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ドリーム・ファンタジー  作者: ゆうぱむ
第四章 戦
25/25

エピローグ

「――重ってぇよ、ウミ!」

 ダイチのだみ声でソラは目が覚めた。

 閉め切ったカーテンの隙間から、夕陽が射し込んでいる。

「重いって、言ってるんでぇ、ウミ!」

 サル山のお猿さんみたく、くるくると頭を振り回してみる。ソラは自分の部屋でパソコンデスクに打ち伏して、うたた寝をしていたようだ。自分の身なりを確かめると、茶色い防具に黒いタイツ姿――ではなく、いつもの長袖の洋服に長ズボンをはいている。

 時計を見ると――

 時計を見ると――

 時計を見ると――

 ――置き時計の文字盤が、ぼやけて見えない。

 渋々と握りしめていた黒縁の眼鏡をかけると、視野が広がった。電光掲示の数字たちは、下校したときと同じ日付の同じ時間を表示したままだった。

 ニャーオ、とソラの足元に黒猫のニンフがまとわりついてきた。

 ご飯をおねだりしに来たのだ。

「僕たちの……世界に、戻ってきたんだ」

 ソラはつぶやいた。

 こちらの世界は、なんだか蒸し暑い。

 なんで、こんな長袖に長ズボンをはいているのだろう?

 ソラはもっと身軽な服に着替えたくなった。

「ど……どいてくれぇい、ウミぃ~ッ」

 部屋の隅にあるシングルベッドに熊代大地がうつぶせに倒れて、またその背中に龍乃海美がうつぶせで馬乗りになっていた。

「なに……してんの?」

 ウミを起こして、ダイチも救出して、しばし呆然とする3人――。

「――なんだったんだろうね……」おもむろにウミが口を開いた。半袖の白いブラウスにデニム生地のショートパンツという、快活な少女らしい服装をしている。

「アタシたち、本当にゲームの世界に迷い込んでいたのかな……」

「たぶん、そうだと思うよ。これ――」

 3人の子供たちは、首から提げた黄金の十字勲章クロスを手にとって眺めた。

「まだ食い足りねぇ!」ダイチがおなかを鳴らして言った。もちろん、彼も元通り人間の子供の姿に戻っていた。

「たらふく食ってる最中だったのによぉ」

「アンタ……この1週間、食べ物の話ばっかりね」

「そっか?」

「アンタの話を聞いてると、こっちがおなかいっぱいになっちゃうのよ」

「うっせぇなぁ。おめぇだって、イケメンの王子さまがぁ~~~ッ♪って、しつこかったじゃねぇか」

「キ――ッ。アンタに関係ないでしょ、このゴリラ!」

「もうゴリラじゃねぇもーん、だ」

 舌を出して、少女をからかうダイチ。

「その顔、ゴリラそっくり!」

 ケタケタと、馬鹿にしたように笑うウミ。

 ふふっ……、とソラが笑うと、

「なによ!」

「なんでぇ!」

と、2人から突っ込まれてしまった。


 ――また明日も学校だ。

 ソラは誰もが経験できないような幻想の世界で、スリルと興奮に満ちた冒険を経験することができた。ペガサスにまたがって魔王を倒し、確かに王国の危機も救った。

 しかし――

 そんなことはおかまい無しに現実リアルな世界は回り続ける。無機質な学校生活は継続し、昼休みには図書館に通う毎日が待っている。英雄ベレロフォンは、再び物言わぬ根暗な少年ソラへと戻ることになるのだ。

 玄関先まで、2人を見送る。

「じゃ……。帰り道、分かる?」

「おぅ、近くに野球の試合で来たことがあるから、大丈夫でぇ」

「アタシも。友達が近所にいるから、分かるワ」

 ――ここでさよなら、しないと。

「じゃ……」

「おぅ、じゃあな……」

「さよなら……」

 3人の子供たちは声を掛け合って、ソラの玄関をあとにした。

 ――こうやって、また他人行儀になってゆくんだ。

 黒縁の眼鏡のレンズが、斜めに射し込む夕陽に反射してホワイトアウトした。ソラは2人の背中を見送ることもなく家に入り、早々に玄関のドアを閉めようとした。

 そのとき――

 玄関の扉が引き戻されて、ソラはドアノブを持ったまま前につんのめった。

 ビックリして顔を上げると、夕焼けに赤く染まったウミとダイチが立っていた。

「おめぇさァ」ダイチが鼻の下を指先でぬぐいながら言った。

「明日からは他人……みたいな顔してたけどよぉ。オレたち、いっしょに旅した仲間だろ?

 安心して、学校でも話しかけてこいよ」

「ちがうわよ」とウミが悪戯っぽく、ダイチを見た。

「アンタみたいな問題児に関わりたくないって、思っているのよ――ね、ソラ?」

「な、なにをぉ!?」

「ちょっとォ……レディに向かって気安く触らないでくれるッ?」

「な、なにがレディでぇ。王子さまフェチで金の亡者のくせによぉ」

「私は〝イケメン〟の王子さまフェチなのよッ。ただの王子さまにはこれっぽっちも興味ないワ」

「ストップ……ストップ、スト―――――――――――――ップ!!」

 また2人がケンカしはじめたので、慌てて止めに入るソラ。

「もぉッ。いい加減にしてよ、2人とも!」

 ウミとダイチの間にソラが割り込んだ。

「ソラ」

 ダイチがあいかわらず、だみ声で言った。

「ソラ」

 ウミも笑いながら、言った。

「おめぇは、ベレロフォンでも勇者でもねぇんでぇ」

「ソラはアタシたちの、友達、だよ」


 熟成した夕陽は一層赤みを帯びて、ソラたちの街をあかね色に染め上げていた。

 いずれ太陽は沈む……しかし、明日になればまた昇る。

 3人の子供たちの友情も永遠に失われることはない。幻想の夢の世界で経験した想い出が、彼らの心から消えることは決して無いのだ。

 ――少年は勇気より大切なものを手に入れたことに、

 ようやく気が付きはじめていた。



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