表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/219

フリージスティ晩餐会

 フリージスティでの晩餐会が始まった。他の二国の様に穏やかかつ賑やかであると言う所は変わらないが、違いを上げるとすれば出される料理に魚が多く使われていると言う所だろうか。その料理を楽しみながらフリージスティの重鎮達と雑談に興じていた光であったが、そこにこんな質問を投げかけられる。


「光殿。光殿の国では魚を生で食べるという事を兵士達から聞いたことがあります。これは本当の事なのですか?」


 この質問に光は頷いて肯定の意を示し、さらに言葉を足して補足する事にした。


「はい、生で食べる技術はあります。全ての魚を生で食べる訳ではありませんが。こちらの魚はどうなのかをまだ知りませんので何とも言えませんが、私達が知っている魚の中には、適切な処理を行った後に生で食べられるものが存在します。ですが、生という事で処置は難しく、食中毒を始めとして食べる事によって発生する病を発症しないようにいくつもの手段を取っております」


 生だからただ魚をバッサリと斬ればいいだけじゃないか、と考える海外の人間は一定数いたなと光は思い返す。物によっては一定期間冷凍処理を行わなければならない物、丁寧にさばいて内臓を始めとした傷付けてはいけない魚など多くの知識が必要かつ、難易度は高い。それを知らずに食して食中毒や寄生虫にやられる連中が一定数いたのだ。


「まだ日本皇国の皆様がこちらに来られる前に、派遣していた兵士達から此方でも生で魚を食したいから何とかできないだろうか? という嘆願を受け取っていたのですが、どうにも信じられなかったので今まで許可を出さなかったのです」


 重鎮の一人の言葉に、光は「それは正しい選択でしたよ」と返答した。


「先ほども申し上げましたが、知識と技術が魚の生食には必要です。下手に外見だけを真似て食べていれば、今頃とんでもない事になっていたでしょう。私達でも、こちらの魚が生食可能かどうかは一つ一つ念入りに調べなければ分かりません。毒や病の元を口に入れたら、その内容次第では取り返しがつきませんから」


 光の言葉を聞いて、あちこちから「やはり許可を出さなかったのは正解だな」「一つの食事をとっても国による長い研究の成果であることも多いから、猿真似は出来ん」「生食は、やはり日本皇国の皆様に調べてもらってからですな」などのやり取りが行われる。


「では光殿。光殿の国でどういった魚が生で食せるのかを大まかに教えて頂くわけにはいかぬかの?」


 ここで沙耶も話に入ってきた。光は記憶を掘り起こすために「そうですね、確か……」という言葉を出して少々時間を稼ぐ。


「うーん、我々の国でも調べたうえで食べられるか否かを確かめてきていますから、大雑把な指標という物は出しにくいですね。ただ、新鮮である事は必須条件です。少しでも傷んでしまったら生食できません。また、ある程度の殺菌効果がある物を口にする事も推奨されています。古来では小菊と呼ばれた食べられる花の花弁を共に食べる事で対処していました。今でもその名残は残っていますし、他にもわさびという物を同時に食べる事で刺激と殺菌を同時に行ってもいます。兵士の皆さんも緑色のピリッとする物があったと言っていませんでしたか?」


 この光の発した言葉に「ああ、光殿。確かにそう言っておりましたぞ」とか「香辛料とは違う、辛みが長く続かない不思議な物を生の魚にのせて食べたという報告がありましたな」などなどの反応が返ってくる。


「なるほど、そのピリッとする緑色の物がわさびという殺菌作用を持った物も用意すべきという事ですな。やはり生で食すというにもそれだけの知識や物がなければ不可能という事ですか」


 新鮮な魚であれば必須ではないのだが……光は先のフリージスティ重鎮の言葉に対して「そうですね、あった方が良いかと。ただ辛いだけではなく、味わいが増すという側面もありますから」と返答しておく。


「では、次わらわも次そなたの国に出向くことが出来た時は積極的に食べようかのう。過去にお邪魔させてもらった時は時間があまりなかったが故に手を伸ばせなかったからの」


 なんて事を沙耶が言う。


「沙耶さま、沙耶さまが出向くとなれば公務という事になりますが……少なくともそれは数か月ほど後の話になるかと思われます」


 ブリッツの言葉に、沙耶の動きが止まる。そして首だけをゆっくりとブリッツに向けて──


「なぜ、そ う も 遅 く な る の か の?」


 とドスが効いた声を出した。だが、ブリッツも臆さない。


「沙耶さま、これから日本皇国は様々な調整で右へ左への大騒ぎとなりましょう。幸いこうして国交成立の調印は行えましたが、国交が成立したと言ってすぐさま受け入れ態勢が整う訳ではございません。法の整備や施設の新設など、仕事は山ほどありましょう。そんな大忙しで走り回る日本皇国に押し掛けるのは、恥知らずとそしられてもおかしくはありませんよ」


 ブリッツの言葉は正しい。施設の方は極端に大がかりではないが、法の方は様々な調整を行わねばならない。何せ地球を飛び出して異世界に来てしまったのだ。今までの法律など当然通用しなくなる所がゴロゴロ出てくる何て事は誰にだって予想できる。そういった部分の調整は、いつまでかかるのか……光だけではなく、内閣全体が頭を抱えながらも何とかするべく日々奮闘している。その影響で、各国の調印式には国家の最高責任者である光が単独で各国に出席している事に繋がっている。


「分かっておる、わらわが正式な賓客として訪れるとなれば多くの負担を強いてしまうじゃろ。そうではなく、お忍びという事で少数でこそっと行くという話じゃよ」


 と、沙耶は言うがブリッツは首を振る。


「たとえお忍びと言えど、今は認めるわけにはいきませんよ。お忍びと言えど、実際に向かわれるとなれば日本皇国の国家元首である光様に報告を入れぬわけにはまいりません。そうすれば当然、光様は裏から護衛を手配しなければなりません。それだけではなく、大小さまざまな仕事が増える事となるでしょう。そんな負担を沙耶さまは光様に掛けたいのでしょうか?」


 これまたブリッツの正論だ。たとえ政治に直接かかわらぬとはいえ、国の顔が他国に向かえばそれ相応の対応という物が必要となる。これはもちろん、日本の天皇陛下が各国に外遊等で出向く時にも適用される事だ。


「沙耶さま、どうかご理解ください。光殿に無用の負担を増やすような真似は沙耶さまの本意ではないはずです」


 ブリッツの言葉に、少々しおれた様子で沙耶はため息をはく。


「はあ、分かっておるわ。ブリッツ、貴殿の言う事も尤もじゃし、わらわも分かってはおるのじゃ。しかし、日本皇国の文化や食事は面白くてな……できれば直接出向きたいのじゃ。──数か月か、長いのう」


 沙耶も当然、ブリッツの言葉をよく理解している。しかし、他の国とは全く違う歴史と文化を持った隣人が現れれば、興味を惹かれて映像ではなく実際に自分の目で見たくなってしまった。先日見せてもらった神威の存在が、そんな沙耶の心をより強く押し出している事もあり、先程のような言葉が飛び出してしまったのだ。


「仕方が無き事、でございます。今もっとも日本皇国とつながりたいのはマルファーレンス帝国の方々でしょう。神々の試練まで2年を切ったところで予想していなかった日本皇国という名の希望と巡り会えたのです。そちらが優先される事になるでしょうから」


 ブリッツの言葉は正しい。何せ首都に無数の隕石が落ちる事を宣言されたマルファーレンス帝国が、己の無力を嘆いていたことは他国の人々にも伝わっていた。もちろん、そんなマルファーレンスの嘆きを馬鹿にするような人はいなかった。有効的な対抗手段がないがために、神々の試練で大勢の人を死なせた経験などこの世界に存在するすべての国に治らぬ深い爪痕となって残っている。その悲しい歴史はこれからも続くのだと。マルファーレンスはそんな悲しい歴史の一つとして記憶されてゆくのだと、皆がそう思っていた。


 しかし、日本皇国の存在が状況を変える。神威・弍式の登場によって星々の海に旅立てるようになり、神々の試練に対して真っ向から戦えるようになる神威・弍式という名の剣がこの世界にもたらされた。たとえどんな困難や敵が待ち構えていても、その手に剣が在るというのであれば国そのものが戦士と言えるマルファーレンスが戦わない理由は無い。


 今、マルファーレンスには前年まであった絶望の色はない。むしろ今は数少ない剣を握る事が許される戦士となるべく、心に炎を宿して戦える者は皆日々の修練に励んでいる。そしてなにより、歴史上初めてとなる神々の試練と戦って打ち勝った初めての例という名誉を手にするチャンスが掴めるのだと気勢を吐いている。


「うむ、マルファーレンスから入ってくる話も明るい物が増えた。その明るさを陰らすような愚はわらわとしても行うつもりはない。──仕方ないのう、生の魚を食べる楽しみは数か月先まで大人しゅうして待つ事としよう。今は、この酒を楽しませてもらう事にしようかの」


 と、こんなやり取りこそあったが、全体的には常時穏やかな雰囲気の中、フリージスティでの晩餐会は無事に終了した。

これで一通り各国との国交が成立しました。話の上じゃ二週間たってないんですよねえ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ●月●日と入れてないのはわざとですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ