第8話 爆走列車
楽しい旅行もあっと言う間に終わり、私達は帰りの特急電車の中。遊び疲れ、皆寝ている。お姉ちゃんとあすかちゃんは隣同士、肩を寄せ合い、寝ている。私と葵と寧々は対面シートに座っていた。葵と寧々も寝ている。私の話相手が居なくなった。特急スーパー尾白鷲は長いトンネルに入った。
のどが渇いたからジュースでも買って来よう。どうせ皆寝てるし。
「確か、自販機は五号車にあったと思ったけど・・・・・・」
私は一号車の自分の席から五号車の自販機の前まで来た。
「どれにしようかな・・・・・・」
メロンソーダ、コーラ、ミックスジュース・・・・・・ん?自販機の照明が付いていない。お金を入れてみた。
チャリン!
返却口に戻ってくる。
「自販機壊れたのかな?」
私は諦め、自分の席へ戻ろうとした。四号車へ入る。
「?あれっ?誰も居ない・・・・・・」
私は三号車へ行こうとした。
『弥生!おかしい!いつまでたってもトンネルから出ない!』
不意に羅刹さんが私に話しかける。そういえば、さっきからずっと暗いままだ。窓から外を見ても真っ暗。さっきまで四号車には人が乗っていた筈なのに、誰も居ない。座席の上の荷物棚には鞄やバッグが置いてあるのに、人が乗っていない。
「羅刹さん、何か嫌な雰囲気!カビ臭いというか、変なにおいがするわ」
『そうだ、弥生!魔物の匂いだ!気をつけろ!』
私はお姉ちゃんたちの事が気になって。一号車へ向って駆け出した。
三号車も誰も居ない。二号車も誰も居ない。一号車・・・・・・へ入ろうとした時・・・・・・。
『弥生待て!一号車には人がいる!そして魔物も居る!』
私は一号車へ入る直前で停止。扉の横に隠れた。そおっと扉の窓から、中を覗く。一号車には乗客が乗っていた。そして通路には五人立っていた。
「死神?」
『そうだ。弥生あいつら列車の乗客毎、俺たちを冥界へ連れて行く気だ!』
「ええっ!じゃあ、お姉ちゃんたちも一緒に?」
『そのようだな。あいつら手段を選ばない気だ!許せん!』
オレは強引に弥生の身体を奪い、後方の車両へ駆け出す。
「どうしたの?羅刹さん!」
『とりあえず、武器になりそうな物を探す!乗客の荷物に刀か金属バットがあればいいんだが・・・・・・』
「お姉ちゃんたちはどうなるの?」
弥生が如月たちの事を心配している。彼女の心中は察して余りある。
『このままでは皆列車ごと三途の川を渡ることになるだろうな。早いところ、あの死神を倒さなければな!』
「そんな!」
『弥生!君の力を貸して欲しい!オレは如月や葵や寧々やあすかを助けたい!絶対に!オレにとっても大事な人だからな!』
「わかったわ!何でもする!私だって、大切な友達を死なせたくない!」
オレはもう一つ気になる事があった。五人の死神の中に、オレが知っているやつが居る!
最後尾六号車に付いた。片っ端から旅行鞄を漁る。武器になりそうなものが無いか探す。出来れはオレが戦い、弥生は温存したい。魔法戦力は貴重だ。
『何にもないな・・・・・・おっ、あった』
見つけたのは痴漢撃退用のスプレーだった。無いよりましか。
「こんな物で、死神に勝てるの?」
弥生。現実的な指摘を有難う。多分役に立たない。
『あとはこの傘だけか・・・・・・つかえねえ』
鞄の中を家捜ししている。俺たちの横にぬうっと大きな鎌が現れた。
「人の鞄を漁っても、武器なんて出てこないと思います」
不意に声を掛けられ、振り向く。そこに居たのは。
「走り屋死神!」
オレは通路に飛び退き、間合いを取る。油断した。背後を取られるとは。こっちは素手。あっちは鎌、まともに戦っては勝ち目が無い。万事休す!
「まあ、待って下さい。私はあなた達と戦う気は有りません。むしろ助けに来ました」
『何だと?』「何ですって」
二人同時に一つの口で喋ると、舌を噛みそうになる。
「信じられないと言う顔をしていますね。一応説明しましょう」
死神は鎌を下げ、静かに語りだした。
「あなた達の魂は貴重品で、高値が付いていました。ところが、鬼と人間が結びついて上手く生きている魂の事は保護せよと評議会で決定しました。したがって、あなた達は死神に殺される事はなくなりました」
『それはどう言うこ・・・・・』「待って!痛っ!わたしが喋りたい!」
無理やり会話に弥生が割り込んできた。ほら見ろ。舌噛んだ。痛てえじゃねえか。
「死神はもう殺さないって言ったって、現に列車をハイジャックしてるでしょ!嘘つかないで!」
弥生が死神の胸倉を掴み唾を飛ばしながら、走り屋死神に食って掛かる。初めて会った時は、御淑やかな女の子だったのに、人って変わるもんだな。あと、弥生よ列車はハイジャックじゃなくって、トレインジャックって言うんだぜ。
「死神はあなた達を保護します。トレインジャックをしたのは死神ではありません。欲に目が眩んだ鬼たちです」
「それってどう言う・・・・・・」『やはりそうか!痛っ!弥生オレが喋る!口を貸せ』
いや。喋り難いな。早く自分の身体に戻りたい。船頭はちゃんと進めてくれているんだろうか?
『やはり、ヤツらは鬼か。主犯格は翔鶴だろ、多分。ヤツはオレを嫌っていたからな』
「その通りです。羅刹天殿との間に確執が起き、政争の末、羅刹天殿を死へ追いやった人物です」
「羅刹さんにそんな過去が有ったとはね。じゃあその翔鶴とやらを倒せば、お姉ちゃんたちは助かるの?」
「その通りです。この列車の乗客全員助かります」
私はガッツポーズをとる。なんとしてでも、翔鶴を倒さなきゃ。
「私は戦う目的が出来たわ。お姉ちゃんたちを助け、この列車の乗客を助け、羅刹さんの仇を討つ。正義のヒロインの名に恥じぬよう頑張ってて見せる!羅刹さん、一緒に戦ってもらいます。あなたは自分で自分の仇を撃つのよ」
弥生、有難う、今までは、嫌なことや、危ない事から逃げていたのに。オレはお前の成長が見れて嬉しいよ。そしてオレも大切な友達を助けたいからな。
『弥生。オレに異存はない。思いっきりやろうぜ』
「そうね。信頼しているわ。羅刹さん」
「あなた達は見ていて飽きない。何だか此方まで楽しくなりますよ。法律上、鬼たちの戦いに、死神が介入する事が出来ません。ですが、餞別にこれを差し上げましょう」
死神が懐から出した物は刀だった。柄は豪奢な刺繍が入っている。高名な刀鍛冶が作った作品。この刀は知っている
「これは、オレの刀だ。」
「凄い刀ね」
弥生には説明が必要だな。この非常に危険な刀についての説明が。
「この刀は羅刹天様が、煩悩と欲望を叩ききる刀です。この刀の刀身に触れたものは命を絶たれます。羅刹天が地獄で鬼を喰らうと言われる所以です。」
『恩に着るぞ、走り屋死神』
だがこの刀は最後まで使いたくは無い。もうオレは人殺しをしたくない。弥生の身体を血で汚すわけにはいかん!
「有難う走り屋死神さん。そして、靴をぶつけて御免なさい」
「貸して置きます、羅刹天殿。まあ、韋駄天様からの依頼でも有りますし、韋駄天様と再戦の約束をしたので・・・・・・という理由です・・・・・・」
《ちゃんらんちゃちゃんちゃちゃん・・・・・・》
走り屋死神の言葉を遮るように、《鉄道唱歌オルゴールバージョン》がスピーカーに響いた。
『ああーああー。聞えるか、羅刹天。人質は一号車へ集めた。助けたければ、一号車まで来い!人間に染まった貴様は、人質を放っては置けないだろう』
ああ。全くその通りだ。オレは正義の味方だからな!
オレは座席の影に隠れた。妖しい気配が近づいてきたからだ。
『走り屋死神、お前は消えた方がいい。後で面倒な事になるから・・・・・・』
「わかりました。知っていると思いますが、あれは罠です・・・・・・では御武運を」
オレは座席の影から車両入り口のドアをそおっと見る。一人の男がドアの窓越しに六号車の車内を見ている。大きな刀が座席から飛び出して、隠れている位置がバレバレだ。もうやるしかない。
『弥生。作戦を説明する。翔鶴以外は雑魚だ。オレが相手をする。弥生の魔法は温存だ。そして、多分、翔鶴は魔法じゃなきゃ倒せない。オレが自分の身体じゃないから・・・・・・』
「わかったわ。その翔鶴は任せて」
『頼んだぞ。弥生。お前なら翔鶴に勝てる!』
黒尽くめの男が六号車にいた。オレは敢えて、その男の前へ飛び出した。
「これは、これは羅刹天様。本当に女になっていたんですね。どうです、女の身体は?」
そりゃあ・・・・・・言えない事や、言いたくない事が沢山あるぞ。オレは改めて自分の身体を確認した。黒いローファーに黒いニーソックス。赤いプリーツのスカート。白いブラウスに赤いリボン。いまをときめく女の子・・・・・・になってしまったオレ。オレはいつの間にか女性の服に詳しくなっていた。だが!身体は女でも、魂は鬼神だ。
『相手になってやる!すべこべ言わずに掛かって来い!』
オレは男へ手招きをする。
「そのような姿とは言え、羅刹天様を倒したとなれば、末代までの誉れ!いざ尋常に勝負!」
男が金棒を振りかぶり、飛び掛って来た。オレは鎌を構えずに、ポケットから、痴漢撃退用スプレーを男に向って噴射する。
「ぐわあああ!目がぁ!目があ」
男は目を押させ、苦しみながら、床に転がる。痴漢撃退スプレーって以外に効くな。オレは床で転げ廻る男の腹に一発蹴りを入れた。
「ゴッふっ!」
男はそれっきり動かなかった。
『一丁上がりだ。弥生』
俺は、倒れた男の懐を探り、武器になりそうな物が無いか探す。短刀が一振あった。一通り探した後、 オレは男を乗車口へ引きずっていく。非常ドアコックを開き、扉を開けた。
「どうするの?」
オレは列車の外へ男を放り投げた。
「羅刹さんって案外卑怯ね。正々堂々勝負しないの?」
『しないよ。卑怯でも何でも勝ちは勝ちだ』
オレは刀を担ぎ、五号車へ向った。如月たちが居る一号車まであと五台だ。
一号車。眠っている如月たちの横に翔鶴が立つ。横には腹心の部下と思われる。男と二人で。
「翔鶴様、羅刹天はここに来るでしょうか?各車両に一名ずつの刺客を放っています。それを突破して来れるでしょうか?」
翔鶴は腕組をして入り口のドアをじっと見つめている。
「ヤツは来る。間違いなく来る。各車両に放った刺客は羅刹の敵となるには役不足。だが、羅刹の体力を奪うのには十分。とどめは私が刺す。確実にな」
オレは五号車の入り口へ来た。扉の窓から中を覗く。五号車の中には大柄な男が立っていた・・・・・・あいつは・・・・・・。
「羅刹さん。ムキムキマンみたいな人が居るけど・・・・・・うあぁ強そう」
『ああ。あいつは強い。まともに殴りあったら負けるだろうな』
「殴り合いは止めてよ。私の身体なんだから。女の子なんだよ。忘れないでよ」
『ああ。わかってるよ。だから正々堂々と戦わない』
まあ、弥生の顔をボコボコにするわけにはいかない。
オレは五号車の扉を開けた。大きく足を踏み出し、堂々と歩いた。そして男と対峙する。ヤツを睨む。
『久しぶりだな。蒼龍』
「羅刹天様。そのようなお姿になられ、さぞかし無念であったでしょう。私が、その迷える魂を送って差し上げましょう。かつての部下の務めとして」
オレは短刀を構える。
『蒼龍。ここは通させてもらうぞ!貴様らとは相反する目的があるのでな!』
オレは床を蹴り、短刀で蒼龍を肩口から薙ぐ。蒼龍は腕を組んだまま、避けようとしない。
『上等だ!蒼龍袈裟斬りにしてやる!』
ザクッ!
オレの渾身の一撃は・・・・・・蒼龍の鋼の様に鍛え上げられた体に傷をつけることすら出来なかった。
「効かぬ!効かぬ!効きませんぞ。羅刹天様。やはりその姿では羅刹天様の力を発揮する事が出来ないようですな」
オレはギリギリと歯噛みした。なんてこった。この短刀が役に立たない。生きていた時はこんな事なかったんだが・・・・・・魔法を使うか?いいや、ここで魔法を使うわけにはいかん。翔鶴を倒すには強力な魔法が必要だ。弥生が一度こっきりしか使えない強力な魔法が。
「羅刹天殿、こちらから行きますぞ!」
蒼龍が右の拳を振り上げる。
「ぬおおおお!」
蒼龍の拳がオレに向かって一直線に飛んで来る!
バキバキバキ!ズドドドドオーン!
列車の座席が四列程、粉砕した。オレは寸前で後ろへ飛び退き、かわす。ギリギリだったな。ヤバイヤバイ。
「とおおおりやああ!」
蒼龍の両拳が無数に飛んで来る。オレは右に左に蒼龍の攻撃を避ける。
『避けるだけで、精一杯だ!』
蒼龍の攻撃で列車の座席や壁が砕け散る。破片が容赦なく、飛んでくる。オレは破片を短刀で叩き落す。一発でも食らうわけにはいかん!
「羅刹天様、避けてばかりじゃ勝負になりませんな。そんなに傷つくのが、怖いのですか」
蒼龍はニヤニヤしながら、バキボキ拳を鳴らして近寄ってくる」
『この身体は借物だから、傷つける訳にいかんからな。服だってお気に入りだから、汚すわけにはいかんのだ』
「なにを女みたいな事を申されているのですか?」
『見てわかるだろう。今のオレは女の身体だ。身なりには気を使いたんだよ』
オレは飛んでくる蒼龍の拳に短刀を突き当てる!ドン!と鈍い音がした。
「力押しで私に勝てますか?羅刹天様!」
オレは短刀ごと押し返された。短刀は無残にも折れてしまった。オレは短刀を手放し、高く跳躍した。
『とう!』
蒼龍は前に支えるものが突然なくなった為、前につんのめる。オレは天井を蹴り、蒼龍の顔に蹴りを入れる。
『食らえ!』
蒼龍は上から跳んでくるオレを見上げた。チャンス!このまま顔面に右足の踵を叩き込む。
ドカッ!
蹴りは決まった・・・・・・が、蒼龍は顔面にめり込んだオレの右足を掴む。まずい!捕まった。蒼龍は足を掴んだまま、オレを振り回し、入り口のドア目掛け、投げられた。
オレは空中で回転し、着地できた。あぶねえ・・・・・・ギリギリセーフだ。
「弱い。弱すぎる。羅刹天様、やはりあの頃の羅刹天は死んだようですな。その魂、貰い受けます」
まずい、このままでは負ける。どうするか?考えろ、出来ることはあるはずだ。
「羅刹さん。このままでは勝てない。魔法を使います」
『待て、弥生!ここで魔法を使うと、翔鶴と戦うときに!』
オレの足元に魔方陣が浮かぶ。弥生が強引に表に出てきた。緑色の魔方陣。魔方陣の端から竜巻が上がる。風の魔法。右腕を高く掲げて魔法を増大させる。吹寄せる風が幾重に重なって、猛烈な竜巻が吹き荒れる。竜巻は三つに別れ、私の周りで荒れ狂う。
「のおおおおおお!」
筋骨隆々の鬼が私目掛け拳を振り下ろす。そっちこそ無駄よ。竜巻が盾となって私をガードする。
ドガガガガガガガガガガ!
竜巻が鬼の拳を切り刻む。拳から血飛沫が舞う。
「まだまだ!」
鬼は拳を切り刻まれている事に構わず、グイグイ押し込んでくる。
「やめて下さい。それ以上拳を押し込むと、腕がなくなってしまいます。それに竜巻が一斉にあなたに襲いかかります」
竜巻は三匹の龍の姿となって、私の回りを飛び回っている。私の合図で一斉に鬼へ飛び掛る。
私は更に別な魔法を発動させる。緑色の魔方陣の上に赤色の魔方陣を描く。炎が舞い上がり、竜巻の龍が炎を纏う。真赤っかの龍となった。
私は右手を鬼目掛け突き出す。
「いっけえ!炎の龍たち!」
三匹の龍は一斉に鬼に飛びかかる。
ドガアアアンン!
龍が鬼を焼く。鬼は堪らず後ろへ倒れ、もがき苦しむ。もういいかな?私は『パン!』と拍手を打つ。炎は消え、黒こげの鬼が横たわっていた。
「ゴフッ!このような強力な魔法があるとは・・・・・・羅刹天様やはり貴方は最強だ・・・・・・」
私は氷の魔法を使って、鬼を冷やす。命だけは助けたいわ。
『弥生、蒼龍はもう大丈夫だ。気を失っているだけだ』
「本当に大丈夫かな、死んじゃわない?」
『鬼は人間より丈夫だから大丈夫だ・・・・・・それより・・・・・・』
オレは驚いた。凄く驚いた。とんでもなく驚いた。弥生の魔法に。
『弥生。今の魔法何処で覚えた。オレがノートに書いた魔法にはなかったはずだ』
「えっ?そうね、書いてなかったわ。私は風の魔法と炎の魔法を一緒に出しただけだけど。それがどうかした?」
オ レは弥生の言うことが理解出来なかった。その理由は・・・・・・。
『弥生、普通魔法は二種類の魔法を同時に出す事は出来ない。出せるのは一種類だけだ。弥生は今、二種類の魔法を同時に出し、その上合体させた。これは不可能とされていた事だ。なせ弥生は出来たんだ?』
魔道の頂点を極めたオレでも、こんな魔法は出来ない。いいや、誰も出来ない。出来たとしても、身体がもつまい。
「そうなの?まあ、そんな事言われても、私わかんないけどね。必死にやっただけだよ」
『弥生。幸か不幸かわからんが、オレが知る限り、君は史上最強の魔道士だ。非常に強大な力を持っている』
「そう、わかったわ。この力が私にどう影響を与えるかわかんないけど、お姉ちゃんたちを助けられるって事ね」
『ああそうだ。だが何が起きるかわからん。オレに従ってくれないか?頼む。怪我をさせたくないし、大切な服も汚したくないからな』
「有り難う羅刹さん。あなたが私の事大切に思ってくれているのはわかるわ。いいよ、羅刹さんについていきます」
オレ達は、四号車を目指す。おっとその前に、蒼龍の身体を調べ、武器になりそうな物がないか探す。
『ちっィ何も持ってないな。』
オレは左手に太刀を持ち、四号車に来た。
「ねえ。羅刹さん。さっきの走り屋死神さんの話から・・・・・・翔鶴を倒せば、もう戦う必要はなくなるんだよね」
『そうだな。全ての因縁を断ち切る事が出来るからな』
「私、それを聞いてヤル気が出たわ。普通の女の子に戻れるんだよね。美少女戦士って呼ばれなくなるんだよね」
『そうだな。弥生。オレは君が普通の生活に戻れるように全力で望む。任せてくれ』
オレは四号車の自動ドアを開けた。
『なに?』
開けたドアの前に三つ指突いて御辞儀をしている女性が一人。オレを出迎えてくれた?
「御久しゅう御座います。羅刹天様。再びお会いできて嬉く思います」
その女性は顔を上げた。その顔には見覚えがあった。
『摩琴!』
その女は摩琴という鬼。オレが生きていた頃の知り合いと言いたくない知り合いだった。
「お待ちしておりました。羅刹天様。ああ・・・・・・なんと言う事でしょう。そんな姿になって。醜い姿となって。見るに忍びません。私の手でひと思いに楽にして差し上げます」
「醜い姿ってどう言うことよ!」
弥生が怒った。当然だろうな。弥生、もっと怒っていいぞ。
「羅刹天様・・・・・・あなたを殺して、私も死ぬ。そうすればあなたは永遠に私の物です」
「随分勝手なことばっかり言ってくれるじゃない!私はどうなるのよ」
私は腰に手を当て、物凄い剣幕で怒った。目の前の女はニヤニヤしている。うー。ムカつく。嫌な女。
「あなたが羅刹天様を誘惑した醜悪女ですわね。あなたなんて刀のサビにしてくれますわ。覚悟なさい」
女は腰に刺していた刀をスラリと抜いた。そして、その切先を私に向けた。
「わかったわ。五分だけ時間を頂戴。覚悟を決めます」
私は四号車から出て、ドアを閉めた。洗面所へ行き、鏡を見る。私の中のヤツに聞きたいことが山ほどあった。
「羅刹さん。あの口の悪い女は何者?アンタの奥さん?恋人?愛人?嘘ついたら殺すわよ。死んでいても殺すわよ」
『弥生。怒りの矛先が間違っているよ。あの女は摩琴。オレに付きまとい、三分おきに電話をよこし、二千通を越す手紙をよこし、夜昼かまわず付き纏った女だ。オレはあいつから逃げたくて、戦場へ志願したりしたんだ・・・・・・オレは死んで楽になったと思った理由のひとつでもある』
「それってストーカーじゃない。許せない女ね。摩琴って言ったけ。誠に腹が立つわ!」
『うまい!弥生。座布団いるか?』
「羅刹さん。私にやらせて、あの女、絶対にィィィィ許さない。私を侮辱した罪は木星より重いわ!」
私は怒りに任せて、ドカドカ歩く。四号車のドアを開ける前に、もう既に足元に魔方陣が現れている。赤色の魔方陣の上に黄色の魔方陣、その上に青色の魔方陣、そして緑色の魔方陣。魔方陣が四段重ねになって、なんかビッグマックみたいになってる。もう、どんな魔法が出るかわかんない。
私は四号車のドアを開けた。ズカズカ摩琴に向かって歩く。私もスラリと太刀を抜き切先を摩琴に向けた。
「やい!摩琴。アンタ、ストーカー行為もたいがいにしなさいよ。羅刹さんが迷惑しているでしょ。迷惑条例違反よ!」
摩琴はびっくりした表情で私を見ている。彼女も刀の切先を私へ向ける。
「はははは。何を言っているのあなたは・・・・・・おかしな事を言うわね。羅刹天様を幸せに出来るの は私だけ・・・・・・この世で唯の一人、この摩琴よ!」
「アンタこそおかしな事言ってるじゃない。羅刹さんにはもっと相応しい女性がいるのよ!」
オレはどうすれば、良いんだ?女の喧嘩に割って入る自信がない。
「もうあなたと話していても、仕方がないは。私は目的を果たす。お覚悟なさい!不細工女!」
摩琴は刀を私に突き刺そうと床を蹴り、飛び込んで来た。刀は私の喉もとに刺さる!事はなかった。
喉に刺さる直前で止まった。摩琴の刀は見えないもので押さえつけられるように止まった
「何ですの?これは、刀が動かない。」
「摩琴。アンタ言わなくていい一言を最後に言った!もう私でも魔法をコントロールできない。何が起きても知らないから!」
一匹の龍が魔方陣から現れた。龍は手で摩琴の刀を掴んでる。その力で刀はぐにゃぐにゃに曲がった。龍は摩琴の前に出て、両拳で摩琴を殴った!ぶん殴った!何発も何発もラッシュを畳み掛けるように。
「ギャオース!」
龍が怪獣みたいな雄叫びを上げ、パンチを繰り出す。摩琴は両手でガードしたが、龍の巨大な拳の前では何の意味もなさなかった。
「きゃあああああ!」
摩琴は派手に吹っ飛ばされた。勝負ありだ。摩琴はもう立ち上がってこなかった。そして、オレの出番はなかった。
「もういいわ。引っ込んで。有り難う」
弥生が龍へ命令をする。龍は頷き、スウッと消えた。四段重ねの魔方陣も消えていく。
「いきましょう。羅刹さん。お姉ちゃんを助けに」
『弥生。あんなに凄い魔法を使って大丈夫か?なんともないのか?』
オレは弥生の身体が気になっていた。あんな凄まじい魔法は見た事も、聞いた事もない。もちろんオレも使えない。
「なんともないわ。以前は魔法を使うと疲れちゃったけど、今は疲れもしないわ」
オレはその言葉を聴いてハッとした。『伝説の究極魔法』を習得したのか?弥生は。しかも、魔法の龍を完全に手なずけている。考えてもしょうがない。今は如月たちを助けるのが先だ。
『弥生三号車だ気を抜くなよ』
「わかってるわ。どうせまた強いけど、人間的には変なヤツが出てくるんでしょう」
オレは三号車のドアを開けた。
「羅刹殿、お待ちしておりました」
「加勢にきたにゃ」
その場にいたのは『船頭カロン』と『化け猫』だった。
『船頭どうやってここに来た?列車はトンネルを走ってるんだぞ』
「簡単な事です。私は神出鬼没ですので」
聞くだけ、野暮だった。だが、敵の姿が見えない。船頭と化け猫が居るだけだ。
「ここは増結三号車です。私が三号車と二号車の間に割り込ませた車両です。翔鶴殿からは見る事が出来ない、特別車両です」
辺りを見回すと、確かに、特別な車両である事がわかる。大きな座席。前後の間隔も広い。二列、一列の座席構成。所謂『グリーン車』と言うヤツか。
「ここへ来たのは、羅刹様の身体が御用意出来たので、届けに来ました」
船頭が頭を下げ、伝えてくれた、待っていた一言。
『何だって!それは良かった。早速で悪いがその身体をくれないか?』
「はい。これがその身体となります。」
白い小さな小瓶を渡された。オロナミンCぐらいの瓶。この中にオレの身体が入っているのか?随分小さいが、オレはミクロマンになるのか?
瓶のキャップを開けようとした・・・・・・。
「まって下さい。私の説明をまず聞いて下さい。すぐには身体は戻りません」
『すぐには戻らない?だが、ここへ持ってきた理由があるんだろ。翔鶴との戦いで使うためなんだろう』
オレはカロンが無理やりここにオレの身体を持ってきた理由を聞きたかった。だが、すぐに身体が戻らないとは変な話だ。
「その通りです。あなたには翔鶴を倒さなければならない理由が増えました。人質解放だけでは済みません。冥界が崩壊する恐れがあります。それを防がねばなりません」
冥界が崩壊するだと?のっぴきならない状況だな。
『翔鶴は何をしようとしてるんだ。冥界を崩壊させるなんて、出来る訳がない』
「翔鶴は究極魔法を手に入れようとして、それは時間の問題となっています」
究極魔法とは・・・・・・弥生が使った魔法か?でも冥界が崩壊する程の威力はない。強力魔法が無尽蔵に使えるくらいだ。
『究極魔法とは何だ?』
「究極魔法とは『弥生殿』です。弥生殿そのものが究極魔法となりつつあります。そして、今なお、その力は増大しています」
しまった。そうだ!オレはその事に気付いていたんだ。気付いていたが、弥生の魔法がここまで強力になるとは思っていなかった。迂闊だった。
『翔鶴は弥生を使って何をする気だ?』
「簡単な事ですよ。人間界の掌握と統合。鬼界を掌握した翔鶴は人間界も手に入れようとしています。しかも大々的に喧伝して・・・・・・」
『バカな・・・・・・そんな事してみろ、物理法則が違う世界が一緒になれる訳が無い。世界が滅ぶぞ!』
翔鶴のヤツ。そんな事もわかんないのか?あいつは底なしのバカだな。魔法の理を勉強しろと口をすっぱくして言ってやったんだが・・・・・・理解できなかったようだな。
居るんだよな。そう言う自分勝手な解釈をして、周りに迷惑を掛けるヤツが。
「翔鶴は《裸の王様》になっています」
やはりオレが引導を渡さなきゃならんのか・・・・・・。
「ねえ、カロンさん。羅刹さんの身体はどうやって作るの?すぐには出来ないって言ってたけど?」
弥生がオレの身体の心配をしてくれた。そっちも大事な話だったのだが・・・・・・
「羅刹天様の身体を作るには、弥生様の協力が欠かせません。先程の小瓶の液体を弥生様に飲んで頂きます。この液体は呪を掛けた羅刹天様の血です。これを飲めば弥生様の身体に新しい生命が宿り、羅刹天様が生まれます。」
私は目が点になった。良く考えてみる。
私の体に新しい生命が宿って、生まれるって事は・・・・・・。
「そ、それって妊娠するって事じゃないの?」
「生物学的にはそうなるでしょう。安心してください。人間の子供を宿した訳ではないので、お産と言う事態にはなりません。あくまで、羅刹天様の身体を作る為、弥生様のお腹を借ります。新しい命を生むには女性の力が必要です」
船頭さんはひとごとのように言う。当然私は妊娠なんてしたことはない。
「弥生は処女懐胎にゃ。マリア様と一緒にゃ」
『猫、難しい事知ってるな』
ええっ、どうすればいいの?私、もうパニックになりそう。お姉ちゃんたちを助けなきゃならないし。急いでるし。焦って来ちゃった。
「あまり時間は有りません。この列車が目的の冥界へ到着するまで、後三十分・・・・・・。羅刹様の身 体が出来るまで、十五分は掛かります。それと、羅刹天様を身籠っている間は羅刹天様は意識が無くなってしまいます。戦う事が出来ません。」
考えている暇はなさそうだわ。決断しないと。
『弥生。頼む。その瓶の薬を飲んでくれ!オレは翔鶴を倒さなくてはならない。何より如月たちを助けないと、もう二度と会えなくなってしまう。』
「それを言われると、逃げ道ないじゃない。わかったわ。全て上手くいったら、新しい体で私とデートしなさい」
「弥生は告白の仕方が下手にゃ。こんな土壇場で。寧々の方がもっとロマンチックにするにゃ」
私は顔が赤くなった。こんな緊急事態の時でも赤くなるんだ。って自分に関心した。
でも羅刹さんの為なら、耐えられると思う。
「カロンさん。瓶を下さい。私、飲みます!」
「健闘を祈ります。私はこれで」
船頭カロンさんは三号車から出て行った。
私は受け取った瓶のキャップを開けた。うわ・・・・・・変な臭いがする。不味そう。
ええい!行くわよ!
「ファイトオオオ!」
「一発にゃ!」
私は一気に飲み干した。うっ!気持ち悪い・・・・・・吐きそう!
私は自分のお腹を見る。何て事?お腹が大きくなっている。どんどん大きくなっている。私はスカートのホックを外し、お腹周りを緩めた。気持ち悪さは全然収まらない。
「おええええ!」
私は我慢できず、嘔吐してしまった。気持ち悪い・・・・・・。
「弥生、それはつわりにゃ。時間が経って、安定期になれば収まるにゃ」
「つわり?本当に妊娠したの?」
相変わらず気持ち悪い。ポッケからハンカチを出し、口を拭う。
「しばらくは気持ち悪くて吐く事になるにゃ。横になれば楽になるにゃ」
「猫ちゃんは妊娠した事あるの?」
猫ちゃんが私を抱え、列車の座席に座らせてくれた。リクライニングを目一杯倒してくれた。
「童は化け猫になる前に、何匹も子猫を産んだにゃ。ベテランにゃ」
横になって少し楽になった。吐き気は少しずつ、収まって来た。
「そう。介抱してくれて有難う・・・・・・」
お腹は更に大きくなってきた。重い。見紛う事無く妊婦の姿。妊婦って大変なんだって思う。マタニティドレスが欲しい。これから満員電車で妊婦さんが居たら席を譲らないと。なってみないとわからないものね。この辛さは。
少し落ち着いてきた。私はこれから生まれてくる羅刹さんの事を考えていた。
「ねえ、猫ちゃん。羅刹さんの事って知ってるの?どんな人」
猫ちゃんは大きくなった私のお腹を擦ってくれている。
「妖怪の中で羅刹天様を知らないヤツは居ないにゃ。羅刹天様は自分を鬼と言ってるけど、本当は仏様にゃ。天上十二神の一人にゃ。昨日会った韋駄天様も十二神の一人だったにゃ。敵の翔鶴は野に下った鬼の一人。羅刹天様とは全然格が違うにゃ」
「羅刹さんって仏様だったの?」
「そうにゃ。仏門を護る仏様にゃ。その強さは比較にならないにゃ。魚に例えると、翔鶴がグッピーだとしたら、羅刹天様はジョーズにゃ。船に例えると、手漕ぎボートと原子力空母にゃ。人間に例えると、チンピラとスチーブン・セガールにゃ。それぐらい差があるにゃ」
私たちは仏様に護られていたんだ。それは心強くて安心感があった訳だ。ちなみにジョーズって『顎』って意味でサメじゃないから。
「羅刹天様は女の子になって弱くなってしまったにゃ。翔鶴はその隙を狙っているにゃ。羅刹天様が自分の身体を取り戻したら、絶対に負けないにゃ」
さっき、鬼たちと戦って苦戦してたのは、それが理由なんだ。そりゃ私の身体はフツーの女の子だもの。
「わあ?なになに?お腹の中で何か動いてる?」
私のお腹で何かが動いている。うわ、うわ、変な感じ。
「お腹の中で、赤ちゃんが動いてるにゃ。お腹を蹴っているにゃ。元気に生きてる証拠にゃ。安心するにゃ」
そうか、羅刹さんが私の中で大きくなっているんだ・・・・・・。
「猫ちゃん。羅刹さんの事、もっと教えて」
猫ちゃんは私のお腹を擦り、ニコニコしながら話す。
「羅刹天様は破壊神で、戦争に明け暮れたにゃ。軍神とか鬼神とか言われて恐れられてたにゃ。戦争が終わって平和になると、戦争の責任を取らされ、死刑になったにゃ。童はそこまでしか知らないにゃ・・・・・・。弥生は天上十二神のお母さんになるんだにゃ。これは凄い事だよ。御生母様って呼ばれるにゃ」
猫ちゃんの話を聞いていて、私は良かったのか、悪かったのか複雑な気持ちだった。羅刹さんは、死刑になって可哀想だけど、その結果、私達と出会えたのだから。
「猫ちゃん。だんだんお腹が苦しくなってきたんだけど。って言うか、お、お腹痛くなってきたんだけど・・・・・・」
「それは大変にゃ!生まれるにゃ!」
「ええっ!何ですって!」
「弥生はお母さんになるにゃ」
いざとなったら、怖い、う、生まれるんでしょ。だんだん苦しくなってきた。お、お腹がどんどんおおきくなって行く。このままじゃ破裂しちゃう。
「弥生、ヒッヒッヒフーにゃ。ヒッヒッヒフー」
「そ、そうすれば、楽になるの?」
「そうにゃ。ヒッヒッヒフー。はい、童に続いて!」
「ヒッヒッヒフー」
「ヘイヘイホーにゃ」
「それは違う。木を切る掛け声」
「ヒッヒッヒフーにゃ」
「ヒッヒッヒフー」
ラマーズ法の呼吸をする度、私のお腹が大きくなって行く。破裂する風船のように。
「ば、爆発する!」
「伏せろ!にゃ」
バン!
「ひゃああ!」
「わあああ!にゃ」
私のお腹が破裂した。空気を入れすぎた風船のように。あれ?でも全然痛くない。私は恐る恐る自分のお腹をさわった。ぐちゃぐちゃになっていたら、ど、どうしよう・・・・・・。
「弥生!大丈夫か?にゃ?」
あれっ?何とも無い。お腹が元に戻っている。私は立ち上がった。普通に立てた。良かった。身体は何とも無い。
「猫ちゃん。私は大丈夫よ。さっきまで苦しかったのが、嘘みたい」
私は立ちあがって、顔を上げた。その目の前には男の人が立っていた。立派な体格。白い詰襟の制服。左手に刀を持っている。そして一番目を引くのは真っ赤な髪の毛。短く刈り上げられて、つんつんしている。
「やあ、オレを産んでくれて有難う、お母さん」
私 はその人を見るなり、心臓が高鳴ってしまった。早鐘を打つ・・・・・・どころか、もう目覚まし時計のベルのように。
「弥生。すまんが、スカートを上げてくれないか。その・・・・・・見えている」
羅刹さんは右手で自分の目を覆い隠している。私はハットして、自分の姿を見る。緩めたスカートがずり落ち、パンツ丸見え。慌てて、スカートを上げる。
オレは不覚にも鼻の奥がツーンとなるのを感じた。弥生のパンツを見たせいで、弥生の身体の中にいて、見た事を色々思い出してしまった。
「うっ。鼻血が出た。鼻血のおかげで、夢じゃない事と、自分の身体が有ることを実感出来た」
「大丈夫?私に見せてごらん」
弥生はオレの顔に自分の顔を近づけ、ティッシュペーパーで鼻血を拭ってくれた。照れてしまう。余計に鼻血が出てしまう。
「鬼と言う割には、角がないのね」
弥生は両手の人差し指の根元を額に当て、角を出す。
「まあね。角はないよ。あれは人間の想像図だろ。オレの赤い髪の毛を《角》とか《赤い鬼》と勘違いしたんだろ。それに・・・・・・・赤は三倍速いんだろ」
「そうなのかな。パンクロックのミュージシャンみたいだけど」
弥生がオレの髪の毛に触れる。こんな事されたことがないんで面食らう。
「有難う弥生。感謝が尽きない。この恩は必ず返す。時間が無い、先の車両へ行く。決着は付けなければならない。そして如月たちを助ける。オレにとって大切な人たちだからな」
「私も行く。今気付いたんだけど、私まだ、魔法が使えるみたい。お姉ちゃんを助けないと」
オレは弥生の言葉を聞いて驚いた。弥生の背後に龍が見える。弥生の言葉に偽りは無いようだ。そしてオレは気付いた。オレは魔法が使えない事を。
「どうやら弥生の魔法は意志を持っているみたいだ。そしてオレよりも、弥生の中に居る事を選んだようだな」
「危ないから、付いて来るな。なんて言わないでよね。私には魔法の龍が憑いているし、羅刹天は私の息子だから・・・・・・心配なのよ」
「わかったよ。弥生。じゃあこうしよう。オレが前衛で、弥生が後衛。オレが斬り込むから、弥生は魔法で援護。弥生はオレより前に出ない。これだけは守ってくれ」
「うん。了解したわ・・・・・・それと、名前を付けさせて欲しいの。母親を気取る訳じゃないんだけど。何て言うか・・・・・・」
弥生は照れているような、困ったような、それでいて赤い顔をしてもじもじしている。なんとなく言いたいことはわかるぞ。
「名前を付けてくれ。オレは新しい命を弥生から貰ったのだから」
「有難う。じゃあね、さっきお腹にあなたが居た時に思いついた名前・・・・・・私は弥生。お姉ちゃんは如月。だからあなたは睦月。睦月にする。私は一月生まれだし」
一月か・・・・・・やる気が出る名前だな。
「有難う弥生。嬉しいよ。じゃあ睦月って呼んでくれ」
「うん」
オレはたった今から睦月となった。まあ、羅刹は一回死んでるから、新しい名前の方がいい。
「じゃあ、二号車へ行こう。猫はここに居ろ。その身体は寧々のものだろう」
「わかったにゃ。羅刹天・・・・・・睦月様」
「様はいらねえよ・・・・・・もう十二神じゃあねえ」
オレは二号車のドアを開けた。
そこに居たのは両手にナイフを持った男がいた。
「羅刹天!覚悟!・・・・・・な、何!女じゃない!女じゃないぞ!」
目の前に立ちはだかる男は目を丸くして驚いている。
「ははは。悪かったな。可愛い女の子じゃなく、むさ苦しい男で。オレは自分の身体を取り戻した。貴様らが欲していた、貴重品の魂はなくなったぜ。残念だな!」
「そ、そんな、バカな・・・・・・あてにしていた褒美が無くなるのか?」
目の前の男は酷く落胆した顔となっていた。走り屋死神が言っていた通り、欲に目が眩んだ者たちか・・・・・・。
「貴様は戦う理由がなくなったはずだ。ここを通してもらおう」
オレは男を睨み、前へ歩を進める。男が突然ナイフを構えた。
「破壊神羅刹天!お前は戦争犯罪人だ!この赤城が成敗してくれる!名を上げて、出世してやる」
男が飛び掛かって来た。ナイフを腰溜めに構え、オレに突き刺そうと真っすぐに突っ込んで来る。
「小癪な真似を!」
オレは刀を鞘に納めたまま、前へ素早く突き出した。
ドスン!
鈍い音と共に、刀の鞘が男の腹にめり込んだ。オレは空かさず、鞘で、男の頭をブッ叩く。
ガスっ!
男はそのまま倒れてしまった。
「オレは睦月だ。もう羅刹じゃねえ。戦争犯罪人なんて言われる筋合いはない」
聖戦とか、鬼神とか、軍神とか、もう、うんざりだ。オレは弥生たちの傍で静かに生きて生きたいんだ。
「何があったの?全然見えなかった。突然この人倒れちゃた」
弥生が目を丸くして近寄ってくる。まあ、人間には見えないスピードだったからな。オレにはスロー再生みたいな感じだったが。
オレは少しガッカリしていた。やはり、普通の人間にはなれなかった。鬼神の力を持ったままだ。こんな力、普通に生きて行くには必要ない。だが、少しは良かったと思う。弥生たちを悪の魔の手から護る事が出来るから。複雑な気持ちだ。
「最後の車両。一号車だ。ここに如月たちが居る。そして翔鶴も居る」
俺たちは一号車の扉の前に来た。扉の窓を覗く。中には乗客が見える。翔鶴も・・・居た。ヤツは腕を組み、仁王立ちしている。
オレは振り返り、弥生へ向く。弥生の両手を取り、柔らかく握る。弥生の手はあたたかったんだ。
「弥生頼みがある。オレと翔鶴の戦いが始まったら。俺たちを冥界へ飛ばして欲しい。即死魔法があったはずだ。それを頼む」
オレは弥生の目を見つる、弥生もオレを見つめる。
「嫌よ。死ぬなんて絶対駄目。あなたは私が生んだのよ。私の子供よ。親が子供を殺すなんて出来る訳無いじゃない」
弥生は涙を流していた。ごめんな弥生。だが決着を付けたいんだ。
弥生はオレの胸で泣いていた。弥生は良い匂いがするなぁ。抱き心地良い。
オレはゆっくり弥生を胸から離した。
「弥生。ここで翔鶴と戦えば、如月たちを巻き込む。鬼同士の戦いだ、タダじゃ済まない・・・・・・心配しないでくれ。必ず帰って来る。弥生の元に、弥生の手が届く所へ」
オレだって、目の前にある幸せを手放したくない。それには翔鶴を倒さなければ。
「絶対に帰って来る。約束して。お母さんと」
弥生は小指を出す。オレも小指を出す。
「指きりげんまん嘘付いたら金属バットのーます!指切った!」
有難う弥生。これで後顧の憂いなく戦える。
「行くぞ!」
オレは一号車のドアを開けた。
翔鶴と対峙する。ヤツは繭ひとつ動かさず、顔色ひとつ変えない。
「元の姿に戻ったようだな。羅刹天よ。私が死刑執行をしたのだが、まだ生きていたとはな」
「今さっき生まれたばかりだ。残念だな翔鶴よ。もうお前が欲しがっていた貴重品の魂はなくなったぜ」
「私が本当に欲しかったのは、さまよえる羅刹天の命だ。完全に滅し、今後に憂いを残さない為に」
そうかそれを聞いて安心したぜ、欲に目が眩んだわけじゃないって事だな。
「羅刹天よ、自分で腹を切るなら、人質は解放しよう。」
「断るよ翔鶴。オレは人質の全員無事に解放し、自分は無傷で家に帰る。無くなるのは翔鶴、貴様の命だ。そして、もう一つ付け加えると、オレは羅刹天って名前じゃない」
「じゃあお前は誰だ?羅刹天」
「貴様に名乗る名などない!」
オレは刀を鞘に納めたまま、翔鶴の喉を付こうと一足飛びに前へ踏み出た。翔鶴は素早く刀を抜き、オレの刀をはじき逸らす。
オレは半歩下がり、間合いを取る。
翔鶴が右手を高く上げた。魔法陣がヤツの足元に現れた。オレは魔法を阻止しようと再び喉を突く。
翔鶴は素早い動きでかわす。ヤツは魔法を止め、刀でオレの胴を薙ぎに来た。オレも刀で受け流す。ガッキッ!っと刀と鞘がぶつかる鈍い音がする。
「とりあああ!」
オレは刀をまだ抜かない。鞘のまま、ヤツの頭をカチ割ろうと上段から振り下ろした。
ガッシっ!
オレが振り下ろした刀を翔鶴は自分の刀で受け止める。そのまま鍔迫り合いとなった。
「ら、羅刹天!何故刀を抜かない!魔法を使うつもりだな・・・・・・だが、鍔迫り合いしたままでは魔法は使えまい!刀を抜かない限り、私には勝てん!」
「ばか言うな!オレは何時でも、何処でも魔法が使える。鍔迫り合いしている時でもな!」
オレは背後に強力な魔力が現れるのを感じた。弥生だ。
「何!女が魔法を!馬鹿な・・・・・・龍神を出すとは!」
「弥生!迷わずにぶっ放せ!オレと翔鶴を冥界へぶっ飛ばせ!」
「いっけえ!龍太郎!」
私は龍太郎に冥府の魔法を命令した。龍太郎は私の背中から飛び出した。龍太郎は黄金色に輝き、口から炎を吐く。眩しくて見てられない!
やや、しばらくして、炎は収まった。龍太郎は私の背後に戻り、消えた。
らせつ・・・・・・じゃなくて睦月と翔鶴も消えた。二人とも消えた。
「弥生どうしたの?ぼーっと突っ立て?」
気が付くとお姉ちゃんが目の前にいた。列車はトンネルを抜けていた。お姉ちゃんと葵と寧々とあすかちゃんも居る。乗客もいる。
「元に戻った?・・・・・・睦月は?」
「なあに?どうしたの、弥生」
寧々は元の姿に戻っている。いままでの出来事はなかったことになっていた。そこには睦月の存在があった事すら無くなっていた。
「睦月が居なくなった・・・・・・」
私は不安で心が締め付けられるのはっきりと感じていた。もう二度と会えないと言う不安が心を支配して行った。
「私の大切な人が居なくなった・・・・・・」
私はその場にしゃがみ込んで・・・泣き出してしまった。涙が止まらない。今ごろ、気付くなんて。
「弥生。大丈夫?シートに座ったほうがいいよ」
「さあ、弥生。どこか痛いの?お薬あるわよ」
葵とお姉ちゃんが私をシートに座らせ、介抱してくれている。今の私にはその事に気付く余裕がまったく無い。ただ、同じ言葉を繰り返すだけだった。
「睦月が居なくなった・・・・・・」
「えっ?誰がいなくなったの?皆いるよ。弥生ちゃんどうしたの?」
皆、私の言葉が理解出来なかった。一人を除いて。
「弥生先輩!いなくなったってどういう事ですか?もしかして羅刹さんが?」
私はあすかちゃんの問いかけに、「うん」と頷くしか出来なかった。
「そ、そんな!」
あすかちゃんの目から涙が溢れて来るのが見えた。それを見たら、私も悲しくなってきた。嗚咽を漏らし、大泣きしてしまった。
楽しかった旅行が最悪の幕引きとなってしまった。
「ほう。この場所は・・・・・・決着を付けるのは相応しい。オレにとっては始まりの場所だったな」
オレの目の前には翔鶴がいる。そして、弥生の魔法によって飛ばされたこの場所は見覚えがある。
「三途の川、我々が立っているのは賽の河原」
「手っ取り早いな。翔鶴。川の向こう岸へ送ってやるぞ」
「それはこちらの台詞だ。羅刹天よ。今度こそ間違いなく、向こう岸へ送って二度と戻れないようにしてやる」
オレは刀を抜いた。鞘を地面に突き刺す。
「行こうか。翔鶴。今、刀を抜いたこの瞬間、オレは羅刹に戻る。破壊神となる!」
「煩悩を断ち切る剣か。いいだろう。相手にとって不足はない」
オレと翔鶴は同時に動く。刀を振り上げ、相手に切りかかる。
キン!
刀と刀がぶつかり合い、火花を散らす。鍔迫り合い。力比べとなった。が、オレの方に歩があるようだ。徐々に翔鶴を押していく。
「フッ、あ、甘いですよ!羅刹天。人間なんて弱い存在。踏み潰されて当たり前」
翔鶴は左手でもう一本の刀を抜いた。そのまま、オレの胴を斬りに掛かった。オレは咄嗟に左足を上げ、その刀を足の裏で受けた。
「左足はもらったぞ!」
ドッスっつ!と鈍い音がした。オレは左足で翔鶴の刀を受け止めていた。そして後ろへ飛び退く。再び両者間合いを取る。
「何故、斬れない!」
「甘いのはお前の方だ。翔鶴よ。人間界には安全靴と言う刀では切れない強靭な靴があるんだよ。時代遅れだな、お前は」
翔鶴が歯噛みしているのが見える。オレは潤たちが履いていた靴と同じものを準備していた。
「おのれ!羅刹天!人間に下ったか!鬼神の誇りを忘れたか!」
もうそんな誇りなんて何の役にも立たんぞ。
「弥生・・・・・・母親に貰った大切な身体だ。キズは付けたくないんでな!」
相手に勝つ為なら何でもするぞ。今のオレは。
「そろそろ、決着を付けようか?翔鶴。三途の川の向こう岸へ送ってやるぞ。確実にな。あっちに行くと、二度と戻れないからな。覚悟しろ」
「望むところだ、羅刹天!ようやく手に入れた鬼界の覇権を盤石な物とする為、お前を倒す!」
翔鶴は二刀を交差するように構えた。奥義でも出すつもりか?いいだろう、掛かって来い。オレも奥義を出す!
オレは刀を鞘に納めた。そして、ソフトボールのヘルメットを被る。左半身に翔鶴へ向く。左手で刀の柄を持ち、前へ突き出す。右手で肩の袖を引っ張る。寧々に教わった、メジャーリーグの日本人選手の構え。
「見た事がない構えだな。こちらも奥義を尽くすそう!」
翔鶴の刀が青白い炎を纏っている。魔法と剣の合わせ技。高等技術だ。食らったら、炎が全身を瞬時に焼き尽くし、即死は間逃れない。
翔鶴が真っ直ぐ突っ込んでくる。物凄いスピードで突っ込んでくる。が・・・・・・寧々の投球のほうが早いぜ!
オレは突っ込んでくる翔鶴を横に薙ぐ。タイミングを合わせて、フルスイング!
「な、何?」
翔鶴はオレのフルスイングを炎の刀でガードする。ガードでも何でもしやがれ!オレは斬るのが目的じゃねえ!
ガッキーン!
ガードする翔鶴に構わず振りぬく。
「おりああああ!場外ホームラン!行きやがれえええ!」
オレはホームランバッターよろしく翔鶴を空中にぶっ飛ばす。飛ばす先は、三途の川の向こう岸だ!
「真っ直ぐ飛んで行けや!」
翔鶴は三途の川の向こう岸へ一直線に飛んでいった。
「羅刹!貴様!この私を!」
翔鶴が断末魔の悲鳴を上げるのが聞こえた。もう戻っては来れまい。
「ふん!刀と魔法だけが、武器ではないぞ。ソフトボールって知ってるか?」
やっと終わった。感慨にふける・・・・・・よりも大事なことがある。どうやって帰ろうか。帰る手段がわからん。思いつきで、弥生に飛ばして貰ったが、ここに弥生は居ない。帰る手段がない。
俺はとぼとぼ川岸を歩き出した。とりあえず、心当たりのある場所へ行ってみようと思った。暫く歩いていると、看板があった。《三途フェリー株式会社》と書かれている看板。数ヶ月前に見た景色だ。桟橋も有る。
桟橋の横に有るログハウスから、男が出てきた。
「決着が付きましたな。凄い場外ホームランでしたな」
船頭、カロンだ。
「船頭。見ていたのか」
船頭が船に乗って現れた。船の上から話しかけて来る。
「悪戯者にかき乱されましたな。出来れば、私がこの船で翔鶴様を向こう岸へ運びたかったのですが」
「そうか。すまんな。弥生に貰った体を悪戯者の血で汚したくはなかったのだ。まあ、これで鬼界も静かになるだろう」
さあて、これからどうしようか。弥生の元へ戻る方法があるのか?
「羅刹天様、弥生殿のところへ戻る方法はありますぞ」
何?方法はあるのか?オレは安堵した。
「オレの心が読めるのか?船頭」
「顔に書いてありますぞ。羅刹天様。だが、鬼界に戻れば天下人になれます。平和な世の中を作る事が出来ます。それもあなたの義務であるかと思います」
選べと言うのか?船頭。鬼界を戦のない平和な世界にする。それは、オレ達十二神の目標だった。意見の違い、立場の違いで仲間同士、殺しあったりもした。だが、平和になりたいと言うのは、共通の願いだった。
「もう一つ、お耳に入れたい事があります」
船頭が顎に手を当て、話し始めた。
「弥生殿は究極の魔法使いとなっています。本人には自覚がありませんが、間違いありません。彼女がまた、悪戯者に狙われる可能性があります」
オレは、どちらを選べば良い?大勢の命に関わることだ。だが、弥生の話を聞いて、揺るがない決心が付いた。
「決めた。船頭。お前はオレの心をわかってて言ってるだろう」
「なら、三途の川に飛び込んで、滝に落ちなされ。」
また、落ちるのか・・・・・・。
「これで最後にしたいものだが。船頭、有り難う。世話になった」
「まあ、七十年後ぐらいにまた会いましょう。お待ちしております」
「さらば!」
オレは三途の川に飛び込んで、下流に向かって泳いだ。滝に向かって泳ぐ奴なんているんだろうか?
滝が見えてきた。行きたい方を心の中で想う。そして、滝から落ちた、
「ジェロニモ!」
オレの叫び声が、滝に響いた。