プロローグ
暗闇に閉ざされた世界で――伝説の勇者たちが3体のモンスターを相手に戦いを挑んでいた。
「〝みゅう〟さんは防御魔法でシールドを張って!」
「〝ベレロフォン〟――アナタもショートボウで援護射撃してよねッ」
「もうガマンできねぇッ。オレは攻撃するぞぉぉぉぉ!」
勇者たち3人の緊迫した声が交差する。
「〝熊王〟さんは物理攻撃だから、右手の〝ドゥラハン〟を――」
「そんなの、わかってらぁ!」
熊王――と呼ばれたこげ茶色の体毛で覆われた獣人は、右手に持っていたこん棒を振り下ろした。首なしの鎧騎士〝ドゥラハン〟を包む鉄の甲冑が激しく振動する……!!
ドゥラハンも急ぎ応戦したが力の差は歴然だった。体長2mを超える熊王に再びこん棒で強打されると、あえなくグシャグシャ……ッ、と金属板が潰れる音をたてて消滅してしまった。
「あいかわらず、バカ力ねぇ……」
と、白魔導士のみゅうが苦笑いする。
「へんッ、チョロイもんでぇ」
剛毛をなびかせ熊王が調子づく。
残る敵は2体――クロサイの怪物と、半人半蛇の化け物が待ち構えていた。
「今度は〝ドゥッシュ・ライナー〟が来るよ!」
防御姿勢を崩さずに、弓の名手ベレロフォンが叫んだ。図体のデカいクロサイの怪物が鼻先の大きな角を、ぶるぶるっ、と数回横に振った。
「来るなら、かかってきなさいよ」
と、みゅうが息巻く。少女のリクエストにお応えして、怪物は純白の衣装をまとった魔法使いに狙いを定めた。
「あ――やば」
ドゥッシュ・ライナーは豚足のような四足で地面を蹴り、みゅうに向かって駆け出した。地面が大きく揺れて、もうもうと土ぼこりが上がる。
「みゅうさん、まずは回避したほうがいいですよッ」
弓使いの青年が心配して、声をかける。
「心配ご無用。黙って見てなさい」
と、魔法使いは手にした魔法の杖を、ゆっくりと額の高さに持ち上げた。
魔法の杖――イチイの木に念を封じ込めた、彼女ご自慢の一品だ。実戦で邪魔にならないように短めにあしらっている。
クロサイの怪物はもう目前に迫っていた。彼女は気を静め、琥珀色の大きな瞳を閉じて唱えた。
「〈ラ・シェル〉」
防御魔法の発動呪文――。
魔法の杖の先が一瞬ほの白く光ると、突如前方に半透明の壁が現れた。半球状の形をしており、まるで大きな一枚貝の盾が少女を守っているようだ。
クロサイの怪物は急停止――するも、甲斐なくその一枚貝の盾に激突した。強烈な反動で彼は背面からそっくり返ってしまった。
「あらぁ……ごめんなさいねぇ。今度からは前方に気を付けて走ってくださいナ♪」
しかし――彼は見かけによらず俊敏な生き物だった。跳ねるように飛び起きるとシールドが解けた白魔導士の少女に飛びかかるため、すばやく身をかがめたのだ。
みゅうは、焦った――短時間に連続して魔法を発動できないからだ。
「え、もう反撃……早くない?」
怪物は黒い巨体を揺さぶりながら、「グハッ、グハッ」と唾液をまき散らし、人間でいう嘲笑を浮かべた。ドゥッシュ・ライナーは油断していた――。彼は身体の一部に違和感を覚え、ふと首を左側に振った。すると左肩に見慣れない鉄の弓矢が突き立っているではないか。次の瞬間、左半身に冷たい激痛が走り怪物の動きが止まった。彼は白魔道士に飛びかかる絶好のタイミングを逃してしまったのだ。
この好機――、見逃す手はない。
「うぉおおおりゃぁあああ!!」
年頃の少女とは思えぬ大音声を発して瞬発的に魔力を充填――雷撃魔法の呪文を唱えた。
「〈ア・ビリオン〉!」
暗闇の世界に轟音と一筋のまばゆい閃光が走る――鉄製の矢がその電子を呼び込んで、ドゥッシュ・ライナーに強力な稲妻が落ちた。打撃攻撃などにはビクともしない彼も、この雷撃魔法にはひとたまりもなく、全身から煙をあげて横倒しに倒れてしまった。
敵のモンスターは残り1体――。
「危なかったですね、みゅうさん」と、弓矢の名手ベレロフォンは、鉄の矢を怪物の右肩からすばやく抜き取り、背中の矢筒におさめる。矢筒には、金、銀、銅、鉄、鉛、木、と様々な材質の矢が入っており、戦いの状況にあわせて矢の種類を選ぶことができた。
「僕が放った〝鉄の矢〟に気付いてくれてよかった」
「アナタの手助けが無くても、アタシひとりであの怪物を倒せたわよ」
白魔導士みゅうは腰をかがめて、トレードマークの白い三角帽を拾った。ブーツの膝上から、張りのある肌白の太ももが、マントを押し分けて見えた。
「炎系とか水属性の魔法を用意してたんだから……余計なこと、しないでよねッ」
鼻筋の通った可愛らしい顔立ちだから、気の強さが一層引き立つ。
「可愛くねぇーのな」という獣人の熊王にも、「うるさいわね、なに休んでんのよ!」と早速かみついていた。
3人の勇者が和気あいあいとしている所に――いきなり衝撃波が襲った。
「うわッ」
「きゃッ」
「ぅおぉぉぉぉ……ッ」
勇者たちは数mも後ろに吹っ飛ばされてしまった。
最後のモンスター、魔王〝ドゥポン〟の黒魔法の攻撃だった。彼は闇の帝国、〝ドゥポンゴールド〟を支配する最強の黒魔導士だ。
「あいかわらず、気持ち悪ィ身なりでぇ……」
ドゥポンの姿は上半身が人間、下半身が大蛇の胴体という半人半蛇の化け物だ。彫りが深く険しい顔面の頭上には、髪の毛の代わりに無数の蛇の頭がうじゃうじゃとうごめいている。魔王の太い胴体がほんの少しだけ、ぶるっ、と震えた。
目には見えない攻撃の第二波――黒魔法の連続技だ。
「もぉ……いやぁッ」
「やめれぇぇぇ!」
2回目の攻撃を回避した勇者がひとりいた。弓矢の名手――ベレロフォンだ。
一番身軽な彼は、執拗なドゥポンの攻撃をひらり、とかわすと、少し離れた場所で弓矢を背中におさめた。彼は天を仰ぎ、〝伝説の白馬〟を召喚した。
「〈ナ・ソール・ダ・ペガサス〉!」
彼の言葉に呼応して、墨汁が垂れ下がったような上空の暗雲から、突如一筋の光が地上に射した。薄汚れたモノクロの世界を、色鮮やかな閃光が貫く。
白馬が一頭、光のトンネルを下り、降臨した。
神聖なる伝説の白馬――ペガサス。
両肩の白銀の翼をゆったりはためかせながら、勇者ベレロフォンのもとに駆け寄り、甘える飼い猫のように全身をこすりつけてきた。
――感動の再会は、そこまでだ……ッ
降臨したばかりの伝説の白馬に対して、魔王は黒魔法の連続技をぶつけてきた。
ベレロフォンは懐から〝黄金の手綱〟を取り出し、すばやく白馬にまたがった。ペガサスは勇者を背中に乗せると、俊敏な動きで邪悪な黒魔法を難なく回避した。
黄金色の手綱を白馬の首筋に優しく取り付けると、馬上の勇者が叫んだ。
「〈ヴァ・キュラス〉!!」
白魔導士みゅうと獣人熊王が、なぜか焦った様子で「あぁ、あの禁断の技を――!?」と声をそろえた……よほどスゴイ技なのだろうか?
白馬は魔王の頭上へと一気に駆け上った。暗闇の天井を突き抜け一点のまばゆい星になったかと思うと、反転――真っ逆さまにドゥポンめがけて急降下してきた。
が、彼らの不敵な動きにドゥポンは少しも焦らない。
――こんな小僧たちなど、小手先でひねりつぶしてくれるわ……!
おごれる魔王は右手を差し出して、赤色のシールドを張った。
――小細工など、この魔王には通じはせぬぞ、白い跳ね馬めが
白馬は高速移動に耐えられるように銀翼をたたみこみ、勇者を乗せたままドゥポンめがけて急降下した。とてつもない速度でとてつもない破壊力に見えた。
しかし、魔王の赤い防御壁がそれを上回った。
「――――!?」
ドゥポンの強力なシールドに弾かれて、伝説の白馬はあえなく地面にたたきつけられてしまった。魔王ドゥポンは、とどめを刺すため、黒魔法の呪文を詠唱しはじめた。
「〈~~~~~〉」
人間には聞き取れない独特の発音――北国の豪雪地帯で吹雪く風のような唸り声が、漆黒の世界に流れる。毒々しい紫色の波紋が、ペガサスにまとわりつくように襲いかかった。
しかし、ピクリともしない無防備な白馬を見て、魔王は違和感を覚えた。
そういえばあの青年――ベレロフォンがいない。
さらに魔王を驚かせることが起こった。亡骸として横たわっていたペガサスが、すぅっ、と消えてしまったのだ。
――幻想……だまされていた……このドゥポンさまがぁ?
魔王の自尊心は激しく傷つけられ、彼は一瞬で冷静さを失ってしまった。
――こしゃくなぁッ。小僧ぉ、どこだぁッ!
ドゥポンは大蛇の胴体をひねらせ、上下左右を見回した。彼はいつでも攻撃呪文を唱えられるよう、左手をかざした。
しかし、大胆にもドゥポンの真正面に勢いよく炎の輪が現れた。炎の向こう側からペガサスと、その背中には勇者ベレロフォンが短弓を構えていた。
「行くぞッ、ペガサス!」
意表を突かれたドゥポンは急いで腕をぶんぶんと振り回すが、焦りのためにシールドの発動に失敗してしまった。
ベレロフォンは〝金の矢〟を弦に引っ掛け、耳の後ろまでキリキリ、と引いた。
金の矢は1本しかなく、彼が持っている矢の中では最強かつ神聖な矢だ。
最終局面――本日一番の見せ場――のはずが、眼下の仲間2人は頭をかかえて「あぁぁぁぁあぁ~」と落胆?している。ついに彼が弓を放ったその瞬間、おかしなことが起きた。
勇者たちの悲痛な叫び声とともに、真っ暗になってしまったのだ。
いや、もともと闇の世界で戦っていたのだから、暗いことがおかしいわけじゃない。そうではなく、暗闇の中でも見えていた泥土や廃墟、黒く立ち込めた雲はもちろん、魔王ドゥポンの姿さえも見えなくなってしまったのだ……。




