表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第6話 海とやま

 地獄のテストも終了し、夏休みに突入。

 私たちは予ねて計画していた旅行へ行く。行き先は豊原旅館。私のお祖母ちゃんの家兼旅館。綺麗な海のそばにある。毎年泳ぎに行くんだけど、今回は仲良し五人組みで行くことになった。

 最近、死神のちょっかいも無く平和な日々が続いている。羅刹さんは「冥界と人間界は時間の流れ方が違うからだと思う」って言ってた。そうなのかな。魔法の練習も続けていた。だいぶコントロールできるようになったけど、二百五十六種類のうち八つぐらいしかまだ使えない。もっと練習しなきゃ。

 何だかんだ言って旅行出発の当日になった。準備は万端。おニューの水着をバッグに詰め、いざ出発。お姉ちゃんと一緒に家を出た。

 お姉ちゃんは相変わらずのゴスロリファッション。見てるこっちが恥ずかしい・・・・・・・。


「おーい。葵ちゃーん。寧々ちゃーん」

 二人は既に駅に着いていた。大きなコロコロバッグを引っぱっている。

「弥生!如月お姉ちゃん」

 待ち合わせ時間までまだ二十分くらいあるけど、早めに来ちゃった。

「後はあすかちゃんね」

 寧々ちゃんが時計を見ながらキョロキョロしている。

「まだ時間あるからね。ゆっくり待ちましょう」

 お姉ちゃんがリーダシップを取っている。もう私だけのお姉ちゃんじゃなくて、みんなのお姉ちゃんになってる。ちょっと妬けちゃうな。

 ズボボボボボボボボボボボボ

 真っ赤なクルマが一台、私達が立っている駅の入り口の前に止まった。ドアが開き、降りて来たのは、あすかちゃん。夏らしい、薄手の白いワンピース。麦藁帽子がのピンクのリボンが可愛らしいワンポイント。

「えっ?私遅刻ですか?」

「まだ、約束の時間じゃないから大丈夫よ」

 お姉ちゃんがあすかちゃんの頭を撫でている。あすかちゃんはニコニコして嬉しそう。

「あすか。ほらバッグ」

 若い男の人がクルマのトランクからバックを降ろして、あすかちゃんへ渡した。あすかちゃんの彼氏さん?

「ありがとう。お兄ちゃん」

 ああ、お兄さんね。ジーンズにTシャツって凄いラフな格好している。

「皆さん紹介します。私の兄、潤です」

「妹がお世話になっています。兄の潤です」

「こちらこそ、私は三年の東條如月と申します。こちらは私の妹の・・・・・・」

「東條弥生です」

「あなたが、弥生さんですか。妹からよく話しを聞きますんで・・・・・・」

 うっ。何か恥ずかしいな。

「私は松平葵です。宜しくお願いします」

「葵先輩は演劇部の先輩なのよ」

「木下寧々です。宜しくお願いします」

「寧々先輩はソフトボール部のエースなんだよ」

 あすかちゃんが一生懸命私達をお兄さんへ紹介している。兄妹で仲いいんだね。

 葵と寧々の顔を覗く。やっぱり・・・・・・あすかちゃんのお兄さんを値踏みしているわ。ちなみに私の思った第一印象は・・・・・・あんまり冴えないなぁ。身なりにはあんまり、気を使っていないみたい。

 葵も寧々もニヤニヤしている。多分、私と一緒の考えね。

「では、妹を宜しくお願いします」

 あすかちゃんのお兄さん。潤さんはクルマに乗って、走り去った。

「あすかちゃんのお兄さんのクルマ、凄い形してるね。お空を飛びそうな羽付いてた」

「寧々先輩。良く見てますね。兄はクルマが好きなんです。車の為に働いているようなものです」

『弥生。聞こえるか?』

 羅刹さんだ。

「・・・・・・うん。聞こえる・・・・・・」

『あのクルマ。付く喪神が憑いている』

「つくもがみ?」

『そうだ注意しろ』

「付く喪神って何?」

『それは・・・・・・』

「さあ。行きましょうか?もうすぐ電車の時間よ」

 お姉ちゃんの声に、羅刹さんの声が、かき消された。

「はーい」

 お姉ちゃんが号令をかけた。みんな並んで歩く。生徒と引率の先生みたい。

「キヨスクでお弁当買いましょう。弥生は何にする?」

「私はサンドウィッチ。お姉ちゃんは?」

「私は・・・・・・ハンバーガーかな。葵ちゃんは?」

「私は名物イカリングメシ。美味しそう。寧々は」

「寧々はねー、焼きそば弁当。ここでしか買えないんだよ。あすかにゃんは?」

「私はスパゲッティカツカレー弁当にします」

 五人それぞれお弁当を買って、特急スーパー尾白鷲FURIKO283に乗り込む。目的の豊原駅までは、2時間ぐらい。

 走りだして一時間。みんなで、お弁当を食べた。美味しかった。でも、若い私達はお弁当だけじゃ足りないみたい。

「私、おやつ持って来ました。みんなで食べましょう」

 あすかちゃんがお菓子を出そうとバッグを取る。

「あれっ?お菓子・・・・・・やば、お兄ちゃんのクルマの中に忘れて来ちゃった」

「あすかちゃん。お菓子なら、車内販売で買えばいいわ」

 お姉ちゃんが財布を出そうとしている。さすが年長さん。

「違うんです。お菓子は水着を入れていたバッグなんです。水着もお兄ちゃんのクルマの中なんです」

 あすかちゃんが落ち込んでいく。

「どうしよう・・・・・・」

つられてみんな暗くなる。現地で水着買うとしても、高いのよね。しかもいいやつあるかな?水着って好みが分かれるから。

「そうだ。お兄ちゃんに言って旅館へ持ってきて貰おう。何とか今日中に届くから」

 あすかちゃんは携帯電話を取り出し電話をかけた。

「あっ。お兄ちゃん。あすかです。・・・・・・やっぱりあった。そう・・・・・・えっ?本当・・・・・・大丈夫?・・・・・・うん。わかりました。有難う、お兄ちゃん」

 ぴっ。っと言って電話を切った。

「どお?あすかちゃん」

 私はあすかちゃんの顔を覗き込む。

「お兄ちゃんが、『豊原旅館で私のバック持って待ってるから、ゆっくりおいで』って」

「良かったね。あすかちゃん」

 お姉ちゃんが笑顔で喜んでいる。あすかちゃんに笑顔が戻った。

「えっ?あすか。今、何か日本語がおかしくなかった?お兄さん、豊原旅館にいるの?」

 葵が不思議な顔をしている。そういえば、今のあすかちゃんの話、変だったような・・・・・・。

「さっき、お兄さんは瑠多加駅にあすかちゃんを送って来てたよね」

 うん。そうよね。

「どうして豊原旅館で待っている事が出来るの?」

 葵の疑問は私も一緒。

「どこでもドアとかあるのかな?寧々見てみたいよ」

「もしかして簡単な算数の問題じゃあないかしら?」

「お姉ちゃん。どう言う事。」

「私達はあと一時間で豊原駅に着くわね・・・・・・瑠多加駅から片道二百五十キロメートルを一時間で走るには、平均時速何キロで走れば良いでしょう?」

「はーい。寧々が答えまーす。平均時速二百五十キロだよ」

「寧々ちゃん。御名答!」

「あははははは。二百五十キロか・・・・・・」

「ありえないよね。あすかのお兄さん、間違ったんだよ。きっと」

 葵の言葉に、あすかちゃんが困ったような顔をしている。どうしたのかな?

「あすか。どうしたの?」

「あの・・・・・・お兄ちゃん、兄なら本当に二百五十キロ以上で走ります。時速三百キロを平気で出す人ですから・・・・・・頭オカシイんですよ。兄は」

 ま、まさかね・・・・・・本当だとしたら、尋常じゃないわ。

 私達一同、きょとん顔。

「まあ、旅館に着けばハッキリするわね」

 私の一言にみんな我に帰る。

「赤は三倍のスピードが出るんだよ。お父さんが言ってた」

 寧々の一言に皆が嘆息する。だから赤いヤツ違いだよ。寧々。二回目は笑えないわ・・・・・・。

「ねえ、あすかちゃん。あすかちゃんのお兄さんって・・・・・・彼女さんとかいるの?」

「ええっ?お姉ちゃんどうしたの?」

 お姉ちゃんが衝撃発言。

「まさか?如月お姉ちゃん・・・・・・」

「あすかちゃんのお兄さんの事・・・・・・」

 お姉ちゃんは俯いて顔を真っ赤にしている。これは間違いない。

「はい。いないです。断言できます」

「そう。良かった」

「あれあれ?如月お姉ちゃん。潤お兄さんの事気になるの?」

 寧々ちゃんがお姉ちゃんを人差し指でつんつん突っついている。お姉ちゃんは顔を真っ赤にして俯いている。

 お姉ちゃん。本気みたいね。潤さんに一目惚れしたかな。

「まさか?お兄ちゃんを・・・・・・やめた方がいいです。如月先輩とは釣り合わないと思います。如月先輩みたいな素敵な人とは・・・・・・」

 何か甘酢っぱい事件が起きそうな気配がした。

 


「しょうがないな、あすかの為だ・・・・・・」

 俺は明日香のバッグを持って家を出た。家の裏に有るがレジに入る。

「久しぶりの連休だったけど、あすかに一日、くれてやるか」

 ガレージから車を出して、一路、豊原旅館を目指す。彼の地は地図で確認済みだ。道に迷わず行ける。 ナビなんて物は『軽量化』の為に付けてないぜ。頼るのは脳内慣性航法装置だ。

「さあ、行こうか・・・・・・楽しいドライブへ」

 俺はアクセルを床まで踏み込んだ。



 旅館に到着。疲れたな。

 みんなで駐車場を覗くと・・・・・・。

「あっ!お兄ちゃんのクルマだ・・・・・・」

 あすかちゃんの言う方を見ると・・・・・・あった。今朝駅にあすかちゃんを送ってきたクルマが、確かにある。

「本当に二百五十キロだしたんだね」

「寧々。平均二百五十キロだから、市街地やカーブでスピードが落ちるって考えると、瞬間的にはもっと速く走らないと・・・・・・」

 「はい。兄は新幹線のぞみより速く走れるって豪語してました・・・・・・」

 私たちはぞっとした。冷静に考えて、妹の水着を命掛けで届けた事になるのかな。凄く妹思いのお兄さんではあるけど・・・・・・。

 みんなでホテルの旅館のロビーへ行く。

「おばあちゃん!」

「いやいやいや。よく来たね。如月。弥生」

「お世話になります」

「めんこいお嬢さんたち。いらっしゃい」

 おばちゃん。元気で何よりだわ。

「そういえば、風間あすかさんはどちらの方?」

「はい。私です」

「これ。お兄さんから」

 あすかちゃんのバッグ。やっぱり着いてたんだ。

「あの・・・・・・兄は、何処にいますか?」

 そういえば姿が見えない。潤さんはどこかな?

「裏の納屋で、うちのトラクター修理してるのよ。トラクター壊れちゃって、農作業できなくなったって、風間さんに言ったら修理してくれるって」

「そうですか。皆さん。兄なら大丈夫です。ほっといても、一日中修理してます。着替えて海に行きましょう」

 私達は部屋へ行く。海が一望できる綺麗な部屋。おばあちゃんが気を使ってくれた。

「綺麗な砂浜だね」

 寧々ちゃんがベランダから乗り出して、砂浜を見ている。

「さあ着替えて、砂浜へ行きましょう。一時間ぐらいは泳げるわ」

 お姉ちゃんの号令で皆、水着に着替え始めた。皆、可愛い水着。着替えたら、パラソルや、イルカの浮き袋、水鉄砲やらデジカメやら両手いっぱいに荷物を抱え、ビーチへ出た。

 ビーチに到着。天気も良くて気分最高。準備体操をして、海に飛び込む。冷たくて気持ちいい。

 私達は夕方までの短い時間ながら、目いっぱい遊んだ。


 ビーチから旅館へ戻る。ちょっと寒くなってきたな。お日様が傾いて来た。私達は水着の上にパーカーや、トレーナを着る。お腹もすいたな。

 タンタンタンタンタンタンタン!

「おーい。あすか!」

「あっ。お兄ちゃん」

 あすかちゃんのお兄ちゃん。潤さんがトラクターに乗って旅館に向って走っている。

「お兄ちゃん。どうしたの?」

「おう。トラクターの修理が終わったんで、試運転してたんだ。カッコイイだろ!オレのジョンディアオープンカー」

 潤さんが走っているトラクターから飛び降りた。

 タンタンタンタンタンタンタン!

 トラクターが無人で走る。危ないなぁ。潤さんはトラクターの後ろから走って追いかけている。トラクターって無人で走るの?初めてみた。潤さんのパフォーマンスに皆、呆気に取られている。

「とう!」

 潤さんはジャンプしてトラクターへ飛び乗る。完全におもちゃ扱いだわ。すごいね。

 ぱちぱちぱち。

「すっごーい」

 手を叩いて喜んでいるのは、お姉ちゃん。


 五人で並んで歩く。旅館まで歩いて五分。私たちはどんな時でもお喋りは欠かさない。

「ねえ。寧々。小次郎君はどうしたの?」

 葵がニヤニヤしながら、寧々に擦り寄って行く。そっとしといてあげれば良いのに。

「小次郎君は、剣道部の合宿に行ってるよ。来週帰って来るんだよ。帰ってきたら一緒にジュラシックパークへ遊びに行くんだよ」

 おっと。寧々はいつの間にか小次郎君と親密になってたみたい。やるわね。この娘。

「寧々ちゃんは小次郎君とお付き合いしてるのね。いいなぁ」

 お姉ちゃんの突っ込みに寧々は顔を真っ赤にして、ほっぺをぷーっと膨らましている。

「如月お姉ちゃん。この事は内緒だよ。特にソフト部の人たちには!」

「わかったわ。寧々ちゃん」

 ブロロロロロロロロロロロ。

 歩道を歩く私たちの隣に紫色のクルマが近寄って来た。運転席の窓が開き、男が顔を出した。

「羅刹天様こんな所にいらしたのですね。さあ、勝負しましょう」

 運転席の人どこかで・・・・・・あれは!死神。何で?・・・・・・私が酷く狼狽している前で、死神は車を降りて来た。しかも、変な車・・・・・・大きな羽が後ろに付いていて、雰囲気は潤さんのクルマに似ている。

「そんなに驚かないで下さい。死神ですが、普段は人間として生きています。戸籍も選挙権もあります。 そして、勤労と納税の義務も果たしています」

「羅刹さん。死神が・・・・・・」

 私は小声で羅刹さんを呼ぶ。冷や汗が出てきた。ここで戦ったら、皆、巻き込んじゃう。

「おい、女相手に勝負って何だよ?あんたの相手はこの俺だろう!」

 突然大きな声がした。潤さんだ。潤さんがクルマの運転席の前に立つ死神に向かって話している。

「スカイラインGT‐Rか。安定しないアイドリング。バルブのオーバーラップを大きく取っているな。 バンパーの中に見えるインタークーラー。ボンネットの廃熱ダクト。どう見ても、七百馬力はあるだろう。程ほどの車高。大きく付いたフロントのキャンバー。ショルダーの削れたタイヤ。峠を攻める走り屋だな。あんた」

 潤さんが死神に話しかけている。潤さんは死神の正体を知らない。私はハラハラドキドキしている。

 ガチャッと運転席のドアが開いた。運転していた死神が降りてきた。Tシャツにジーンズって、潤さんと同じファッション。ファッションって言えないくらい貧相な格好。

「お前も走り屋か?車の外見で仕様が解るとは相当の走り屋だな」

 腕を組み、仁王立ちしている潤さん。あれ?潤さん。今までと雰囲気違うけど。何か随分と勇ましい。冴えない感じは何処かに行ってしまった。

「オレとバトルする気か?オレの最強のGT‐Rと」

「走り屋ならスピードで語れ!」 

「いいだろう。場所と時間は?」

「明日、豊原峠の入り口。(やま)で勝負だ!二十一時スタートだ」

「お兄ちゃん!よしなさいよ」

「そうです。危ないですわ」

 潤さんは死神を睨んだまま、話す。死神は何かキャラが変わってない?こんな喋り方しなかったけど。

「あすか!走り屋は、クルマで挑まれた勝負は絶対に引かないんだ」

「お兄ちゃん!何言ってんだか全然わかんない」

 私も潤さんの言う事が理解できない。

「峠を(やま)と言うとは、本物の走り屋だな。走り屋なんて、もう絶滅したと思っていたが、こんな所で会えるとはな。」

「そうだな。俺のテールランプを拝ませてやる!」

 不意に死神は私の方を向いた。

「羅刹天様。あなたの代わりに、この若者が戦うと言うんですね。良いでしょう。受けて立ちますよ」

 死神はクルマに乗り込んだ。そして紫色の車は走り去っていった。

 潤さんは・・・・・・えっ?笑っている?鋭い目つきだけど、口元はニッってしてる。どうして私のそばに来る男って、瞬間湯沸かし器みたいな人ばっかりなんだろう。

「楽しくなってきたぜ」

 潤さんは携帯電話を取る出し、どこかへ電話し出した。

「ああ、とっつあん。潤だけど、お願いがあるんだ……ファイナル4.7のワンウエイLSDとスーパー ソフトコンパウンドのSタイヤ送ってくれないかな。豊原旅館まで。明日……うん。有り難う。恩に着るよ」

 潤さんは何かの準備を始めた。

 これは甘酸っぱい事件じゃなくて、道路交通法違反が起きそうな予感。いや絶対起きるわ。



 待ちに待った夕食。豪華な食事がテーブルに並ぶ。私たち五人はうっとりと料理を眺めている。寧々はケータイで写真を撮っている。「小次郎君に送ろう」とか言って。私たちは料理に舌鼓を打っていた。

「ところであすかちゃん。潤さんは今日帰るの?」

 お姉ちゃんはやっぱり潤さんの事が気になるのね。お姉ちゃん、頑張れ。

「兄は今日、泊まるそうです。何でもトラクター修理してくれたお礼で、タダだとか」

「じゃあ今晩は旅館にいるのね」

「ええ。明日、峠でバトルするから今日は徹夜でクルマを整備すると思います。いつもそうだから」

 お姉ちゃんがニコッと微笑んだ。あれは嬉しいニコッではなくて、なにかいい事思いつたのニコッだ。 間違いないわ。私は思い切ってお姉ちゃんに聞いてみた。

「お姉ちゃん。もしかして潤さんにアタックするの?」

「そうよ。あすかちゃんのお兄さん、優しくて素敵じゃない。最近見ないタイプの男性ね」

 皆の箸を動かす手が止まり、お姉ちゃんを凝視する。

「如月お姉ちゃん。やっぱり潤さんの事好きなんだね」

 寧々がストレートにお姉ちゃんの気持ちを言う。お姉ちゃんは顔を真っ赤にしてしまった。

「そうですか。遂に如月お姉ちゃんにも春がきたか。何?何?一目惚れ?どうなの如月お姉ちゃん」

 葵が囃し立てている。お姉ちゃんは真っ赤にした顔のほっぺに両手を当てて、「いやん」と首を振る。 こんな可愛いお姉ちゃんをみたのは初めてだ。

「もう。皆からからかわないで」

 皆ここぞとばかりに、お姉ちゃんをからかっている。でも何か、あすかちゃんだけはこの話に乗って来ない。

 私はあすかちゃんに違和感を感じたけど、深く考える事はしなかった。こうして楽しい夕食は進んで行った。



 夕食が終わり、部屋で寛ぐ。綺麗なお風呂は気持ちよかった。布団の上でゴロゴロしていた時だった。

『弥生。頼みがある。身体を貸してくれ。行きたい場所がある』

 突然、羅刹さんが話しかけて来た。

「行きたい場所?こんな夜に?」

『ああ』

 オレは駐車場へ向った。あすかの兄さんのクルマの所へ。

 赤いクルマがあった。オレはクルマの前に行き、歩みを止めた。このクルマに憑いている付くも神の存在がハッキリわかった。知っている。この付くも神の正体を。

 オレはクルマの前で方膝を付き、頭を下げる。

『お久しぶりです。閣下。このような姿になられいるとは』

「ほう。羅刹天か・・・・・・久しいのう。我はもはや・・・・・・・閣下では無いが・・・・・・」

「クルマが喋ったわ!」

『韋駄天様が人間界で付く喪神とは・・・・・・』

「羅刹天も命を落としたようだな。このような美しい娘に憑いているとは羨ましいな。その娘は摩耶姫にそっくしだな」

『まあ、これには事情がありまして』

「よいよい。もう関係ない。終わったんだ。韋駄天と羅刹天の戦争は。終わったんだよ。もう我に敬意を払う必要も無い」

『はい・・・・・・』

「達者でな。その少女を護ってやれ」

『はい韋駄天様も』

 オレは旅館の部屋へ戻ろうとした。振り返るとそこに死神が立っていた。夕方の格好のまま。妖気を抑えていたのか、気付かなかった。

「韋駄天様と羅刹天様が居られるとは」

『死神、何用だ。ここでやるつもりではあるまいな』

 オレは死神を睨む。死神は視線を切り、ふっと笑う。

「私は普段、人間として生きています。今は人間です。この姿で、死神の業は使えません。したがって羅刹天様と刃を交える事も出来ません。それに今回の私の相手はあの若者です。」

『なら、何のようだ』

「ご挨拶に来ました。というのは嘘で、敵情視察ですよ。明日、バトルする相手はどんなクルマか見に来ました。驚きですよ、韋駄天様が付く喪神として宿っていたとは、強敵ですね。簡単には勝たせてくれないようですね」

 不思議な事に死神から邪気が感じられない。本当に見にきただけなのか?

『褒めてくれて有り難うよ。だがこの韋駄天。今はただの付くも神で、潤に何かしてやれる事も出来ん。また手を貸す気も邪魔する気もない。潤に失礼だからな。存分に戦えよ。我が言うのもなんだが、潤は武士(もののふ)だ』

「はい、全力で戦います」

 死神は紫のクルマに乗って帰ろうとした。

「待って!死神・・・・・・さん」

 弥生が出てきた。死神に言いたい事があるんだろう。

「これはお嬢さんの方ですか?」

 死神が私向かって、頭を下げた。何か調子狂うわよ。

「お願いがあるの!私たちをそっとしておいて下さい。私は大切な肉親や友達と別れたくありません」

 私は自分の思いをストレートに死神へ伝えた。これでどうにかなるとは思えないけど。死神は腕を組んで考え込んでいる。交渉の余地ありかな・・・・・・。

「これまで一ヶ月間死神があなたたちを襲わなかった理由が二つあります。一つ目はあなたたちの力が、思いのほか強大で、死神たちも簡単に手を出せなくなった事。二つ目は私が、死神の手出しを止めていました」

 何ですって?

 何だと?

 オレと弥生は同時に驚いた。

『何故、お前が止めていた。オレたちの魂が欲しいんじゃないのか?コレクターズ・アイテムなんだろ』

 オレは死神に問う。この死神の中で何があったんだ。この心変わりは?

「確かに、あなたたちの魂は貴重品です。それは冥界のブタ共の事であって私には関係ありません。それよりも、生きている魂のほうが美しいと思います。この一ヶ月、あなたたちを見ていました。自分の事より、友人、肉親の為に力を尽くすのは素晴らしい。見とれてしまいましたよ。さっきの若者もそうです。彼と走るのは楽しみです」

 こいつ死神のクセに、何言ってんだ。それは死神の倫理には反するのではないか?

『そうだな羅刹天。貴公も魅せられてしまったんだろ。我と一緒で・・・・・・人の絆に』

 韋駄天様・・・・・・。韋駄天様の言葉でオレは気付いた。そうだ、だから、弥生たちを護ったんだ。これは明確な信念として、オレの心に刻まれた。

「羅刹天様、船頭との約束の期限はあと一ヶ月。私も死神たちを抑える努力はしますが、私より強力な輩が動きだしました。気を付けて下さい。最後に韋駄天様。私が勝利した時は最速の称号を頂きたいのですが」

『よかろう。お前はそれが望みなんだろ』

「そうです・・・・・・何故か今はその、最速の称号が欲しいですね。羅刹天の魂は興味が無くなるくらいに」

 死神はクルマに乗って走り去った。オレは旅館へ向かって歩き出した。その途中で、弥生に変わる。

「何か変な事になっちゃたわね」

『ああ』

「潤さんはいいの?死神と勝負させても・・・・・・私、心配だわ」

『まあ。オレも心配だけど、男同士の勝負だ。割って入る訳には行かない。それが礼儀だからな』

「私には理解できないわ」

 まあ、そうだろうな、男のくだらない尊厳かもな。

 オレは旅館の玄関に辿り着いた。弥生が不意に話かけて来た。

「さっきのクルマの中の人は知り合い」

『そうだ。古い知り合いだよ』

 旅館の玄関に有った、大きな鏡に向かって話す。オレは、昔を思い出していた。いい思い出ではない。

「あの人は、偉い人だったの?膝付いていたもの」

『そうだ。オレの師だよ。そして、オレが殺した』

「えっ?どうして?師匠さんでしょ。何があったの」

「弥生。それが戦争だ。戦争なんだ」

 ああ・・・・・・私が聞いちゃイケナイ事だったかな?やな事思い出させたかな。羅刹さんって私達とは全然違う人生だったんだね。

「ごめんなさい。羅刹さん。嫌な事を思い出させた見たい。軽々しく聞いちゃいけなかった」

『いいんだ。もう終わった事だから。弥生は優しいな。オレが人間だったら惚れていたと思うぞ』

「お世辞でも嬉しいわ。有難う」

『オレの用事はすんだよ。緊急事態以外は、もう表に出ないから、旅行を楽むんだ。友達のためにもな。死神はたぶんもう大丈夫だ。潤がやっつけるだろう』

「うん。有難う。でも・・・・・・気になる事が有るんだけど、聞いていいかな?また、やな事思い出させるかも知れないけど」

 もうこの際だ、弥生には何を聞かれても良いと思った。たぶん、摩耶姫の事だろう。

『いいぜ』

「摩耶姫って誰?私に似てるの?」

『そうだな、似てるよ。忘れもしないあの美しい姿は』

「どんな人?羅刹さんの彼女?」

『オレが若い時、仕えていた姫様だよ。姫様も戦争で犠牲となったんだ。若い頃のオレとしては、凄く悲しかったよ』

「ごめんね。最後に、その姫様って美人だったの?」

『ははは、そうだな、美人だったと言っておくよ。弥生はその美人の姫様そっくりだと思う。性格は全然違うけどな』

「そっか。美人で、私は似ているのか。」

『そうだな・・・・・・』

 オレはそれだけ言って引っ込んだ。



 私は旅館の部屋に戻った。

「弥生。ウノやろう。ウノ」

「そうね、やろう、やろう」

「私はちょっと行く所があるから」

 如月は浴衣姿で、部屋を抜け出し、自販機でジュースを二本買った。母屋から離れた納屋へ向った。納屋からは明かりが漏れている。納屋の中からカチャカチャと音が聞こえる。

 私は納屋の扉を少し開け中を覗く。潤さんが機械を直している。 

 私は音を立てないよう、静かに扉を開け、抜き足、差し足で潤さんの背後へ近づく。潤さんは、機械に夢中で、私に気付いていないみたい。

「わっ!」

「うああああ!」

 潤さんがびっくりしている。凄くびっくりしている。

「ごめんさない。こんなに驚くとは思ってませんでした」

「ああ、いや、大丈夫だよ。えーっと、お姉さんだっけ」

「結城如月です」

 私はあらためて、自己紹介した。潤さんは私の方へ向き直る。ちょっとドキッとした。

「俺は、風間潤。宜しく」

 納屋に二人っきり・・・・・・・緊張してきたわ。私は買ってきたジュースを渡す。

「休憩、どうですか?」

「ああ、有難う。頂きます。椅子どうぞ」

 二人でジュースを飲む。何か話さないと。折角勇気を出して来て見たんだけど。うーん男の人・・・・・・緊張するな。

「あの、どうやって一時間でついたんですか?あすかちゃんが電話を掛けた時、瑠多加町に居たんですか?」

 私は昼の出来事を聞いた。

「そうですよ。瑠多加町の自宅に居ました。そこからクルマで走って一時間で付きました」

「何キロ出したんですか」

「俺のクルマのスピードメーターは三百キロしかメモリが無いんで・・・・・・針が振り切ったら何キロ出てるかわからないんだ」

 や、やっぱり・・・・・・この人信じられない。

「クルマってそんなにスピードでるの?」

「うん。普通は出ないよ。俺が出るように作ったんだ」

「そんなにスピード出して怖くないんですか?」

 私だったらそんなスピード怖い。死んじゃうわ。

「うーん。まあ、どっちかって言うと楽しいかな。俺はスピード狂なんだよ多分。それに男だから危ない遊びとか好きなんだよ。ほら、小さい男の子は危ない事したがるだろ」

 そうね・・・・・・男の子って危ない事したがるもの。

「あんまりスピード出さないで下さい。もし潤さんに何かあったら、悲しむ人が居るから・・・・・・」

「あすかの事かい?まあ、そうだね。注意するよ」

 あすかちゃんだけじゃないんだけどなぁ・・・・・・。

「何をなさっているんですか?」

「これはショックアブソーバーといってクルマの部品なんだ。役目は色々あるんだけど、今回あすかにバッグを届ける為、高速道路を走る仕様だったんだけど、峠を走る仕様へ変更しているんだ」

 なんの事言ってるかさっぱり。

「そのショックアブソーバーを換えるとどうなるんですか?」

「そうだね、タイヤが路面の凹凸にちゃんと追従出来るようになるのと、カーブが多い峠道で、荷重移動が出来るようになるんだ。高速道路と峠道じゃ、道路の舗装も全然違うからね。あと、ショックアブソーバーじゃないけど、キャスター角やキャンバー角、車高も変更するんだ」

 クルマに関してはちんぷんかんぷんだわ。私が困った顔をしているのが潤さんに伝わったみたい。

「如月さんごめんね。キャスター角とかキャンバー角とか言ってもわからないよね。あすかもそうなんだ……逆に俺は女の子のお洒落とか全然ダメで、あすかにプレゼントせがまれても、何買ったら良いかわかんなくて、お金渡して『好きなもの買いなよ』ってやっちゃうんだ。本当は俺に選んで欲しい見たいだけど。ダメな兄貴だな俺は」

 潤さんは悩んでいるようだけど。

 でも、兄妹で仲が良いみたい。微笑ましいけど妬けちゃうわ。

「さっきの紫色の車も速いんですか?」

 私は何とか潤さんと会話したかった。潤さんが話せる話題を頑張って振る。健気な私。

「ああ。速い、凄く速いよ。あのクルマ。スカイラインGT‐R。BNR‐34後期型。紫色は正確にはミッドナイトパープルⅡって色なんだ。相手にとって不足はないね!」

「潤さんのクルマはなんて言うんですか?何かクルマにしてはへんな形」

 頑張れ私!何とか会話を繋いで、潤さんの気持ちを引き止めないと!

「いい質問ですね。俺のクルマはRX‐7。FD‐3SⅣ型。ヴィンテージレッドって色だよ。ブリッジポートチューン。シングルタービン仕様。オーバー五百馬力のモンスターマシーンさ」

 潤さんのが明るい表情で話す。クルマが好きなんだ。

「RX‐7とGT‐Rは昔から宿命のライバルなんだ。だから、RX‐7乗りとして絶対に負けられない!」

 潤さんが私の目の前に迫る。これ以上迫られたらどうしよう。拒める自信がないわ。でもそれは思い過しでした。

「今日中にこの部品をクルマに取り付けて、明日、試運転兼、レッキ・・・・・・じゃなくてコースの下見に行くんだ」

 わあ・・・・・・どうしよう。私も一緒に行きたいな。連れって行ってくれないかな・・・・・・潤さんの事だから、こっちから言わないと気づいてくれない。ここは勇気を出して・・・・・・ええい!

「わ、私も一緒に行っていいですか?」

 言っちゃった・・・・・・恥ずかしい・・・・・・私は自分で顔が赤くなるのがわかった。

「いいよ別に、二人は乗れるし。エアコンだけは付いてるから」

「あ、有り難う御座います。楽しみにしてます」

 やった。嬉しい。私は心の中でガッツポーズをした。

「如月さん。俺はこれから外でクルマをバラすからもう皆の所へ戻った方がいいよ」

 私は真っ赤かの顔で潤さんを見る。嬉しいやら、恥ずかしいやら、緊張やら、もうぐちゃぐちゃ。

 でも・・・・・・潤さんって話していると、フツーの人なんだね。そんな命懸けでクルマを運転する人に見えないんだけどなぁ。

「わかりました。明日お願いします」

 私は部屋へ戻った。小躍りして、スキップして。こんな気持ちになったの初めてだわ。なんか楽しい。

「ただいま!」

 私は元気良く、襖を開いた。そこに居たのは、顔にいたずら書きを一杯書いたみんな。

「どうしたの?その顔?」

 お姉ちゃんが不思議そうな顔をして私たちを見ている。

「ウノで負けたら罰として顔にサインペンでバッテンを書くって・・・・・・そしたらこんなんなっちゃった」

「そう。明日も思いっきり遊ぶんでしょ。もう寝ましょうか」

 皆、目が点になった。お姉ちゃんはニコニコしながら布団に入る。何か、いい事あったんでしょ?お姉ちゃん。

 私たちはお姉ちゃんの言う通り、布団に入ってねた。ぐうぐう。

 


 翌日。朝からぴーかんの天気。良かった。晴れると気分がいいね。もう気温は随分高い。さあ、今日も泳ぐよ。朝のお勤めをちゃっちゃと済ませて。水着を着る。皆、準備出来たかな?あれ?

「如月お姉ちゃん。どうしたの?その格好」

「すごーい!かわいいね。如月お姉ちゃん」

 葵と寧々がお姉ちゃんの姿を見て目を丸くしている。お姉ちゃんは・・・・・・メイドさんになっていた。

『如月のメイド姿を見られるとは・・・・・・冥土の土産になるな』

 羅刹さんの駄洒落は無視ね。それに羅刹さんが冥土って言うのは洒落にならないから。

「お姉ちゃんそんな格好してどこ行くの?」

「実は、潤さんとドライブに行くことになったの。誘われちゃった」

 お姉ちゃんは頬を赤らめ、もじもじしている。とっても嬉しそう。

「兄が、如月さんを誘ったんですか?ありえないです。それは大変な事です。雪が降ります」

 一番驚いているのは、あすかちゃんだ。雪が降るなんて、お姉ちゃんに対して凄いこと言ってる。

「ああっ!わかった。如月お姉ちゃんの方から誘ったんでしょ?」

 葵が閃いた。お姉ちゃんそうなの?

「ちっ!鋭いわね。葵ちゃん。そうよ!私から誘ったのよ。ここが勝負処よ!積極的にアタックした人の勝ちだわ!」

「だからそんな格好してんだ。メイド服なんて」

「ごめんなさい如月お姉さん。兄は・・・・・・メイド服に興味ないと思います。ブラウスとワンピースの違いもわからない人ですから。クルマは音を聞いただけで、車種やメーカーがわかるのに」

 ううっ!あすかちゃんの強烈な一言。皆、気を使って「メイド服はやめた方がいいよ。潤さんが引くよ」って誰も言わない。あすかちゃんはストレートに普通がいいよって言っている。

「ふふふ。そんな事は、想定の範囲内よ。本当の勝負はこっちよ!」

 お姉ちゃんは不敵に笑い、長いスカートを自分で捲くりあげた。ぶわっと。見えたものは・・・・・・お姉ちゃん。さすがにそれは引くわ。大体なんでそんな下着もって来てるのよ。ほうら、皆、無言になった。

「如月お姉さん。美人で、冷静沈着で、頭脳明晰で、生徒会長で、皆が憧れている如月お姉さんが壊れて行く。私見たくない」

 あすかちゃんが私に抱きついて来た。ショックだったんだよね。

「あすかちゃん。寧々には如月お姉ちゃんの気持ちわかるよ。女の子はねえ、好きな男の人の為なら、何でもするの。お弁当作ったり、コスプレしたり、会社のお金横領したり」

「寧々!最後のは犯罪だからダメよ」

 寧々も激しく勘違いしていた。この人達、大丈夫かな。

「じゃあ。私たちだけで、泳ぎに行きましょう。如月お姉ちゃん。健闘を祈ります」

 私たちはお姉ちゃんを置いて、ビーチヘ向かった。


 私はメイド服のスカートを翻しながら、潤さんのクルマがある駐車場へ向かった。

朝おばあちゃんと一緒に作ったお弁当を入れたバスケットを持って。おばあちゃん、手伝ってくれて有り難う。駐車場には既に潤さんが居た。クルマのドアを開けて準備をしている。

潤さんに朝の挨拶をする前に顔の準備運動。最高の笑顔を作らなきゃ。鏡でチェック。ん?前髪も気になるなぁ。と、こんな事している場合じゃない。遅刻しちゃう。私は小走りで駐車場へ行く。メイドのブーツって走りにくい。

「おはよう御座います潤さん」

 私は潤さんに笑顔で挨拶をした。潤さんを見てるとハートがドキドキする。あすかちゃんがいるおかげで、《風間さん》じゃなくて、《潤さん》って名前で呼べる。苗字で呼ぶと兄妹どっちかわからないもの。なんか得した気分。潤さんも私の事《如月さん》って呼んでくれる。妹の弥生がいるから、同じように苗字じゃわかりにくい。私と潤さん、二人の仲が一気に進展した感じ。有難う。妹たちよ。

「ああ。おはよう如月さん・・・・・・可愛いね。その服」

「あ、有り難う御座います」

 や、やった!嬉しい。可愛いって、潤さんが。見たか小娘ども、潤さんだって可愛い人は可愛いって思うのよ。録音して皆に聞かせてあげたかった!

「じゃあ行こうか。付き合ってくれて有り難う」

「いいえ・・・・・・こちらこそ乗せてくれて有難うございます」

 私は助手席のドアを開けた・・・・・・問題発生。このクルマ、どうやって乗るの?どうしてクルマの中にジャングルジムがあるの?私はドアを開け、考え込んでしまった。ところで、これは本当にクルマ?良く見るとタイヤが四つある以外はクルマに見えない。

「ごめん、ごめん。このクルマ、ロールケージ組んでるから、乗りづらいんだ。」

 潤さんが私が乗り込むのを手伝ってくれた。ジャングルジムをくぐって、お尻をシートに納める。潤さんが私の足を持って、クルマに押し込んでくれた。長いスカートで良かった。勝負下着が見えちゃう。潤さんがシートベルトを締めてくれた。腰と両肩。ベルトを締めるというか、クルマの椅子に縛りつけられた感じ。ふわふわのスカートの裾を折りたたんでドアを閉めてもらった。車内はとっても狭い。椅子が身体をガッチリ固定して身動き出来ない。ジャングルジムとかあって、車内でイチャラブなんて絶対に無理。少し残念。

 クルマに乗るだけでイベントが発生するなんて。この先どうなるのかしら?

「じゃあ行こうか」

 潤さんが運転席に座りエンジンを掛けた。運転席が凄い。

「いっぱいメーターが付いてますね・・・・・・・・」

 潤さんが逡巡して・・・・・・

「これが油温計。これが油圧計。これが水温計。これがブースト計。これが吸気温度計。これが加速度計」

 多分、潤さんは、私には理解出来ないと知ってて、丁寧に説明してくれている。

「如月さん。俺と会話が出来るようにいろいろ気を使ってくれて有難う」

クルマはするする動き、駐車場を出た。一路豊原峠を目指す。

 


 私たち四人は海でひなたぼっこ。小麦色になるんだ。四人並んで寝ている。葵、弥生、私、あすかちゃん。川の字になって。あっ、一本多いか。

「弥生先輩・・・・・・私。ごめんなさい」

 突然、あすかちゃんが泣き出した。突然の事に皆、驚いている。

「どうしたの?あすかちゃん」

 私はあすかちゃんを抱いて頭を撫でる。

「えっ、えっ、私・・・・・・如月お姉さんに謝りたいです・・・・・・」

「謝りたいってどうしたの?あすか」

 葵も心配して、あすかを覗き込む。あすかちゃんは泣き止まない。本当にどうしたの。

「あすかちゃん。私に話してくれない。力になるから」

「私、如月お姉さんに酷いこと言っちゃいました。お兄ちゃんは如月お姉さんの事気にしてないとか、メイド服似合わないとか・・・・・・酷い事言っちゃいました」

「あすかちゃん。そんな事気にしなくていいわ。お姉ちゃんは気にしてないから」

「違うんです。私・・・・・・お兄ちゃんを取られたくないんです。このままじゃ嫌な子になってお兄ちゃんにも嫌われちゃう。そんなの嫌・・・・・・」

 あすかちゃん。苦しいんだね。でもあすかちゃんは一人じゃないんだから・・・・・・大丈夫だよ。

「あすかちゃんはお姉ちゃんの事どう思うの?嫌い?」

「嫌いじゃないです。好きです。尊敬してます。」

 良かった。それなら、まだ仲直り出来るわ。

「あすか。心配する事ないよ。お兄さんは絶対に取られないから。いくら如月お姉ちゃんでもね。絶対の理由わかる?」

 葵があすかの横であすかを励ます。

「そうだよあすかちゃん。恋人は破局して別れることも有るけど、兄妹は死んでも兄妹なんだよ。寧々は一人っ子だからあすかちゃんが羨ましいよ。だからお兄さんが取られるなんて気にしなくていいんだよ」

「そうだよ、あすかちゃん。お姉ちゃんはあすかちゃんの兄妹を裂く事なんてしないから・・・・・・逆に、お姉ちゃんは潤さんをあすかちゃんから自分に振り向かせようと必死なって、悩んでいると思うの。だからあんな格好して・・・・・・お姉ちゃんの気持ちもわかってあげてね」

「はい。皆さん。ごめんなさい。楽しい旅行なのに、私のせいで」

「だから、あすか、気にしなくていいんだって。これだって思い出になるから」

 葵の言う通りだわ。酸いも甘いもいい思い出。そうだ。

「あすかちゃん。一緒に泳ごう。あの人呼ぶから」

「あの人って・・・・・・まさか」

 私はあすかちゃんの手を引き、海へ入った。

「羅刹さん。出てきてよ。あすかちゃん。待ってるよ」

 私は羅刹さんを呼び出した。あすかちゃんの元気が出るように。

『おー。どうした、どうした?』

「あっ、羅刹さん。会いたかったわ」

 あすかはオレに抱きついて来た。相変わらず抱き心地いい。それに女の子たちは水着を着ている。素晴らしい眺めだ。

「弥生先輩はずるいです。羅刹さんといつも一緒だから・・・・・・」

『あすか。潜るよ』

 オレはあすかを抱いたまま、海に潜った。綺麗だな。こうして人間として生きている事も悪くない。と言うか、全然楽しい。あの時、弥生を助けた事は間違っていなかったと思う。

 オレは初めて『生きてみたい』と思った。



 バイイイイイーン!フォン!フォン!

 私たちは豊原峠をドライブしている。あすかちゃんの話だと、潤さんは凄く飛ばす人って聞いたけど、今は安全運転している。たぶん私を気遣ってだと思う。私って乗りものは得意じゃない。お父さんの運転はすぐに気持ち悪くなるんだけど、潤さんは全然平気。緊張のせいも有るけど、潤さんの運転が上手いからだね。だって、クルマがガックンガックンしないもの。

 潤さんは忙しくハンドルやら、レバーやら、ペダルを忙しく操っている。クルマの運転ってこんなに大変だっけ。お父さんのクルマとは何もかにも違う。話かけようとしたけど、潤さんの真剣な顔を見て、話かけられなくなちゃった。

「如月さん。頂上に着いた。休憩しようか」

 潤さんは頂上のパーキングにクルマを止めた。案の定、私はクルマから降りられない。私がもたもたしていると潤さんが助けに来てくれた。

「どっこいしょ」

 わ、わ、潤さんは私を抱き上げてクルマから出してくれた。お姫様抱っこされた。

「ごめんね。このクルマ、ひとが乗ってドライブするように作っていないから。クルマの改造も行き着く所に行けば、人が乗れなくなるんだ」

 いいえ。そのお蔭で、憧れのお姫様抱っこの夢が叶いました。

 パーキングの横に綺麗な芝があった。家族連れが遊んでいた。私は持ってきたレジャーシートを敷いてお弁当を出した。

「潤さん。お弁当食べましょう」

「有り難う。ぜひ頂くよ」

 おむすびは会心の出来。どうかな?おにぎりをほお張っている潤さんをまじまじと見つめる。

「美味い・・・・・・」

 やった!有難う潤さん!私は心の中で、二回目のガッツポーズ。

 でも・・・・・・傍から見ると、Tシャツの男の人とメイドがレジャーシートでおむすびをたべてるって、なんか変・・・・・・。

「ところで如月さん」

「は、はい!」

 潤さんは改まって、私に向く。も、もしや・・・・・・。

 潤さんは私に白い思いを告げるのでは?私のハートは早鐘を打つ。もう早鐘を通り越して、目覚まし時計。顔が熱い。

「その可愛い服、珍しいね・・・・・・自分で作ったの」

 潤さんは私の服に興味津々。半分安心、半分ガッカリ。

「そうです。私が作りました。メイド服です」

「へえー凄いね、如月さんって素晴らしいデザインセンスだね」

 わあ!『デザインセンスがいい』なんて初めて言われた。良く『器用だね』とは言われるけど。凄く嬉しい。

「わ、私、将来はファッションデザイナーになりたいんです」

 思わず自分の夢を語ってしまったわ。潤さん、引かないかしら・・・・・・。

「それは素晴らしい事だよ。俺の仕事は産業用ロボットの設計なんだけど、デザインも性能の一部だと思うんだよ。何て言うか、デザインにもお金を払うというか。だから形的にも納得が行かないと駄目だと思うんだ。ファッションデザイナーなんて素晴らしい仕事だと思うよ。頑張って夢を叶えてよ」

「あ、有難う御座います。う、嬉しいです。私の夢の事わかってくれて」

 やっぱり、潤さんってフツーの人だわ。クルマの事になると熱くなるみたいだけど。

「潤さんって普段は優しいのに、クルマの事は妥協がないみたいですね」

 私は思い切って聞いて見た。潤さんがどんな人か知りたいから。

「ははは・・・・・・多分・・・・・・俺の仲に、何人居るんだよ。それぞれ違う俺。二重人格かもね。自分でもわかってる。今、如月さんと話している俺は、ただ、猫を被ってるだけかも。クルマをぶっ飛ばしている時のオレは見せたくないな」

 そうなのかな。そういえば、弥生も突然、目つきが変わって近寄りがたい雰囲気になることがあるけど。ソフトボールの時がそうだった。身近な人が傷つけられそうになった時とか・・・・・・

「ごめんさない。変な事聞いちゃって」

「別に。構わない。考えてもしょうがないことだよ。如月さんのその服だって、一切の妥協は無い様に見えるけど。そんなクオリティの高いものが、作れるなんて凄い事だよ」

 潤さんに褒められて、舞い上がった私・・・・・・それから数時間、私達は楽しくお喋りをした。潤さんは最後まで付き合ってくれた。



「弥生ちゃん!あすかちゃん!すいか割りしようよ!」

オレたちは寧々に呼ばれた。

 葵がスイカを砂浜に置いている。寧々がタオルと金属バットを持っている。よくよく、金属バットに縁があるなオレは。次は伝説の最強武器、釘バットにしてくれ。

「弥生からやってみてよ」

 葵がオレに目隠しのタオルを付けてくれた。バットを持たされぐるぐる回される。

「じゃあスタート!」

「弥生ちゃんこっちだよ!」

「弥生先輩!そっちじゃないです!」

 みんな適当な事を言っている。だが・・・・・・。

『馬鹿にするなよ。オレには研ぎ澄まされた心の目がある!』

 オレは心眼を会得している。こんな事は児戯に等しい。

『必殺!諸刃流心眼崩し!』

 オレは真横一文字にスイカを金属バットで薙いだ。

 サックっ!

 スイカは真横に斬れた。綺麗に真っ二つ。オレは目隠しを取った。皆、唖然とした顔でオレを見ている。

「どうして、金属バットで綺麗に切れるの?包丁で切ったみたいじゃない」

 葵が不思議な顔でたずねてきた。

『バットで上からグシャと割ったら、食べられなくなるだろ。だから斬った』

「そんな事聞いてるんじゃなくて、どうして金属バットで包丁のように綺麗に切れるかきいてるのよ」

 葵はまだ納得が行かないようだ。

『それは、長年の修行がなせる業・・・・・・』

「羅刹さん、もういいわ。これ以上私を人間離れさせないで。」

 オレは弥生に身体を奪われた。もう出てくるなと言って。ちょっと寂しいぞ。



 ちょっと長かったお昼休みを終え、再びドライブを開始する。案の定、私は車に乗り込む事が出来なかった。潤さんにクルマに乗せてもらった。出発するまで、一苦労。ごめんね潤さん。今度は動きやすい格好してくるから。

 ここから先は峠道の下り。相変わらず潤さんは安全運転してくれる。

 トン!

 クルマが大きく上下に揺れた。道路が盛り上がっている所があった。

「如月さん。さっき右カーブで車が上下に揺れた時、道路が盛り上がっていたよね。対向車線側も盛り上がっていたかな?」

 潤さんが不意に尋ねる。私は道路を良く見ていたから覚えていた。

「そうです。対向車線側も、道路の幅全部盛り上がっていましたよ。間違いないわ」

「有難う。あの盛り上がりが勝負を分けるポイントになるかも知れない。」

 潤さんはニコニコしながら話す。私には何故だかわからないけど。

 そんな話をしている間に、峠道は終わり、大きな国道に出た。

「それじゃ、Uターンして帰ろうか」

 もう帰るの・・・・・・楽しい時間が過ぎるのは早いわ。潤さんは私に気を使って、ゆっくり走ってくれた。本当はもっと自分のペースで走りたかったんじゃないかな・・・・・・・。

「潤さん。帰りは私にかまわず、自分のペースで走って下さい」

「えっ?いいのかい?あすかなんて『絶対にスピード出すな!』って言うけど・・・・・・」

「ええ。大丈夫です」

 多分ね、多分。でもあすかちゃんには負けたくないから。何とか潤さんに付いて行かないと。頑張れ私!

「じゃあ、お言葉に甘えて。さっき勝負を分けるポイントって行った理由も教えてあげるよ」 

 ギャギャギャギャギャギャー

 俺は一速にギヤを入れ、エンジンをふかし、ドカッとクラッチを繋いだ。Uターンではなく、スピンターンを決めた。速度ゼロからのスピンターン。後輪駆動のクルマじゃなきゃ出来ない技。百八十度ターンを一発で決める。

 バイイイイイーン!

 二速全開。八千RPM。『ピー!』と言う過回転警報が鳴る。三速へシフトアップ。レブリミットの九千RPMまでエンジンが吹け上がる。最高速重視のファイナルギヤのせいで加速が鈍い。この時点で二百キロに達した。さっきの道路の盛り上がりを・・・・・・通過!

 フォン!・・・・・・ズドン!

「きゃっ!」

 如月さんが小さな悲鳴を上げた。レブ・カウンターの針が一瞬吹け上がった。クルマは完全にジャンプしてタイヤが地面から離れていた。

「ごめん。如月さん。さっき車が上下に揺れた所、時速二百キロ以上で通過すると完全にジャンプするんだ。タイヤが地面から離れたんだ。クルマはタイヤが地面についていないと、加速も、減速も、ステアリングも利かない。ヤツに勝つには、サスペンションのトラベル量を大きく取って、タイヤが地面から離れないような対策が必要だ」

 如月さんから返事は無い。完全に驚かしてしまった。如月さんの顔が青い。俺は再び、頂上のパーキングで休む事にした。


 三十分の休憩の後、ゆっくりと峠を下る。なるべくGをかけない様、ステアリングの切り込みは緩やかに行う。クラッチも丁寧に繋ぐ。カーボーンのツインプレートクラッチは半クラ操作がシビアでしかも踏力が必要だ。いつもはこんなに気を使って運転しないから、正直疲れる。ブレーキはゆっくり踏む。助手席の人の首が前後にふれるようじゃダメ。助手席を見ると、如月さんが寝ていらっしゃる。ヘンテコなクルマに乗せられて、緊張したかな。疲れたんだろう、たぶん。

 俺は彼女が目を覚まさないよう、更に丁寧な運転をする事にした。


 そして旅館に到着。

「如月さん。付きましたよ」

 俺は助手席へ回り、ドアを開けた。例の如く、如月さんを抱きかかえ、クルマから降ろす。

「きゃー!大胆!」

「如月お姉ちゃん。良かったね」

「お姉ちゃん。潤さんが迷惑でしょ」

「お兄ちゃん!何やってるのよ!」

 振り向くと女の子たちか居た、それぞれ、思い思いの言葉を発している。自慢じゃないが、女の子の扱いは苦手な方だ。

「潤さん有難う。楽しかったです。また誘って下さい」

 いつの間にか、俺が誘った事になってる。まあ、いいか。お弁当は美味しかったし、俺も楽しかったし。何より可愛いし、如月さんが恋人だったら、嬉しいな。まあ、彼女が俺に好意を持つなんて有り得ないけど。悲しいね。

「こちらこそ、有難う、このクルマが嫌じゃなければ、また行きましょう」

 俺は如月さんへ感謝の言葉を述べた。

 プップー

 突然、クラクションがなった。振り返ると小型トラック『日野レンジャー・セーフティーローダー』が止まっていた。運転席の窓が開き、めがねのおっさんが、身を乗り出し、喚いている。とっつあんだ。俺の行きつけのクルマ屋さん。

「おーい!潤!Sタイヤ持ってきたぞ!今晩やるんだろ!ひと皮剥いて置いたぞ!それとデフも持ってきた!」

 とっつあんがデフとタイヤを持ってきてくれた。ナラシ済みのタイヤとは気が利く。

「有難う!とっつあん!早速取り付けよう!」

 俺ととっつあんはトラックからタイヤとジャッキを降ろし、作業に掛かった。

  

 如月は潤たちを見つめていた。

「あーあ。クルマに取られちゃったな。潤さんを・・・・・・ 私ってクルマより魅力が無いのかな」

『そんな事は無いぞ。潤だっていつまでも走り続けることは出来ない。美人に言い寄られれば、心は動く。我は・・・・・・いやクルマは所詮道具だ、人間程長くは生きられない』

 えっ?今の誰?空耳?でも、私を励ましてくれたみたい。素直に感謝して置きます。

 私達は潤さんを置いて、旅館に戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ