第9話 復活の鬼神
夏休みも終わり、私たちは久しぶりに五人揃って学校へ登校する。
「短かったね。夏休み。みんな宿題ちゃんとやった?」
お姉ちゃんがお姉ちゃんらしい事言ってる。お姉ちゃんは夏休み充実してたよね。潤さんとか、お友達出来たしね。
「気のせいか、何か一人足りない気がするんだけど・・・・・・」
うっ。葵、相変わらず鋭いわね。でもその言葉は今の私にはグサッと刺さる。となりのあすかちゃんは俯いてしまった。
「葵ちゃん。おっかない事いわないでよ。寧々たちは元々五人だよ」
寧々私たちは五人じゃなくて六人だったのよ。気付かなかったと思うけど、その六人目の人に随分と助けられたのよ。私たちは。
いつもは、絶え間なくおしゃべりする私たちだけど、妙な雰囲気になってしまって、皆言葉を呑んでしまう。やっぱり一人足りないのかな・・・・・・。
瑠多加駅についた。改札口へ向かう。
「ど、泥棒!助けて!」
声 をした方を見ると、おばあさんが転んでいた。若い男がバッグを持って走って逃げていく。
「龍太郎!行きなさい」
私は龍神の龍太郎を呼んだ。龍太郎は私の影から飛び出し、あっと言う間に泥棒へ追いつた。そして一発泥棒をぶん殴った。一発KO!普通の人には見えていないから、皆何が起きたかわからない。私の中から羅刹さん・・・・・・睦月は消えたけど魔法は残った。私は睦月の忘れ物を預かっている。
人が集まり、警察が来た。後は専門家に任せよう。私たちは改札を抜け、ホームへ出た。
あすかちゃんと私がホームの先頭に並んだ。
「あの日、私は睦月さんに助けられたんですね。昨日のように覚えています」
「そうね、必ず戻ってくると言ってたんだけど。いつまで私たちを待たせる気かしら」
「もしかしたら・・・・・・私がホームの下に落ちたら、睦月さん助けに来てくれるかも知れませんね」
私はあすかちゃんの手をギュッと握った。
「弥生先輩大丈夫ですよ。私は自分からホームに落ちたりはしませんから」
「あすかちゃん。もし二人で落ちたら、あのバカ、助けに来るかしら?」
私は自分でも信じられないような事を考えていた。「もし二人で落ちれば、助けにくるんじゃないかしら」と。万が一、助けに来なくても、私には龍太郎がいる。何とかなる。
「弥生先輩。その作戦、賛成します。もうわたしは待つ事が出来ません。早く会いたいです」
「あすかちゃん。私も同じ気持ちよ。アイツを待つんじゃない。呼び寄せるのよ!」
そうよ!待つなんて私の性分じゃないわ。
「弥生先輩、変りましたよね。初めて会ったときはこんな熱血少女じゃなかったのに。正義の味方が板について来ましたよね」
正義の味方をするのって大変だわ。
「行くわよ!あすかちゃん。覚悟はいい?」
「ちょ、チョッと怖いけど・・・・・・大丈夫です」
「じゃあ、あすかちゃん、いち、にい、さん、でゴーよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。弥生先輩。《さん》と同時ですか?それとも、《さん》を言ってからですか?」
「どっちでもいいじゃない!あすかちゃんが決めて」
あすかちゃん。決心が鈍るわ。私だって怖いのよ。
「じゃ、じゃあ《さん》を言ってから」
あすかちゃんの手を強く握る。心臓がドキドキして来た。電車が怖いんじゃないと思う。睦月が来てくれなかったら、どうしよう。そっちの不安の方が大きい。
「いち!にい!さん!ジェロニモ!」
私とあすかちゃんはホームの縁から、前へ倒れるように、ホームへ落ちた・・・・・・。
「ちょっと待って!早まるなよ!可愛いお嬢さん達!」
私達はホームに落ちなかった。あすかちゃんと繋いだ手を後ろから掴んで、落ちるのを止めた人がいた。男の子だった。黒い詰襟。ウチ学校の制服。一年生の記章。着崩すことなくピシッと襟元のホックを止めている。黒い髪はツンツン頭。どこか睦月に似ているような、髪の色とは違うけど、似ている気がする。凄く似ている。そっくりさん?いやもしかして・・・・・・。
「もしかして、睦月・・・・・・さんですか?」
私はその男の子が睦月だと確信した。口から出た言葉は変な敬語だった。
「いかにも。オレは睦月だ。母の名は弥生だ。母は一月生まれなのに、弥生と名付けられた。オレは母の誕生月の名前を貰った・・・・・・・これで本人確認は良いかい?」
オレはホームに飛び込もうとしていた少女二人を助けた。
「おい。周りの迷惑考えろよな。電車のダイヤが乱れるだろ」
弥生とあすかは人目も憚らず、オレに抱きついて来た。いやーまいるな。
「どこ行ってたのよ!バカ!」
「睦月さん。戻ってきて良かったです」
「ごめんな・・・・・・・本当に。積もる話もあるんだが、学校へ行かないと遅刻するぞ」
オレは二人の手を引いて、電車に乗り込んだ。
昼休み学校の屋上で事の顛末を弥生とあすかに話した。ここに来るのが遅れたのは人間としての身分をでっち上げるのに時間が掛かったからだ。だが、そのお陰で、高校1年生という身分を手に入れた。
「まあ、これからも宜しく頼むよ」
「もう、どこにも行かない?」
「そうだ、どこにも行かない。もう普通の人間として、普通の高校生として生きていける。部活もやりたい。友達も作りたい。やりたいことはいろいろあるんだ」
弥生の身体に居た頃の事を思う。如月の生徒会。小次郎の剣道、寧々のソフトボール。とりわけ興味が有るのは、葵の演劇部だ。
正直、ここに来るのに時間が掛ったのはオレの中で葛藤があったから。死して、戦で逝った仲間の処へ行くつもりだった・・・・・・オレだけ生き残るのは心苦しかった。でも今は弥生達の元に居たい気持ちが勝る。先に逝ったあいつらに言いたい・・・・・・すまん。今暫らくオレに時間をくれ。
「髪の毛はどうしたの?真っ赤な髪の毛だったじゃない?」
弥生は矢継ぎ早に質問を繰り出す。いいよ。全部答えてやるから。
「染めたんだ。白髪染めで。この学校で生徒になるには赤い髪じゃまずいだろ」
「染めたのね・・・・・・でも良かったわ。戻ってきてくれて。それと、約束を覚えているかしら?」
弥生が笑顔でオレに詰め寄る。何か企んでいる様子だ。あすかはその不穏な空気を感じ取っている。
「私があなたを生んだ時の約束。『新しい体で私とデートする』約束」
確かに約束した記憶がある。男の誓いに訂正は無い。
「弥生。オレは約束を守るぞ。デートしよう。オレでよければ」
弥生が笑顔になった。そんなに喜ばれるとオレも嬉しいぞ。
「有難う、睦月。私も夢が叶いそう」
弥生がオレの目の前に来た。オレの両手を掴んでいる。やっぱり、弥生の手は暖かい。
「ちょっと待ってください!約束なら私の方が先です。また遊んでくれると約束しました。弥生先輩は好きだけど、睦月さんの事は譲れません!」
オレと弥生の間にあすかが割って入った。
「あすか。オレは約束を守るぞ。また遊んでやるぞ。オレでよければ」
弥生とあすかが二人並んで、オレを睨む。おっと、まずいな。オレは地雷を踏んだらしい。対戦車地雷ぐらいのデカイやつを。
「最大限の譲歩です。睦月さんの右手は弥生先輩に貸します。だけど、左手は私専用です。左側は誰にも渡しません」
あすかはオレの左腕にしがみついた。右手には、弥生がしがみ付いている。弥生は少し怒った表情だ。
「そうね。私だってあすかちゃんに譲る気は無いわ。正々堂々勝負しましょう。睦月が私とあすかちゃんのどちらに振り向くか」
「わかりました。弥生先輩。私だって睦月さんと一生を添い遂げる覚悟があります」
オレを挟んで、女の子二人が睨み有っている。せっかく平和な日常を手に入れたと思った矢先、新たな争いに巻き込まれて行くのを感じた。止めないと。
「オレは二人とも好きだから・・・・・・二人ともオレの嫁になればいい。正室、側室なんて分け隔てなく・・・・・・イテテテテテテ・・・・・・痛いよ弥生」
「そんな世迷言はどの口が言ってるのよ!」
オレは弥生に思いっきりほっぺを抓られた。
「イテテテテテテ・・・・・・痛いよあすか」
更に左手の甲をあすかに抓られた。
「睦月さん!この法治国家日本では重婚は犯罪です」
オレは二人の少女に完璧に押さえ込まれた。もうオレの自由と言う名の旗は叩き折られてしまった。モテモテなのは悪い気がしないが。
解説書(実物の話)
・羅刹天
地獄で鬼を喰らう鬼神で、仏様を護る護法善神さん。強くて優しそうな鬼神。
・蒼龍
中国神話の四神の青竜の別名。『蒼龍』と書くと旧日本海軍の航空母艦を差す。 ミッドウェーの激戦で沈没。
『そうりゅう』と書くと海上自衛隊の潜水艦を差す。
・「うんとね。プロジェクトαって映画」
あすかのセリフ。不朽の名作でアクション超大作をもじってみました。何回見て も面白いです。
・「この劇は徳川家の将軍が城下町に降りて悪を懲らしめる劇なんだ」
演劇部長のセリフ。白い馬に乗って海岸を疾走する将軍様。
・ノワール
フランス語で《黒》です。寧々は、黒猫だから安直に《黒》って名前をつけたら しい。
・珍獣ベローシファカ
マダガスカル島に居る奇妙な猿。地面を走るのが苦手で、横っ跳びしながら地面 を異動する。その姿がまた奇妙。弥生は良く知っていたなと思います。
・『オレの友達のグッピーが増えすぎて困ってしまった。そこで解決策としてグッ ピーの水槽にピラニアを入れたんだ。劇的にグッピーが減って、喜んでたぞ』
羅刹のセリフ。これを本当にやった人がいる。その人を「人でなし!」と言って やりたい。
・「拡声器が、ホワーアアアアン!とか変な音が鳴っている」
弥生のセリフ。拡声器にマイクを近づけると鳴る、耳に響く音。拡声器には音声 の増幅回路が入っています。マイクで拾った音声を増幅してスピーカーへ出力し ます。このスピーカーの出力音声がもう一度マイクに入ると増幅がさらに増幅し て、増幅回路が無限大の増幅になるとホワーアアアアンとなってしまいます。
・付く喪神
物を大切に使うと、その物に神が宿ると言います。それが付く喪神。特に人形と かはテキメンに宿るらしい。
・特急スーパー尾白鷲FURIKO283
ディーゼルエンジンの振子式気動特急列車。カーブの多い区間を走行する事を考 慮し設計された車台は、カーブでの遠心力を相殺するよう内側に傾けます。これ により、車体の安定と快適な乗り心地、速度アップが可能になります。バイクに 乗る人に解りやすく言うと、《カーブでハング・オンをする列車》。二八三系気 動車はこの振子制御はコンピューターで実行しています。
・ジョンディアオープンカー
米国ジョンディア社のトラクター。実質オープンカー。
・RX‐7
もう、ヒストリックカーの部類に入りそうなスポーツカー。なかなか、引退させ てくれない。この車は本当に早く走る事しか考えていないので、普段、生活の足 にするには苦行を強いられます。
室内は凄く狭いので、リラックスしたドライビングポジションが取れず、コンビ ニにジュースを買いに行くのも《戦闘ポジション》を強いられます。また、ペダ ルの間隔が狭いので、おしゃれな靴はペダルに引っ掛かり運転できません。お勧 めはコンバースのバスケットシューズが良いと思います。
床のカーペットを剥ぐと遮音材が入っていません。走行の騒音が容赦なく車内に 飛び込んで来ます。三時間のドライブの後、自分の家の静かな部屋へ戻ると、 《ゴオオ》と耳鳴りがします。
トランクにはゴルフバッグが入らなかったので、中のクラブを出して、それだけ を積みました。
車体全高が一メートル二〇センチしか有りません。よく行くハンバーガー屋さん のドライブスルーは、商品の受け渡し口がRX‐7の屋根の上に来ます。お金が 払えないし、商品の受け渡しも出来ないので、店員さんがわざわざ、店の外へ出 てきます。御迷惑を掛け申し訳ない気がします。
・スカイラインGT‐R
歴史に名を残す名車。潤が「RX‐7の宿命のライバル」と言っていましたが、 RX‐7がGT‐Rに勝てるのは《旋回性能とブレーキ性能》だけのような気が します。
特にRX‐7が《速く走る為に、ドライバーの苦痛は我慢しろよ》なのに対し て、GT‐Rは《快適に速く走る》事が出来る車です。高級車です。
GT‐Rの車体色には変わった色が有ります。劇中の《ミッドナイトパープル》 って紫色の他に、《シリカブレス》と言う金色みたいのが有りました。
・峠
峠と書いて、峠と読む。僕の先輩方はそう言っていました。
・赤は三倍速い
御存じ、ヤツの事です。
・翔鶴
蒼龍と同じく旧日本海軍の航空母艦から名前を頂きました。
・対戦車地雷
羅刹のセリフ。対戦車地雷は文字通り戦車用なので、人間のような体重の軽い物 が踏んでも爆発しない。戦車のような重量級のブツが踏んで爆発します。羅刹は よほど慌てていたのか、彼の用法は間違っています。