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3月1日 その2

 興奮冷めやらぬフォースハイムの面々とフリージスティの面々であったが、次の目的である電車を体験するという目的のために光陵重工を後にして最寄りの駅まで移動する。


「かなり人が多いですね……」「これだけの人が集まって利用するのですか。話は聞いていましたが、実際に見るとすごい物ですな」


 なんて会話が、両国のお供の人の間からこぼれ出る。ティアやブリッツは無言で、どういう施設でどのように動いているのかを全て見通すべく真剣に見ている。


「まずは普通列車から体験していただきます。この日の為に特注品を用意したわけではないという事を証明するために、一般の人々に交じって搭乗して頂こうと考えております。また、私は魔法によって一時的に顔を少々いじらせていただきます」


 総理が乗ってきた、何て声が上がれば普段通りの電車の雰囲気や乗り心地を知る事が難しくなる。それを避けるための手段である。一方でティアやブリッツの顔はまだ日本国民に浸透していないので、まだ日本人の大半からは他の国の人だぐらいの認識しか受けないので変装は必要ない。


「なるほど、普段使っている人々の様子も見れるというのは良いですね」


 光の言葉にティアが頷く。切符を買って改札へ……初めての体験となるので、光がまずは手本を示す。と言っても、買った切符を改札の確認口に突っ込み、改札が空いたら進んで先に出てきた切符を手に取るだけだ。しかしこの短い瞬間に切符の持ち主と切符の間に簡易的な生体リンクが張られるので、この後切符を失ってもその人自身が買った切符の範囲内で降りるなら出口の改札は開く。


「ここに入れれば良いのですね……あ、開きました」「こうして認証を済ませる訳ですか。これだけの人がいると、認証に時間がかかるようではそれだけで問題になる事は容易く理解できます。だからこそこの短時間で済ませる技術が発達したわけですね」


 ティアがおっかなびっくりでやったのに対し、ブリッツはその仕組みの在り方などを考慮した発言を発する。そんな両者であったが、いざ電車に乗り込むと──


「本当に、魔力が欠片も使われていません。それなのにこの速度でこれだけの人数を移動させられるのですか……」「この乗り物が時間を違える事無く、安定して走る……ふむ、我が部下たちがこの国の足の一つであると言っていた事が良く解ります。これだけの大人数を、定刻通りに移動させうる力。とても素晴らしい」


 ティアはこれだけのものが魔力を全く使用せずに動くことに驚嘆し、ブリッツはこれだけの物が定められた時間に沿って正確に動き、国民の移動手段になっている事に驚いた。ブリッツの国にも各種乗り物はもちろん存在するが、ここまで時間に正確かつ大人数を移動させうるものはまだなかった。


「神威やブレイヴァーにも驚きましたが、この電車は別の驚きを与えてくれます。人は魔力なしでもここまでの物を動かしうる知識を持つことが可能なのですね」


 ティアの驚きは、まさにこの言葉通りだろう。フリージスティには何度も出向き、魔力に頼り切らない道具という物は無数に見てきた。しかし、それでも動力には魔力が半分ぐらいは使われているのが当たり前であって、魔力を全く用いず大勢の人数を運ぶこの電車は大きな衝撃を与えていた。だから同じような発言をついつい繰り返してしまっているのだ。


「この技術、我々も学ぶ必要がありそうです。世界には魔力が満ちているとはいえ、魔力の薄い場所や枯渇気味な場所もある。そういった場所を調査するときに、魔法の力に頼らずにこうして大きな物を動かせる力があれば……前人未踏な場所に踏み入る事が叶う筈……」


 ブリッツは改めて、日本が持ち込んだ科学技術に強い興味を引かれていた。自分の国ではまだまだ到達できない頂を、日本は既に知っている事を彼は改めて実感していた。だから、学ぶ。学んで、自国の技術をさらに発展させて行きたい。それは国家の元首だからこその考えというだけでなく、彼自身の欲求でもあった。


「さて、次の停止駅で降りますよ。次はブリッツ様のご希望のマグレブです。速度は今乗っている電車とは比べ物になりませんが──体験して頂ければわかりますな。降りる準備をお願いします」


 光の言葉に頷き、次の停止駅で開くドアの前に移動する一団。問題なく駅に到着して開いたドアからホームに降り立ち、改札を通って駅から出る。


「マグレブは専用の駅が存在しているので、少々歩く事になります。まあ、大した距離ではありませんが」


 事実、徒歩で一分前後でマグレブ専用の駅に到着する。小走りなら30秒もかからない程度の距離だ。再び切符を買い、改札を通ってホームへ。次のマグレブ到着は2分弱あとであった。


「あと2分と少しほど待ってください。これと言った問題も発生していませんので、遅れる事は無いはずですので」


 光の言葉に頷く一団であったが、ここでブリッツから質問が飛んだ。


「一つ質問が。先ほどの電車とは違って、透明な筒のような物がずっと先まで続いているのですが……まさかこの中をマグレブという物は走るのですか?」


 ブリッツの言葉に光は頷く。


「ええ、細かい話は横に置いておきますが……この筒の中をマグレブは走ります。正確には飛ぶなのですが……地面に接していませんからね。まあ、どういう事なのかは2分後に分かりますよ。電車とは全く別物ですから」


 そうしてやって来たマグレブ。すぃーっと滑るようにホームに入り、スムーズに減速して止まるマグレブの姿に、ティアは素直に驚いたがブリッツの目が点になっていた。


「一体どうなっている? これだけの物が移動してきたというのに音が小さすぎる……どうやって減速した? どうやって動いている? 駄目だ、私の想像を悉く上回っている……」


 ブリッツは日本に来る前、日本に支援するために出向いていた部下から「我々の常識がひっくり返る世界が待っていますよ」とは言われていた。事実、ブレイヴァーの模擬戦で見た動き、先程乗った電車にも内心で度肝を抜かれていた。しかし、このマグレブを見て、ついにその内心を隠し通せなくなってついぽろっと言葉を漏らしてしまった。


 そんなブリッツが零した言葉を光は気が付かぬふりをし、ティアは純粋に気が付かなかった。それはともかく、マグレブの搭乗口が開いたので皆で順に乗り込む。指定された席に着くのだが、窓際の席はティアとブリッツに譲られた。どれぐらいの速度が出るのかを知るのには、外の景色を見ているのが一番いい。先ほどの電車との差も分かりやすい。


 そして、定刻通りに走り出すマグレブ。徐々に加速し、順調に速度を上げていく。400、500、600……速度が上がり、この時代におけるマグレブにとっての通常速度である754キロの速度に乗る。当然窓の外もそれに見合った速度で流れ……外を見ていたティア、ブリッツ、そして同行しているお供の一団も皆、その流れる速度に絶句していた。


「信じ、られません……」「は、早すぎる……」「夢、ではないのか?」「いや、我々は確かに起きている。これは現実だ。現実だが……」「夢と言われても、納得してしまう」「ここまで早く、人や物を移動させることが可能だというのか……」


 まるで夢の中にでも入りこんでしまったのか? と言わんばかりに呆然とし、流れる景色……を呆然と眺める一団がそこに居た。そのため予定されていた到着駅についてもなかなか意識を取り戻さず、光が多少苦労する事になった。下手に叩くわけにもいかず、肩を優しくつかんで揺するのが精いっぱいだったためだ。


 そんな彼らを何とか正気に戻し、もう一回逆方向に向かうマグレブで再び東京に戻って来た光達。本日の夕食を取る場所に向かう間、フォースハイムとフリージスティの一団の話はもっぱらマグレブに関する物だった。


 この世の物とは思えない、しかし今我々は集団催眠など受けていない、背筋が凍るほど恐ろしかったが素晴らしい物であったのは間違いない、などなど。


 ティアやブリッツも今は国の立場の違いなどお構いなしに意見を交換し合った。さらに自国にこれを日本に頼んで制作してもらうべきか否かなんて話も当然上がり、真剣に討論が行われる。光はこれらの討論に口を出さず、聞くだけにとどめた。さて、もう少しで今夜の晩餐が行われる場所到着する。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かティアは、晩餐会の席で日本の酒は飲めなかった筈だから何を楽しみにするのかな? (まぁ、藤堂が全面的に赦すことを表明すれば何も問題無いと思うけど。)
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