3月11日 その2
一方で、ブレイヴァーを圧倒している鉄だが──動かしているのはAIではなかった。別の場所で、光本人が動かしていたのだ。
(今の所は圧倒しているが、やはりノワールがいない事が原因で戦闘力は落ちているな。特にスレイブ・ボムズの稼働効率がどうしても落ちている。だが、それでもこのまま圧倒して勝利せねばノワールに顔向けできん)
ブレイヴァーを圧倒出来ているのは経験の差もあるが、スペックの差も大きい。装甲、火力は現時点だと鉄の方が圧倒的に高い。その代わり小回りなどの機動力や剣を振る技術などはブレイヴァーの方が優れている。だが、今まではその優れた所を発揮させないように立ち回っていた。いくら装甲と火力が優れているとは言っても、真っ向からぶつかれば600体のブレイヴァーを相手にするのは厳しい。
だからこそ最初は空からの強襲、そしてスレイブ・ボムズを併用した複数方向からの攻撃で数を削ったのだ。そして3分の2程が削れたこと、残ったブレイヴァーのパイロットがスレイブ・ボムズに対応し始めた事などを鑑みて、地上戦に移行した。あのまま空中戦を続けると、エネルギー消費が激しいという面も、地上戦を行う理由である。
(さて、鉄を動かす以上負けるわけにはいかん。日本を護って散った護国の機体はとてつもなく強大だっだのだと、その身に刻み付けて貰わねばな)
鉄専用の大太刀である影柾を構え直し、残存しているブレイヴァーに対して睨みを利かせる。その行為に一歩、二歩と後ろに下がったブレイヴァーは居たがそこで堪えるかのように止まった。そして全機が剣を上に掲げて気合を入れ直したような雰囲気を漂わせると、鉄に向かって前進してきた。
間合いに入った相手に対し、鉄は大太刀を横に一閃。しかし、今度はブレイヴァー側もしゃがんだり盾や大剣で受け流したりする事により直撃を回避した。特にしゃがんだ機体はそのまま反撃に転じようと鉄に迫ってきたが──そこで鉄の胸部ガトリングガンが火を噴く。もろに食らえばブレイヴァーの装甲では耐えることは出来ない……文字通りのハチの巣にされた後に爆散した。
(普通の剣などを用いて戦う人同士の戦いであれば、今の潜り込んで一撃を加えるというのは致命的な攻撃だっただろう。が、鉄はその程度で直撃を当てられるような甘い機体ではない。そのことをこの機会に良く解ってもらわねばな)
爆散したブレイヴァーによって、鉄とブレイヴァーの間に煙が漂った。その煙を斬り裂くように相手に向かって前進し、剣を振り上げたのは鉄。今度は左上から右下に向かっての斬撃を繰り出す。この攻撃をブレイヴァー達はバックステップや後方に飛びのく事で回避した──所に、スレイブ・ボムズが複数飛ぶ。そう、影柾による攻撃は牽制。本命はこのスレイブ・ボムズの方だった。
バックステップにしろ、空中に飛び上がったにしろ、空中戦が出来ないブレイヴァー達は地面に着地した後わずかながら硬直した姿をさらした。そこに降り注ぐスレイブ・ボムズの爆撃。複数のブレイヴァーが、その爆炎に飲まれて爆散してリタイアした。
その爆発を煙幕代わりにする鉄は、さらに前に出た。今度は切りかかるのではなく、突き攻撃。相手に攻撃が届くのが一番早い突き攻撃を、ブレイヴァーはまともに食らう。突いたブレイヴァーを切っ先に残したまま持ち上げ、相手に向かって影柾を振り下ろす事でぶん投げて相手にぶつける。
──こうも一方的にブレイヴァーに乗っているマルファーレンスの戦士達がやられているのにはもちろん訳がある。彼らは今まで自分達の戦い方を今まで通りにやって来た。テストの時、機体の動かし方といった様々な所で。しかし、鉄はそういった彼らが長くやって来た戦い方その物に付き合っていない。鉄を駆る光は、光なりの戦い方で戦っている。
この状況をじゃんけんに例えるのはあまりにも乱暴な話かも知れないが、マルファーレンスの戦士の駆るブレイヴァーの戦い方がグーオンリーだと仮定すると、鉄はひたすらパーを出し続けている様なものだ。そもそもの話、マルファーレンスの戦士達の頭にある戦闘の常識とは、近接攻撃に多少の魔法やクロスボウなどの飛び道具を交えた近接戦重視のやり方だ。
そこに胸部ガトリングガンとか、スレイブ・ボムズのようなビット系射撃攻撃などの存在などに対する考えがあろうはずもない。もちろんこの戦いの前に鉄の事を学んだ戦士達もそれなりに居る。だが、僅かな時間に学んだことを、戦闘にそのまますんなりと活かせたら誰も苦労などしない。
もちろんフォースハイム、フリージスティとの模擬戦も多数経験してきたから、射撃武器に対する知識そのものはマルファーレンスの戦士達にも十分にある。しかし、それでも胸から相手を殺しうる射撃が休むことなく飛んでくるとか、四方八方を飛び回って爆弾をばら撒いてくるなんて攻撃を食らう様な経験はなかったのだ。
それに加えて、彼らには長い寿命がある。その長い寿命で数百年に渡って戦いの経験を積み、心身ともに深く染みついた動きをそう易々と矯正できるだろうか? 誰だってすぐにそんなことは出来る筈がないと言うだろう。そう、どうしてもいざと言う時はそれまでの経験からくる動きという物が出てしまう物だ。
そう、彼らはまさに今、これまでの経験が通じない鉄という敵に対してパニックを起こしているのである。冷静であろうとしても、こうもぐちゃぐちゃに引っ掻き回されれば心が対応しきれない。その対応しきれない状況を鉄に突かれ続ける事により、自分達が持っている剣技や体さばきと言った強みを生かせていない。
それに加えて本来回避できる攻撃すら次々と食らってしまい、数を減らしてしまうためにますます立て直せずにパニックが広がるという悪循環に陥ってしまったのだ。
そうして次々とブレイヴァーを駆るマルファーレンスの戦士達は倒され、残りわずか数機。鉄に影柾を向けられた彼らは心が折れたのか、各々の武器を地面に置き降伏した。直後に戦闘終了と告げる声が響き、模擬戦は終了した。
「──強かった。ただそうとしか言いようがない」
戦いが終わって、マルファーレンスの戦士達は全員が一堂に集い、先程の戦いにおける感想を言い合う場を設けていた。その場にて、最初に出たのが先の言葉である。
「こちらの得意な事、強みを全く出せずに終わってしまった。我々の戦いなど、碌にやらせてもらえなかった。今までの経験が、やり方が通じなかった」
この言葉に、同意の声が次々と上がる。一方で卑怯だ、理不尽だという声は全く上がらない。
「だが、この一戦は実に素晴らしい収穫があった。恐らく、我々の今までのやり方ではこれから訪れる神々の試練にあのゴーレムを用いても勝てぬ。そういう事を学んだのだ。我々は、今までのやり方には敬意を払いつつ、新しい事を学ぶ必要がある」
やや歳が行った姿の戦士の言葉に、集っている戦士達皆が頷いた。反論など出ない、その事は全員が鉄に思い知らされたからだ。
「今はまだ、新しいゴーレムに対する意見は受け入れてもらいやすい時期だ。今回の戦いを元に、皆の意見をまとめた改造案を出す必要があるだろう」
「うむ、動きやすいのは大事だが、それだけではやっていけぬ事が良く解った」
「苦手だ、などと言っている訳にはいくまい。我々は射撃攻撃をもう一度よく学び、今まで以上にやれるようにならなければなるまい」
といった感じで、堰を切った様に意見が次々と飛び出す。この話し合いは途中で食事休憩をはさみつつも深夜まで行われる事になった。
「鉄の名に傷をつけるような事にならずに済んだか」
また一方で、光は勝利できたことにほっとしていた。VR上における再現とはいえ、鉄は鉄だ。己の命を預け、日本の為に大半の人がその最後を知らぬままに星となった掛け替えのない戦友だ。その戦友を無様に跪かせるような訳にはいかなかった。故に少々どころでは済まないレベルで大人げない攻撃を繰り出したが……
(鉄、ノワール。お前たちのおかげで貰った未来を、こっちの世界でしっかりとしたものにして見せる。そうでなければ、星の海に散ったお前たちに申し訳が立たない)
光は、死ぬまで鉄とノワールの事を忘れる事は無いだろう。忘れられるはずもない、こうして今自分を始めとした日本人達があの隕石によって死に絶える未来を回避する事に成功したのは二人と、あの時駆けつけてくれた名も知らぬ特攻隊の皆のおかげなのだから。
それを容易く忘れる様であれば、もはやそれは人ではない。外道、畜生と呼ばれる存在になり下がるという事だ。
こうして、マルファーレンスの戦士達から申し込まれたVR上での模擬戦は終了した。マルファーレンス側は新しい戦い方を模索し始め、光は己の重責を再確認した後に気合を入れ直して目を逸らさず己が役目を果たすために日々邁進する。
この事により、神々の試練に打ち勝つ確率が上がったのだが──それを皆が認識するのはまだ先の事となる。
時間が取れたので更新しました。




