5月18日
光が九死に一生を得たあの日から数日が経過した。 国民に生きて帰ってきた事の報告、国際連合から正式に脱退したとの報告、今後の総理としての振舞い方などを告げることから始まり、臨時国会を開き、今後の日本国としての行動の道筋、転移した後の対策など、たまっていた仕事をやっつけてようやく一息ついた、そんな状況である。
「光様に二つ、申し上げることがございます。 大事な話ですのでお聞き下さい」
何時になく厳しい表情と口調でフルーレが話を切り出した。
「一つめは光様に魔法を覚えていただきます、二つ目はこちらの国の代表が光様との直接会談を望んでおりますので、光様に都合をつけて頂きたい、この二点です」
一瞬その内容を聞いてあっけに取られた光だが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「二つ目の直接会談は、五日後以降なら引き受けよう、スケジュールも空けられる。 だが、魔法を覚えると言われても、俺に才があるかも分からぬし、そもそもこちらには『魔力』に値する物が全くと言っていいほど無いと思うのだが?」
光の言葉を聞いたフルーレが、頷いた後に静かに説明を開始した。
「会談のほうは五日後と言うことにさせていただきますね、時間などの細かい調整は後ほど行ないましょう。 では、魔法について簡単に説明させていただきます。 まず最初に『魔力』ですが、この魔法陣を展開してから、日本皇国に限り魔力が多少私達の世界より流れてきておりますので問題ございません」
光は首を傾げる。
「そんなことをして問題はないのか?」
フルーレは光の質問に答えつつ話を続けた。
「はい、と言うより今後のために必須であるといえます。 そもそも、転移にここまでの時間を掛けるのにはそれなりの理由がございます。 その最大理由は『こちらの世界の人達をゆっくりと魔力に慣れさせる事』でございます。 こちらの世界のように魔力がほぼない世界から私達の世界にいきなり転移させますと、大きな問題が発生してしまうのです。 私達はそれを『魔力濃度障害』と呼んでおります。 そちらの皆様が分かりやすいように申し上げますと、1番近いのは高山病が該当するでしょうか」
高山病とは、普段平地で生活している人が高い山などに登ることによって発生する『病気のような物』である。 軽いめまい、体調不良に始まり、それを無視して無理やり上ると倒れることはもちろん、最悪死亡する。 理由は酸素濃度の低下であり、体がその薄い空気に慣れていないために異常を引き起こすのだ。 一番の治療法は下山する事である、下山してしまえばケロッと治る。 高山病を発動せずに登山するには、無理をせず、ゆっくりと登る事で体を慣れさせる事である。 それでも発病してしまう人はいるのだが……。
「高山病はすぐに下山すれば問題になりませんが、日本皇国が私達の世界に転移してしまった後では、すぐに再転移する様な方法は使えません。 数人ならば魔力から隔離する家を作ることも出来ますが、数千万人ではそれも物理的に不可能です。 故に日本人の皆様に、ゆっくりと魔力に慣らすことでそれらの症状を出さないようにしております、慣れてしまえば全く問題はありませんので。 魔力は毒と言うわけではありませんから」
ふうむ、と光は顎に手を当ててしばし考え、思考を巡らせた。
「なるほど、では今この瞬間にも目には見えないが魔力は確かに存在しているというわけか。 しかし何故急に魔法を俺に教えようとする? そちらにとっても魔法の力に溺れないで欲しいと前に言わなかったか?」
記憶の糸を辿りつつ、光は言葉をつむいだ。
「はい、その通りです、ですがこの前のように、あのような無茶をする人にはそうも言っておられません。 貴方に今倒れられるのは私達にとっても大きな損害である、そう結論が出ておりますので」
当然、ここの無茶とはこの前の国際連合相手に光が起こした行動全般である。
「──そうか、分かった……魔法の事を教えて欲しい。 真摯に魔法についての勉強を行う事と、ならびにその危険性に正面からきちんと向き合う事も約束しよう」
フルーレはこの光の決定にほっと一息をついていた。 が、光の言葉はまだ終わっていなかった。
「それから、一つそちら側から融通してほしいものがある……ゴーレムを扱うことが出来る部隊員が居るのなら、しばらくこちらに貸し出して欲しいのだ」
この光からの申し出に、フルーレは考え込んだ後に疑問に思った部分を質問する。
「ええ、ゴーレム部隊はおりますが、あんなゴーレムをどう使うと言うのでしょうか? ゴーレムは動きは鈍く、行動も単調な事しか指示出来ず、あまり役に立つ物と言うわけではありませんが……せいぜい重い荷物の運搬ぐらいにしか使えない……そう考えられているのです」
この返答を受けて、光はついニヤリと笑ってしまう。
「だが頑丈だろう? そして二足歩行も可能……その技術が欲しいのだ。 言わば、『魔法科学』の第一弾として使いたい素材だ……それに転移するまでに、絶対に世界側がやってくる行動の阻止にも使えるはずだからな……」
浪漫と実益を兼ね備える物を作るためにも、ゴーレムの技術が欲しかった。 あんな物をどう使うのでしょうか? と首をひねり続けるフルーレを横目に光は電話をかける、電話の先は……とある工場であり、首相として視察に向かう事の確認である。 電話を受けた工場長は、まさか首相本人が直接電話をかけてくるとは予想していなかったようで慌てていたが。
この時点でもう分かる人には分かっちゃうかな……。




