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ドリーム・ファンタジー  作者: ゆうぱむ
第一章 独
2/25

1.英雄ベレロフォン

 閉め切ったカーテンの隙間から、電柱に設置された水銀灯の光が射し込んでいる。そのわずかな光源を頼りに部屋の中の様子がうかがい知れた。

 ドアのそばにはシングルベッド、反対側に洋服ダンスが置かれ、窓際に近い一角に勉強机とパソコンデスク、腰の高さくらいのカラーボックスが並んで配置されていた。

 綺麗に整頓されてはいるが、薄暗いせいか、狭苦しくて殺風景な印象を受ける。

 ひとりの少年がパソコンデスクにしがみつくように座っていた。

 彼はデスクトップ型のパソコンの画面を凝視しながら、骨張った指先でキーボードのボタンを忙しく叩いていた。

 ディスプレイの明かりが少年の顔を照らす。

 黒縁の眼鏡が白く反射して、レンズにはパソコンの画面がゆがんで映りこんでいる。眼鏡の奥の目はクリッとして大きいが、げっそりした小さい顔のために、〝ギョロ目〟というほうが正しかった。髪の毛も伸ばし気味でセットされずにボサボサで、お世辞にも容姿がいいとは言えない。

 ――クゥ……クゥ……クゥ……

 カラーボックスの上で鼻息をたてながら黒い猫が弓なりになって眠っていた。カラーボックスの下段の棚には小さな器が三つ置いてあった。お水と猫用のドライフード、食べ残したやわらかい缶詰のご飯が見えた。

 少年はキーボードの操作を止めて飼い猫の頭を、そっとなでてやった。年老いてからよくイビキをかくようになったので、いつもこうやって止めてやるのだ。黒猫は不機嫌そうに、ニャ?と短く声を出して飼い主をにらんだが、すぐにまぶたを閉じてまた寝息をたてる。

 少年は眼鏡にかかったうっとおしい前髪をかきあげた。顔から眼鏡を外して、机の脇に置き、深く「ふぅ……」とため息をついた。

 目を閉じて椅子の背もたれに体重をかけると、後ろにキィ、ときしんで引っ掛けていた黒いランドセルの名札が揺れる。

 〝4年2組 馬目ウマメ ソラ

 と、細くて頼りのない小さな文字で書かれていた。

 しばらく休憩した後、少年――ソラは、再びディスプレイにかじりついて、夢中でキーボードを打ちはじめた。

 パソコン画面には、金色のドラゴンと藍色のペガサスが左右に配置されたデザインのホームページが表示されていた。ページの枠は〝Dream Fantasy〟と、金糸の刺繍を施したような仰々しい飾り文字で彩られていた。


 少年ソラが夢中で操作しているのは、オンラインRPGの”ドリーム・ファンタジー〟というゲームだ。人間や魔法使い、精霊やモンスターが共存する幻想世界〝テル=アリア〟を舞台にした作品だ。

 テル=アリアでは現在、2つの国が対立していた。

 両国の名はサルマリア王国とドゥポンゴールド帝国。

 ゲーム参加者は、平和の国サルマリアへの侵略を企む帝国ドゥポンゴールドの魔王ドゥポンを討伐する、ひとりの戦士としてプレイするという設定だ。

 数週間ごとに新しい課題イベントが更新されているが、物語のおおよその構成はパターン化されている。

 物語の導入はキャラクターが眠りについた後、その夢の中で幻の世界〝テル=アリア〟に迷い込むところから始まる。出題される課題を見事クリアすると、眠りから目覚めて現実世界に戻ることができる。

 課題を果たさない限りは、いつまでたってもテル=アリアから抜け出すことができない、というお決まりパターンがあるのだ。

 しかし、今どき使い古された設定のためか、知名度はほぼ0パーセント。

 全く人気が無い。

 リピータもいない。

 そんなこんなで……利用者も皆無、閑古鳥。

 最近ではバトル中に〝最終奥義〟を繰り出すと、ゲーム自体が落ちてしまい、イベントが終了してしまう……という、ひどい障害バグが発生している。

 ゲームの主催者側から「弊社では指摘されているような障害は一切確認されていない」と発表があり、修正する気持ちも予定も無いため、ゲーマーの中では前代未聞の珍事件として発展しはじめている。

 大人たちの都合で子供たちは困惑し、少なかったユーザー数はさらに激減しているが、ある意味、そういった面で今後、業界の歴史に名を残すゲームなのかも知れない。

「そんなに怒らなくてもいいのに……」

と、少年ソラはつぶやいた。

 彼――ベレロフォンが、ゲームの中で〝最終奥義〟を発動してしまったせいで、ゲームが落ちてしまい、パーティの仲間に迷惑をかけた……そのことを再度ログインしたチャットで、皆から責められていたのだ。

 ソラは「つい魔が差した」、「ごめんなさい」と素直に謝った。彼は物事に逆らわず、事なきを得たい性格のようだ。

 こんな明日をも知れない――いつ閉鎖されるか分からない――、最終奥義も使えないゲーム事情の中、ユーザー仲間の間で、ある都市伝説のようなうわさ話が流れている。

 ――幻の〝無常の果実〟が魔王ドゥポンの魔力を無効化することができる……

 ひいては、帝国ドゥポンゴールドを滅ぼすことができ、サルマリア王国ならびにテル=アリアに平和と秩序がもたらされる――というものだ。

 しかしはっきりとしたことは誰も知らない。

 無常の果実、が何なのかさえ分かっていない。その名の通り果物のことなのか、薬やアイテムの名称なのか、魔法の呪文なのか……。

 「最終奥義が使えない」ことを認めたくないうえに閉鎖も避けたい、という主催者側の思惑で密かに開発された〝最終兵器リーサル・ウェポン〟ではないか?という説もあがったが、関係者からこの件に関する正式な発表は無く、いまだ真相は闇の中である。

 

 パソコン画面では「みゅうさんは退室されました」という文字が見える。

 その上から、「ベレロフォンさん、退室しますか?[はい][いいえ]」という小さな枠が重なって表示されていた。

「ベレロフォン、か」

とソラはつぶやき、黒縁の眼鏡を外して目を閉じた。

 部屋の暗さとディスプレイの光源のせいで、不健康そうな顔色とこけた輪郭がくっきり浮き上がる。普段から少食のせいか成長も遅く、同学年の男女の中でも小柄な方だった。

 ソラは、小学校ではあまり人とは話さず、友達は一人もいなかった。

 その反動なのか、ゲームの中では、屈強な戦士ベレロフォンを演じていた。名前の由来はギリシア神話の英雄ベレロフォンから取った。

 学校の昼休み、ソラは必ず図書室に行く。

 特別本が好きという訳ではなかった。〝ある事件〟がきっかけで毎日図書室に通うようになったのだが……。そこで偶然手にしたギリシア神話の本に登場する英雄たちが、彼を魅了したのだ。

 ヘラクレス、ペルセウス、テセウス――

 ソラは強くて勇気のある彼らの活劇に胸が躍ったが、特に惹かれたのは天馬ペガサスを有する英雄ベレロフォンだった。

 ベレロポーン、ベレロポンテース、とも呼ばれるが、ソラは英語読みのベレロフォンを気に入って使っている。英雄ベレロフォンは天馬ペガサスを乗りこなし、合成獣キマイラなどを打ち倒したとされるつわものだ。

 彼の最期は、神の仲間になろうとして天上に昇ったところ最高神ゼウスの怒りを買い、ペガサスから落馬。大怪我、もしくは死んでしまった、と言い伝えられている。

 しかし無謀ともいえるベレロフォンの強い信念と行動力は、他人と普通に話すことさえできない内気なソラにとって、たいへん魅力的に見えたのだ。

 そんな憧れの英雄の名前を自分のハンドルネームにして、せめてゲームの中だけでも、自分と似ても似つかない英雄像を重ね合わせて日々妄想を楽しんでいる、というわけだ。


 ……数分間の仮眠から、ソラは目を覚ました。

 隣りでは相変わらず黒猫が寝息をたてて眠っている。

 パソコンの画面を見やると、終了していたはずのホームページになにか文字が表示されているようだ。

 大きくて丸い目をぎゅっと瞬きするが彼はド近眼だ。全く焦点があわない。           

 しかめっ面でキーボードの脇に置いていた黒縁の眼鏡をかけた。

――勇者ニ姫ノ救出ヲ求ム

(新たなイベントの誘いかな?)

 続けてこう書いてあった。

――報酬1 金50万リア

 ドリーム・ファンタジーの世界での金銭感覚は、1リア=10円。

 普段よく目にする報酬の金額は雑用的イベントが1~1千リア、大きなイベントで1万~数10万リアくらいが相場なので、50万リアというのはかなり高額の設定だ。

 さらに、

――報酬2 何デモ望ムコトヲ入力シテクダサイ

と、書かれてある。

(何でも望むこと、か……)

と、ソラは思った。

 本当に何でもいいなら、魔王ドゥポンを無効化にできるという幻のアイテム〝無常の果実〟を要求するのはどうだろう。入手できれば、ドゥポンを倒せるかもしれない。

(そんな、うまい話、あるのかな?)

 障害を認めない愚鈍な会社のゲームだ。油断すると全財産を没収とか、レベルダウンとか、とんでもないリスクがあるに違いない。

 やはり、このイベントに参加するか否かは慎重に考えた方がいいかもしれない。

(また明日、みゅうさんたちに相談してから決めよう)

 そう思い直して、ソラはパソコンの電源を落とした。

 再び眼鏡を外して、部屋の隅のベッドへ細い四肢を投げ出し、仰向けに寝転がった。

(明日起きたら、また学校かぁ……)

 ソラは大きくため息をもらすと、知らぬ間に眠りに落ちていた。


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