7月23日
数日間、何事もなく平穏な日々が続いた。各種作業は滞りなく進んでいるという報告以外に大きなものはなく、光もきちんと安定した睡眠時間を取ることが出来ていた。しかしこの日、光の元に大量の嘆願書が届いた。送り主は日本以外の3国の国民達からである。内容は皆同じで、先日各国に設置したVR機材の増量を願う物であった。
(むう、確か報告の中には多少そう言う意見がある、程度だったはずだが……この嘆願書の量からして、無視は出来んな)
幸い今日は定例の会議がある。大きな議題もなく、現在の状況の確認を各大臣と共にする程度の物だった。だから、そこの場でこの嘆願書事を議題にあげる事を光は考えた。それからややあって、定例の会議が行われた。各大臣から色々と報告が上がるが、どれも大体順調との事で、これと言った問題は提起されなかった。
「分かった、各自そのまま進めて欲しい。そして私から一つ議題として話し合いたい事があるのだが──おいそこ、そんな嫌そうな顔をするな。総理がまた面倒事を束にして持ってきたと言いたくなるような表情を浮かべるな。気持ちは分かるんだが……無視できない事があるのだ」
そうして光は、自分の所に届いた大量の嘆願書を目の前に置く。数人の大臣が手に取って中身を確認すると……
「むう、これは結局、パイロット選出のために各地に置いたVRの機材をもっと増やしてくれという事ですな」「かなりの数を配置したはずですぞ?」「しかし、この嘆願書の中身は皆同じ事を願っている。総理、如月司令と連絡はとれませんかな? 少し話を聞いてみるべきでは」
と話の流れが出来上がったので、光は如月司令とコンタクトを取る。そして通信越しに浮かび上がった如月司令の顔は少々お疲れ気味であった。よく見ると、カメラのぎりぎり端っこに何本かの栄養ドリンクが転がっている。
「如月司令、毎回済まないな」「いえ、問題ありませんよ。本日はどのようなお話で?」
光が嘆願書を前に置き、VR設備についての話をすると……如月司令が右手で顔を覆った。
「総理の所にまで行ってしまっていましたか……そうなのです、本来のパイロット選別と言う目的から大きく外れ、誰が一番強いのか、上手いのかの対戦やスコアアタックを目的とした戦いが各地で勃発してしまったのです。さらに通信機能を使った対戦、協力のシステムが存在していた為、距離が離れた人とも容易に同じ舞台に立つことが出来るという事で……」
如月司令の言葉に、光や大臣達も渋い表情を浮かべている。が、そんな中でも如月司令による話は続く。
「ですがそうして切磋琢磨する事で、より強いパイロットが育成できているというのもまた事実でして。隕石破壊の方は、現在のトップで単騎でも500、ペアなら1200個以上を破壊する記録が打ち立てられています。その記録に追いつき追い越せと言う考えの元に、多くの人が技量を伸ばしているのです」
メリットもあるが故に、止める事も難しいのですと言うニュアンスの籠った如月司令の言葉に、光や大臣達もうーむと唸る。
「しかし、その一方であまりにもVRの戦いにのめりこみすぎて──日々の仕事や勉学をさぼる人が出てしまっている事もまた事実なのです。それを考えると、対策を講じないまま数を増やしてしまうと……ますますはまり込んで仕事をサボる人が増え、社会問題になるのは目に見えています。それもあって、私の方でこれ以上数を増やさない事と、一定期間内にプレイできる時間の制限をつけるという方向で指示を出すところでした」
如月司令の言葉に、確かにそうするしかない、数を増やすわけには行かないかと言う話が大臣達の間で交わされる。光としてもその大臣達の話の流れに反論する理由もない為、止める事はしない。
「確かに、社会問題になりえますな。そこまで加熱してしまっては、誰もが仕事を投げ出してVRの戦いに没頭してしまう事態に陥らせるわけには行きませんな……やはり、時間制限を始めとした様々な制限内容を付けるしかないでしょうな」「日々の仕事をおろそかにされては、各国の国家運営が狂ってしまいますな」「当然、3国は我々に責任を問うでしょう……我々も、そんな事になるとは思っておりませんでしたからな……」
それだけ、今回のVRによる各国専用機に疑似的に搭乗して戦うことが出来るシステムが素晴らしかったという事になるのだろうが……素晴らしかったが故に問題が起きるとは、光を始めとして大臣達、如月司令を始めとした技術班があまり想定していなかった事でもあった。
「かといって、取り上げる訳にもいきませんな」「もし取り上げでもしたら、我が国に相当の批判が飛びますぞ」「同盟にひびが入るやもしれません、取り上げるのは悪手でしょうな」
大臣達が言うように、取り上げるわけには行かないというのは光も思っていた事だ。疑似的な体験をしてもらって、実戦を迎える前に十全な経験を積んでもらう為に用意した物なのだから、使ってもらえないというのもまた困るのだ。ぶっつけ本番が通じるような簡単な戦闘内容ではないのだ。
「我々も、撤去するという事は全く考えておりません。ですが、どうした物かと……もう少し状況が纏まったら、総理に報告書を提出しようと考えていたのです」
如月司令がそう口にして、ため息をつく。そこに、光がぼそりと呟いた。
「トークン式にするほかないか……? 各国の上層部にトークンを配って、日々の仕事で働いたらトークンを国民に配布。良く働けば、良く学んで成績を上げるなりすれば、その努力や貢献に見合ったトークンを得られるようにする……餌で釣る形になってしまうが、これなら働かない人も減るのではないだろうか……」
光の言葉に、大臣や如月司令が同意した。アミューズパーク方式にしてしまったら、既に財を持っている人が一方的にプレイできてしまう。しかし、国家から払われるトークンならば、誰もが同じスタートラインに立つ形にかなり近く出来る。もちろん世の中に完全な公平という物は存在しないが、それでも今の状況よりは良くなるかもしれない。
「総理、その話を各国の首脳に打診してみてはいかがでしょうか?」「如月司令、トークンはすぐに作れるか?」「そうですね、数日貰えば個人認証付きで専用のトークンのみ認識するシステムを作り上げて設備を整えるのは難しくありません。後はトークン投入口を作るぐらいですか」
こうして、トークン式にするのは如何だろうか? と言う話を3カ国の代表に光は伝えた……そして。
「──と言う話はすでに聞いたな? 日本側からの新しい制限方法の提案だが」「確かに物で釣る形ではありますが」「ですが、良いのではありませんか? トークンを稼ぐためにはしっかりと働かなければいけないのですから。もちろん不当に他者の稼ぎを奪い取るような者が出ないようにしなければなりませんが」
翌日光から提案された制限方法について、再びフレグ、ティア、ブリッツは話し合いを行っていた。
「代案を出せない以上、俺は受け入れようと思う。確かに働きによって普段の給金に追加して得られる形なら、納得する者も多いだろう」
フレグはそう言って、受け入れる姿勢を示した。
「さらに、トークンは手にした個人をどうやっているのかは分かりませんが認識するようですね……これで、他者のトークンを盗んだり奪い取ったりして使おうとした泥棒が簡単に分かりますね……さらりととんでもない事をするものです」
ティアは、少々震えながらそのような事を口にする。
「ええ、ですがちゃんと考えているという事でもあります。どうしても他者から盗み取ったり脅し取ったりする悪党はいますからね……その点も先回りして対策を打っておく、反対する理由はありませんね」
ブリッツも日本のトークンシステム導入に前向きな姿勢を向けた。
「では、採用でよいな」「ええ、他の案を出せないですし、この件をあまり長引かせたくもありません」「決まりですね」
それから数日おいて、3国でVRシステムに対する今後の扱いについて発表された。反発も当然あったが、大半がのめりこみすぎて本業をおろそかにしてしまっている事への後ろめたさと、声がでかい連中の設備占領などの問題が起きていたため受け入れられた。
蛇足ながらその後数日間は、トークンが個人認証されているのに人から奪い取って使用しようとして設備から警告を飛ばされ御用となる連中がそこそこいた。そこからトークンは入れさせてその後のプレイを自分がやるという行為をやった者も出たが……現行犯できっちり裁かれた。トークン式にしたことで、ある程度誰もがプレイできる環境が整っていった事になる。
体調はある程度戻りました。熱中症にかかる寸前まで行ったのは初めての事で……
いや、本当に大変でした。エアコンも入れてたし、水分とをっていてもなりかかりましたからね。
本当に恐ろしい夏でした。




