324-3.幸せな時間
「おんやまあ、こりゃ良いものを」
「全部換金して欲しい。…これくらいで」
すす、と城の金細工やらを差し出した文―――は現在、お忍びのお嬢さん、といった格好だ。
身体に障らないように厚着をしていて、お揃いのような服を着た毛玉はのんびり店の中を彷徨っている。
爺さんは世間知らずそうな文に愛想良く笑って算盤を取り出したが、提示される前に俺が割り込んでちゃっちゃと珠を弾いた。
俺の希望額に嫌そうな顔をした瞬間「じゃあ帰る」と荷物を掻っ込もうとしたら慌てて止められ―――それでも若干引かれたが、元々ふっかけてただけに十分だ。
一か所でパクったのを全部換金するのも危なかろうと、こうして俺たちは少しずつ金に換えては毛玉の何でもポケットに突っ込んで先へ進んでいる――まあ、俺が持つよりも安全だしな。
パクったのも全部入れたから、万が一警吏に職質されても大丈夫。
「国光くん国光くん、見て見て、手羽先だ」
「食うか?」
「国光くんは?」
「文が食うなら」
ずっとベッド、散歩と言っても数分間ちょっと歩くだけだった文は、俺に手を引かれて嬉しそうだ。
俺としては、最初の頃は手を繋ぐだけでもあんなに恥ずかしくてしょうがなかったのに―――と、懐かしく寂しい思いが過ぎる。
……でも、文がこんなに喜んでくれるなら、さっさと腹決めて手を繋いでやればよかった。
「じゃあ買って来るね」
どうにも旅疲れで寝込む日も続くが、こうして旅を再開すると、思慮深い文にしては珍しくはしゃぎまわる。
頬を染めて、小食になってしまったのに偶に自分から進んで食べようとしてくれるから、俺としても安心だ。
「毛玉もおいで」
「なー!」
毛玉と仲良く店のおっさんに駆け寄っていく姿を見守っていると――――視界の端に映る自分の姿が、見慣れなくて一瞬戸惑う。
もう何回繰り返したかも分からんが、その年月をざっと計算しても百年は超える。百年以上もあの白い制服姿だったから、マント下も旅人用のに変えてしまったのがどうにも……。
あ、ちなみに俺の地味な服装で唯一豪華なブローチは、実は毛玉が留め具を壊したせいで適当に買って代用しているものだ。
何かの呪いがかかった少し大きい宝石と小粒の珠のしゃらんしゃらん鳴るブローチを文が毎朝丁寧に付けてくれるから、ちょっとお気に入りだったりする。
「……うわー…」
そんなショーウィンドウに映る俺の隣にある張り紙は、王家の紋章付きの荒れが目立つ紙。
大きく「フィスラン城に侵入した盗人と盗品目録」と書かれている―――あ、"フィスラン"は俺たちを召喚しやがった国の名前な。
これが張り出されていても無事に換金出来たのは、俺らがパクった物が良質とはいえありふれたデザインの物であることと、大雑把な説明しかされていない目録が原因だ。
しかも此処はフィスランから遠く離れたサジュという国で、多くの旅人がこの国の南の隣国にして大国を突っ切る際に寄るもんだからってのもある。
俺達が手配書に書かれた容姿に近くても、まさか普通なら半年はかかる距離をさくさく進んでいるとは思われず、警吏に呼び止められても適当に質問されて終わるだけ。
それに、軽く百年はこの世界にいたせいか、だいたいの慣習に慣れてしまったもんで、こうして服を取り換えればまったく目立たない旅人になる。―――俺たちを血眼で探しているだろう人間にとっては、最悪の状況だろう。
「……勇者から盗人、かー…」
―――万が一、これで捕まったらどうなるんだろう。
拷問されたりしてから勇者の旅に、ってなんだろうか。…今なんて嘘の勇者情報まで流されてるし……文が寝込んでる隙に情報を集めに"裏"の方で聞いてみたら、「嘘勇者」は身寄りの無い、なったばかりで認知度も低い英雄――この世界では、戦績に優れた者と神の加護を受けた神(もしくはその神殿、教え)の守り人を英雄という――とのことだ。
けれど前の国の時点でその英雄は逃げ出した―――魔族に寝返ったとか、何とか言われてるが。
裏の方ではそこまで確認が取れてるのに、表の人間が気付かないのは裏の方に国どころか一部の神殿までも顔を突っ込んでるからとのこと。……ま、確かに真実がバレたらえらいことになるもんな―――。
「国光くん!バニラのアイスとストロベリー、どっちがいい?」
「な゛!」
……… 手 羽 先 は ?
ていうかおま……ちょっと目を離した隙に―――何で笹団子(的なもの)持ってるんだよ毛玉……。
「嫌い…だった?国光くん、バニラとストロベリー…好きだったから…」
「あ、いや、好きだ!ありがとっ」
「あ、待って国光くん、」
急いでバニラのアイスを受け取ると、文はそっと背伸びをして。
かぷっと齧って、下唇に付いたバニラを指先で掬ってちろり、と舐める。
俺の行動停止に気付かずに、文は楽しげに「味見しちゃった」と悪戯っぽく笑う。笑………可愛いだろうがァァァァァァァ!!
う、うう…―――くそ、このちょっと付いた歯型の時点でもう無理だ…!
指先を震わせていたら、文は自分のストロベリーを差し出して、
「国光くんの番、だよ…?」
………。
……………。
…………………俺はどこぞの店の壁に頭を叩きつけた。
*
俺らが泊まるのは、大抵が良いとこの宿だ。
俺は別に汚い所でもいいけど、文の身体に障るし。それに口が堅いし――いや、偶に口が軽いのもあるけども。とにもかくにも、俺は遠慮する文の手を引いて、明りも飾りも華やかな宿屋に部屋をとった。
今はのんびり夕飯中――あ、そうそう、最初の受付時に部屋で食べると言えば持って来てくれる。
店長のおばさんと若いねーさんが食事を更に並べる中、俺は文の薬を取り出して置いた。
「美味そうだな」
椅子を引いてくれた文に言えば、「そうだねえ」と微笑んでくれる。……ああ、幸せだ。
「んあー!あー!」
「ちょ、五月蠅いだろ毛玉!」
「あー!!」
「ふふ、ごめんなさい、あんまりにも美味しそうだから…」
「いえいえ、お気になさらず」
幸せに浸ってたのに畜生。
俺が毛玉の両頬を引っ張っていると、文と若いねーさんはのほほんと言葉を交わしている。
「ごゆっくり」と頭を下げて出て行くのも見届けず、毛玉はもさもさと食べ始めた。
「こら毛玉、海老は剥いて食べる物なんだよ」
「んががががががっが」
「いだだだっ!?…てめ、俺に殻を飛ばすな!静かに咀嚼できないのか!」
「あ、国光くん、ほっぺに殻が刺さってる」
「刺さってる!?」
「んごごごごごご」
騒々しい食卓―――だけど、文はとても楽しそうだ。
騒いでいるのは俺たちだけど、その中心に居るのは文って感じで。……そうさ、
文は、確かに此処に居るんだ。
「あ、これカニコロッケだ」
「マジか」
「……」
「猫舌さんはもう少し待ってようね」
「いっそ無理矢理食わせたらどうだ?少しは落ちつきが出るかもよ」
「んあ!」
「もう、どうして国光くんは毛玉に喧嘩を売るんだい」
「だって……こいつの食べカス、"俺に"飛ぶんだぞ」
「…席を変えようか?」
「それじゃあこいつの為にならねーだろ」
「………」
「…なんだよ」
「…なんだか国光くん、毛玉のお父さんみたい」
「」
お父さん……え、この歳でお父さんみたいに口煩かったのか、俺…?
地味にショックだ。ただでさえ俺、何度も繰り返してきたせいか親父臭くなったなって、ちょっと気にしてんのに……。
―――いや、落ち着け俺。もしかしたらこれは教育係である「俺=お父さん」なんだから毛玉の主である「文=お母さん」も成り立つはずだ……つまり、文は俺の奥さん的な?そういうことを遠回しに言ったんじゃないか!?
で、でもでも、俺はプロポーズは自分からって決めてるんだしっ。ここはあえてスルーして大人になったら…いや、まずはこの世界から逃げ出してから、何とか……あ、でも文と同じ大学に通えるかも分かんねーし。遠距離恋愛って、失敗が多いんだろ?
てことは今そのプロポーズ(※断定)に頷いておいた方が吉なんじゃ……!
「ふ、文!」
フォークを握り絞め、隣の文に顔を向ける。
視界の下ら辺で毛玉がコロッケに敗れてる姿が見えたがひとまず置いといて。ええっと、ええっと……!
「―――あっ」
かしゃん。
騒々しい部屋が、一気に静まる。
スープを掬ったスプーンは、波紋を立てながら沈んでいた―――手放してしまった文の手は、口元に持って行こうとした、ままで。
文は急に体から力が抜けて、自分の言うことを聞かなくなった手を見つめて、固まっている。
「……なーっ!」
その静寂を裂いたのは毛玉で、行儀悪くもテーブルに登り、新しいスプーンを両手で持つと、不器用に掬って上げる。
「なっ」
「食べてー」と言わんばかりに尻尾を振る毛玉に、文はしばらくして微笑んだ。
「あーん、」
「美味しい?」と首を傾げる毛玉に、「美味しいよ」と返して。
俺は、さっきまでの平穏な時間が恋しくて、
そして―――微温湯に浸っていた自分が、許せなかった。
*
若干雲行きが怪しい。
次はなんか楽しそうな魔王さんとかの話です。




