3.サルマリア城
しばらくは左手に林の群生を見ながら一行は進み続けた。
緑色のジフォッグ、ソラ、ウミ、ダイチの順番に、はじめは学校のことや、自分たちの家族のことなどをしゃべくりながら、幾分か楽しく時はすぎていった。
3人とも小学校では同じ教室の中で、ほとんど会話したことがなかったが、実際にこうやって話してみると意外と気軽に話すことができた。ソラは口数が少なかったものの、時おり、ウミとダイチがケンカ腰になるのをなだめる役をつとめ、なかなかいいチームワークだな、と自分勝手に評価していた。
本当に現実の世界に戻れるのか……
そんな不安が、逆に彼らを明るくさせたのだろう。また「現実の世界に戻りたい」という共通の目標ができたことも、3人の結束を急速に強めたのかもしれない。
ジフォッグがそこまで考慮していたかどうかは分からないが、道中ほとんど会話には参加せずに黙々と先頭を歩き続けていた。
まるでソラたちの思惑とは、別の目的があるかのように……
林の木々がまばらになり、向こう側を見渡せるほどになった。
ここで大きく左に方向転換して、林の中を横断した。
太陽の光が届かない林道はモンスターなどの出現率が高く、バトルが発生してしまうことになるため、「木々が密集してない明るい場所まで迂回いたしました」とジフォッグから説明を受けた。
ゴブリンとの一件で大変な思いをしたばかりの一同は――ダイチだけは「またやっつけてやらぁ」といきまいているが――、彼の意見に賛同して、遠回りをしていたのだ。
「ハラ、減ったなぁ」
と、ダイチ。
もう1時間もこのセリフを繰り返している。
「城に着けば、食べ物があります。腹ごしらえもできますので、もう少し頑張ってください」
と、ジフォッグがなだめるのも、もう何回目だろうか。
なだらかな丘陵の斜面をのぼると、生えている木々も少なくなり、頂上は見晴らしのよい丘になっていた。眼下の遠くに石の壁で囲まれた城塞が見えた。
「あそこに見えるお城が、われわれが目指すサルマリア城にございます」
ジフォッグが、3人を元気付けるように言った。
少し腰をおろして休んだ後、丘陵を下りきる。
まばらな林を抜けると、ようやく人が作った道――踏み固められた程度の一本道――が現れた。目指すサルマリア城まで続いているようだ。
道中を行き来する村人や行商人、行脚する巡礼者や旅人とすれ違うようになり、道幅も広くなってくると、サルマリア城の砦が大きく見えてくる。
ついにサルマリア城の城門にたどりついた。
先の尖った教会の尖塔や丸屋根など特別に高い建築物だけが、そびえ立つ城壁を越えて視界に飛び込んでくる。
周囲にはお堀や落とし橋などは無く、鎧で身を固めた門番が設置されていた。そこでジフォッグが、ぼろきれのような通行証を差し出して入城の手続きを受けている。
門番の男が全身グリーンの彼と、全身ブラウンのダイチを交互に見る。彼はいぶかしげな表情をして、身の丈より長い槍をぎゅっ、と握りなおした。しかし、通行証にしたためられた文面を読み取ると、姿勢を正して入城を許可する判を押印した。
「さぁ入りましょう」
と、ジフォッグにうながされて、ソラたちはサルマリア城に足を踏み入れた。
城内の町は人々の活気にあふれていた。
サルマリア王国は商業の国として栄えている。その中枢ともいうべきサルマリアの城下町には、さまざまな肌の色の人種が入り乱れていた。
町の繁華街である円形状の広場に所狭しと市場が設置されていた。
露天のテントがいくつも立ち並び、食糧や衣料、武器や薬まで売られていた。悪の帝国ドゥポンゴールドに自国の領地が侵されていることが嘘のように、町の人々は夕食の買い出しや世間話しに忙しく動き回っている。
ソラたちは広場をあとにして、人ごみをかき分け町の中心にある王の宮殿に向かう。
緑の肌の小人族を先頭に、やせ細った弓矢の戦士、真っ白なマントの白魔導士、毛むくじゃらの野獣たちが、町一番の繁華街を練り歩く。この異様な集団に靴屋の店主はぽかんと開いた口が塞がらず、公示人も口上を止めて凝視し、小さな子供には指を差して笑われる……ソラたちはサーカスの見世物小屋に入れられたような気分で、とぼとぼ歩いた。
石畳の道を進むと、両側の石造りの建物が途絶えて、正面に趣味の悪い黄金色のドームを有した宮殿が見えてきた。
これまた2、3メートルくらいの高いれんが状の外壁が周囲を守っている。
宮殿の大きなアーチ型の門前にいた衛兵に誘導されて、脇にある地味で小さい木の扉から宮殿の中庭に通された。
そこは騒々しい町の活気から切り離された別空間だった。
(学校の図書館と、同じ空気がするな……)
中庭には人影は無く、女神の像から吹き出る噴水と、1本の樫の木が植えてあった。
宮殿の建物の壁に沿って規則正しく敷かれた大理石の廊下を一行は歩いてゆく。熱を持っていた足の裏から、ひんやりと冷たい感触が伝わり気持ちがいい。
階段を少し上った所で、本殿に入る扉から別の男が顔を出した。衛兵から引継ぎを受けて、今度は身分の高そうな茶褐色のローブを着たその男が4人を宮殿内に引き入れた。
そこは絢爛豪華な装飾品や武具や馬具の数々が保管されている部屋だった。そのほとんどが趣味の悪い黄金や水晶で作られた実用性のないものばかりに見えた。
ローブの男に先導されて宝物庫を出ると、大きな空間が現れた。
「おいソラ、見てみろよ。冗談キツイぜぇ……」
ダイチがにやりと笑う。
とてつもなく高い天井にはフレスコ画が設置されていた。おそらくソラたちが外から見た宮殿のドームの内側なのだろう。
天井画にはたくさんの天使が描かれており、その絵の中心には下半身を薄い布か何かで隠しただけのほぼ全裸の老人が、必要以上に満面の笑みをうかべていた。老人は両手に太陽の如く輝く光の球を抱えている。たしかに美しく描かれているのだが、なんだか平和ボケなおじいさん、という印象を受ける。
男に促されて、4人の珍客は宮殿内をさらに奥へと進む。
しばらくして、ようやく目的の場所にたどり着いたのか、男は大きな黄金色の扉の前で立ち止まった。お役人のような命令口調で指示をすると、両側にいた給仕がうやうやしく頭を垂れてゆっくりと、そして重々しく扉を開いた。
中は大広間になっていた。
朱色や濃紺の刺繍が施された、いかにも高級そうな絨毯の先の壇上に、ユリの花と太陽を模した紋章が彫られた立派な椅子が置かれていた。
その〝玉座〟にちょこん、と小太りの小さなおじいさんが座っている。
「あちらのお方が、サルマリア三世国王にあらせれれます」と、ローブの男は膝まづいて言った。
「閣下、〝伝説の勇者たち〟をお連れいたしましてございます」
ジフォッグが片膝を地面につけて頭を低くしたので、3人の子供たちもそれに習い姿勢を低く落とした。
「――苦しゅうない。おもてをあげい」
と、小さなおじいさん――サルマリア国王は言った。
ソラは壇上の玉座を見上げ、国王の人相を読み取るやいなや声を漏らした。
「あのフレスコ画のじいさんだ」