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ドリーム・ファンタジー  作者: ゆうぱむ
第二章 幻
6/25

2.ゴブリン

「――追いかけてきたわよ!」

 3人の子供たちは全力で草原を走って逃げた。

 2体のゴブリンも足は極端に短いくせに、ぴょんぴょんとウサギのように飛び跳ねながら、ソラたちとの距離を縮めてくる。

 見渡すかぎり広大な草原が広がる大地……逃げ隠れする場所などありはしない。

 ――妖精ゴブリン。

 テル=アリアでは好戦的なモンスターという設定だ。

 おそらく彼らは「遊ぼうよ」という意味ではなく、「こんちくしょう」とか「仕返ししてやる」という気持ちでソラたちを追いかけているのだ。

 毛だらけのダイチが叫んだ。

「おめぇ、〝ベレロフォン〟なんだろ?その背中の弓矢で倒せよ!」

「ダイチくんこそ……ッ。上級生を相手にあんなに勇敢に戦っていたのに、ゴブリン相手に逃げちゃうの?」

「あ、やっぱり……ッ。あんとき、体育館の影で見かけたのは、おめぇか」

と、今さら気付くダイチ。

「どっちでもいいから、早くあの下等な妖精を倒してよッ。男の子でしょ!」

と、男子をけしかけるウミ。

 ゴブリンはレベルが低く、弱いモンスターに属していた。

 たしかにゲームの中であれば、一発で倒せるのだが。

「ゲームと現実はちげぇんだよ、ウミぃ!オレらに何ができるんでぇ!」

「みゅう……じゃなくて、ウミさん。攻撃系の呪文でやっつけられないかな?」

と、ソラが無理な注文をした。

「ウミッ。おめぇならできるッ」

 大きな体を揺らしながら、ダイチも調子がいい。

「さっき、できなかったじゃない。見てなかったの!?」

と、ウミは言って、「女の子に頼るなんて、女々しいわねッ」と男子たちをにらんだ。

 足首にまとわりつく雑草をものともせず走るウミ自身も、現実世界に比べて体力が増していることを実感していた(ダイチはもともとバカ力なので、あまり気付いていない様子)。

 しかしここで立ち止まって振り返り、ゴブリンたちに向かって確実に魔法で攻撃できる、という保証はどこもない。

 先ほどまでは遠くに見えていた林が、丘のふもとを下ればもう少しの所まで近づいていた。あの林に逃げ込めば、どこか隠れる場所があるかもしれない。

「あの林まで逃げ切れば……隠れる所があるかも知れないよ」

「おめぇに言われなくても、わかってらぁッ」。

「待ってよ。レディ・ファーストよッ」

 2体のゴブリンは、彼らの表情が見て取れるほどにソラたちの背後まで迫っていた。

 青い肌のゴブリンは、えへらえへら、と笑っていた。裂けた口元からよだれをまきちらし、つんざくようなけたたましい声音で子供たちを追い立てる。

 赤い肌のゴブリンは、怒り狂った形相で、手斧を振り回しながら追いかけてくる。尖った牙をむき出しにして、その荒い鼻息が聞こえてきそうだった。

 林まで、あと少し。

 普段は走ることさえままならないソラも、このテル=アリアの世界では別人のような持久力を発揮していた。

 しかし――

 夢の世界でも、彼の運動神経までは世話を見てくれなかったようだ。

 見事なランニングを見せていたソラが、下半身を後方に残して上半身だけが前方に進んでしまったのだ。

 簡単に報告すると、彼は林を目前にして、〝コケた〟、のである。

 ソラが起き上がる間もなく、小さい方のゴブリンがソラに追いついた。

 青い妖精は背中に忍ばせていた、小型の手斧を抜き取り、助走の勢いをそのままに身軽にジャンプ――少年の体を真っ二つにせんとばかりに、高い放物線を描きながら、ソラの脳天めがけて手斧を振り下ろした。

 口角をあげて、ケタケタと不気味に笑いながら降下してくる青ゴブリン。

 ソラはあお向けに倒れたまま、万事休すとばかり、固まってしまった。

 そこに、白い三角帽とマント姿のウミが立ちはだかった。

「〈ラ・シェル〉……ッ」

 透明のシールドが現れた。

 青い妖精は重力には逆らえず、魔法使いの防御壁に衝突。彼の不敵な笑顔が苦痛にゆがみ、ウミたちの後方に、これまた放物線を描いてはじきとばされた。

 続けざまにもう一体、大きい方のゴブリンがウミに襲いかかってきた。こちらは仲間のゴブリンが撃退されるのを見て、赤ら顔をさらに赤黒くして、逆上しているようだ。

 ウミは大きな瞳をさらに開いて、魔法の杖を胸の前に突き出した。

「〈ラ・シェル〉!」

 やわらかい日の光を鏡面に反射させて、半円のシールドが再びウミたちを守る。

 赤いゴブリンも勢いよくはじき返され、緑の雑草の上を転がった。

 すっかり気をよくした白魔導士のウミは、調子に乗ってラ・シェルを連発した。

 赤と青のゴブリンたちは、〝攻撃〟の魔法ではなく、〝防御〟の魔法だけで攻めて来る魔法使いに面食らって、ときにはじかれながら、どんどん後ずさりしていった。

 が……

 ウミの魔力が切れてしまい、呪文を発動できなくなってしまった。

 体力の消耗も激しく心拍数は急上昇し、ウミは立っていることもできず、ガクっと草の上に膝まずいてしまった。

 白い三角帽がひらりと地面に落ち、短い前髪がうつむく彼女の表情を隠した。

 それを見たソラとダイチが、ウミの所に急いで駆け寄った。

「他にも雷系や炎系の攻撃魔法があるだろッ。なんで〈ラ・シェル〉の連発なんでぇ!」

と、早速ダイチがどなりつける。

「ウルさいわね!」ウミは、ぜぇぜぇと呼吸をあらげながら、

「アンタたち男子が腰抜けだから、アタシが変わりに戦ったんじゃない」と、返した。

「ごめんなさい、ウミさん」と、ソラは謝りながら、白い三角帽を拾いあげ、

「ボクがこけちゃったから……」

と、少女に手渡した。

「いいわよ、そんなこと」と、ソラから三角帽を受け取り、ウミは言った。

「それより、その〝ウミさん〟って呼び方、やめてよ。おばあちゃんみたいじゃない」

 文句を言っている方が、彼女は元気が出るようだ。

「こいつは、やべぇ……」

 2体のゴブリンたちが、子供たちを左右からにらみつけていたのだ。

 休む間もなく、青いゴブリンがケタケタ笑いながら、ダイチに襲いかかってきた。

「こんなチビに、やられてたまるかってんでぇっ」

 ダイチは叫びながら、その大きな体でゴブリンに突進した。

 彼は、ソラが見た体育館裏のケンカのときと同様に、相手の攻撃から自分の身を防ぐことなど、始めから考えてはいない。

 ゴブリンの斧の刃が、無防備なダイチの右肩に振り落とされた。

 普通なら大怪我だが、獣人と化した少年の鋼のような皮膚が斧の攻撃から身を守った。彼の肩を傷つけるどころか、逆に斧の刃が欠けてしまったくらいだった。

「なんでぇ。ゲームと、いっしょじゃねぇーか!」

 ダイチは無傷の右肩を左手ではらいながらゴブリンをにらんだ。熊が獲物を捕らえるときのように拡大した黒い瞳孔と視線が合って、ゴブリンは震え上がってしまった。

「こんどはこっちの番だぜ、おチビちゃん」

と、ダイチはバリトンボイスで決めゼリフをはいたあと、ゴブリンの斧をむんずと奪い取ると、真ん中からバキッと折ってしまった。

 形勢は逆転。ゴブリンの笑顔は凍りつき、青い顔がさらに青ざめた……


 ――一方、親玉の赤いゴブリンは、魔力が切れたウミに飛びかかっていた。

 間に立って彼女を守っていたはずのソラは相手にもされず、このゴブリンに突き飛ばされてしりもちをついていた。

 大きい斧を振りかぶり、ウミに襲いかかるゴブリン。

 ウミも最後の力をふりしぼって、木の杖を両手に持って斧の刃を受け止めていたが、やられてしまうのは時間の問題だった。

「ソラ……後ろから……弓を……射……て……ッ」

 ウミは必死に訴えた。

――ソラくん、助けて……ッ

(サチコ、ちゃん?)

 ソラの脳裏に、トラウマがよみがえる。

(いやだ、怖い。だって、本当に死んでしまうかもしれないじゃないか)

――ソラくん、逃げないで……ッ

(だって、ボクら、まだ子どもじゃないか。大人に助けてもらわないと)

 ソラは幻聴に耳を塞ぎながら、うずくまってしまった。

(子どもたちだけで、なにができるっていうんだよォ……ッ)

 ウミも限界だった。

 よだれやら、汗のような粘液やら、上からボトボト落とされながらゴブリンの斧が彼女の顔に近づいてくる。イチイの木の枝は頑丈で折れることはなさそうだったが、このままでは押しきられてしまう。

「しっかりしてよ……ソラ!」

 彼女が叫んだときだった。

 シュキ――ン

と、鉄と鉄が鋭く擦れ合うような音がした――次の瞬間、赤黒いゴブリンは悲痛な叫び声を上げて、飛び上がった。

 ウミは押さえつけられていたゴブリンの斧から、ようやく開放された。

 彼女の頭上でシャキン、シャキン、と数回音がしたあと、ゴブリンの手から斧が落とされたのが見えた。勝者の剣士が細長い剣をゴブリンの首元に寸止めして、呼吸を乱すことなく、おだやかにこう言った。

「さぁ、もういいでしょう。立ち去りなさい」

 逆光の剣士に少女ウミの胸がときめいた。

(これが、初恋かしらん……♪)

 赤いゴブリンはウミたちを襲うことをあきらめて、後ずさりした。

 彼は悔しそうに落とした斧を拾い上げると、獣人ダイチにしたたか追い回され、よろよろになった青いゴブリンといっしょに、草原のかなたへ一目散に逃げてしまった。

 ――あっという間の出来事だった。

「だいじょうぶですか、お嬢さん」

 剣士に手を差し伸べられ、ウミはドキドキしながら〝初恋〟の彼の手を握った。ときめくままに少女は立ち上がり、剣士をちら、と見た。

 並んでみると……、思いのほか彼の背丈が低すぎる。

 せめてイケメンであってほしい……と切に願う年頃の少女。

 しかし、なにかが変だ。

 握り合った彼の指が緑色、なのだ。

というより――彼は、人間ではなかった。

「きゃあっ」

と、失礼にもウミは、その初恋の彼の手を払いのけてしまった。

 3人の子供たちは窮地を救ってくれた命の恩人の姿を見て、ただ驚くしかなかった。

 頭から足の指先まで全身が濃い緑色の体。背丈はソラやウミよりもかなり低い割に、異常に長くて細い手足がバランス悪く伸びている。大きすぎる頭にはちりちりの毛がわずかに生えている程度で、とてもイケメンとはいえない風貌だ。

「アタシの初恋がぁ……いや、これは初恋じゃないわッ。消去よ、データ消去!」

と、ウミが独り言を言って、過去の清算?をしていた。

 〝緑色の小人〟は、名剣レイピアをさやにおさめた。そのたたずまいや視線の運び方などが、どことなく英国紳士のようなオーラが見え隠れするのはなぜだろうか……?

「これは――失礼いたしました」と、緑色の小人は長い足の片膝を折り曲げて、

「ようこそ、ドリーム・ファンタジーの世界へ!」と一礼した。

 おごそかに頭を下げて挨拶をされ、3人は面食らっていたが、彼はかまわずに続けた。

「わたくしの名はジフォッグ、と申します。しがない緑の肌の小人族です。

 あなたがたの案内役を務めるものでございます」

 ジフォッグ――と名乗った小人は顔を上げて、うやうやしく自己紹介をした。

 それから上目遣いにソラ、ウミ、ダイチの3人の顔を見上げて続けた。

「このたびは、サルマリア王国の姫マリアンヌさまの身柄を、魔王ドゥポンの手から救出していただくため、お招きいたしました。

 成功すれば無事、現実の世界に戻れます。しかし、救出に失敗すれば、この世界から抜け出すことはできません。みなさまの命をかけて挑んでいただきとうございます」

 骨ばった腕を胸の前に添えて、真摯な姿勢のまま話すジフォッグ。

「――やっぱり」と〝恋の清算〟を済ませたウミが、冷静に話しかけた。

「アタシたち、いつもゲームで遊んでいるドリーム・ファンタジーの世界に入り込んでしまったのね。この臨場感は夢でもなさそうだし……」

「さようでございます」と、ジフォッグが言った。

「この世界――テル=アリアの治安は現在、非常に険悪なものでございます。人々が暮らす村や町にも頻繁にモンスターが現れては人々を襲うようになったのです。

 この事態を収拾するためにも、サルマリア国王はドゥポンを撃退する戦士を募っているのでございます」

「でもよぅ……なんで俺たちなんでぇ。他にいくらでもいんだろ。わざわざ俺たちみたいな子供を呼び寄せなくてもよぉ」

「それは……あなた方が選ばれし伝説の勇者なのだからであります」

 ジフォッグは丁重に述べて、また深々とお辞儀した。

「もしかして」と、ようやく気持ちが落ち着いたソラが言った。

「人気がないゲームだから、世界中で僕たち3人しか参加しなかったんじゃぁ……?」

「そ……そんなことは、あ、あり、ありません」

 冷静なジフォッグが初めて取り乱した。

「チョット、そこで動揺しないでくれる?」

と、ウミが苦笑いする。

「元に戻してくれよぉ」ダイチは両腕を広げ、毛むくじゃらの全身を見せつけてから、

「何でオレさまだけこんな目にあわなけりゃならないんだよッ。家に帰してくれ」

 ダイチは、自分だけ獣の姿に変えられたことが不満だったのだ。

「そうよ。アタシたちは自分の家の中でゲームしていたいのよ。早く現実の世界に戻してよ。ケーキも食べかけだったのにぃ……」

「オレさまは、牛丼と食後のスイカ。まだひとつも手をつけてねぇんだ」

 きゅるるる、と腹が鳴る。「あと大福まんじゅうも」

 それは食いすぎだよ……、とウミとソラにツッコミを入れられたが、それでもまだ足らねぇんだぞ、とダイチが返す。

「わたくしには、どうすることもできません」ジフォッグは冷静さを取り戻して言った。

「全てはテル=アリアの最高神〝タ・ム神〟のおぼしめしによる所なのです」

「そんな言い方、やめてよ」肩をすくめて少しおびえながらウミは言った。

「あなたはゲーム上の〝案内役〟っていう設定なんでしょ。あんまりリアルなこと言わないでくれる?ちょっと怖いから、そういうの」

「あの……」今度はソラが口をはさむ。

「〝何デモ望ムコト〟って、本当にかなえてくれるんですか?」

 この世界に迷い込む直前に、彼がパソコンに入力した、〝何デモ望ムコトヲ入力シテクダサイ〟という、今回のイベントの報酬の話だ。

「たぶん、この世界に来るきっかけになった、あの画面のことです」

と、ソラは付け加えた。

 ほかの2人も同じ経緯だったようで、うなずきながら、ジフォッグの回答を待った。

「〝何デモ望ムコト〟は本当にかなえてさしあげます。例えばウミさん」

「は……い?」

「イケメンの王子さまと結婚して、金銀財宝に囲まれて暮らしたい――と入力されましたね。姫を救出していただければ、実現することができます」

「……え?……え?」

 不意を突かれ、どぎまぎするウミ。また白い三角帽を落としそうだ。

「続いてダイチさん――」

 個人情報保護法を無視して続けざまにしゃべくり立てる緑の小人。以外に口が軽い。

「おいおいっ。オレさまのことは言うんじゃねぇよッ」

 ダイチが焦って口止めする。

「そう、ですか……。かしこまりました」

と、また一礼。礼儀だけは重んじるジフォッグ。

 しかしウミは納得できない。

「なんでバラすのよッ。しかもアタシのことだけッ!?」と、ソラとダイチをにらんで「アンタたちも教えなさいよ。男らしくないわよ!」と、男子2人につかみかかる。

 先ほどまでの疲れはどこへやら……。

 ――結局、ダイチの〝望ムコト〟は明かされることなく、「オレさまが姫をお助けしてやる」とコロっと態度を変えた。ジフォッグの機嫌をそこねて、自分の欲望をバラされたら大変だ、ということらしい。

 ソラも〝何デモ望ムコト〟が〝勇気〟だなんて、とても恥ずかしくてみんなには内緒にしていた。

 いずれにしても、この小人族の言うとおり、マリアンヌ姫を救出しないかぎり現実の世界に戻れないのであれば、こんな草原の真ん中で、うだうだと討論していても仕方がない。

 ウミも取り乱すのをやめて、白い魔法使いの衣装の身だしなみを整えた。

「それでは」皆が落ちつくのを見計らって、ジフォッグが言った。

「サルマリア城に向かいましょう。国王に謁見するのです。まずはこのまま林のへりにそって歩いてゆきましょう」

 緑の案内人は3人の子供を先導して歩き始めた。


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