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第5話 真剣勝負

 体育館の事件の後、やっとの思いで家に辿り着いた。結構へとへとな私。

「くん、くん」

 家に帰って・・・・・・私は自分の靴の匂いを嗅いだ。

「別に臭く無いわよね」

 学校指定のローファーに消臭スプレーを掛けた。失礼な死神。タダじゃ置かないわ。

「ただいま」

「お帰り弥生。無事でよかったわ」

 お姉ちゃんも無事だった。よかったわ。まあ、体育館は私が壊したんだけど。女子高生一人が体育館を壊すなんて誰も信じないと思うし。壊したのは餓鬼とあの死神よ。うん。絶対にそうよ。

 私は自室に戻り、姿見を見る。羅刹さんと話がしたい。

「羅刹さん。あれが死神?」

『そのようだな。遂に来たな』

「どうしよう。また私の友達が狙われたら・・・・・・」

『それはもう無いだろう。死神は《今度は直接》と言ってたからな。ヤツらはプライドが高いから、回りくどい事はしない』

 オレが思うに、狡賢いのは人間が一番だ。

「そう。じゃあ私と羅刹さんが力を合わせて撃退すればいいのね」

『そういうことだな』

「あっ、あと気付いたことがあるのよ」

『何だ?』

「羅刹さんの弱点よ」

『オレの弱点だと?』

 今のオレは・・・・・・弱点だらけだぞ。魔法は自分じゃ使えないし、何より身体が女だし。

「羅刹さんは・・・・・・美少女キラーになっているわ」

『はあ?弥生の言っている意味がよくわからんぞ』

 オレは間の抜けた返事をした。それは弱点なのか?違うと思うぞ。弥生。

「あすかちゃんも葵ちゃんも、羅刹さんに抱きついたらメロメロになっちゃう。これはもう美少女キラーの素質があるわ」

『弥生、オレは意味がわからん。それは弱点として問題なのか?』

「問題よ。大問題よ。私に百合疑惑の噂が流れたらどうするの?もう既に『正義のヒロイン』なんて称号を頂いちゃってるのよ。百合疑惑が流れて『正義の同性愛ヒロイン』って称号になってしまうわ」

 弥生は顔を青くして怒っている。

『何だか良くわからんが、オレは女の子に抱き付かれても嬉しくないぞ』

「羅刹さんは良くても、身体は私なんだからね。噂は私に降り掛かるわ・・・・・・ちょっと待って、女の子に抱きつかれても嬉しくないの?」

 そういえば・・・・・・何故だ?あすかを抱くと『抱き心地はいい』が、嬉しいって感じはしない。凄く感触がいい枕みたいな感じだ。

『どうやら、女の子に対して強力な免疫が出来てるみたいだな。それは弥生の身体に入っているから?それともオレは自分の体を持っていないからか?』

 オレの結論。多分そうだ。

「女の子に慣れたって事?私の身体で慣れたって事?」

『そうだろうな。まあ・・・・・・深く考えない方がいいぞ、弥生』

「なっ!」

 弥生の顔は真っ赤になっている。青くなったり、赤くなったり忙しい娘だな。

「寧々ちゃんだけだわ、羅刹さんに近寄らないのは・・・・・・」

 そうだ思い出した。寧々の事で弥生に話があった。

『その寧々だか・・・・・・彼女に変なところは無いか?オレは違和感がある』

 弥生は考え込んでいる。思い当たる事があるのか?

「そう言えば・・・・・・最近スランプって言ってた。彼女、運動神経抜群だから、こんなに長くスランプになった事はないわ。それぐらいかな?」

 何だこの違和感は、寧々に何があると言うんだ?

 


 草木も眠る丑三つ時、オレはベッドの上から降りる。

「どうしたのよ。羅刹さん!」

 弥生が眠い目をこすり鏡の前に立つ。

『これから、寧々の家に行こうと思うんだ』

 オレは寧々の事が気がかりだった。これから寧々の家へ行き、その気がかりを調べようと思っていた。不浄の者は闇夜に動きたがるから・・・・・・。

「こんな夜中に?いくらなんでも迷惑よ」

『家を外から眺めるだけだ。寧々の事が気になるんだ』

 弥生は腕を組み、嘆息した。

「わかったわ。寧々の事が心配だもんね」

 弥生は着替え始めた。



 オレは闇夜・・・・・・と言っても、月明かりで結構明るい住宅街を寧々の家へ向って歩く。昼間、 寧々から借りた、ヘルメットを被り、金属バットを手にして歩く。半そでのブラウスにロングスカートと言う姿で。他人が見たら、ただの不審者だな。

「この角を曲がると、寧々ちゃんの家よ」

『弥生!気をつけろ!獣の匂いがする』

 オレは弥生に言われた通り、角を曲がる。そして寧々の家を見上げる。

「な、何?あれは」

 弥生が驚きの声を上げる。寧々の家の屋根に大きな猫が座っている。猫と言うか、成りは人間だ。

『あれば、化け猫だ』

 化け猫はこちらに気付いたようだ。こちらを睨み、フーッと威嚇の動作をしている。あの猫、どこかで見たような・・・・・・。

 ふぎゃああああ!

 猫が襲い掛かって来た。屋根から、オレに向って飛んでくる。右手を掲げ、オレの顔めがけ、爪を立てる。オレは寸前で爪をかわす。

 しゅったっ!

 猫が地面にしなやかに着地する。再びオレをフーッと威嚇する。

『猫。お前は何者だ?』

 月明かりで顔が良く見える。鋭い眼。黒い猫耳。黒く長い尻尾。見紛う事無く化け猫だ。

「やい!お前、鬼だにゃ。鬼がにゃんのようにゃ。寧々を喰らおうなら、童が許さんにゃ」

「寧々!寧々だわ。間違いないこの猫ちゃん、寧々だわ・・・・・・にゃあにゃ言ってまさに化け猫ね」

 この化け猫、見た事があると思ったら。寧々に憑いた猫又か。

『おい猫、何故、その娘に憑いている。成敗してやる』

 オレは化け猫に向け、金属バットを突きつける。

「童はこの娘を護る為、憑いている。やい鬼!この娘に指一本触れてみろ!たたじゃおかないからにゃ」

 この猫、寧々を護ろうとしているのか?

「さっさと立ち去れにゃあ」

 化け猫は音もなく飛び上がり、オレに飛び掛ってきた。化け猫を金属バットで叩こうとした時。

「だめ!あれは寧々よ!」

 弥生が叫んだ。オレは金属バットを引っ込め、猫の攻撃をかわすよう、後ろへ大きく跳ねた。

 しゅたっ!

 猫と間合いを取り、地面へ着地する。猫は低く構え、獲物を狙うかのように此方を見る。

「この娘は、童を拾ってくれた、命の恩人なのにゃあ。猫だって一宿一飯の恩はわすれにゃいのだ」

『弥生、どうする。ここは引くか?』

 オレは弥生に提案する。このまま戦っても寧々を傷つけるだけだ。

「待って、私が説得してみる。」

『相手は化け物だぞ』

「お願い、私に任せて」

 オレは身体を弥生へ明け渡す。万が一の時は、強引に身体を奪い、逃げるとするか。

「貴方、ノワールでしょ?寧々ちゃんの猫」

 私は猫の名前を呼ぶ。化け猫は不思議な顔をして私を見ている。

「お前、なにものにゃ?鬼ではないにゃ。人間か?」

『そうよ。私は寧々ちゃんの友達』

「騙されにゃいにゃ。お前には鬼が隠れている。鬼と合体しているにゃ」

「安心して。この鬼は、私の奴隷で、下僕で、執事で、手下で、座布団と幸せを運ぶ人なの。寧々ちゃんを食べる事はさせないから」

「そうなのか?俄かには信じられないにゃ。」

 おい。弥生。お前はオレをそんな目で見ていたのか?座布団ってなんだよ。赤い着物よこせ。

「寧々の事心配なの。最近元気ないし。ソフトボールだって上手く行ってないみたいだから。ノワールが何かしてるんじゃないかと思ったわ」

 ノワールは威嚇を止め。お座りをした。逆立っていた髪の毛も元に戻っている。顔も寧々の顔になった。話せばわかるじゃん。

「ちがうにゃ。この娘が元気ないのは、童とは関係ないにゃ。好きな男がいて、その男に自分の思いを伝えられなくて悩んでいるにゃ」

「ええっ?なんですって!寧々ちゃんに好きな人がいるの?」

 私は深夜の住宅街で驚いて大声を出してしまった。寧々に好きな人が・・・・・・なんか嬉しいやら、羨ましいやら、悔しいような複雑な心境だわ。

「その好きな人って誰?」

『おいおい弥生。それは聞いてもいいのか?』

 オレは弥生の暴走を止めようとした。

「だって、気になるじゃない。寧々の好きな人が誰か」

『誰だっていいじゃねえか。それより、この猫どうするか?』

 オレは弥生の身体を奪い、金属バットを構える。化け猫を睨み、持てる限りの妖気を出す。弥生の黒髪は逆立ち、どす黒いオーラが出る。

「にゃ?にゃにい?お前、ただの鬼じゃないにゃ・・・・・・」

 化け猫は萎縮してその場にうずくまった。残念ながら、鬼と化け猫では格が違うのだ。それはまるで、グッピーとホオジロサメぐらいの差だ。

『猫、オレは羅刹天。かつては天上十二神と呼ばれた者だ。この娘を喰らう事は絶対にしない。約束しよう。そして、お前がこの娘を護ると言うならオレはお前に対して敬意を払おう』

 オレは猫に対して、頭を下げた。寧々を護る為、自分より遥かに強大な相手に向って行った事は賞賛に値する。

「わかったにゃ。童はこの娘を護るにゃ」

 この猫はしばらくこのままでいいだろう。

『弥生。帰ろう。』

「えっ?待って!寧々の好きな人だけ教えて!」

 まあ、後は弥生に任すか。オレは引っ込んだ。

「この娘が好きな男は・・・・・・」

「勿体付けずに、早く言いなさいよ!」

「続きはCMの後にゃ」

「そんなくだらない冗談はどの口が行ってるのよ!」

 私は寧々のほっぺをつねった。あーんイライラするわ。

「い、痛いにゃ!言うからやめて・・・・・・日下部良一って言ってたにゃ」

 私は寧々のほっぺから手を離し、呆然としていた。日下部知ってる。私とあすかちゃんをナンパして、羅刹さんにKOされた人だ。

「寧々・・・・・・どうして?」

 私は複雑な心境で自分の家に帰った。



 翌日の授業中。私はノートの端を破り、手紙を書く。『寧々へ、日下部良一ってだあれ?』って書いた。その手紙を小さく畳み、隣の人へ渡す。人から人へ渡り、寧々の手元に渡たった。寧々が机の下で手紙を開いて、読む。読む。読む。そして、真っ赤な顔をして、私を睨む。ほっぺがぷーって膨らんでいる。

 私は寧々に向かってニッと笑って、ピースサインをする。

 そして休み時間・・・・・・寧々が私の所へ来た。真っ赤な顔をして。わかりやすい娘だわ。

「弥生ちゃん!どうして知っているの?」

「いやねえ・・・・・・寧々の事、見てたらそうじゃないかなぁって。思い切って寧々に手紙出したらビンゴ!だったわ」

「もう・・・・・・弥生ちゃん。誰にも言ったらダメなんだからね。お願いだよ」

「わかっているわよ寧々。ところで、告白したの?」

 寧々は下を向いて、赤い顔をさらに赤くする。

「ううん・・・・・・まだ。恥ずかしくて言えない」

 どうしよう。寧々は本気で好きみたいだけど、女の子に暴力振るう人だから寧々ちゃんが心配だわ。でも寧々ちゃんにそんな事言っても、信じてくれないだろうな。何とかいい方法は無いかな。私はこの縁談に反対。



 昼休み、私はトイレで鏡を見る。この人に相談しても・・・・・・って思うけど、いろんな人の意見を聴いてみたい。

「ねえ、羅刹さん。寧々の事、どう思う。」

『そうだな。弥生が寧々の事が心配な気持ちはわかる。たた、寧々はもう日下部の事しか見えていないのだろう・・・・・・オレの意見は寧々にアタックさせて、日下部に正体をわからせる事だ」

「それは・・・・・・荒療治じゃなくて?」

『なんとかの病は簡単に治らないんじゃないか?弥生が良く読む本に書いてあったじゃないか?』

「そうだけど・・・・・・」

『まあ、いざとなれば、オレが日下部を叩きのめすまでだ』


 私はもう一人意見を聞きたい人の所へ行く。三年A組の教室。

「すみません。お姉ちゃんいますか?」

 お姉ちゃんのクラスメートの人が出てきた。

「あら。弥生ちゃんじゃない。如月ね。如月―!弥生ちゃんよ!」

 お姉ちゃんが教室から出てきた。

 

「そう、寧々ちゃんが・・・・・・心配だわ」

「お姉ちゃん。どうしたらいいかな?」

 お姉ちゃんは腕を組んで考えている。考えている姿も綺麗だなって思う。妹である私から見ても。

「そうね、やっぱり寧々ちゃんの思いを伝えるしかないんじゃないかな。そして日下部君がどんな人か知れば寧々ちゃんも気付くんじゃないかしら」

「お姉ちゃんもそう思うの?」

「そうね・・・・・・たぶん、今の寧々ちゃんには日下部さんの事を話しても、信じてくれないし、好きな人を悪く言われるとショックでしょ」

 そうだけど。一番頼りにしていた人の意見も羅刹さんと同じか・・・・・・。

「でもお姉ちゃん。告白して、日下部さんの正体を知った時は傷つくんじゃないかな?」

 私は寧々がショックを受けるのも心配。

「弥生は優しいのね。でも、失恋って大なり小なり傷つくんじゃないかしら?それは乗り越えなければならないわ」

 そうだけど・・・・・・お姉ちゃんって失恋した事あるのかしら。

「そう言えば、さっき『お姉ちゃんも』って言ってたけど、他の誰かにも聞いたの?」

 うっ、お姉ちゃん、鋭い。

「うん。もう一人の私に聞いたの」

 答えになっていないけど、嘘は言ってない。

「そう。寧々ちゃんの事は見守るしかないんじゃない?」

「わかったわ。お姉ちゃん有り難う」


 午後の授業中。私は寧々の事が気になって勉強に身が入らない。どうしよう。私っておせっかい焼きすぎなのかな。でも、寧々が傷つくのは・・・・・・うーん。悩むー。

 私は悶々として授業を受けた。そして放課後・・・・・・。


「弥生ちゃん。私決めたよ。日下部さんへ告白する」

「えっ?寧々。本当?」

「うん。このまま悩んでも前に進まないもん」

 寧々。勇気あるなぁ。応援したいけど、相手が良くない。どうしよう、遂にその時が着たか・・・・・・。

『オレ・・・・・・じゃなかった、私も付き合うぜ、影から見守っててやる』

「うん。有り難う弥生ちゃん」

 あれ?今の私じゃない。羅刹さんだ。寧々はひしっと私に抱きついている。やっぱ不安なのかな。何とかしてあげたい。

「弥生ちゃん。いい匂いするね」

 この状況はまずいのか?弥生に交代だ。オレは引っ込むぞ。オレの出番が少ない。

「弥生ちゃん。早速だけど行こう。校門で日下部さんを待ち伏せるの」

 寧々が私の手を引き、駆け出す。

「わかったわ寧々」

 私たちは校門目掛け、走りだした。


 寧々が校門で待ち伏せている。私たちは校門から少し離れた樹の影で寧々の様子を伺う。私たちとなったのは、途中で葵と会って、彼女も付いてきたから。

「寧々が日下部の事が好きだとは、心配ね」

 葵も日下部さんに対しては良い印象を持っていないようだ。たぶん十人に聞いたら九人は良い感想を言わないと思う。残り一人は寧々だね。

 廻りは下校する人も減って、人がいなくなった。日下部さんも帰ったかな・・・・・・と思ったら、運命の歯車がピッタリ合って突然回りだした。校舎から日下部さんが出てきた。両脇に女の子を連れて。  寧々のハードルは一気に高くなって、もう棒高跳びのレベルになってしまったわ。

「あちゃータイミング悪っ」

 葵も私と同じ考えだね。寧々やっぱ止めた方がいいわ。

 私と葵は顔を見合わせる。その時、寧々が日下部さんに向かって走り出した。寧々、ヤル気だ。

 寧々は私たちのいる前で、日下部さんに告白した。

「日下部先輩、私と付き合って下さい」

 寧々が言った。寧々勇気が有るわ。私と葵は耳を凝らし、日下部さんの答えを待つ。『ごめん、俺には二人も彼女がいるから』といって、寧々の告白断ってくれないかな。数秒の沈黙の後、日下部さんの返事が来た。

「はあ?何いってんのアンタ。無理無理!俺はアンタみたいなちんちくりんとは付き合わないの。俺に合う美人じゃないとダメダメ。エステとか行って出直しておいで、まあ、今よりちょっとマシになるから。バイバイ」

 日下部は寧々に言い放って去って行った。

 最悪の返事だ。寧々は呆然と立ち竦み・・・・・・泣き出してしまった。

 私の体が勝手に木陰から飛び出そうとした。葵に手を掴まれ、止められた。飛び出そうとしたのは、羅刹さんだ。羅刹さんの気持ちもわかる。私もハラワタが煮えくり返っている。私の大切な友だちを侮辱したんだから。葵が冷静で助かったけど。

 私たちは寧々の元へ行く。

「えっ・・・・・・えぐっ・・・・・・」

 寧々の涙をハンカチで拭ってあげた。葵が寧々を抱きしめる。今の私たちにはこれ位しか出来ない。

「寧々・・・・・・お家に帰ろう」

 私と葵は寧々を間にして三人で手を繋いで歩く。三人とも無言。最後まで無言のまま、寧々を自宅まで送り届けた。葵とは寧々の家の前で別れた。私も自分の家に帰った。



 家に帰って夕食をお姉ちゃんと食べた。夕食の時、寧々の出来事をお姉ちゃんに話した。

「そう。酷いわね。寧々ちゃん傷ついたよねきっと。私たちで寧々ちゃんを励まさないと・・・・・・」

 あまりの結果にお姉ちゃんも落胆している。日下部ってヤツ許せないわ。

 私はお風呂の後自室に戻り、鏡を見る。もう一人話したい人がいる。

『弥生、日下部をぶん殴って良いか?』

 オレも一部始終見ていた。そして、怒りに任せ飛び出して、日下部を八つ裂きにしようとした。本気で。今冷静になって考えると・・・・・・止めてくれた葵に感謝している。弥生を殺人犯にする所だった。

「そうよね。断り方ってあるわよね」

 弥生は怒りに震える声で喋った。

『そうだな。だが、寧々が日下部の手に落ちるのは防げたが・・・・・・』

「その点は私も良かったとは、思う。」

「?」

 オレは不意に妖しい空気を感じた。何処だ?窓の外か!

 コンコン。

「何?窓の外に誰かいるの?」

 弥生も不穏な空気を感じたようだ。オレは立ち上がり、カーテンを開ける。そこにいたのは・・・・・・。

『化け猫』

 寧々の姿をした化け猫が窓の外にいた。見るからに困った顔をしている。

「入れてあげて」

 弥生の言うように、窓を開け、部屋の中に入れる。音を立てずに化け猫は部屋に入る。入るなり、巻くし立てるように話す。

「弥生!鬼!寧々に何があったにゃ。酷く落ち込んで、泣いていたなにゃ。今、泣き疲れて寝たとこにゃ。」

『やはりか。わかった。何があったか教えてやる』

 弥生が夕方あった事を化け猫に話す。化け猫も訳を聞いて怒り出した。

「寧々を傷つけるヤツは許さにゃい。三枚卸にして、喰ってやるにゃ!」

「でもどうしようか?明日、葵にも相談してみようと思うの。」

『そうだな。それがいい。猫、お前は自重しろ。いずれ手を借りることも有るだろうから、その時まで』

「わかったにゃ。猫の手を借りるくらいだから、大変忙しい事にゃんだな」

 寧々猫はそう言って窓から出て行った。あいつ上手い事言うじゃん。鬼の世界では駄洒落王だった俺としては、うかうかしてられない。

「明日、学校で、作戦会議よ」

 全ては明日だ。



 翌日、朝の二年C組。寧々は学校に来た。目を真っ赤に腫らして。痛々しくて、見ていて辛い。私は葵に相談する。

「葵・・・・・・寧々の事なんだけどさ・・・・・・」

 葵も気になっていたのか、私の方を向いて嘆息する。

「弥生。寧々とお話してみよう」

 私の手を引き、寧々の席まで行く。寧々を連れ出し、廊下の人気の無い所で話す。

「私、もう男の人が嫌いだよ。みんな、寧々の事をバカにしてるんだよ!寧々はもう生きて行く自身がないんだよ・・・・・・」

 寧々はまた泣き出してしまった。これは結構重症だわ。何とかしてあげないと、寧が潰れてしまうわ。 私は葵と二人で寧々の手を引き、教室へ戻る。寧々を自分の席へ座らせた。 一時間目の授業が始まる。

 


 一時間目終了の休み時間。今度はソフトボール部の部員さんたちが、寧々を励ましに来ている。が、あまり効果が無い様に見える。寧々はソフトボール部のエースだから、彼女活躍なしで、勝利は有り得ない。

 私は葵を廊下に誘う。寧々は大切な友達だから放って置けない。

「葵。寧々がこのままじゃ・・・・・・」

「そうね・・・・・・しょうがない。私の知り合いに頼むか。寧々が自分に自信が持てるよう。寧々の存在を認める人がいるって事を教える為に。私たちじゃ、存在が近すぎて、寧々の耳にはあまり届かないみたいだから」

「何かいい方法があるの?知り合いって誰?」

 葵は目を瞑り、話し始める。葵の描く方法を

「知り合いは男の子よ。ああ、でも安心して、日下部とは全く違うタイプだから。誠実で。と言うより愚直かな?」

「その人に何を頼むの?その男の子って誰?」

 葵は相変わらず、回りくどい言い方をするなぁ。それとも私の気が短いのかな?

「一年生の土方小次郎よ。剣道部の。以前から寧々と勝負したいと言っていたから」

 私は新しく登場したキャラクターの事が気になった。寧々との勝負?葵との関係は?その他諸々。

「弥生どうせ、小次郎のことが気になってるんでしょ?今から説明するから、メモとって。小次郎は平たく言うと私の幼馴染。一年B組だからあすかちゃんと同じクラス。そして寧々との勝負とは!」

 葵は仰々しく大げさに話す。何処から持ってきたのか扇子をバッと開いた。扇子には高速道路無料化って書いてある。分けわかんないわ。

「小次郎が勝負したいと言っているのは、寧々が投げるソフトボールを居合い斬りするって勝負」

「なにそれ?」

「寧々は女子高校生ソフトボールでは最高速の百キロのボールを投げるのよ。小次郎はそのボールを斬ったと言う称号が欲しいらしいの。ゆくゆくはメジャーリーグの投手が投げる、百六十キロのボールを居合い斬りする事が夢みたい」

 それで解決するのかな。でも土方君って変な勝負挑むのね。

「まあ、昼休みあすかちゃんのクラスに行ってみようよ。小次郎に話してみるわ」

「わかったわ。この際、出来ることは何でもしよう」

 


 そして昼休み。私は事前にあすかちゃんに連絡をいれておいた。葵と一緒に一年B組へ向かう。教室の前の廊下で二人は待っていた。初対面の小次郎君。見た感じは明らかに武道家と言うような、逞しい体、顔は以外に穏やかな顔をしている。確かに、葵の言うように、ヒョロヒョロの優男の日下部とは対照的。

 私と葵は寧々に起きた出来事をあすかちゃんと小次郎君に話した。そして協力して欲しいとお願いした。

「ひどい・・・・・・」

 あすかちゃんは目に涙を浮かべている。あすかちゃんは優しい娘だわ。小次郎君は・・・・・・私たちから離れて、どこかに行こうとしている。

「ちょっと。小次郎何処へいくの?」

 葵が腕を掴み、引き止める。

「知れた事。日下部を真っ二つに斬ってやる。尊敬する木下先輩を侮辱した罪は、万死に値する!」

「小次郎君!私たちの話を聞いて、寧々の為に」

 小次郎君。それじゃ羅刹さんと一緒だよ。全く男って・・・・・・。

「小次郎。寧々に挑戦するチャンスをあげるわ。小次郎は寧々に挑戦状を書いて。放課後、寧々に渡しに行きましょう。ソフトボール部へは、如月お姉ちゃんに話してもらおうかな。弥生良いかな?」

「わかったわ。お姉ちゃんには私から話す。」

 私には葵が何を考えているかわかった。上手く行くと良いけど」

「あの、葵先輩は土方君と寧々先輩を対決させてどうするんですか?」

 さすがにあすかちゃんには全てが伝わらない見たい。キョトンとしている。小次郎君はその辺の事はどうでもいいみたい。たぶんもう、対決の事しか考えてないわ。きっと。

「寧々の事を認めている人がいっぱい居るって事を教えたいのよ。寧々がいつまでも落ち込んでいると、周りの人達も落ち込むって事も教えたいのよ」

「そうですか。葵先輩。私にも協力させて下さい」

「有り難う。あすか。じゃあ、寧々の事、応援しましょう。小次郎が勝たないように」

「ハイ!」

「俺は、挑戦状を放課後までに書けばいいんだな。葵姉」

「そうよ。放課後二人で二年C組に来て」

 私と葵は二人と分かれ、自分の教室へ戻る。道中、葵がニコニコしながら話始めた。どうしたのかな?

「弥生。気付いたかも知れないけど、小次郎って寧々の事が好きなのよ、きっと」

「ええっ?私は気が付かなかった」

「これは小次郎にとってもチャンスなのよ。まあ、小次郎も結構気が付くヤツだから、上手くやると思うけど」

 葵、アンタって意外に策士だね。衝心の寧々を励ます男の子、そして二人は結ばれる。良くあるパターンだわ。

「もしかして葵、これが上手く行ったら、演劇のネタにするんじゃないの?」

「やっぱバレた?」

 全くこの娘は・・・・・・。

 


 放課後、打ち合わせ通り、あすかちゃんと小次郎君が二年C組に来た。小次郎君は一直線に寧々の所へ行った。あっ!懐から手紙を出して、寧々に差し出した。葵はハンディカムで撮影してる!この娘、本当に演劇のネタにするつもりね。

「なに?これ?ラブレター?寧々、お断りします」

 寧々が厳しい顔になった。昨日の今日だもんね。いきなりは無理かな。

「木下先輩。これはラブレターではありません。挑戦状です」

 小次郎君が寧々の前で直立となっている。あすかちゃんは私の袖をギュっと握って、心配そうに見つめている。

「挑戦状?寧々に挑戦するの・・・・・・読んでもいい?」

「どうぞ、読んで下さい」

 小次郎君は直立の姿勢を崩さない。

「読むよ。『挑戦状。木下寧々様・・・・・・』えーと、この漢字なんて読むの?」

 寧々が私の所へ手紙を持ってくる。あっちゃー挑戦状が台無しじゃない。

「弥生ちゃん読んで。読んで」

「しょうがないわね。寧々。小次郎君。私が読んでもいい?」

「どうぞ」

「読むわよ。『挑戦状。木下寧々殿。拙者土方小次郎は木下寧々様と一対一の決闘を所望します。決闘方法は木下殿の剛速球を拙者が居合い斬りするものです。ボールを一刀両断できれば、当方の勝利。それ以外は木下殿の勝ちとする。期日は明日放課後。敗者は勝者の要求を全て呑む。』以上よ」

 拙者って漢字が読めなかったのね。

「木下先輩はソフトボール素人の俺から三振を取る自信がないのですか?この瑠多加高校ソフトボール部エースの木下先輩が」

 私は手紙を畳んで寧々に渡した。寧々は決心したように、手紙を受け取り立ち上がる。小次郎君の前で仁王立ちになった。悲しいかな身長差が凄い。百七十八センチの小次郎君対、百四十五センチの寧々。先輩の寧々が見上げて、後輩の小次郎君が見下ろしている。

「貴方、土方君だっけ?私と勝負するの?いいよ勝負してあげる」

 寧々は人差し指をビッシっと小次郎訓目掛けて指している。

「有り難う御座います。では明日の放課後、お願いします」

 小次郎君は教室を出て行った。

「寧々ヤル気?小次郎君と勝負するの?寧々」

「うん。勝負する。寧々のボール切れる訳ないもん」

 寧々の顔つきが変わった。簡単に言うと、ソフトボールやってる時の顔になった。

「寧々、元気でた?」

「うん。もう大丈夫だよ。寧々。弥生ちゃん。あすかちゃん。葵ちゃん。ありがとね。寧々の事心配してくれたんだよね。もう大丈夫だよ。明日、頑張るからね」

 よかった。寧々。元気になったみたい。

「ところで、弥生ちゃん。負けた人は何するの?なんて書いてあるの?」

 そういえば……要求を全て呑むって何だろう。

「相手の言う事を何でも聞くって事です。土方君が言ってました」

 あすかちゃんが説明してくれた。皆、うーんと考え込む。寧々が負けたら、小次郎君の言うことを何でも聞く?

「寧々が勝てば、土方君は寧々の言う事何でも聞くんだよね。ストラストフォートレスパフェご馳走してもらおう」

 寧々、もう勝った事になってるけど負けたらどうなるか考えた?

「寧々、あなた負けたらどうするの?寧々は小次郎君の言う事聞くの?」

 私とあすかちゃんと葵は寧々の顔をまじまじと見つめてる。寧々は事の重要さをわかってないみたいだ。

「寧々は負けないもん」

 寧々は両手を腰に充てて、威張っている。

「寧々は速球だけじゃなくって、変化球も投げられるもん。カーブ、シュート、ライズ・ボール。何でも投げられるもん。でも、もし負けても、購買でパン買ってくるくらいのお使いは出来るよ」

 あちゃー寧々は全然わかってないわ。

「寧々先輩。パンのお使いじゃ済まないと思います。思春期の男の子の要求は・・・・・・」

 残念ながら、あすかちゃんの方が、寧々より大人なんだ・・・・・・。

「そうだね、パンだけじゃなくって、おむすびも買ってあげた方が良いんだね。男の子っていっぱい食べるからでしょ」

 ありゃりゃ・・・・・・寧々の次元が違う考えに参った。

「寧々、あんた負けた方が良いかもね。色々と勉強できるかもよ。男の子について」

 葵・・・・・・私もそう思う。

 


 放課後、オレは弥生に頼んで、体を借りた。小次郎に会いたかったのだ。ソフトボールのヘルメットと金属バット持参で。

「羅刹さん。何をするつもり?金属バットなんて持ち出して」

 弥生の問いかけに対し、テキトーに返事を返す。本音を喋ったら、強制的に撤退させられる。

『ただ、ソフトボールの事を小次郎へ教えに行くだけだよ。それとヤツの要求の内容も聞きたい』

「羅刹さんって、ソフトボールのルール知ってるの?」

 いいや知らない。オレの本音は道場破りだった。小次郎がどのような実力の持ち主か興味が有った。

 オレは剣道場の扉を開けた。豪快に。おーおお女の子だ!と歓声が上がった。十人程の部員がこちらを向いた。練習が始まる前のようで、まだ稽古着姿で、防具は付けていない。

『土方小次郎は居るか?いざ尋常にオレと勝負しろ!』

「ちょ、ちょっと!何言ってるのよ!」

 弥生がオレを止めようとするが構わず喋る。

『土方小次郎には、道場破りを返り討ちにするガッツは無いのか?』

小次郎がオレに対して、竹刀を構えた。やる気だ。

「神聖な道場で俺を侮辱する暴言!いくら東條先輩でも許せません」

小次郎がオレをギッと睨む。ほう、いい面だ。オレもヘルメットを被り、金属バットを上段に構える。

「そんな、金属バットで俺に挑むつもりですか?後悔しますよ!」

小次郎は竹刀で、突きを放つ!素早い突きが三連発!シュッと空気を裂く音を残して。オレは突きの軌道を正確に読み、最低限の動作でかわす。金属バットは上段に構えたままだ。

 辺りは水を打ったような静けさとなった。

「この突きをかわすとは・・・・・・では、この攻撃をよけられるか?」

 小次郎は目にも止まらぬ速さでオレ喉に突きを入れる。オレは金属バットを振り下ろし、た。

 キン!

 振り下ろした金属バットが飛び込んでくる竹刀に当たり、突きの軌道を替えた。が、突き放たれた竹刀の先が制服の襟リボンをかすめ取って行った。

「きゃっ!」

 弥生が悲鳴を上げてしまった。その悲鳴を聞いた小次郎は怯んでしまった。

『隙有り!』

 オレは金属バットを横に凪ぐ!

 バキイ!

 竹刀に命中!竹刀は小次郎の手を離れ、宙に舞った。勝負あった。

『土方小次郎よ。剣の腕前は素晴らしい。だが、女に情けを掛けると、ヤラレるぞ』

 小次郎はそのまま頭を下げた。

『仰る通です。東條先輩。女性に対する甘さを捨てましょう。それが出来なければ、俺に勝ち目は有りません。』

『その通だ小次郎。だが、今回は寧々を俗物の魔の手から救い出すことを考えよ。小次郎の腕前なら、ボールを斬る事は可能かも知れない。だが、それが最終目的ではない』

 オレと小次郎はその場に正座して語り合っていた。久々に武人と相対して、オレはすがすがしい気分になっていた。

「わかりました。東條先輩。お導き有難う御座います。俺、いや、剣道部の最終目標は女子ソフトボール部を剣道部の奴隷にする事。俺に全てを託した部員の希望を胸に必ずや勝利を!」

『うむ。それが小次郎の要求なんだな。その意気だ!目標を持って望むのは良い事だ』

「あんたら!何言ってんの!バカじゃないの」

 この後小次郎と剣道部は弥生に説教される事になった。何か変ったな弥生。男十人に対して説教するなんて。もしかして、オレのせいか?



 遂に来た。寧々と小次郎君との勝負。私はドキドキしている。場所はソフトボールグラウンド。驚いたのはギャラリーの数、沢山来ている。

 ベンチの前に寧々が居た。真っ赤なユニフォームを着ている。学校のソフトボール部のユニフォーム。

 お姉ちゃんも居る。剣道部の部長さんとキャッチャーの格好をしたソフトボール部のキャプテンも居る。何か話している。

「弥生!こっちにおいで!」

 お姉ちゃんが呼んでいる。私と葵はベンチの前に行く。お姉ちゃんが生徒会長の腕章を付けて立っていた。

「剣道部とソフトボール部の部長さんと話して、決闘の許可をしたの。生徒会長の権限でね。私に出来る事はここまでよ。後は寧々ちゃんに頑張ってもらうわ」

「お姉ちゃん有り難う」

「いいのよ。寧々ちゃんは私の大切な友達だもの」

 隣で剣道部の部長とソフトボール部のキャプテンが話しあっている。

「良いだろう。負けた部が、勝った部のマネージャー(雑用係り)を今年一杯やる約束」

「ソフトボール部も了承しました。清々堂々戦いましょう」

 結局『寧々対小次郎君』だけじゃなくて『剣道部対ソフトボール部』になってしまっていた・・・・・・もうお祭り騒ぎ。

 私たちは一塁側ベンチの中に座って見学。寧々はウォーミングアップを開始した。ズバーン。ズバーンとキャッチャーさんがボールを受ける時の音がする。私には寧々の投げるボールが速くて、全く見えない。これが伝説の消える魔球?

『弥生。三塁側ベンチを見ろ。日下部が居るぞ。野次馬根性丸出しだ。いやらしいヤツめ!』

 羅刹さんが小声で教えてくれた。確かに、三塁側に日下部がいる。両隣に女の子が居る。一昨日とは違う娘。ホント女たらしだわ。

 私・・・・・・羅刹さんがベンチに置いてあるヘルメットを被り、金属バットを持った。

『弥生。体貸してくれ。俺もソフトボールをやってみたい。見せパン履いて来ただろう』

 オレは寧々がウォーミングアップしているバッターボックスに入った。

「弥生ちゃん。私のボール打つ気?いいわよ」

『ああ。寧々、一番速いヤツを頼む』

 オレは金属バットを構えた。ソフトボールのマウンドはベースボールのそれよりも近い。ソフトボールのピッチャーが投げると百キロはベースボールの百六十キロに相当するらしい。オレは寧々のボールを打ってみたくなった。

「違うよ、弥生ちゃん。バッターボックスに入ったら、左手を前に出して、バットを垂直に立てるんだよ」

 オレは寧々に言われた通り、バットを垂直に持ち、グッと前に突き出した。

「そう!そして、右手で肩の袖を掴んで、自分方へ引っぱるんだよ」

 右手で肩の袖を引っ張る。寧々の言う通りにした。

「おっけー。その構えは私が尊敬するメジャーリーグの選手の構えだよ。じゃあいくよ」

 寧々が大きく振りかぶって・・・・・・投げた!

 ズバーン!

 キャッチャーミットの音がする。良い音だ。かなりのスピードが出ているな。

『ほう。速いな。これでは小次郎も苦戦するだろう。もう一球頼む!』

「わかったよ!弥生ちゃん。赤いユニフォームを着ている私は三倍速く投げられるんだよ!」

『寧々よ、それは赤いヤツ違いだ』

「いっくよー!」

 寧々が大きく振りかぶって・・・・・・投げた!

『とおりやあ!』

 ピャイイインン!

 オレは寧々の投げたボールを打った。三塁側に向けて!

 ガッシャーン!

 ボールは三塁側フェンスに当たった。日下部の頭上一メートルくらい上に。日下部は「あぶねえじゃねえか!」とか言ってるが、無視する。

「弥生ちゃん。ファールだけど私の速球に当てるなんて、凄いね」

『寧々。いいボール投げるなぁ。有り難う。楽しかったよ』

 オレは一塁側ベンチへ戻ろうとした。すると前から、小次郎が剣道着に袴で、グラウンドに入ってきた。刀を担いでいる。隣にはあすかが黒い子猫を抱いている。あの化け猫だな。ほう、小次郎はいい面構えになったな。オレは引っ込む。

「弥生先輩!」

 あすかちゃんと小次郎君が来た。あれっ?小次郎君の顔、酷いアザだらけ。

「小次郎君どうしたのその顔?」

「バッティングセンターでの練習の結果です。ご心配無用」

 あすかちゃんが事の経緯を話してくれた。寧々の速球を斬る為、土方君はバッティングセンターのボールを投げる機械から三メートルの位置で練習してたらしい。通常は十八メートル離れているのに。その結果、体中にデッドボールを受けたみたい。

 小次郎君が靴を脱いで、バッターボックスに入った。

「木下先輩、お待たせして申し訳ない。さあ!始めましょう」 

「寧々はおっけーだよ」

 お姉ちゃんがグラウンドの真ん中に行った。これからルールを説明するらしい。生徒会長の仕事だね。肩から拡声器を下げている。ホワーアアアアン!とか変な音が鳴っている。

「みんないい?ルールを説明します。木下さんは土方君をアウトにしたら勝ち。三振に討ち取れば木下さんの勝ち。フォアボールはなしね。土方君は三振にならずにボールを両断できれば勝ちになります。二人ともよろしい」

「はい!良いです」

「寧々は良いよ!」

「それじゃあ!プレイボール!始め!」

 お姉ちゃんはソフトボールの試合開始と剣道の試合開始の号令を合わせて掛けた。ああ言う時のお姉ちゃん、格好いいなぁ。

 小次郎君はバッターボックスで居合いの構えを取っている。寧々の方をグッと見つめている。寧々はキャッチャーのサインを見ている。うわあ・・・・・・緊張してきた。私の手にも汗が滲んできた。サインが決まったようだ。

 寧々が大きく振りかぶり・・・・・・投げた!

 ズバーン!

「ストライーク!」

 一球目は見逃した。

「ナイスピー寧々!」

 キャッチャーから寧々へ返球。寧々はボールをパッシっと受け取る。寧々はまたサインを見ている。

 二球目。寧々が大きく振りかぶり・・・・・・投げた!

 シャキーン!

 ズバーン!

 小次郎君が刀を抜いて・・・・・・斬った?空振り?ボールはキャッチャーミットに納まっているけど・・・・・・。

 キャッチャーがお姉ちゃんにボールを見せている。剣道部の部長さんも混ざって話してる。うーん気になる。

 ホワーアアアアン!

 お姉ちゃんが拡声器を持って、グラウンドの真ん中に来た。判定結果を言うみたい。

「今の結果についてー。土方君はボールを斬りました。だけど、ボールの上四分の一を削りとっただけなので、両断したとはいえません。斬ったボールがキャッチャーミットに納まったので、ソフトボールのルールではアウトになります。でも土方君はボールを斬っているので、協議の結果、ストライクとします。したがってツーストライクから再開します」

 おおおおおおおおお!

 歓声が上がった。まだ決着はついていないのね。二人とも頑張れ。

「土方君。寧々の変化球に当てるなんて、やるね!」

 寧々が土方君を褒めている。いいライバル関係って言うのかな?

「木下先輩も、その細腕の何処にこんなボール投げれる力あるんですか?尊敬しますよ」

 小次郎君はパチンと鞘に刀を納め、居合いの構えをする。

 寧々はキャッチャーとサインの確認をしている。

 結構長いサインの確認。寧々は首を横に振っている。最後の一球。寧々も慎重なのね。

「おい!ちんちくりん!早く投げろ!この勝負に大金かけてんだ!さっさと投げろや!」

 汚い野次にグラウンドが静まり返った。野次の主は、日下部だ。まずい、寧々が動揺しちゃう。折角いい勝負しているのに、水を挿すなんて許せない。

 小次郎君は・・・・・・構えたまま動かない。勝負する気だ。居合いの構えのまま、刀をひっくり返している。

 寧々が大きく振りかぶって・・・・・・投げた!

 ああっ!すっぽ抜け!

ボールに勢いは無く、ゆっくりキャッチャーへ向かっている。さっきの日下部の野次に動揺したんだ。小次郎君は・・・・・・斬った!

 ギン!

「グッヘッ!」

 斬った?ボールは・・・・・・もの凄い勢いで飛んでった。飛んだ先は日下部のお腹。強烈にめり込み、日下部は地面でゴロゴロのたうち廻ってる。小次郎君はボールを打ち返したんだ。日下部に向かって。勝負はともかく、気分的にはスッキリしたわ。

「ボールを斬ることが出来ませんでした。俺の負けです」

 小次郎君はパチンと鞘に刀を納め、寧々とお姉ちゃんたちに向かって御辞儀をした。三塁側に歩いてくる。三塁側の剣道部の部長さんの所に来た。

「申し訳ありません。負けました。俺のせいで、剣道部はソフトボール部の雑用係となってしまいました」

「良い土方。剣道部皆、同じ思いだ。日下部の野次はスポーツマンとして許せるものではない。むしろお前に感謝するぞ」

「有り難う御座います。主将」

 寧々ちゃんも部長さんとお姉ちゃんと一緒に三塁側ベンチに来た。

「土方君。どうして寧々のボールを斬らなかったの?土方君の勝ちだったのに」

 寧々が小次郎君を問い詰めている。勝利に納得が行かないようだ。

「木下先輩。俺は斬りました。確実に斬りました。刀の刃の向きを間違えたのが敗因です。言い訳はしません。俺の負けです」

「土方君、あのね、寧々ね・・・・・・」

「お前ら、よくもやってくれたな!」

 日下部が怒りの形相でこちらに向かって来る。最後まで面倒くさいヤツね。

『弥生。オレの出番だな』

 オレは金属バットを持って、日下部の前に立つ。オレの足元を黒い猫が走っていった。

 ジャンプ一番、猫が日下部の顔に襲い掛かった。爪を立て、引っ掻いている。

「何だ!このくそ猫!」

 日下部は顔から猫を引き剥がす。猫がしゅったっと地面に着地してフーッと威嚇している。

『猫、有り難う。ここからはオレがやる』

 オレは金属バットを構えた。

「待って羅刹さん。私にやらせて。魔法を使います」

『そうか。わかったよ。弥生』

 私は羅刹さんに代わり、日下部に対峙する。

「このアマ!この前、よくも駅でやってくれたな!」

 日下部は懐からナイフを出した。最後まで卑劣なヤツ。

 私は魔法を使う。私の足元に黄色の魔方陣が出る。私は指を空に掲げた。

 ゴロゴロゴロ!スパアアアン!

「なっ・・・・・・」

 日下部に雷が落ちた。日下部は真っ黒になってその場に倒れた。私はワザとらしく大声で叫ぶ。

「いやああ!この人、ナイフで襲おうとして、ナイフに雷が落ちたわ!」

 周囲がざわめく。剣道部の男子生徒が「なにい!」とか言って、日下部を縛り上げている。これでもう悪さは出来ないわ。

「悪い事するから、雷が落ちるのよ」

『弥生、上手い事言うじゃん』

 羅刹さんに褒められたけど嬉しくないなぁ。

 ホワーアアアアン!

「皆!生徒会のイベントは終了ね。解散してください」

 お姉ちゃんが拡声器でお開きを告げる。これって生徒会のイベントだったんだ。ちゃっかりしてるなあ、おねえちゃん。

 


 私たち五人は校門に向かって並んで歩く。皆揃って下校。寧々はユニフォームから制服に着替えていた。手にノワールを抱いている。

「その猫ちゃん。グラウンドの周りをウロウロしてたんですよ。私を見たら足に擦り寄ってきて、連れて行けって」

「あすかちゃん。ありがとうね。ノワールも寧々の事応援に来てくれたんだよ。きっと」

 うん。それは間違いないと思う。言えないけど、その猫、化け猫だから。

「寧々は土方君に助けられたのかな・・・・・・日下部先輩の事で悩んだけど、今は全然日下部先輩の事、考えられないよ」

 寧々が今までの出来事を振り返っている。

「寧々ちゃんは、心の風邪を引いちゃったのよ。その風邪のせいで、少し迷っただけよ」

 お姉ちゃんが寧々の頭を撫でる。寧々に笑顔が戻った。良かった。私も安心。葵は無言で撮影してる。もう勝手にやってなさい。

 校門に人影。男の人。小次郎君だ。

 私たちが校門の前で立ち止る。小次郎君が寧々の前で正座して頭を下げた。

「約束を果たす為に参上しました。何なりとお申し付け下さい」

 小次郎君って男らしいね。逃げないでちゃんと約束を守ろうとしている。

 寧々が一歩前に出た。

「土方君。じゃあ、ストラストフォートレスパフェご馳走して。寧々の大好物だから」

 寧々は小次郎君の手を引き立ち上がらせた。

「今から食べに行くよ。あすかちゃん、悪いけど、ノワール預かって。後で迎えに行くから。皆はついてきちゃダメだよ。小次郎君と二人で行くから」

 寧々は小次郎君の手を引き駆け出して、行ってしまった。良かったね、寧々。私は二人を撮影しながら追いかけようとしていた。葵の襟首を掴む。

「よしなさいよ、葵」

「けち!これからが面白いのに」

『弥生、良かったな。終わりよければ全てよし。ってところだな』

 オレは不思議な感覚になっていた。弥生たちを見ていると、なんだか楽しい。こんな感覚は今までなかった。

「そうね。羅刹さんも協力してくれて、有り難う」

『おう。ソフトボールって面白いな。またやりたいぞ』

 弥生たちにかかわっていると、毎日が楽しい。新鮮な気持ちになれる。心が穏やかになれる。皆、大切な人たちだ。あらゆる厄災から護ってやらねばならん。オレの力が及ぶ限り。そして、皆の自由と尊厳が脅かされる事がないように。

 それが、弥生の身体を借りているオレの義務だ。オレは自分にそう言い聞かせた。ここがオレの居場所だと。

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