5月12日
(光や)
「──じいちゃん?」
(光や。 お前は昔わしにこう聞いたな? 『何で日本はこんなに苦しまなきゃならないの?』とな)
「うん、確かに聞いたよ」
(そして、今のお前はもう分かったのだろう? 全ては世界の一方的な都合だったと)
「……」
(そしてお前は……今は総理大臣になって……日本の未来を牽引するとはのう)
「じいちゃん……」
(じゃかな、光や。 牽引を始めたのなら、最後までやり遂げる、それが大事じゃぞ)
「でも、もう自分は日本には……」
(光! 最後まであがくのじゃ! 格好なんぞどうでもいいわ、生きて、生き延びてわしらの無念を繰り返すような日本の歴史に終止符をお前がうつのじゃ!)
「じい……ちゃん……?」
(こちらに来るのはずっと後で良いのじゃからの)
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「じいちゃん!?」
光は起き上がって、左右を見渡す。 そこはとあるホテルの最上階のスィートルーム。 寝ているうちに暗殺されるのだろうから、最後ぐらいと奮発して泊まったのだが。
「──今のは夢? そして俺はまだ生きて……いる? 何故……各国は暗殺に来ないのだ?」
実際は30人ほど光の寝込みを襲う暗殺者達は来ていた。 が、忍とフルーレ隊連合のお散歩部隊によってことごとく始末されていた。
「死ぬより、生きて仕事を完遂しろってことか……じいちゃん」
昨日の演説を終え、国際連合を脱退し、やるべきことはやり終わったと考えて二度と目が開かないであろう、永遠の睡眠をとるつもりで眠りについたのに……手が動く、足も動く、体はとても調子がいい。 そして何より、心が熱かった。 昨日で心にある熱を使い果たしたつもりが、よりいっそう燃え滾っているような感覚すら覚える。
(行くか! そして日本へ帰ろう! まだ俺は戦い続けなければいけない!)
立ち上がり、気力を取り戻した光は、日本に帰還するべく一歩を踏み出した。
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泊まっていたホテルをチェックアウトし、空港を目指す。 ここから歩いて30分ぐらいで到着するぐらいの距離であり、遠くは無いのだが……。
「何故どのタクシーも乗せてくれないのだ?」
あらゆる交通手段が光を乗せる事を拒んだ。 この理由は、光が国際指名手配された事によるためで、そんな犯罪者を乗せれば共犯者となるため拒否されたのだ。 日本国首相ではあるが、実際は一旅行者と対して変わらない今の状態にある光にとって、その情報を手に入れることが出来ていなかった。
埒が明かないと判断し、徒歩で人ごみに紛れて空港まで行くことにした光は、目的地に向かって歩き出した。 そうして、人ごみに紛れようと向きを変えて進みだした時に……ふと左腕に違和感を感じた。
(なんだ?)
そう思って確認をすると……スーツの袖が切り裂かれており、切り裂いたと思われるナイフをぎらつかせる人間が1人いた。
〈ヒカル・トウドウだな? こちらの誘導に従ってもらおうか〉
くぐもった声で性別の判断がしにくい声をこちらに向けたかと思うと背中に冷たい物を押し付けてくる。 下手に動いても好転しないと理解できてしまった光には相手の誘導に従うほか無かった。 誘導された先は、明らかに人通りが少なくなってゆくのが分かる。
(──くそっ、こいつらの行動理由は分からんが、結局俺が迎える結末は変わらんのか!)
文句の一つも言ってやりたくなってくるが、言ったところで反応を返す相手とも思えず、結果としてだんまりを決め込むしかない光。 誘導された先は、高い塀に囲まれた人気の無い場所であった。
〈そのまま前進しろ、進まないなら……〉
そういって、また背中に冷たい物を押し付けてくる。 光はやむなく前進する。
〈そこの立っている棒の前で止まれ〉
止まった光を棒に縄でくくりつける覆面をした男達、くくりつけ終わったとたんに、周りに多くの薪を置いていく……これは。
「魔女の火あぶりか……俺は男なんだがな」
そうぽろっと漏らした光に、仮面の男たちは一斉に銃口を向けて……
〈黙れ、ジャップ・レッサー・デーモン! 悪いジャップはこうして焼かれて浄化せねばならない! そうしなければ世界が滅ぶ! これは神の意思だ〉
神の意思ね。
「下らん、自分達の行動理由すら神に擦り付けるのか。 自分達の行動する理由を、責任を、神に受け持たせるんじゃない!」
──ヒュイィィン……
光が声を荒げた途端、覆面の男の1人が光に向かってビームガンを撃った、そのビームは光の太ももを貫いた。
「ぐ……っ」
襲ってきた猛烈な痛みに光は叫びたくなるが、ここはぐっと堪える。
〈黙れ。 貴様のような穢れた悪魔が神の使徒である我々を侮辱するな〉
〈動揺を狙ったのか、さすがは悪魔だ。 皆、こんな奴の言葉に乗せられるなよ!〉
覆面たちはそう言葉を交わすと、薪をさらに積み上げてゆく。 そうして、十分に薪が積み上げられたところで覆面を被った男たちは、天に向かって何やら祈り始めた。
〈我らが偉大なる神よ、今、貴方よりもたらされた聖なる業火にて、この悪魔を浄化致します。 どうか、この悪魔に正義の鉄槌が下されるところを天よりご覧くださいませ〉
そう祈ってから、松明に火をつけ、覆面をつけている男たちの中から、5人が松明の火を持ちながら光を取り囲む。
〈これより、悪魔浄化を執り行う。 ジャップ・レッサー・デーモンよ、聖なる浄化の業火によって、永遠にこの世界から消え去るがいい!〉
そう宣言し、覆面の男たちは積まれた薪に火をつけようとしたのだが、その瞬間……。
「消え去るのはお前達の方だ」
「神の名を借りる愚か者、お前達こそ燃やされなさい!」
松明を持っていた覆面の男たちは不意打ちを仕掛けた沢渡大佐の手で首を飛ばされる。 首が落ち、力なく体のほうも倒れていく。 後ろに控えていた覆面の男たちはフルーレの火魔法によって一瞬のうちに燃やしつくされた。
「──お前達! なぜここに居る!」
光は痛みを忘れて沢渡大佐とフルーレを叱りつける。
「我々は散歩に来ただけです」
「そうしたら、散歩している先で『偶然』光様を見つけたので尾行し、『偶然』危害を加えられていたのでお助けしただけでございます。 《水よ、かの者を癒せ》、はい、これで足も大丈夫でしょう」
足がもう、綺麗に治っていた。 直っていないのは穴が開いたスーツだけだ。
「この大ばか者どもが……すまない、ありがとう……」
すぐに光は解放され、解放された後に出た第一声がこれであった。 ちなみにフルーレと沢渡大佐は登場するタイミングを計っていたのではなく、この覆面達のバックアップをしていた連中を先に始末していたために遅くなったのだ。
「光様、貴方は死に急いではいけません!」
「光殿、貴方のような人間こそ、今の日本に必要なのです、どうか早まらないで頂きたい」
フルーレ、沢渡大佐が懇願を光に伝える。 光の国連会議場にて吠えた内容は既に日本中に伝わっていたりする。 当然伝えるのに一役買ったのはフルーレの部隊である。
「──不甲斐無い所も多くある総理だが、それを承知で……これからも頼む。 転移を成功させるぞ!」
光は二人の懇願に答え、その意思を伝えた。
「隊長、大雑把ではありますが、あの情けない仮面の連中の仲間は大体潰してきやした。 総理も救出できた以上、さっさと散歩を終わらせて帰りましょうや」
二番隊の隊長がフルーレに告げる。
「そうですね、光様、そういうことで宜しいでしょうか?」
光は頷き、撤収を指示する。 その数秒後、光とお散歩部隊はその場から完全に姿を消していた。
と言うわけで、光の日本帰国です。




