13.あの世界とこの世界と中間の僕ら
《××国では貧困によって何人もの子供が路上で生活し、寒さに凍え飢えに負けて今この瞬間にも子供が死んでいるのです―――》
「……なんだかなぁ。そう言われてもこう…パッと?グッと?…こないわー」
「おや国光くん、意外だな…君のことだから『可哀想』と言うものだとばかり」
「いやさ…だって"俺の世界"って、この町だけなんだぜ?もっと広い世界なんて想像もできねーし……お腹空いたらカップ麺食えばいいし、家に帰れないなんてことねーし……実感湧かない。」
「それが皆の素直な感想だね。僕もそう思う―――炬燵で温まりながらみかんとアイスを食べてる人間にこのドキュメンタリー番組なんて、上から目線の言葉しか出て来ないよ」
「だろ――…あ、もうみかん無い……」
「食いしん坊だね、君は」
そう言って、文は黙々とマフラーを編む。
もうだいぶ長いそれを複雑に編んで、結んで、そして―――
「うん、出来た。……はい、国光くん」
「……俺のか」
「…?君以外にあげる人もいないのだが」
誰にあげるのかなって、ちょっとどころかかなり気になっていたのだけど。
チョコ色のマフラーをぐるぐるに巻き付けて後ろでリボン結びにしやがった文に文句を言おうとして、俺は唇を噛む。ぽそっと、「ありがと」と呟いて俯いた。
文はそれに笑って、「じゃあコンビニでも行こうか」と、「あんまん食べたいなぁ」なんて言って自分のコートを取りに行く。戻って来る頃には思った通り俺のも持って来てくれて、俺はやっぱりごにょごにょと「ありがと」と言うのだ。
「俺、チョコラテ飲む…」
「国光くんは甘党だね。可愛い」
「うっせー!」
仕返しに文のマフラーもリボン結びにしてやろうと思ったのに、俺がやるとどうにも不器用過ぎて笑える。諦めようと解こうとしたら、止められた。
「お揃いだね」
「へっ―――あだっ!」
…その言葉と微笑みに、思わず跳ねた足の小指を炬燵にぶつけてしまった…ああもう痛いし恥ずかしい…!
「やれやれ、外は道が凍ってるんだからね?気を付けておくれよ」
「分かってるし!…おら、さっさと行くぞっ。チョコラテー!」
「あんまんー」
「おでんの餅巾着―!」
「大根ー」
文は意外とノリが良くて、俺達は綺麗な白の世界をじゃれ合うように飛び出したんだ。
消し忘れたテレビの、雪の下で震える子供の対になるような、そんな絵面で。
――――つまり何が言いたいかって言うと、あの時のテレビの中の世界が今、目の前に突きつけられている訳で。
テレビとはまた違うこの雰囲気に、胃が痛くなる。
路上で寝ている人間はいないが、路地裏に上手い具合に二三人が寝てたり、さっきから何かの骨みたいなのを砕いてしまう。
気付けばそこらを歩く人間に女子供の姿は少なく、働き手である男は皆ぼろぼろだ。…本当にぼろぼろで、眼だけが異様に熱い。
職に付けない人間たちが路地裏の闇から裕福そうな――小奇麗な俺達をじっと見つめ、職場に向かう途中の人間も俺達をじろじろと見る。
値踏みするようなそれに思わず文を俺とモールの間に押し込んでチラリと見れば、文は毛玉をしっかり抱きかかえてはそわそわしていた。よく見れば手にメリケンサック……ま、まあ、気構えはよろしい。
姫様はモールの背中にぴったりとくっついていて、その後ろにブスがやけにきょろきょろと辺りを見ていた―――ただでさえ目立つパーティーが、一気に目立ったように思える。
「国光くん、あんまりきょろきょろしてると犯されるぞ」
「俺が!?」
「あー、それあるかもー。モール怖ぁーい」
「お前が怖いわ!」
「…そう言えば、昔モールが"乙女に乱暴すればどんな難病も治る"とか言う嘘っぱちを信じている国があると話してくれたわ。……気をつけましょう、文」
「ああ―――国光くん、処女を散らされな、」
「俺じゃなくてぇぇぇぇぇ!!てめーの心配だろうがぁぁぁぁぁぁ!!!強姦されないように!ほら、俺の腕掴んでなさい!!」
安全地帯にいるせいか、文は軽口を叩く。
叩きながらスタンガンの位置をこっそり直してる辺り、こいつは中々抜け目ないなと思う―――まあいいや、さっさとこんな所おさらばだ。
「こっちですねぇ」とモールが指す方に目を向けようと、したら。
「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴が、いや、「う」なのか「あ」なのかも分からない、子供の叫び声が、ワニと甲殻類混ぜたようなモンスターが出てきた家から聞こえる。
ワニの口には幼い子の腕があって、まるでスルメでも齧るようで。俺は情けないことにふらっと貧血が来た。
(ほ、本当に、モンスターが、人間を、人間を―――…)
食ってる。襲ってる。痩せ細った子供の腕を。……初めて、人間の犠牲者を見た。
今までが温過ぎて、旅の途中、偶然モンスターと出会ったから倒してただけだったから、こんな―――ああ、手が、全部飲み込まれた。
「待って、返して、うちの子の腕を返してぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ええい五月蠅い!お前のガキが悪いんだろうがッ、ああ゛!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…だから、お願い…」
俺は、支えてくれた文と毛玉の温もりでだんだん冷静さを取り戻してきたが、片腕の無い息子を抱える母親は一層泣き叫ぶ。怒鳴った恰幅の良い男はあからさまに煩わしそうだ。
あんなに叫んでた子供は今やぐったりしていて、何度も頭を下げる母親の腕の中、力が抜けて首がだれてる。俺達をどんよりとした目で見てる―――気持ち悪い。
「……も、モール。その、これは一体―――」
「ああ、多分あの男は富裕層の人間で、モンスターは護衛か"お友達"ですかねぇ。多分、子供が飢えに負けてあの男の何かでも盗ったんでしょうよ。窃盗の罰は腕を落とすことですから」
「……それは、法律で?」
「ええ。魔族の古い法です。……まあ、窃盗を重ねて更生不能と見なされた人間に刑が執行されるんですが」
「ふん、まったく野蛮な奴らですわ…!こうまでさせたのはお前たちでしょうに―――ええいそこの人間!何をしているの!?」
「ちょ、ちょぉぉぉぉぉ!?姫様!姫様何してんの!?」
「あー…すいません坊っちゃん、ウチの姫さんはこういう性格なんで、モールは毎回頭が痛くて痛くて――…ブス、ちょっと姫様の護衛よろしく…って、あらら?」
俺は間違っても文が出て行かないように腕で遮り、もう片方の手を横に薙いだ。
空の手には女神に授けられた剣があり、ぐ、と握ると確かな感触を返す。
(最悪、文だけは―――!)
彼女だけは――と腹を括る。
見れば、ブスがすでに姫様の隣でぎゃんぎゃんやってらっしゃるんだが…。
…もうやだ、文を連れて逃げたい、帰りたい…余計なトラブル増やしやがって。
ていうか、何でブスはあんな輝かしい顔が出来るんだ。姫様はしかめっ面だけど、あいつだけ―――まるでこの制裁のチャンスを、喜んでいるよう、な。
「―――ええい面倒な…他人が横からイチャモンつけるな!これは私達の―――…!ああ、やっちゃってください!」
ゆらりと男の前に出てきたワニに、男は敬語で頼んだ……ということは、やはり対等な関係では無い。
「ぐぱぁ」と口を開けたワニは、とりあえず柔らかそうな姫様に狙いを定め、固まった彼女の――――
「んっ…な゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「くぷっ」
細いビームが、ワニの堅そうな頭を貫通した。
勇者の俺より勇者な毛玉は文に両手で抱きしめられながら、一仕事終えたように、「どやっ」っと。「どやっ」っと……何してんだお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
飼い主の文は貫通したワニの最期の顔を見てしまったらしく、「うっ」て―――ああ、お前は距離とって戦うもんな、はっきりとそういうものを見たことがない筈だもんな……分かってるのに、俺はこんな時でも文を抱きしめられない。
―――そういう訳で俺たちにトラウマをしっかり残して勝利したんだが、……ふわふわした世界の中、俺は文しか見ていなかった。
だからブスたちと周りの人間が喜び、男が逃げ惑い、モールがこの時どんな顔をしてたかなんて、分からないままだったんだよ。
*
「お前はもう休んでろ」と文を借りた一室に押し込んで、文と毛玉、文の面倒を見ると部屋に残ってくれた姫様を除くメンバーで此処の……レジスタンスの皆さんと話し合いになった。
貧困層にしてはマシ(らしい)なのだという誰かの家の居間で、ささやかな食事を出されるが、俺とモールは手を付けなかった。…何となく。
「―――勇者様方だとは…!ああ本当にありがとうございますっ、女神は我らを見捨てていなかった…!勇者様、あなたのお名前は!?あの下僕はあなたの…?」
「あ―――え、…いえ、…あーっと…」
「あー、すんません、坊っちゃんの召喚獣ではないんです、今寝込んでる彼女のですわ。お名前は一応控えさせてください」
駄目駄目な俺に代わり、モールが話に出てくれた。
わー、助かったーと内心棒読みで、俺は目の前のお爺さんと細いくせに眼がギラギラ、そしてガチムチで荒んだ格好の男衆の視線に必死に耐えた。
「しっかしまー、アレですね、陛下より聞いてましたが酷いですねー。今内情はどんな感じに?」
「……ええ、それが…もうボロボロです、昔は豊かだったのに―――全ては、第二王位継承者、ベッセ様が…魔王を糾弾したことにより、始まりました……」
「はあ、それまた何で?」
「噂では、魔王がこの国を寄こせと言ったそうで…この国周辺はもはや魔の手に落ちたと言ってもいいですから、一つだけ―――いえ、その当時はまだ国力もあったのです。ですから、……ええっと、」
「目障りだったんでしょうかね」
「ああ、はい、そうです……魔王よりの使者があんまりにも酷くて…侍女が何人か喰われました。それもベッセ殿下はお怒りになったのですが……処刑されました」
「ほうほう」
「殿下の為にもと立ち上がった者も処刑され、結局、王は魔王に屈服しました。王や他の殿下方を政から遠ざけ、代わりに魔王の手配した魔族がこの国を支配し始めたのです。
…そして、魔族の支配によってこの国には魔物が跋扈し、我々は、ちょっと油断すれば子供は喰われ女は犯されるという、恐怖の日々を過ごしました。
しかし男だけで食い扶持を稼ぐにも、職がない……頼りの富裕層は、知恵も無い魔物に取り入って先程のように傲慢に……何人もの、国民が……!」
「はあ、それで、魔物が増えた原因は?"ラビリンス"で間違いないですかね?」
完璧他人事のように話を促すモールに、何人かの男は苛々している。
それでも動じない所を見ると、モールの戦闘時のあの非力さって嘘なんじゃないかと疑ってしまうわ……。
「え、ええ、多分……魔物が溢れた日から、西の森には安易に行けなくなりました…」
「お、おらさ見ただ!魔物が列を成して森から出てくるの!」
「へえ、じゃあ西の森に行くには?手間かかりますかね?」
「魔物が二体西の門番をしてます…お願いです、この国をお救い下さい!!」
モールは信用できなかったのか、お爺さんは俺に頭を下げた。それに何となく頭を下げてしまう所が日本人の駄目な所か……。
チラッとモールを見れば、「まー予定ですし」と小さく言われた。……こいつ…いや、でもあいつからしたら、他人事のようなものだし…でも―――言うべきか悩みながらこっそり見ると、モールは「地図下さーい」と男衆に呑気に頼んでいた。
―――
――――――
――――――――――
「――――て、感じに話が……えっと、大丈夫か?無理そうなら…さ、」
「ふふ、大丈夫だ国光くん。少し……吃驚してしまっただけだから。――毛玉もこっちにおいで。怒ってなんかいないよ」
「んぁぁぁぁ……」
「味気ないと思うけど、スープ飲んでくれ。何も胃に入れないよりかマシだろ」
「う…ん」
「あ、衛生面か?そっちの心配なら俺が毒見してやるよ」
「え、別にいい。危な―――」
「……味薄い……これもうお湯やん……(´・ω・ `)」
「君って子は……」
ちなみに毛玉は「びちゃびちゃびちゃ」っと豪快にスープを飲んでる。…俺も文も、あいつを野性児に育てた覚えは無いんだけどな。
何故か文に頭を撫でられながら、俺は行き場の無くなったスープをサイドテーブル(うわあちょっと蹴ったら壊れそう……)に置いた。
「もう大丈夫だよ。ごめんね、急に……」
「気にすんな!あと顔色悪いから起きるな!」
「…起こしたのは君だろうに…国光くんはご飯食べた?」
「いや――なんか、何でか分かんないけど…出された物、手も付けなかったわ…」
何て言うか、あるだろ、偶に。美味しそうに見えても見えなくても、まあ食っても良いけど食いたいかって聞かれると食いたくない、何かよく分からない倦怠感。
まさにアレだよ……俺は結局スープに手を付けなかった文に何も言わず、ベッドに横になった。…だってあんな痛い視線とか何とかで疲れ………って、あああ!何で文のベッドで寝てるんだ馬鹿―――!
慌てて起き上がろうとしたら―――それを制すように、文の手が「ぽん」と俺の頭に乗せられた。
「僕は起きてるから、今度は君が休むといい」
「……大丈夫だし!俺だって…24時間テレビ全部観れたし!」
「嘘言わない。君、毎年十時くらいに寝てたよ」
「寝てねーし!」
「そっぽ向くんじゃない。…ああ、じゃあ一時間経ったら起こすよ。それならいいだろう?」
「……う…ん…」
―――多分、文のことだから俺が起きるまで起こさないだろう。それが分かっていて、俺は重い瞼に逆らわなかった。
瞼の裏にあの時の、ワニが子供の腕食ってたり毛玉の手で殺された時の光景が浮かんで身体を固くしていたら、文が慣れた手つきで俺の髪を梳いたり撫でたりしてくれた。―――気持ちいい。
「ねえ、国光くん」
「んー…?」
「…僕ね、実はまだ……ゲーム感覚、だったんだろうねぇ」
「……んー…」
「君と一緒に、一生懸命のつもりだったけど――…君は、あの顔を、何度も見てきたの?」
「……たまに」
「…そう…ごめんね、気付かなくて。―――耐えてた?」
「いや…何だろ、生きるのに精いっぱいだし、そりゃ、寝る時とかふとした瞬間、思い出すけど―――」
「けど?」
「…大抵、お前が隣で何かしてるから、気が逸れるんだよ。怖い夢見てもお前の寝相の悪さで起きたりとか」
「それはそれは」
「だから……別に、怖くねーよ。…それにな!お前と違って俺は男だし、流血沙汰は慣れてるし!」
「……。」
「う…なんだよその目は…疑ってんのか?いいじゃん別にッ。俺に華を持たせろよな!」
「……じゃあ、国光くん。君に華を持たせて――伝えよう」
布団を握る俺の指先にちょんちょんと触れて、文は本当に、優しい声で言ってくれたんだ。
「…僕はね、君が傍で手を握ってくれるだけで、何だって、何をしたって――怖くないんだ。……幸せだもの」
俺は、その言葉と指先の温かさを、ずっと忘れない。
*




