(と言う名の力技)に力を貸してやるぞ!』
と、両者怒髪天の形相を浮かべながらブチ切れた。
『私達は象徴! ティアが戦いに行くというのですから、国に何か動揺するような事があった時の抑えとして国に居るのが当然でしょうに!』
『フェルミアの言う通りじゃ! こちらもブリッツが行くのじゃから、わらわ達は国民が動揺しないようにどっしりと構えて余裕を見せ、不安を和らげるという大事な仕事をせねばならぬじゃろうに!』
なお天皇陛下もこの二人と同じ意見であり、今回は出撃はしないと光に伝えて来ている。光に私の分まで暴れて来て欲しい、ぐらいの言葉は言ってきたが。
「そうです、私やフレグ様も同じ意見なのです! 私も出撃せずに国に残るのはフェルミア様や沙耶様のおっしゃる通りの理由なのです! なのにあのバカ父は「お前がいるんだからいいだろう」とのたまったのですよ!」
フルーレの涙の訴えに、フレグも頷く。そしてますます怒るのはフェルミアと沙耶の両名。
『ねえ、沙耶様。これは仕置きが必要だとは思いませんか?』
『フェルミア殿、言うまでもない。久方ぶりじゃがわらわとの連携を叩き込む必要がありそうじゃ。明日、早朝から乗り込むぞ! 光殿、すまぬがその二人は今日は日本に泊めてやって欲しい。明日、わらわ達と共にあのバカの元に乗り込む故な!』
女性二人の放つ怒りの迫力に押され、光は頷くしかなかった。こうして、規模はでかいがやる事が小っさい歴史には載せたくない出来事が起ころうとしていた。
ちょっと短めですが、今週はここで。




