29.恋とは諦めないこと、だから。
※鬱注意。ラストに作者落書きありますので注意。
ふらり、と恭が揺れたと思ったら、毒のせいで黒ずんだ羽から――いや、あの白の上着から?
さらりと花の香りと虹色の燐紛みたいなものが零れて。
(……良い匂い……)
剣を握る感覚が鈍くなって、こんな時なのに欠伸が出そうになる。
そして俺が一回瞬きをすると、目の前で恭が黒のサーベルを振り上げていた。
「国光くん!!」
けれど彼の最後の捨てきれない情か、僅かに止まった間を縫うように―――召喚しようとしたのだろう文が、慌てて錫杖を間に突っ込んで恭のサーベルを邪魔する。
素人に見えない杖捌きで突きを入れるが、空いた横腹に陽乃という鬼畜外道の魔族の女が蹴りを入れて吹っ飛ばした。
「いやだわ。私たち、また一緒に踊ろうと約束したじゃない」
「……そうだな。手合わせ願おう」
大太刀を抜き放つ女と、錫杖を鳴らす文―――すると、文の背後ですっげーやべー格好良いクラシカルなメカ?ゴーレム的な?…のが二体現れた。
ちなみに、その間でも俺と恭は恋人のこの殺し合いにハラハラしつつ斬り合いをしている訳なんだが、
「撃ち方、始め―――!」
高らかな文の号令に、がちゃん、とゴーレムが体中から銃なり何なりと突き出し、機関銃の腕をセットする。
毛玉が炎を吐くのと同時に一斉射撃―――この狭い空間で!?と思う俺の目の前で、恭が「陽乃!!」と叫ぶ。
女は、和と洋の混じった、振袖の袖下を口元に当て、
「……恋の蛍は、燃えはてぬべし」
あれ、どっかで聞いた事ある―――そんな言葉に、当てられたようにゴーレムが放つ銃弾は燃えて女に届く前に爆発するか一瞬で燃え尽きる。
もう一体のビームと毛玉の炎はその太刀で真横に斬り捨てると、ヒールの高い靴を履いてる癖に異常に早く文に接近する。
俺が恭に足を引っ掛けて文の元へ急ごうとしていると、カァンと高い音が―――文が、毛玉を真っ二つにしやがった女の太刀を、あの細い錫杖で受け止めていた。
「文!」
叫んで、俺は恭の腹に蹴りを入れて女に斬りかかる。
女は「てめええええええ恭ちゃんを蹴りつけていいと思ってんのかあああああ!!!」と予想通りブチ切れていて、俺は目玉を突き刺しに来たその刃を頬に掠らせて、
最低な行為だが、あの長い桃色の髪を引っ掴んで、すぐさま離して、女の横顔に拳を入れた。
「ぐっ!」
意外にも床に倒れ込まなかった女だけれど、男の、しかも思いっきり(だってそうじゃないと文が、)力を込めた拳に目が回りかけてる。
その隙に…………。
「女性を殴るだなんて、紳士じゃないね」
その、隙に。
ああ、なんで俺は、いつだって完璧に出来ないんだ。
恭は―――妖精特有の幻覚で、そっと気配すらも、恋人を犠牲にしてでも静かに隠して。
まさに死神の抱擁で文をその優しい腕で抱きしめると。
「っ」
骨が折られ肉が裂かれ心臓が突かれて破裂する。その、音。
「………ふ、み……?」
「…く…――に、…つ……」
ひゅーっ、と、言葉の合間合間に変な音を混ぜて、心臓を貫かれた文―――を、恭はとても優しく、丁寧に床に伏せさせた。
光の無い目に、恭の悼むようなその顔は神父のそれで、そっと瞼を下ろしてやる。
「……文…?……え、」
剣をずるずると引き摺って、俺は眠るような文の頬に触れた。
まだ薄らと温かくて、唇だって赤い。……俺は、今まで一度だって、この唇に触れる事は無かった。
「やったね恭ちゃん!どうせこいつ廃人だし、檻にでも放っておこう?そしたら新しい勇者が来ないもの!」
「……いや、彼は―――殺してあげよう。そうじゃなきゃ、あまりにも……」
かしゃん、と剣が落ちる。そっと文を仰向けにして、血が付いてしまった髪を一生懸命拭う。
唇から垂れる血を服の袖で一生懸命拭って、胸元の真っ赤な花に目玉が燃えて頭の天辺から爪先だけが氷みたいに冷えていく。
……今回は、あの時と違って、何の救いも無かった。
心臓は今にも螺子が切れそうで、…いっそこんな心臓でも、文にくれてやったら―――
(これじゃ、何の意味も無いじゃないか)
(何のために、俺は)
(命を賭けたんだ)
―――まだ、ちゃんと。「愛してる」とさえ言ってない。
抱きしめるどころか、俺が甘く指を絡めることすら。文があんなにも献身的に俺に尽くしてくれたのに。俺は。
何のために、今、生きてんだ、俺。
「これで私と恭ちゃんは結婚式を挙げられるね。……ふふ、嬉しい…」
結婚式。……もしかしたら、その未来は、俺らにだって。
「陽乃、本調子じゃないみたいだし…もう身体に障るから、お部屋にお戻り?」
「まだ大丈夫―――」
「―――陽乃!!」
それは、俺が初めて女神の加護とやらを、上手く使えた瞬間かもしれない。
矢が引き絞った弓から飛び出す様を願って、俺は、いつかの文のように、本当に嬉しそうな、"女の子"の顔をしたあの女に、剣を突き刺そうとした。
―――が、それは文に手を下した死神の胸に、突き刺さって。
「……恭ちゃん…?」
ああ、これでおあいこだって、俺は笑おうとして、泣いた。
「恭ちゃん…恭ちゃん?…恭……いやあああああああああああああああああああ!!!」
倒れる恭に、女は呼吸すらままならないと、むしろ全て、彼をここに留める為に名前を呼び続けていて。
自分の胸を掻きむしって、流れる血で何か癒す為の魔術でも施そうとしていて、俺は女の背後から、その白い背を踏みつけた。
まだうっすら(文との戦いで)赤い痕の残る背を苛めても、女は半狂乱のあまり気付いていない。
「やだやだやだやだああああああ!!恭っ、恭ちゃん!!行かないで、もうやだ、私を一人にしないでッ!私に寂しい思いをさせないって、私を、幸せにっ」
何度強く踏みつけても、女は俺の方を振り向きもしない。
もう一度、今度はもっと強く―――と、だるい足を持ち上げたら、皮が剥けて肉が見えそうなその背に、血の付いた手が震えてるくせに庇おうとしているのが見えた。
まだ死んでなかった恭が、女を抱き寄せて、羽がぼろぼろと崩れていくのも気にせず、そっと俺の方に目を向ける―――ああ、なんてずるい。
その目は、文と一緒だ。
俺には、文と同じそれに、もう………。
「……ひの、なかないで……」
「恭、ちゃあん…っ…」
亡者のような俺は、よろよろと二人から離れて、眠りから覚めない文に縋りつく。
もう足の先が消えかけている毛玉は、文に頬をすり寄せて、一生懸命温めていて、甘えた声を出してはもう一度頭を撫でてもらうおうとしている。
自分で文の手を頭に乗せて、…そして落ちるその手に、毛玉はついに泣き出した。
それは最初の頃のわんわんと泣くものではなくて、静かに大粒の涙を零すもの。
「だいじょうぶ……ね、おれが、死んだら。ひのに、あげた国で、……将軍に、めんどうを……たのんである、から」
「そんなのいいからっ、いいからぁ……っ」
「ひのが、好きだって、言ってたもので、いっぱいだから。……そこで、ゆっくり……おれが、むかえにいくまで……しあわせに……」
「やだああああああ!!恭ちゃんじゃなきゃ、恭ちゃんじゃなきゃ幸せになれないもん!!もうやだよぉぉぉぉ…恭ちゃんが死んだら、もう、私なんて愛してくれる人、いないんだよ……ずっと、一人ぼっちだよ……」
「ひとりぼっちじゃ、ないよ……だいじょうぶ、しあわせになれるよ。そのために、たくさん、時間かけてね………」
「…ぇっく、……ぅ、…っ」
「―――だけど、ひの。俺のわがまま、聞いてほしい……俺以外の人と、結ばれてもいいよ……でもね、結婚式は、あげないで、ほしいんだ……」
「あなた以外の誰と結婚するって言うのよ!!」
俯いて泣いてばかりの俺に、あの二人の会話は心が痛い。
温もりが欲しくて、俺は文の堅くなった手をずっと握り締めた。
「ひの……ひのは、ほんとうにきれいだから。いつかきっと、………」
「恭ちゃん!?恭ちゃん!」
「―――ああ、見たかったなぁ…陽乃の、花嫁姿……その隣で、王冠を、授けるのは……」
「恭……」
ぱしゃん、と落ちる音と、女の泣き声なのか絶叫なのかも分からない声は、まさに俺の心と一緒だ。
俺は、じんわりと俺の体温が移った手が愛しくて、目が熱くて―――それはまるで悪戯のように、文のポケットから覗いていた。
「「……出戻り、魚……」」
女も、亡くした痛みを叫ぶのを止めて、俺と同じ事を、同じ瞬間に呟いた。
毛玉は急いで俺にしがみつくと、「連れて行って」と涙を流したまま決意を強く滲ませた瞳で俺を見上げる。
俺はそっと毛玉を抱きしめて、最後に文の頬にキスをした。
―――お前を最後まで守り切れなかった俺に、その権利は無いだろうから。
「……大丈夫よ、恭ちゃん。私が、絶対恭ちゃんと幸せになる未来を、連れてくるから」
「俺が、どんな事をしてでもお前を生かしてみせるから」
「「それまで、もう少し休んでて」」
ぱしゃん、と。魚は宝石の中を跳ねる。
その波紋は、何を呼ぶのだろう―――――…。
*
次話で一章は終わります。




