17.ははっ、男なら笑って許すぜ?
R-16.8G注意。
落とされた先で、彼はすぐに感情を消しました。
目の前で、大好きな彼女に似た少女が犯されていました。助けようとしたら、少女はすでに死んでいました。
目の前で、父に似た人が妻を抱きかかえて、背中からぱくりと食べられていました。
彼の目の前で、首が何回も飛びました。
彼は何度も剣を振るいました。
何故って、生きる為です。まだ、彼は彼女の声を覚えているのです。
何匹か倒して行くと、首だけで、耳の部分が羽の生き物が「レベルアップ!」やら「○○人斬り達成!」と金切り声で叫びます。
白い制服が赤から黒に変わって、それでも彼は剣を振るいました。
段々区別がつかなくなって、彼は人間も斬り捨てていました。
でも、もう彼には、彼の目には似たようなものにしか映らないのです。
さっきまで、妖精とお茶会してたことも。彼女の手を握りたいと思っていたことも忘れて、次第にその声も忘れました。
――――あれ?
「……おれの、なまえ。……なんだっけ……」
停止した世界で、彼はやることも無くなってぼんやりと呟きました。
……昔、自分の名前を、丁寧に呼んでくれた存在が、居たような―――気がしたのに。
「…おれの……なまえ…は……」
何?
返事は、返って来なかったのです。
「――――くん!!」
その筈なのに、ああ、愛は何と素晴らしいのでしょう。
恋人は、神器の力でこの地獄に、彼を助けに来てくれたのです。
涙なんて滅多に見せないのに、ぼろぼろと零して。その姿は制服も靴下も、穴と煤だらけ……。
「―――くん……!」
変わり果てた彼に、恋人は変わらずに手を伸ばしました。
「ごめんね、ごめんね…!もっと、早く―――っ…」
ぶす、と。恋人のお腹に、彼の剣が刺さりました。
彼の方へと倒れて、恋人は血を吐いてぼんやりとぐちゃぐちゃの死体を見ます。対して、彼は無表情で、腹から剣を引き抜きました。
「…めん、なさい…ごめんなさい、ごめんなさい……」
耳元の声が煩わしくて、彼は恋人を引き離そうとしました。
―――しましたが、彼女が不意に、血がこびり付いた彼の頬を撫で、
「だいすき、くにみつくん」
スタンガンが、彼の首に押し付けられました。
*
―――ふと、目が覚めた。
なんだかすごく臭くて、だけど近くに転がってた紙袋から無駄に良い匂いがした。動物の鳴き声が嫌に耳に張り付く。
「も、モール!早く薬をとって!このままでは死んでしまいますわ!」
「はいはい、これですか…あとこれも?」
「ええ、お願い」
……誰か、怪我したのかな……。
俺は皆のすぐ近くに居るのに、まるでいないみたいだ。錆を指で割ったような音を色んな所から出しながら、俺はもぞもぞと起きた。――――あれ?
女が寝てる。地べたで寝るとか、汚れるぞー?……丸っこいのも、張り付いてぴーぴー泣いてたら、迷惑だろ……。
――――なんか、嫌だな。さっさと風呂入って寝たい。
みんな忙しいみたいだし、勝手に帰ろうかな……よっこらしょ、と立ち上がった。
ふらふらしてたら、急に足に丸っこいのがじゃれついた。まるで「行かないで」と言ってるみたい。ああもう、うざいな。離れろよ。俺は寝たいんだよ。
「はぁーい坊っちゃん、逃げないでちょっとこっち来てねー?」
胡散臭い笑顔の男が俺の手を無理矢理引っ張った。……失礼な。俺は逃げてない。逃げてなんか……。
「ねえ、よく見て」
にたぁ、と、嫌な笑い方しやがる。
「あなたの大好きな彼女、脈が無いんですよー。恋人の死に顔くらい、見るのが礼儀ってもんでしょぉぉぉ?」
ぱきん。
俺が俺である為に上手く隠し誤魔化し見ないフリをして閉じ込めた「それ」が。
内から膨張して、弾け飛ぶ――――俺は獣のように、絶叫して縋りついた。
*
「―――…国光くん、大丈夫だよ。ゆっくり呼吸してね」
……散々引っ張っておいての、このオチだ。
文は死んでなくて、脈云々はモールのくそったれの嘘だ。俺が俺を守る為に防衛していたものを、無理にぶっ壊す為の嘘だ。
でも俺には分からなくて、ずっと獣みたいに叫ぶか文の名前を叫ぶか泣き叫ぶかしか出来なくて、姫様に「邪魔だっつってんだらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と裏拳を頂いて撃沈。
無事回復した文だけど数日間目を覚まさず、俺は文に縋りついて離れなかった。毛玉に堅いパンをぶつけられても、ずっと。
壊れた機械みたいに、「文」しか言えなくて。
文が目覚めた時、俺は自分で何言ったか覚えてない。
寝不足の頭を床にぶつけて、ずっと土下座してたのは覚えてる。謝って謝って、泣いてぐちゃぐちゃのところを、文は無理してベッドから降りて、俺がガンガンぶつけてる頭を抱きしめてくれた。
「ごめんね、もっと早く助けてあげたかった…」
文は、一度も俺を責めなかった。
情けない事にアレ以来過呼吸になってしまった俺の背を撫で、真綿で包むような愛情をくれた。
すると俺の不安はすぐに消えるが、ふとした事で取り乱すから……何だか、麻薬のようだ。
もし、麻薬≪ふみ≫が消えたら、俺はどうなってしまうんだろう……。
「好きだ」
―――だから、多分この言葉は綺麗じゃない。
文はいつも綺麗な言葉をくれるのに、俺は繋ぎとめる為にしか言えないんだ。
「……泣かないで、国光くん。…君が泣いていたら、僕は悲しいよ」
だって、文。
嫁入り前の身体に、傷つけちゃったんだぞ。それどころか、助けに来てくれたお前に、感謝も出来ず。
それにもう、きっと、戻れないんだ。俺は汚い沼に嵌って、お前の方に行けない。
「大丈夫、国光くん。僕も同じだよ」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ、本当。君よりももっともっとね。……きっと、僕の事を魔女と言うんだろうね」
「文が魔女なもんかッ文は、文は……」
「…僕は?」
「―――俺の、彼女だろ……」
それって答えになってない、と思ったけれど、俺は文に抱きついて泣くくらいしか出来なくて。
文は俺の背に腕を回して、「温かいね」と言った。
「ねえ、国光くん。こうしないか」
「……う?」
「今回のこと、贖罪として君は……僕の、我儘に付き合うんだ」
「…お前、滅多に我儘言わない癖に」
「そんなことないよ。…ねえ、だから、もう自分のこと責めないで。僕だって君のそんな姿を見てると、胃が痛いよ―――これが、まず一つ目の我儘ね」
「……うん」
「二つ目は…ずっと、『好き』って言ってね」
「……好き」
「ふふっ、それで、三つ目はー…あ、次の国で小物買いたいな。毛玉の新しいお洋服も」
「……うん」
「ねえ、これからたくさん、我慢しないで我儘言うから、全部聞いてね」
「うん…」
じゃあ、「妖精の王様」から頂いたお菓子、食べたいなぁ―――と文が言うのに、俺は急いで紙袋を開けた。
その際に綺麗な飾りが飛んでしまって、文は笑っていた。そして焼き菓子を俺の口に放り込んで、もう一つを寝惚けている毛玉と分けて……。
俺は、この時やっと、笑えた気がする。
*
ヤンデレに進化するかと思ったら進化しなかった彼。




