28.それは罰
※暴力表現注意。鬱描写もございます。
最後に作者の絵がありますのでこれもご注意ください。
あの可憐で美しい、妖精の羽の先は若干黒ずんでいる。
俺は敵だと分かっていながら、「大丈夫か」なんて馬鹿な事を言って…。
「……国光くんは、優しいなぁ。……ごめんね、騙してた訳じゃ、無いんだよ…俺ね、本当に、げほっ」
「わ、分かってるよ。お前は―――そういうヤツだ。あんなに美味しいお菓子、作ってくれた奴が、呑気に笑ってた奴が、騙すなんてこと、するかよ…!」
「……うれしい、なぁ…」
そう言って、恭はゆっくりと俺から文に目を向ける。
「君が、彼女さんか……うん、陽乃に似て、とても…うっ…芯の強そうな、目だね」
その言葉に、文は何も言えない。
あまりの儚さに、文すら救いの手を伸ばしてしまいそうだ。
恭は一回、だるそうに目を伏せてから、最後にモールを見る。
「……恨まないよ。これも愛ゆえの行動なのだろうから」
「………」
「だから、君も俺を許してほしい」
あの時と違って、恭は腰に差していた銀の輝きの美しいサーベルを抜いた。
よろよろと立ち上がって、けれどふらついて―――俺も、剣に手を伸ばした時だった。
ばきんっ、と足下から音がして、茨が俺と文を囲み、モールを除ける。
あの恭が公開処刑を?と思っていたら、「ヴンッ」と音がして、白の着物とドレスが混ざった、あの女が―――
「おのれこの駄犬がああああああああああああ!!!」
怒りにその美しい顔を歪めて、モールの片腕を叩き斬った。
元々フラフラのモールは、悲鳴を飲み込んで、倒れ込む。―――それからは、文が俺を強く抱きしめて見せてくれなかった。
俺がそうするべきだと手を伸ばすけど、鞭で打たれる音に思わず身体が竦む。モールは今度こそ悲鳴を上げた。
「よくもよくもよくもよくも!!恭ちゃんにこんなッ不浄な物を!!恭ちゃんの口に触れさせたなあああああああ!!!!許さない、絶対許してやるものか!!」
「……ぐっ、…―――ッ!」
「あの時いっそ殺してやれば良かったわ!!恭ちゃんが、恭ちゃんがお前に慈悲をくれたから生かしてやったのに!!恩を仇で返しやがってこの反逆者が!!」
「げぶっ―――、ぇっ、」
「今まで家畜だなどと呼んでいたのも馬鹿らしいわ!お前なんて家畜の餌以下の存在だよ!!ええおい、そんなに涎垂らして嬉しいのかよ変態がよおおおおおおお!?これはご褒美じゃねーんだぞ、血ぃ吐いてわざとらしく慈悲を乞おうとしてんじゃねーよ!!!」
「……、………っ…」
「ひ、の、だめ、まって…」
「ああ恭ちゃん!大丈夫よ、今クローディアに頼んでちゃんとした解毒薬を作ってもらってるから!大丈夫、すぐ良くなるわ。私がぜーんぶ終わらせてあげる!恭ちゃんに怖い思いをさせるものなんて、私が全部全部殺しちゃうから!だからもう少しだけ待っててね!」
「ちが……まって…」
「効果は薄いけど…これ、大体の毒に一時的に効く薬よ。さあさ、飲んで飲んで―――なに顔上げてんだよてめええええええええ!!お前は!そこで脳味噌ぶちまけたまま恭ちゃんに詫びの言葉でも唱えてりゃあいいんだよおおおおおお!!!」
「……り…ぜ、」
そこで、やっとモールが悲鳴以外の言葉を出したけど、聞き取れない。
ただ、ぶちゅ、って音がして、パァンって音が続く。文が震えて「ごめんなさい…ごめんなさい…」と誰かに謝っていた。
「―――そう言えばお前、ディアの魔力に当てられないように、この国のお姫様をさり気なく庇ったんだってぇ?なぁに、もしかして好きなの?雑巾の代わりにもならない価値ゼロどころかマイナスのお前が、一丁前にお姫様好きになっちゃったのぉぉぉぉ!?あははははははは!」
「……ぅ、……」
「どうせお姫様に唆されたんでしょう!?そうなんでしょ!反逆者はちゃあんと掃除しないとね!あのお姫様も民衆の前で脳内ブチまけてモンスターにでも犯させてから血を抜いて殺してやんないとね!」
「ち、が……ます。…れの、はん…だ……で、ぇっ」
「なに口答えしてんだよてめーはいつも通りはいはい言って私の靴舐めてればいいんだよ、ああん?―――まあでも、下半身無い状態で言うのだものね、そうなのかしら?ん?」
「がっ!げがががががっ」
「ほーら、どうなのか言ってごらん?魔族が脳味噌引っ張られただけで喋れないなんて恥ずかしい事ある訳ないでしょ?んー?」
「…あ、あ……ほん、ぐっ!…と―――す」
「そうなの。へえ。じゃあ『姫様を愛していません肉便器程度としか思ってません』って言いなさい。それを後で本人の前でも言いなさい」
「…………、……」
「言えないの?ねえ、どうなのよッ!!はっきりしろよ男だろおおおおおおお!?私が!簡単に!恭ちゃんに毒を飲ませたてめーを許すと思ったのかよ!!!この程度で許してやろうって言ってんだろうが!!ああ!?」
「……る、して……くださ、い゛っ」
「そうじゃねえだろ、こんなの五歳児でも出来んだろ!?そんな事も出来ねーのかよ何のためにあんだよこのきったねー舌はよおおおお!!」
「…あ゛、ぁぁ…」
遂に文は俺の髪に顔を埋めた。
そのまま震えて座りこんで、勇者なくせに俺は立ち上がってこの茨の檻を外す事が出来ない。―――それだけ、恐ろしい。
「ああもういいよ。獄中で散々に刑を執行してから殺してやるよ―――そうだ、最初は吐いても吐いても食事をさせる刑にしましょう」
「……?」
「お前のッ!大事な大事な姫様の首から下の肉でフルコース!ちゃあんと吐かずに食えよ!?それが礼儀だろ愛する姫様のよおおおおおお!!姫様だって獣に犯されて死体野晒しよか好いてくれる男に食ってもらえた方が嬉しいだろうよ!!お前も嬉しいだろ!?変態だもんな、嬉し過ぎて泣いちゃうよなあああああああああ!!!」
「……や、め、」
「止めたい?じゃあ死んでごらん。それでお前の大好きなお姫様も今回だけ見逃してやるよ―――まあでも、お前、私に血を吸われて人以下の扱い受けても生にみっともなくしがみついてたもんなああああ?女の為に死ねるわけ……」
「はい」
刃物で、肌を切り裂く音。
噴水のような音がして、俺も文も、荒い息しか出来ない恭以外、誰も音を発しなくて。
びしゃっ、と血だまりに手を突っ込む音と一緒に聞こえた最期の声は、とても切なかった。
「……え、りー…ぜ、これで、やく…そ……、…」
―――ちょうどその頃、ある部屋で。
涙の浸みたベッドの上、痛い体を抱いて、お姫様はかすれた声で呟いた。
「……モール。…どこへ行ってしまったの……?」
あなたに伝えたいことがあるの。……ああ、違う。
「あなたと、あなたに、……お話したいの……」
――――彼女が泣いているのに、彼はもう深淵の向こうへ去って行ってしまった。
*
「恭ちゃん!これでもう恭ちゃんを虐めてたのは居なくなったからね!あとは私に任せて休んでて?」
「……陽乃……―――ううん、これは、魔王がしなければならない、ことだから」
「でもっ」
「大丈夫だよ。…ね、……もう陽乃は、こんな事しなくていいように、俺が、」
じゃきん、という音と、ハッとした顔の文が懐から何かを投げつけるのは同時だった。
黒い剣筋は茨の檻を壊し、お札の守りすらも破る―――けれど、何とか俺達の所までは届かなかった。
恭の手元の剣はあの優美な銀ではなく、薄ら透けて見える、ある意味神秘的な、そしてその羽には不似合いな黒の禍々しいサーベル。
透けて見えると言っても柔では無いだろうことは当然で、俺は唇から血が出るまで噛みしめて立ち上がると、対になるような銀の剣を抜く。
「―――俺は、お前の願いはとても素晴らしいと思う。尊敬すらしている。……でも、俺にとっては、こんな世界よりも文なんだ」
「……ありがとう。――そうだね、俺もだよ」
それは、今この場に、あの時の友情は無いと告げる言葉だった。
(…だけど、もしも帰ることが出来たのなら)
俺は死ぬまで、あの日の恭との会話を、一緒に食べたお菓子を、思い出しては謝罪するのだろう。
*
始まるラストバトル。




