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階段が現界しました  作者: 水無月 一
第001章 階段、現界する
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第001話 帰宅>>>>>世界征服

 というわけで、俺こと荒垣あらがき涼馬りょうまはアパートの前で野宿生活を送っている。


 幸い家賃回収後のスーパーからの帰りだったから懐がいくらか暖かかったので、テントやら携帯コンロやらを買えて今はそれで風雨と飢えをしのいでいる。それにアパートや近隣の住人が俺の現状を見かねてミカンとか毛布とかを差し入れてもらったから困ってはいない。


 今日で一週間。新しい生活にも慣れた……らいいんだけどなあ。


「親父ッ! 『かっぷらーぬん』にこれを入れたら美味いぞい!」


 そう言って近づいてくるのはすべての元凶である階段だ。


「まだピチピチの十六歳の俺を親父って呼ぶんじゃねえと何度言わせる」

「ピチピチという語彙の絶望感がハンパないわい。それよりほれっ」

「あっテメッ何入れやがった!」

「滋養強壮に効くカエルエキスをたっぷりと出すある生物ぢゃ。なんぢゃと思……なんぢゃいこの小銭は?」

「今すぐ買い直して来い。今すぐだ」


 こいつと一週間過ごしていくつか分かったことがある。


「待ちんしゃい親父よ。ワシがここを離れると疫病神に祟られるぞい」

「疫病神ならすでに目の前にいる。さっさと行け」


 一つ。こいつは俺とこのアパートの守り神らしい。


「ぢゃから親父、この小銭は偽物ぢゃと何度言わせんぢゃい」

「お前は1930年代の小銭と比べんなと何度言わせんだ!」


 一つ。マジで八十歳。


「しかし親父、こんな夜更けにおなご一人を遣いに出すのはいかがなものかと」


 一つ。まさかのメスでした。


 そして一番俺の神経を逆撫でするものがこれだ。


「人の夕飯を台無しにした自覚があるなら文句なんざ言わねぇと思うがな」

「何を言うかと思えば。親父はワシが親父のためを思って一日かけてゲコゲコを捕まえたことを台無しにするのかえ。この人の肌を刺し殺して心を包み侵す寒空の下で一日かけたのぢゃよ? いや実際は十分ぐらいで捕まったけど気持ちだけは一年かけてでもつかまえてやると意気込んでいたから『ぜろさむ』というか『ぷらまいぜろ』というかでまあ結果的には一日かかったわけぢゃな。しかもそのゲコゲコはホッカイドウヒトモドキオキナワアオガエルという種類で世界でもトップクラスの食文化を誇るおふらんすでは百グラム当たり一万円を超える珍味にして高級食材として扱われるゲコゲコの王なんぢゃよ? それを食べさせるに当たって感謝はされどこき使われる筋合いはないのう。それにこれは健康に悪いぢゃんくふーどばかり口にする親父への配慮と警告でもあるのぢゃ。少しでも手を加えて手料理の、ひいてはお袋の味を思い出してもらおうという配慮とこの味に慣れたら体を壊すという警告ぢゃよ。つまり、これを食うのが一番の選択というわけぢゃ」


 一つ。たまにべらぼうに長い文を吐く。


 んでもってそんないろいろと腹立つ要素すらも打ち消して余りあるのがこれだ。


「ハイハイ分かった分かった。とりあえずなんか買って来い。お前も一緒に食っていいからよ」

「ホントか! それを早く言ってほしいのうニヒヒヒヒ」


 一つ。一緒にいるとなんだか和む。


 こいつの見た目はサラッサラの黒髪につぶらで大きな瞳、中性的で整った顔立ちをした五歳前後のお子様という姿だ。そして笑った顔は八十年の歴史を感じさせない無邪気なもので、別にロリコンショタコンでもなくましてや子供が苦手な俺でも可愛らしいと感じてしまうほどのレベルだった。こんな子が一家に一人の時代が来たら、おそらく戦争なんてなくなるだろう。


 ……でもどこかで見たことあるツラなんだよなあ。


「ぬ? どうした親父人の顔をまじまじと見おって。さては親父のひいじい様の顔を懐かしく感じておるの?」

「ん? ひいじいちゃんの? どういう意味だよ」

「ワシの風体は親父のひいじい様の幼少時を基礎にしておるんぢゃ。さしものお馬鹿でニブチンな親父も気づいたんぢゃなナッハッハッ痛い痛い痛い痛い腕があってはならぬ方向に曲がっちょるぢょ!?」


 そういうことか。


 コイツ、俺の幼少期と瓜二つだ。


 小学生の頃、実家にいる時に親父から親父とじいちゃんとひいじいちゃんの子供時代の写真を見せてもらったんだが、それが当時の俺とまったく同じ顔をしていたのだ。何これDNA爆発してんじゃないの? もしかして不老不死? ってレベルで同じ顔をしていて気味を悪くしたのはいい思い出だ。


「ああ、もっと、もっと……!(ハアハア)」


 俺と同じ顔をしている祖先(正確には『祖先と同じ顔をしている俺』だが)の幼少期をベースにしているのなら、すなわちそれは俺の幼少期と似た見た目をしているということだ。納得。


 少女バージョンとはいえ昔の俺はこんなに可愛かったんだなあ。今は他人と目が合うだけで避けられるかケンカを売られるかのどちらかという極悪氷河フェイスだからさみしいもんだよ。


「いいか? 近くのスーパーで菓子とジュースを買ってこい。分からなかったらキャラクターとか果物の絵が描かれた箱型とか円筒型とかのモンを買え。ハイ駆け足」

「え~もう終わりかえ? つまらないのう」


 関節極めから解放された我が家の疫病神はなぜか物足りなさそうな顔をして、足音とともに宵闇に溶け込んでいった。


 まったく。あいつが来てから(というか変身してから)散々だよ。せっかくの春休みの大半を野宿するハメになったし明日から新学期だっていうのにこれじゃあ制服にも着替えられやしない。あと部屋も掃除してないからホコリ溜まっているだろうな。そういえばタンスの上の荷物片付けないとな。そろそろ溜まりすぎて落ちてきそうでヤバイから、


「イテッ」


 ほらこんな風に落ちてきて頭に当たるんだよ。せめてこうならないように奥に寄せて、


「……あれ?」


 ここ、外だよな?


 落ちてきたものを拾い上げるとそれは空き缶で、銘柄は『夜の帳 マムシ味』というおよそこの世のものとは思えないネーミングセンスのジュース(?)だった。


 見上げるとそこに星空と雲と女神という夜の三大神器があって別に何もおかしいことは、


「女神ィィィィィィィ!?」


 なんか天使の輪っかが頭上にあって白の修道服を着てる女神様が舞い降りてきとる!


 そしてその女神様、なぜか目の前にまで降りてきて俺に対して天使の微笑みを向けてくる。


 すごいきれいな人だな。胸まである絹のような白髪は触りたくなるほどサラッサラだし、顔つき体つき共に大人っぽいというより母性的だ。なんで胸にスイカ仕込んでいるのかが分かんないけど。


「ハイどうも。見上げられたら下着丸見えなんて分かりきったことなのにやらかしてもうた痴女です……」


 あっヤベッ見ていたことバレてら。


「気を取り直してこんばんわ。女神をやっている斑鳩いかるがと申します。……悪いことは言わないので戻られた方がいいですよ?」

「誰が脱獄囚だこの野郎」


 どいつもこいつも見た目で人を判断しやがって。心だけはピュアなんだぞ。いやたしかにヤクザの幹部が直々にスカウトに来るほどの極悪氷河フェイスだとは分かっているけど……。


「で、何か御用? もしかしてポイ捨てした空き缶を拾いに来たとか?」

「失礼な。仮にも女神である私がポイ捨ゲエェェェップなどするわけないじゃないですか」

「今ゲップしたよな? 絶対ゲップしたよな!?」


 しかも顔ほんのり赤いし臭いからしてこれ酒じゃないか。


「私が生まれて六百五十六年ゲップ飛んで二百三十日と十四時間。行き遅れやら売れ残りの惣菜やらゲッフ横流しのジャンクパーツなどと罵られて四百年以上。もう誰も私のことをゲエェェェップ女として見てくれないのよマスタァーうわぁーーーーん!」

「誰がマスターだ。それに言葉の合間にゲップをする女を女とは呼ばない」


 どうしよう。世紀単位の若さへの嫉妬や老いへの嘆き節を受け切れる自信なんてないぞ。


 ヒックヒックと嗚咽を漏らしながら斑鳩さんは頭を差し出してきて、ブルンと揺れるスイカを見ながら俺は仕方なく頭をなでてやる。この状況を見られたらどう説明すればいいか分からんな。


「まあまあ落ち着いて。それで、用事は何?」

「でね、最近ここに異動してきた女神が絵に描いたようなコギャルでね、私のことを陰で年増とか言ってんのよ? ひどいでし痛い痛い痛い頭握り潰さないでホントに潰れる潰れるって!」

「誰もドロドロの社内事情なんざ聞きたかねえよ」

「でも私の周りで愚痴を聞いてくれるのは家族以外にマスターだけいだだだだだ指が頭蓋に食い込んでる食い込んでる放して!」

「俺のさっさと言えっつー副音声が聞こえなかったか?」

「言います! 言いますからこの手を放して荒垣涼馬さん!」

「ん? なんで俺の名前を知ってんの?」


 俺が手を放すと同時にササッと身を引き、顔が真面目なものになったかと思うと事務的な口調で話し始めた。


「荒垣涼馬。あなたを『神様警察』の一員として迎え入れます」

「断るそして帰れ」

「ちょっとぉ!?」


 テントの中に引っ込もうとする俺の腕を女神がグイグイと胸に引き寄せてくる。なんでこのスイカは柔らかいんだ?


「あの神様警察への編入を許されたんですよ? 断る理由などないではないですか。……鼻血大丈夫ですか?」

「黙れスイカ星人。いいか、俺はこの顔のせいでいろいろと危険な目に遭ってきた。だから勘が鋭くなって、危険を察知する能力にも長けている。それがこの話はヤバいヤツだとガンガン警鐘鳴らしてんだよ」

「そ、そんなことはありませんよ。やりがいはありますし給料滞納なんてないし休み時間はありますし上司は優しいし、……たまに観葉植物のマンドラゴンが暴れることがありますが、とにかくやりがいがありますよウフフ」

「顔引きつってるぞ酔いどれ」

「とにかく話だけでも聞いてください!」

「……分かったよ。言ってみな」


 これでこの人に何かあったら後味悪いしな。


「時期は不明ですがあなたの学校、九重ここのえ高校付近で異界の穴が開いたのを確認され、天界、魔界、霊界などポピュラーなものとほとんど通ずることになりました。生来彼らにはいたずら好きが多く、現界に来ると彼らはきっとよからぬことをするでしょう。そこで、緊急事態として即時現界できる下級神を呼び出して、それを使役する主であるあなたとともにその予防および解決に勤めていただきたいのです」


 とんでもないことを聞いてしまった気がする。どうもきな臭いが目の前の女神やお遣いに行かせた疫病神の存在がそれらを裏付ける証拠みたいに感じるし、どうにもはっきりと否定できる自信がないんだよなあ。


「……お頼みしてよろしいですか?」

「えがないんでけえれ(よくないそして帰れ)」

「なぜ方言!?」


 まあ引き受けるかどうかは別問題だ。


 こんな危険な臭いプンプンの話に乗るわけにはいかないからな。斑鳩さんには悪いが帰ってもらおう。


 そうだな、俺の武勇伝を聴かせるか。これを聴いて慄かなかったい奴はいない。


「俺は銭湯でヘッドスライディングして地獄を見たことがある。分かったら帰れ。ここはアンタのいるべき場所じゃない」

「あなたの恥部がとんでもないことになったのは分かりましたが帰る理由が分かりません」

「? 引いてないのか?」

「引きましたが退くわけにはいかないんです」


 効果がなかった。そしていきなり斑鳩さんが空中に浮いたままの土下座という世にも珍しい光景を見せてきた。


「これを断られたら給料滞納を棚に上げて罰金を払わされるんです! そうなると最近うるさい家族がそんなところさっさと辞職しろと言いそうでこのままだとお見合いをさせられそうなんです! 恋愛せずして何が結婚ですか! ノーペインノーゲインですよ!」

「それだと恋愛は痛みということになるけど」

「どうかお願いします!」

「絶対やだ」


 俺に承諾の意思が見られないと分かるや否や、斑鳩さんはガバッと顔を上げて俺を見据えた。


「では何か一つ願い事を叶えます。それならどうでしょう!?」

「……マジで?」


 おいおい棚からぼた餅どころか引き出しからネコ型ロボットレベルだぞこれ。


 そうか、願い事か。背に腹は変えられないというしどうしても叶えたいものがあるから、ここはその条件を呑むことにしよう。


「なんでも叶えるのか」

「ええ、その通りです」

「そうか」


 そう聞いた俺は自然と笑みを浮かべてしまい、それを見た斑鳩さんが緊張の面持ちで少し下がった。この極悪フェイスが笑ったんだから不気味に思えたんだろう。


「俺の願いは」


 唾を飲み込む音が聞こえた。それによって俺はますます笑みが強くなる。


「ただ一つ」


 叶えてもらおうじゃないか、この願いを!






「それは……今すぐ階段が欲しい!」






「……………………はっ?」


 俺の壮大な願い事を聞いて目の前の女神は呆けた顔になった。


「女神に二言はないぞ? ほら、早く出してくれよ」

「えーっと、それだけでいいのですか?」

「何を言うかと思えば。これ以上してもらえることなどないよ」

「いや、あの、もっとこう、世界征服とか大富豪になるとかでもいいんですよ?」

「? それって家に帰れる以上に幸せになれることなのか?」

「あ、あなたのその濁りない瞳で穢れた私を見ないでくださいお願いします!」


 また土下座されちった。なんなんだよこの女神はいったい。


「き、気が変わらない内にそうさせていただきます。ていっ!」


 斑鳩さんが両手を突き出すと一瞬で階段が出来上がった。


「分相応って言葉知ってる? いや知らないだろうな。なんたって築八十年のボロアパートに高級螺旋階段を組み合わせるんだから」

「文句は聞きません。それよりも、お願いできますね?」

「ああ分かったよ」


 叶えてもらった手前断ることはできないからな。それにこのまま突き放したら祟りどころじゃすまないと俺の勘が悲鳴を上げてるし。


「ありがとうございます。では分からないことがありましたら念話してください。できる限りのサポートをさせていただきます」

「念話? 電話じゃなくてか?」

「神界まで電波が通じるわけないじゃないですか。常識ですよ」

「パンツ見せびらかしながら降臨する奴に常識を語られたくありませんな」

「それをほじくり返さないでください……」

「話が終わったならテントに引っ込むけどいいか」

「ええ、大丈夫ですよ。それではおやすみなさい」

「おう。おやすみ」


 俺が手を振ると斑鳩さんも振り返し、またパンツを見せびらかしながら空を舞い上がっていった。


 頭の中で先の会話を何度反芻するが、それでもやはりとんでもない話だと思える。こっちとしては階段が子供になっただけで手いっぱいだっていうのに、新しく階段を作ってくれたり果ては異界とつながって起こるであろう事件を防げだと? わけが分からんぞ。


 しかしまあ、これから日常がすごい面倒なことになりそうな予感がすっごいする。こればかりは外れてほしいものだ。


 女神(のパンツ)が見えなくなるのを確認して俺はテントの中に引っ込もうとすると、


「親父ぃ〜!」


 疫病神が敷地内に入ってきた。


「親父! ただいまぢゃ! ほれ、ちゃんと買って、……問答無用で袋を奪い取るのはいかがなものかと……」

「うるさいこっちは腹減ってんだ」


 受け取った袋から中身を取り出すと、どれもキャラクターとか果物の絵が描かれた箱型か円筒型のもので、指定した条件に当てはまるものが出るわ出るわ。


「これで少しはワシのことを見直したぢゃろナッハッハッハ!」


 これでよく分かった。こいつはただの守り神ではなく————


「全部筆箱とリップクリームじゃねえかチクショウがアアァァァァ!!」


 ただの馬鹿だということが。






 拝啓、ひいじい様へ。


 俺、こいつと上手くやっていける自信がありません。助けて。



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