8月25日
大和が宇宙に旅立ってから少し時間が経って。今日、ここマルファーレンス帝国の王都から少し離れた場所に大勢の人が詰めかけていた。その中には国の象徴であるガリウスやフルーレの姿もある。当然フレグもそこに居るのだが、普段の彼からは予想もつかないぐらいに彼はそわそわしていた。
「フレグさん、そうそわそわしていてはマルファーレンス最強の戦士としての威厳が無くなってしまいますよ」
見かねたフルーレがそうフレグに声をかけるが、フレグのそわそわするそぶりは一向に収まらない。
「フルーレ、そう言ってやるな。今日遂に、完成したブレイヴァーが来るんだろう? 我が国の未来を託す戦士が来るんだ、そわそわするのも仕方がないだろう」
ガリウスは娘の言葉に、そのような軽い反論を含んだ言葉を吐く。もっとも、体の方はでんと威厳たっぷりに構えているが心の方はフレグと大差ないほどにそわそわしていた。いよいよ、自国の戦士が乗る事を前提としたゴーレムが来るのだ。この日を首を長くして待っていたのだから、無理もない。
そんなガリウス、フルーレ、フレグを含む大勢のマルファーレンスの国民達の前に、ついに完成したブレイヴァーが転送されてきた。5機転送されてきたブレイヴァー達は皆マントを纏っている……ブレイヴァー達はガリウス、フルーレ、フレグの前に立つと揃って一礼。そして、マントを脱ぎ捨てた。
「おおー……」「やっぱり、現物を見るとすごいと感じるな」「神々の試練に立ち向かえる戦士が、ついに仮想ではなく現実に姿を見せたか」「何という重厚感。凄まじい物を作り上げたものだ」
ブレイヴァーの姿を見た国民達からは様々な声が飛ぶ。今日はこの場でブレイヴァーのお披露目とデモンストレーションが行われる……乗っているのは、マルファーレンスの戦士の中でも特に成績が良かった5人。なお、彼らは神々の試練でもこの機体で戦う事が内定している。
まず、武器がお披露目された。3種類の追加装備パックを身につけたブレイヴァーが、空に向かって各武装を出力を絞った状態で放つ。その度に歓声が巻き起こり、ついに自分達も神々の試練に真っ向勝負をすることが出来るのだという実感を与えて行く。
次に、追加装備パックをつけていない2機による演武が行われる。その動きに国民達はまたも驚かされた。その動きは彼らがすでに味わっているVRの中で見た動きよりもより滑らかに動いていたからだ。流石に完全に、とまではいかなかったが、中に乗っている二人の動きを9割弱まで再現することが出来た研究の成果は圧倒的だった。
「すごい動きだ」「あの巨体が飛び跳ね、剣を振るい、盾で守るのか」「俺達の動きをあそこ迄出来るようにするとは……日本皇国の技術って奴は相当だって事を思い知らされたぞ」
あちこちで歓声と感想の述べ合いが行われていた。その様子に、ガリウスは実に満足そうに頷いていた。
「うむ、日本の皆は本当によくやってくれた。これで士気が落ちる事はもうあるまい。むしろ早く戦いの日が来ないかと、皆が待ち焦がれる事になるだろう。戦士としての心に火がついておる今ならな」
ガリウスの言葉に、フルーレとフレグも頷く。もはや臆する者はいない。戦士の国としての在り方を今、本当に取り戻すことが出来たと実感しているのである。
「さて、いよいよ本番か。演武を行った二機の模擬戦だな」
ガリウスの言葉に、フレグが頷く。実際に戦えばどうなるのかを仮想ではない現実で、直接見てもらう。これがお披露目の最後にして最大のプログラムとなる。始まる前に警告が飛び、ある程度退避してもらって安全を確保した後に、模造刀と盾を持った二機が向かい合った。
「素晴らしい戦いを期待する。では、はじめ!」
ガリウスの声が響き渡った直後、二機のブレイヴァーがぶつかり合った。のちにマルファーレンスの歴史書ではこう記される。マルファーレンスの新しい歴史はこの戦いから始まったのだと。
「そうですか、すべて上手く行きましたか」『日本の皆にはなんとお礼を言えばいいのか。戦士達の心から消えかかっていた火が、今日間違いなく再び大きく燃え上がる様を見れた。神々の試練でも、我々が先陣を切るのだと』
その日の夜、光はフレグからブレイヴァーのお披露目が上手く行ったとの報告を受けていた。色々上手く行くように話し合い、準備をしてきた。それでもやっぱり蓋を開けるまではどうなるか分からない部分が多い。だからこそ成功したという報告を聞けたのは嬉しいのである。
「しかし、機体名はブレイヴァーのままでよかったのですか? マルファーレンスの皆さまがしっくりくる名前にして下さっても良かったのですよ?」『ブレイヴァーは、そちらの言葉でのブレイブ、勇気と言う言葉からとられたのだろう? それをこちらでも知った以上、変えたいという意見は出なかったのだ』
力をくれた日本皇国が、勇気を元にした名前を付けたのであれば文句はない。それがマルファーレンス側からの返答であった。困難に立ち向かう勇気は、マルファーレンスが特に大事にしている心。むしろ変えてはいけないという意見が圧倒的に多かった。
「皆様が納得していると仰るのであれば、こちらからは無理に変えて欲しいと願う事はありません」『むしろ良い名前を付けてくれた、という意見が圧倒的に多かったな。むしろこちらこそ感謝したい』
フレグの言葉に、光も内心で喜んでいた。マルファーレンスの人々に勇気を与える存在になってくれたのは、純粋に嬉しい。
「最後の模擬戦は、どうなりましたか?」『いやあ、実に圧巻だったな。大きな存在があそこ迄精密に動き、戦う姿を現実で見ると迫力が凄まじい。既に仮想現実で何度も見ていたが、やはりそこでは味わえぬ感動などの感情が沸き上がるのを抑えるのに苦労したぞ』
尤も、その感情はフレグだけではないが。ガリウスもフルーレも、そして国民も皆、その模擬戦にくぎ付けになった。戦いは20分以上続いたのだが、誰も目を離さずに食い入るように見ていた。そして、機体に乗って戦える日を楽しみにした。
『これからもよろしく頼む。もちろん、今後も貴国で困難があれば遠慮なく言ってくれ! 必ず力になると国の名に誓おう』「その時はよろしくお願いいたします。ブレイヴァーは完成次第そちらに転送しますので、保管、整備する場所の建設をお願いします」『心得ている。では、失礼するぞ』
そうして、通信が終わる。通信を終えた光は背もたれに体重を預けて大きく息を吐き出す。内心は単純で、上手く行って良かったの一言に尽きる。期待をされると、気が付かないうちに心の中にあるハードルが高くなっていく物だが、そのマルファーレンス国民の心の中にあるハードルを越えることが出来たからである。
(まだフォースハイム、フリージスティの方もある。だからこそ最初の一歩であるマルファーレンスで躓くわけには行かなかったからな。如月司令にも随分と骨を折ってもらっただけの成果は出せたようでよかった。期待に応えられない技術屋に対する評価は一気に低いものとなってしまうからな、そうなったら我々の子孫にまで問題が及ぶ可能性は十分にある)
自分達が栄えればそれでいい、ではダメなのだ。子の世代、孫の世代、そしてその先まで日本がこの世界でちゃんとした役割を果たせるのだという存在感を示さなければならない。だからこそ食でも機体の製造でも一定以上の成果を出し続ける必要がある。あの国は必要なのだ、協力し合った方が良いと考え続けてもらう為に。
(俺達を信じてくれ、なんて言葉だけでは誰も信じてはくれない。行動し、成果を出し、結果を出す事でやっと信頼という物が生まれるのだからな)
だからこそ、今日と言う日が上手く行って良かったと光は胸をなでおろしているのである。VRなどで散々ブレイヴァーは見せてきたし、神威・弐式だって見せる事でアピールしてきた。でもやっぱり自分達が乗る事を前提に考えた機体が現実に目の前に出てくる事のインパクトは大きい。だからこそ、失敗すると失望に繋がってしまうのだ。
(とにかく、良ーいドンからのスタートは上手く行った。後はフォースハイムとフリージスティでも同じような結果を出せれば、ひとまずは安心だな)
体調は随分と良くなりました。ただもうしばらくは様子を見ながら無理しないようにやっていきます。
製本作業も大詰めで、今年中には出せそうです。
 




