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ドリーム・ファンタジー  作者: ゆうぱむ
第三章 旅
15/25

5.ソラの疑念

 翌朝、事件が起きた。

 朝食を終えて出発しよう、となったとき、ウミが言った。

「ペガサスを呼んで、あいつに荷物を持たせようよ」

 聖なる馬にたいして、もうあいつ呼ばわりである。

 それも仕方がない。なにせ、昨日は召喚したものの、酔っ払って千鳥足で使い物にならなかったのだから……。

「〈ナソール・ダ・ペガサス〉」

と、ソラが唱えた。

 もう見飽きてしまって感動もうすれた聖なる光の道を元気よくペガサスが降臨した。今日はしっかりした足取りで、優雅に規則正しく銀翼をはためかせている。

「荷物か、もしくはボクたちを順番に背中に乗せてもらえないかな」

 謙虚なソラにダイチが噛み付く。

「そんなへりくだるこたぁねぇよ、ソラ。――おいペガサスッ。こっちには黄金の手綱があるんでぇ。約束どおり、おとなしく手伝えよなッ」

 するとペガサスの様子がおかしい。まだ酒が残っているのか?

「なにキョロキョロしているの?」

 ソラが、自分たちの荷物をのぞき見るペガサスを不審に思って言った。

「そんなシロモノ、どこにあるのさ、ゴリラ」

 白馬ペガサスが、獣人ダイチに噛み付き返した。

「ここにあらぁ……って、おめぇ。昨日のウミとの会話を盗み聞きしてやがったなっ」

「盗まなくても、あんたの馬鹿でかい声は天上界中に響き渡ってましたよ。もう少し落ち着いて小さい声で話してくださいよ」

と、ペガサスは翼に首を回して毛づくろいしながら、ぶっきらぼうに言った。

「黄金の手綱が見あたらないだとぉ……ほんとでぇ、どこにやったぁ?」

「誰が持っていたんだっけ?」

「ジフォッグ、よね」とウミが、緑色の小人に声をかけた。

「ジフォッグ、黄金の手綱を出してよ」

 沈黙の後、突然、ジフォッグが崩れるように土下座した。昨今、日本人でもなかなかこんなことはしないので、皆あっけに取られた。

 ペガサスだけは興味がなさそうにあくびをしている。

「申し訳ございません!」ジフォッグが腹の底から声を出し、頭を地面にこすりつけた。。

「黄金の手綱を、失くしてしまいました……申し訳ございません!」

 彼の信じられない言葉に、3人の子供は唖然としてしまった。

「失くしたって、どこで?」

 ウミはややヒステリックに言った。

「分かりません……今朝起きましたら、失くなっておりました。荷物を全部確認しましたが、どこにも見当たりません……」

 憐れな小人は、縮れた白髪頭を湿った地面にくっつけ、顔を上げようとしなかった。

 ウミは一旦しゃがみこんで頭を抱えてしまったが、すぐに落ち着いて言った。

「もういちど、荷物とこの大木の周りを探してみましょう」

 3人の子供は自分たちの荷物の中には黄金の手綱がまぎれていないことを確認してから、あたりをぐるぐる回り落ち葉や木の陰を探し回った。

 ジフォッグは必死に狂ったようにシダっぽい下草を払ったり、自分の体の半分はあろうかという大きな石をどけたりして、懸命に探していた。

 結局、黄金の手綱は見つからず、これ以上はここで立ち往生するとき間もなく、あきらめてこのまま進むことにした。

 もちろん、ジフォッグに対しては、ここまでの旅でも良くがんばってくれたのだから、皆怒る気持ちにもなれず、あのダイチですら「もういいんでぇ、さぁ出発前にひと休みしようや」と、ジフォッグに肩を貸したくらいだった。

 ペガサスは、やはり全く興味がない、という感じで傍観していた。

「おめぇが隠したんじゃねぇのか」

と、ダイチが毒を吐く。

 ペガサスもそこまでは予想していなかったようで、面食らって目を丸くしたが、

「ボクは何も知らないよ。でも――そうだね。最初からその手があったね」

と、やり返す。

 獣人ダイチがこん棒を振り回し始めたので、

「じゃ、さいなら~。黄金の手綱が見つかったら、また呼んでね~」

と、伝説の白馬はさっさと天上界に帰って行ってしまった。


 ソラには腑に落ちないことがあった。

 ひとり皆から離れて昨晩ジフォッグが火の番をしていた場所まで来てみた。あのとき、彼は曲がった木の枝か、縄のようなものを火に入れていた……。

 焚き火の後は黒こげた木炭と白濁色の灰しか残っておらず、何を燃やしていたのかは分からなくなっていた。

(まさか、ね……あれ?)

 ――こんな所に草なんて生えていたっけ?

 昨晩寝泊りした大木の根元に、ソラの背丈ほどもある植物の葉っぱが生い茂っていた。

 念のため、と思いながら、黄金の手綱が埋もれていないか、一枚の細長い葉っぱを払いのけた。すると群生した草の一部が、根元から〝自分で〟動いて、正面を向いた。

 硬そうな先の尖った葉に覆われた内部からピンクに光る2つの目が瞬きした。

 それは森に住む、植物系のモンスター〝ガニック〟だった。

「う……わぁぁぁ!」

 ――弓使いは接近戦が苦手だ。

 あくまで遠隔射撃を得意とするファイターだ。

 でもそれは言い訳で……、ソラが腰を抜かしてしりもちをついたこととは、因果関係の無いことだった。

 ソラは背負っていた矢筒から、あたふたと2、3本の矢を落としながらようやく1本の矢を抜き取ると、地面に腰をついたまま決死の表情で弓を構えた。しかし、この世界に来て初めて弓を射ることになった少年の指は激しく震えてしまい、たった1m先のモンスターに狙いが定まらないありさま……。

 ソラが矢を引いていることに気が付き、ガニックは青々とした10数本の葉っぱを何重にも交差させて甲羅代わりに身を包み、防御姿勢に入った。

「――やるぞ、やってやる。勇気を出すんだ……ッ」

と、ソラは自分に言い聞かせて、力いっぱい矢を放った。

 矢は、しゅわわっ、という情けない音をたててガニックにさえ届かず、手前でカラン、と転がった。地面に刺さることさえなく、だ。

 ソラもガニックも、その状況に驚いていると、ソラの叫び声を聞きつけたウミたちが駆けつけた。

「――ッ――ッ、――ッ――ッ」

 集まった勇者たちを見て、植物の怪獣は犬笛のような鳴き声を発した。そして根っこの部分から飛び上がり、ソラに襲いかかってきた。

「たッ、たッ、助けて――ッ」

 弓使いのソラが勇者らしからぬ悲鳴を上げた。

 それも仕方のないこと。ガニックの戦闘スタイルがあまりにもド派手だったのだ。

 彼の武器は尖った10枚の葉っぱだ。その葉先ならぬ〝刃先〟を剣代わりに、2刀流を飛び越して10刀流でなりふり構わず振り回す。ヘリコプターの10段構えみたいなヤツが、ぶんぶんプロペラを回しているようなもの。

 そんなのが飛び掛ってきたら、そりゃ悲鳴も上げる。いや――ソラの場合、声が出ただけでも進歩したと言えよう。

 普段はおとなしい植物だが、魔王ドゥポンの悪しき魔力の影響でかなり凶暴化しているようだ。

 仲間を助けるべく急ぐウミとダイチを抜き去って、緑の剣士が、ぴょん、とソラの前に踊り出た。

 次の瞬間、

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン――――!!

と、耳をつんざく金属音が響き渡る。

 戦闘モードと化したジフォッグが名剣レイピアでガニックの10枚刃を受け止めたのだ。彼は皆に叫んだ。

「ソラさま、ダイチさまは下がってくださいッ」

 緑色の細い腕がガニックの回転する刃の抵抗に震える。

 言われたとおり、腰が抜けて動けないソラをダイチが引きずって後退。

「今のうちに、ウミさまッ。炎系の魔法で攻撃してください!」

 指名されて一気に緊張する白魔導士の少女ウミ。

「わ、わかったわ。えぇっと、呪文はァ……ナンだっけ?」

 ジフォッグも技はあるが持久力はあまりない。彼は先手必勝、一発勝負専門なのだ。

 ガニックの10枚刃がさらにうなりをあげたとき、あえなくジフォッグの手からレイピアがはじき飛ばされてしまった。

 これを見た3人の子供たちは、気が動転してしまった。

 これが本当のバトル……!?

 ゲーム世界バーチャルではない、これは現実リアルなんだ。

 腰が抜けて使い物にならないソラ放り出し、ダイチが急いで前に出る。その大きな体で武器を失ったジフォッグをかばうように立ちはだかった。

 ウミも「自分がやらなきゃ!」と、どうしても呪文の言葉が思い出せない炎系の魔法をあきらめて、例のお得意の防御魔法〈ラ・シェル〉を繰り出していた。

「いけません、ウミさまッ。落ち着いて炎系の呪文を……ッ」

と、ジフォッグは叫んだが、猪突猛進少女ウミの耳には届いていなかった。


〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉

〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉

〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉

〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉

〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉

〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉〈ラ・シェル〉


 海鮮物と山菜の因縁の対決……

 無数の貝殻のシールドが、植物系モンスターに襲いかかる♪♪

 葉っぱに覆われた体のガニックも、〝少しは〟衝撃のあるこの攻撃に、初めのうちは防戦一方だったが、やがて、ゴブリン戦のときと同じくウミの魔力が切れてしまう。

 魔法が発動できずにいる哀れな魔法使いをじっくりと確認すると、防御していた葉っぱをゆっくりと広げるのだった。

「いわんこっちゃない……」

 ほかの3人は呆れ顔。しかし傍観しているわけにもいかない。

 ソラは腰が抜けて立ち上がれないし、ジフォッグは武器を失くして丸腰の状態。

 ウミはいまだに「〈ラ・シェル〉……」と発動されることのない防御魔法を唱えて、白い三角帽も落として髪を振り乱している。

「オレさまの番――だな」

ダイチが旅の途中で拾ったこん棒を肩に担いで言った。

 今にも青い葉っぱの刃がウミに襲いかかろうとしていた、そのとき。

「やい、おめぇの相手はオレ様でぇッ」

と、ダイチが叫んだ。そして太くて短いこん棒をデタラメに振り回して、ガニックを背後からたたきつけた。

 植物の化け物は硬い殻に守られて、ほとんどダメージを受けていなかった。逆に獣人ダイチをもてあそぶかのように、一枚の葉っぱで彼に平手打ちをした。

 ダイチも突き飛ばされては何度も起き上がり、こん棒でガニックに殴りかかるが、その度に払いのけられてしまった。

「ダイチさまッ。むやみな攻撃は体力を消耗するだけです」

 後方からジフォッグが叫んだ。

「ジフォッグ、どうしたら倒せるんでぇッ」

「ヤツの〝根っこ〟を狙うのです。思いっきり叩きつけるのですッ」

 ガニックの弱点は〝火〟だ。しかし、魔法の攻撃に失敗した今は、彼の戦意を喪失させることが先決だった。硬い甲羅のような全身の中で、唯一根っこの部分は胴体の葉っぱとは異なり、軟らかくて貧弱なのだ。

「でも、どうやって近づけばいいんでぇ……ッ」

 ガニックの回転する10枚刃がダイチを翻弄していた。致命傷はないものの、防御姿勢を全く取らずに、こん棒を振り回すだけの無策なダイチは、徐々に押されていた。

 ――ガニックは油断していた。

 相手が多勢であったので、彼もはじめは慎重に防御姿勢→攻撃→防御姿勢、という防御を念頭に置いた戦闘スタイルに忠実だった。敵がダイチひとりに減ってからは攻撃することに夢中になってしまい、つい防御の手が緩んでしまっていた。

 戦線を離脱してしゃがみ込んでいた白装束の少女が、魔力を取り戻しつつあった。

 彼女は乱れる息を整えて、意識を集中――白魔導士ウミは、再び唱和した。

「〈ラ・シェル〉!」

 前のめりになって刃を振るっていたガニックは、硬いシールドの衝撃波を正面からまともに受けて、あお向けにのけぞってしまった。

 また、〈ラ・シェル〉――?

 魔法使いの少女を小馬鹿にした植物系のモンスターに、勝機は失われていた。

「――ダイチ――今よッ」

「うるせッ、わかってらぁぁぁぁぁあ!!」

 ダイチは助走をつけて思いっきり飛び上がり、鋼鉄の葉から無防御になったガニックの足元――根っこに向けて、持っていたこん棒を力いっぱい振り下ろした。

「――――ッ!?」

 ガニックは青い葉っぱを、ぷるぷるッ、と小刻みにけいれんさせた後、やがてぐにゃりと折れ曲がり、地面に倒れてその場で気絶してしまった。


「いやァ~ん。かッわイぃぃぃい~~~♪」

 魔力を回復した魔法少女ウミが、猫なで声ではしゃいだ。

 植物系のモンスター〝ガニック〟は、今では濃緑色の葉を大きく広げて愛らしい丸顔をのぞかせていた。もちろん戦意も失くなり、正気にもどっている。

 彼は吐息ほどの小さな声で、ソラたちには理解できない言葉で話しかけた。

 名剣レイピアの剣身を布でぬぐっていたジフォッグは、剣を腰におさめ、ガニックの言葉を3人の子供たちのために通訳してくれた。

 西の果てに城をかまえる魔王ドゥポンの邪悪なエネルギーが、このクングースカの森にまで及び、森に住むモンスターや妖精を苦しめているらしい。ときに彼のように凶暴化したモンスターが、森を抜ける旅人を襲うこともあるらしい。

 いつもはおとなしい生き物なのだ、ということを何度も繰り返されて、

「そりゃあ、悪かったけどよぉ……」

と、ガニックを気絶させた当人、ダイチが気まずそうに頭をかいた。

 魔王ドゥポンを無力化する〝無常の果実〟のことも彼に尋ねてみた。しかし無常の果実のことは知っているが実際に見たことはなく、モンスターか妖精が所有しているといううわさがある――とソソ村のガントと同じような情報を聞き出せたくらいで、新しいヒントを得ることはできなかった。

 ガニックは、4人一行が魔王ドゥポンを討伐しにゆく旅の途中であることを知ると、ソラたちに対してとても悪いことをした、としきりに謝った。言葉は通じないものの、愛らしい顔が悲しい表情に崩れるたびに、逆に可哀想になった。

 魔王ドゥポンの悪しき魔力がガニックの理性を狂わせていたのだ。

 ソラたちもそのことを理解しているので、ひとつも彼を責める気持ちがないことを、ジフォッグから何度も伝えてもらった。


 植物系モンスターのガニックと別れ、ソラたちは旅を再開した。

 黄金の手綱を紛失したことで、結局ペガサスに荷物や人を乗せることができなかった。

 ジフォッグがあらためて皆に頭を下げた。

 3人の子供たちは、「しょうがない、荷物は皆で頑張って持って歩こう」と、ジフォッグを慰めて、このことは水に流すことにした。

 ソラは、先頭を歩く案内人のジフォッグが元気なく肩を落としている姿を見て、

(今は仲間を疑っている場合じゃない。皆で力を合わせなきゃならないんだ)

と思い、昨晩のことは胸にしまっておくことにした。


 4人は遅れた時間を取り返すために、ただひたすら西に向かって歩き続けた。

 その日も森の中で夜を迎えて、前日と同じようにおあつらえの大木の上で一泊した。

 夕食どきに、ジフォッグから今朝のバトル――植物系モンスターのガニックとの戦い方について、反省会があった。

 ジフォッグに指摘された各勇者たちの欠点やアドバイスは次のとおり――

 ソラは、弓矢が全く飛ばないこと。弓矢の練習をしておくように。

 ウミは、防御魔法を連発してしまうこと。攻撃の呪文も頭に叩き込んでおくように。

 ダイチは、力まかせで防御がおろそかなこと。防御ありきで攻撃するように。

 3人ともにパソコンの前では簡単にできたことが、なかなかできない。実際のバトルになるとどうしても舞い上がってしまうのだ。

 命がかかっているのだから、当たり前なのだが。

「明日、この森を抜けて山越えをいたします」と、ジフォッグが言った。

「山の向こうはいよいよ、ドゥポンゴールドです」

 ――夕食後、皆が寝るときは、また見張りをつけて交替で体を横にした。

 ソラは浅い眠りに落ちた。

 ジフォッグの何かを燃やしていた姿と、自分の悩みを聞いてくれた姿が脳裏に繰り返し現れては、消えた。


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