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第3話 気付かれた正体

 放課後、葵と寧々とお姉ちゃんとあすかちゃんと五人で歩いて帰る。今日は偶然、みんなで一緒に帰れた。みんなうきうきしているが、私だけどんよりしている。

「弥生、跳び箱・・・・・・凄かったね」

 今日は体育の跳び箱の追試があった。計画通り、羅刹さんが私の身体を使って跳び箱を飛んでくれた。

「これでみんな旅行いけるね。寧々楽しみだよ」

「ねえ、葵ちゃん。弥生の跳び箱どうだったの?」

「私も見たかったです」

 学年が違うお姉ちゃんとあすかちゃんは私の跳び箱を目撃していない。目撃したのは、葵と寧々。

「凄いの、何んのって。二十一段も飛んだのよ。女子の世界記録を超えたわ」

「寧々だって七段がやっとなのに」

 そう・・・・・・羅刹さんは自分の身体能力をフルに発揮してしまった。前人未踏の二十一段。男子でも飛べない。私は作らなくていい伝説をまた一つ作ってしまった。

「まあ、凄いわね。弥生。オリンピックに出れるんじゃない」

「あの運動音痴の弥生が・・・・・・」

「弥生先輩凄いです。尊敬します」

 とほほほ・・・・・・羅刹さん、有り難迷惑ですよ・・・・・・。

「と、ところで、葵。今度の定期公演会、どんな演劇やるの?」

 私は強引に話題を変えた。だって、耐えられないもん。

「今度はね、無難に時代劇。私の役は貧乏旗本の三男坊。主役よ」

「凄いね、葵ちゃん主役なの?」

「うん。今、稽古してるの。殺陣の練習が大変」

「へえーどんな内容なんですか。葵先輩」

「勧善懲悪劇よ。詳しいストーリーは内緒。知りたかったら、見に来てね」

「行きます。今から楽しみです」

 葵は高校に入って、打ち込める物を見つけた。正直、羨ましい。私も何かしなきゃ・・・・・・と思うけど、なかなね・・・・・・・。

「あすかちゃん。どう?演劇部。入ってみない」

「ええ?そんな。私演技なんて出来ない・・・・・・」

「あら、やらない内から諦めるの?駄目よ・・・・・・やってみてから出来ないならわかるけど」

 如月お姉ちゃん。この前向きさが買われ生徒会長になった。お姉ちゃんの性格も羨ましい。

「まあ、今度見学においで、それから考えてもいいんじゃない」

「わかりました。今度行きます。弥生先輩も一緒に行きましょう」

「えっ?・・・・・・うんいいわよ」

 私も行く事になった。葵って演技の最中はホント別人になる。役に成り切るって言えばいいかな。私も打ち込める物を早く見つけないと・・・・・・がんばろう。

「あれ?」

 寧々が突然すっとんきょな声を上げる。てってってと小走りに一人先へ行く。

「寧々ちゃん。どうしたの?」

 寧々の行った先は電信柱。その影にダンボールが置いてあった。寧々が中から取り出した物は・・・・・・・。

「にゃあー」

「猫ちゃんが捨ててあった」

 黒い子猫を抱き上げる寧々。可愛い。皆、寧々のもとへ駆け寄る。

「可愛い!」

「捨て猫?」

「いやん!可愛いわ」

「ふわふわして気持ちいい」

 私たちは猫を撫でる。皆で撫でる。撫でるたびに、にゃにゃ鳴く。もう皆子猫にめろめろになった。

 でも・・・・・・・何かこの猫に違和感というか、不思議な感覚を覚えるのだけど・・・・・・良くわからなくて、もどかしい。

「寧々、この猫ちゃん、連れて帰る。寧々のおうちで飼う」

 寧々が猫ををつれて帰るといっている。いいなあ。私も猫ちゃんが欲しい。

 寧々は家に電話を掛けている。どうやら飼う事がOKとなったみたい。よかったね。猫ちゃん。


 私たちは駅で別れた。お姉ちゃんは買い物があるからって、商店街の方へ行った。私は一人で、家に帰る。昨日、酷い目にあったけど、頼りになるボディーガードが私の中に居るから安心。

 と言った矢先、前から怪しい人が歩いて来る。何が怪しいかって言うと、黒尽くめのスーツに黒いネクタイ。お葬式の帰りみたいな感じ。そして、手にボートのオールみたいな物を持っている。違和感有り有りだわ。

「わあ!」

 私の意志とは関係なく、私は立ち止った。私はびっくりして、思わず声が出てしまった。羅刹さんに身体が乗っ取られた。もしかして、緊急事態?


『お前は・・・・・・船頭!』

 オレは前から来る男が只者ではないと感じ、弥生の身体を借りた。この船頭、確か三途の川で弥生を渡していたヤツ。オレたちを迎えに来たのか?

「羅刹天様と東條弥生様ですね。お二人にお話があり、賽の河原より参りました。お時間宜しいでしょうか」

『船頭。何の用だ』

「お二人に謝罪に参りました」

『謝罪だと』


 オレは船頭に案内されて、喫茶店に入った。紅茶を出された。一口。うーん美味い。

 オレは船頭が不審な動きをしたら、その場で叩きのめすつもりで居る。

『謝罪とは何だ?』

 オレは単刀直入に聞いた。

「まあ、自己紹介から。私はカロンと言うものです」

 名刺を出された。《三途フェリー株式会社 代表取締役 カロン》と書いてある。

 三途フェリーね・・・・・・まあ、聞いてやる。謝罪とやらを。

「謝罪と言うのは、あなた方を三途の川の向こう岸へ渡せなかった事です。三途フェリーは死者を安全、快適、迅速に三途の川を渡すのが業務です。今回は事故ではありますが、業務不履行の謝罪に参りました。誠に申し訳有りませんでした」

 船頭カロンは席から立ち上がり、深々と頭を下りた。不祥事を謝罪する会社社長のように。そして席へ戻る。オレは腕を組み、カロンを睨む。

『謝罪は受け入れよう。まあ事故だろうからな。ただ、オレと弥生はどうなるのだ?』

 オレは謝罪よりもそっちの方が気になった。

「お客様の御希望の通りにしたいと思います。今すぐ、三途の川を渡りたいのであれば、そのように・・・・・・」

『この世に留まりたい。と言えば、そうなるのか?なあ、弥生』

 オレはともかく、弥生は死にたく無いだろう。

「私は死にたくないわ。まだやりたい事が沢山あるもの」

『オレはこの身体を出たい。この身体は弥生のものだからな』

「はい、この世に留まる事も可能です。但し、それには少し厄介な問題が残ります」

『それは何だ。勿体つけずに早く言え』

「事故とは言え、お二人は元々、死者で、三途の川を渡る魂でした。それが現世に強引に戻された形です。今は魂が不安定な状態です。簡単に言えばお二人の魂が溶着して一つの魂となっています。羅刹様が弥生様の身体を出ると・・・・・・弥生様お一人様の魂では生命を維持できません。死んでしまいます」

『オレはこの身体からは出られないのか?』

「先ほど、今は、と申上げました。弥生様の魂が元に戻る迄です。数ヶ月掛かります。それと・・・・・・」

『それと何だ?まだ条件があるのか?』

「はい。羅刹天様の身体が必要になります。羅刹天様の魂が戻る場所が・・・・・・」

『何だ?それは。オレの身体は首を刎ねれた。元には戻らんだろう。オレだけ冥界へ行く事は出来ないのか?』

「片方の魂だけ、と言うのは出来ません。河川交通法で定められています。お二人で行くか、お二人で残るかの選択です」

『じゃあ、オレは弥生の身体か出られないのか。オレの身体はもう無いぞ』

「その件に関しては、羅刹様が現世へ残りたいのであれば、冥界行政府に申請して身体を戻して貰うよう、手続きします。これも数ヶ月掛かります」

 うーん。時間は掛かるが、弥生の身体は元に戻りそうだ。

『このまま、数ヶ月過ごせば、弥生の身体は元に戻るのだな』

「そうです。羅刹様の身体も戻ります。そうすれば、また鬼界の頂点に立つ事も可能かと・・・・・・」

『余計な詮索はいい。オレはもう、戦争はしたくない。身体が戻った後は好きにさせて貰う』

「わかりました。ではこのカロン、微力ながらお二人が元に戻るよう最善を尽くします」

 カロンはニヤリとした。読めんヤツだな。ようし、最後の質問だ。

『船頭。最後の質問だ。何故、オレ達の希望を叶え様とする?貴様に何の得がある。答えによっては・・・・・・』

 オレは、組んでいた腕を解き、拳をカロンへ突きつけた。

「滅相も御座いません。魔力を極め、鬼界の頂点に立った羅刹天様と争っても、我々に勝ち目はありません。お二人の希望に添えるようにしたのは、こちらかお願いが有ります」

『やはりか・・・・・・で、その願いとは何だ?』

 オレは警戒を解かない・・・・・・交渉決裂の場合はこの船頭を真っ二つに裂く。

「今回の事故を内密にして頂きたい。事故が冥界行政府の知る所になると我々は倒産させられてしまいます」

『そうか・・・・・・わかった。約束しよう。貴様も約束を違えぬようにな!その時は・・・・・・』

「はい、承知いたしました。」

 オレは立ち上がり、喫茶店を出ようとした。

「最後に御注進申上げます。死神には御気をつけなさいませ。不浄の魂を狙っています。お二人にもいずれ・・・・・・」

『感謝する。紅茶、ご馳走さんでした』

 オレは喫茶店を出て、弥生の家に向かって歩く。まあ、いい方向に進む事になった。しばらく、この不便な状態を我慢すれば。ただ・・・・・・死神は厄介だ、対策を考えなければ、ヤツらは狡猾な上、強い。元のオレの身体で戦うなら、勝機はあるだろうが、弥生の身体では使える魔力に限度がある。強力な 魔法や体術を使うと身体が壊れる。

「ねえ!羅刹さん!」

 急に弥生が喋りだした。

「家、通り過ぎたんだけど」

 ん?オレは辺りをキョロキョロ見渡した。確かに通り過ぎた。考え事をしていたせいだ。

『おう。すまんな・・・・・・身体を返すぞ』

 オレは引っ込んだ。


 家に着いた。

「ただいま・・・・・・」

 と言っても誰も居ない。私は自分の部屋へ行き、制服を着替える。ベッドでごろごろ。この時間がたまらなく・・・・・・好き。

 私は喫茶店での話しを思い出す。私って本当に死に掛けたみたい・・・・・・三途の川で溺れた事も、羅刹さんに助けられた事も思い出した。覚えているのも変だけれど。

 私は姿見の前に行く。自分の身体を鏡に移す。

「羅刹さん。ちょっと良いですか?お話しがあるんですけど」

『ああ。いいぜ』


 オレは弥生に呼び出された。多分、喫茶店での話しだろう。鏡の中の弥生と向き合う。

「羅刹さん。私、全部思い出した。溺れた事や、助けられた事。私、本当に死ぬ運命だったのね。羅刹さんに助けられてなかったら・・・・・・そう思うと怖くなっちゃった」

 鏡の弥生の顔が青くなっている。本当に怖いみたいだ。

『うーん。あんまり気にしない方がいいんじゃないか。今、この瞬間は生きているんだから、過去の出来事よりこれからの事を考えた方がいい』

「そうですね。有難う。励ましてくれたんだよね」

 鏡の中の私は照れくさそうにしている。羅刹さんだね。

『まあ、その代わりと言っては何だが・・・・・・オレという厄介者を背負い込ませてしまったのは、申し訳ない』

「まあ。気にしていないとは言えないけど、仕方ないよね。死ななかっただけ、マシだから」

『数ヶ月間、我慢して欲しい。その間、オレは弥生の事を護るから』

「お願いします。取引成立ね。こういうのを何って言うんだっけ?カクレクマノミとイソギンチャクみたいな関係、弱肉強食だっけ?」

『共棲だろ。大丈夫か?テストで共棲を間違えると強制的に補習になるぞ』

「もう、やだー。オヤジギャグ?寒いわよ」

 私はハットした。今の私は鏡の前で、一人でオヤジギャグ言って、一人でツッコミ入れてる変な女子高生じゃない。私が聞きたかったのはオヤジギャグじゃない。

「それよりも大事な事があったわ。死神って何?」

『死神は・・・・・・魂を強引に冥界へ連れて行くヤツらだ。特に事故などの偶発的な死を司っている。それと、オレ達のような不安定な魂を狙っている。ヤツらとは昔戦った事があるが、手強い相手だった』

「羅刹さんよりも強いの?さっきのカロンさんだっけ?その人の話じゃ羅刹さんは鬼の中でも頂点に立った最強の武将だって」

『うーん。その質問の答えは・・・・・・オレの自分の身体で戦うなら死神より強い。弥生の身体で戦うなら死神に敵わないだろう・・・・・・』

「私の身体じゃ駄目なの?羅刹さん不良をコテンパンにしたじゃない。それとも、私が女だから?」

『違うんだ。男とか、女とかじゃなくて、自分の身体じゃないからだろうな・・・・・・実は弥生の身体ではオレの魔法が使えない。使うには、多分・・・・・・弥生の協力が必要だ』

「どう言うこと?」

 鏡の私は腕組みをして、考えこんでいる。羅刹さん、何かあるの?

『オレが弥生の身体を使っている時は、魔法が出せない。何故かはわからん。だから試してみたい。簡単に言うと、弥生が魔法を使えると思う』

「えっ?私が魔法」

『そうだ。オレが引っ込んだ時、オレは魔力が出るのを感じる。と言う事は弥生が魔法を使う事が出来るのではないかと思う』

「そんな事が出来るの。私魔女じゃないし、私の高校はホグワーツ魔法学校でも無いし」

『じゃあ試してみよう。それで魔法が出来たら、弥生も納得してくれるだろう?』

「わかった。やってみます。どうすればいい?」

 私はお姉ちゃんの言葉を思い出した。やる前から、諦めるな・・・・・・。

『じゃあ、オレの言う通りにやってくれ。まず、右手人差し指を立てる』

「こう?」

 私は人差し指を立てた。

『それで指の先にローソクの炎が燈る形を心の中で、イメージして』

「わかった」

『じゃあ、オレは引っ込むぞ。やって見てくれ』

 私は羅刹さんに言われた通り、ローソクの炎が指に燈るのをイメージした。指先をじっと見つめる。すると足元に円形の幾何学模様が出てきた。赤い色をしている。

 ボッ!

 うわあ!私の指に火が付いた。小さな炎。熱くはない。

『出来たようだな』

 鏡に映る羅刹さんが喋った。その瞬間、火が消えた。

『やはり、オレが出ると火が消える。魔法は弥生じゃないと扱えない』

「何か不思議な気分。私、魔法使いになっちゃった」

『死神と戦うには魔法を上手く使えないとダメだ。厳しいが、死にたくなかったら、魔法を使えるように練習しよう』

「わかったわ。私、頑張る。折角助けてもらった命だから大事にしたい」

『では、ノートと鉛筆を用意してくれ、オレが魔法の説明するから』

 私は自分の机にノートと鉛筆を出した。そして、小さな鏡を置く。この鏡に自分を映し、羅刹さんと会話する。

「何か、変な感じね。鏡の自分と話するなんて」

『そうか、弥生は見慣れた自分の姿と会話してるんだな。オレは弥生と話をしている事に変わりはないから』

「ねえ、ねえ。私を見てどう思う?」

 弥生がオレにどんな答えを求めているかすぐにわかった。オレは彼女の期待に添えるような答えを言った。

『べっぴんさんだね。可愛いよ』

 鏡の中の弥生はふくれっ面になった。どうしてだ?

「なんか、当たり障りのない言い方ね・・・・・・あんまり嬉しくないわ」

『そうかい?本音だよ』

「ふーん・・・・・・じゃあ、素直に受け取っておきます。ありがと」

 弥生が笑顔になった。よくわからんが。



 そんなこんなでオレ達は魔法の勉強を開始した。

『魔法は無尽蔵には使えない。体力を消耗するからだ。強力な魔法はそれに応じて体力の消耗も大きい。体力が回復するまでは次の魔法は使えない』

「そうなの、便利なものと思っていたのに。意外に不便ね」

『まあ、伝説では究極の魔法には魂が宿り、無尽蔵に使えると聞いた事がある。が、あくまで伝説だ。現実とは違う』

「わかったわ。普段、滅多やたらに使っちゃいけないのね」

『これから魔法とその効果をノートに書くから、覚えてくれ、二百五十六種類あるから、結構大変だぞ』

「二百五十六種類もあるの?」

『そうだ。そんなに多種の魔法が使えるのは鬼界でもオレだけだった』

「羅刹さんって凄いのね。免許マニアみたい」

『弥生も免許にチャレンジした方がいいぞ。自分の為だ、免許はいつ役に立つか解らんからな。人間としての価値が上がると考えればいい』

「そうね。アドバイス有難う。なんだか、妹に世話を焼くお兄ちゃんみたいだね」

『褒め言葉として、受け取っておくよ。じゃあ魔法を教えるぞ』

 その日、夕飯とお風呂を挟んで、魔法の勉強は深夜まで続いた。


『弥生、魔法の種類は二百五十六あるんだが、使ってはいけない魔法を教えておく』

「何?その使ってはいけない魔法って」

 オレはノートの最後に書かれた魔法の名前に赤ペンでマルを書いた。

「これがそうなの・・・・・・《黄泉火炎》なんて読むの?」

『ヨミカエンだよ』

「よみか・・・・・・」

 オレは慌てて弥生の口を塞いだ。

『すまん、弥生。説明が足りなかった。今、お前がその言葉を口に出して、暴発したら大変な事になる』

弥生は凄く驚いた顔になった。

「大変って・・・・・・どうなるの?」

『そうだな、半年は寝たきりで動けなくなる。それぐらい魔力を消耗するが、効果は凄いぞ。黄泉の炎に焼かれた物はそのまま、冥界へ飛ばされるんだ。弥生の世界の言葉で言うと、即死魔法かな』

「協力な魔法はその分、消耗も激しいってことかしら」

『そうだな、この魔法を使えるのは、魔導士の称号を持つ者だけだ。オレも使った事は無い』



 翌日、土曜日。今日は午前中で学校は終わり。空は晴天。

 葵ちゃんと寧々ちゃんは午後から部活。お姉ちゃんは生徒会の仕事。私はあすかちゃんと一緒に下校。 私は午後から、魔法の特訓が待っている。

「弥生先輩。明日楽しみです」

 そうだった。明日はあすかちゃんとお出かけするんだった。羅刹さんが。

「うん。そうね。私も楽しみ」

「お買い物して、お昼食べて、映画見て・・・・・・」

 楽しい時間は早く過ぎる。駅に到着。

「じゃあ、弥生先輩。明日十時に駅で待っています」

「了解。じゃあね。あすかちゃん」

 私はあすかちゃんと別れ、家に帰る。制服を着替え、魔法ノートを持って、庭に出る。

「早速始めましょう。羅刹さん」

『やる気があっていいな。弥生』

 なんか、他の人に出来ない事をするって、ワクワクすのよね。

『じゃあ、雷の魔法から、やってみよう。火の魔法は制御できないと、火事になるからな。昨日教えたように、やってみてくれ。オレは引っ込む』

「うん。わかりました」

 私は右手を高く掲げた。雲が出来るのを、イメージする。私の足元に黄色い魔法陣が現れた。凄く大きな入道雲を思い浮かべた。魔法陣から稲妻が走る。

 とたんに周りが暗くなった、上を見ると大きな積乱雲が出来てきた。ゴロゴロ雷の音が鳴り始めて、どんどん大きくなっている。

「もっと、もっと大きくなれ!」

 入道雲はさらに大きくなった。ゴロゴロ言う音も大きくなってきた。

 私は遠くに見える鉄塔に目標を定めた。

「雷よ、落ちろ!」

 私は掲げていた右手を鉄塔へ向け振り下ろした。

 バッ!

 眩い閃光が、鉄塔に向け光った。凄く眩しい光。目が眩んだ。

 ゴロゴロ!ドズウウウン!

「きゃっ」

 雷が落ちた。大音響が周囲に響き渡った。私は驚いて耳をふさいでしゃがみ込む。

『やったな・・・・・・弥生。と言うか、やりすぎだ』

 耳をふさいでしゃがみ込んだ私。背中につめたい物を感じた。

 ドザアアアアアアー!

 雨が降ってきた。ものすごい雨。バケツをひっくり返したような雨。いいや、滝のような雨。

「ひやああああ」

 私は慌てて、家の中に飛び込む。時既におそし。私は下着までぐっしょりと濡れてしまった。魔法ノー トも濡れてへろへろになっている。

 ガチャ!

 不意に居間のドアが開いた。

「うわあ!凄い雨ね。もう、びしょ濡れ・・・・・・」

 お姉ちゃんが帰ってきた。お姉ちゃんも濡れ鼠になっていた。

「もう少しで家に着く所だったのに、突然雨ふるんだもん」

 お姉ちゃん、ごめんね。私が降らせた雨なの。

「着替えないと、風邪ひいちゃう」

 私は着替える為、部屋に戻ろうとした。

 まあ、いいか。羅刹さんの事は黙っていれば。お姉ちゃんは部屋へいった。

『弥生。魔法の才能あるな。初めてであの威力は大したものだ』

 羅刹さんだ。私は鏡の前へ行く。

「そう?お世辞でも嬉しいわ。でも私はあんなに大きな雷をイメージしたつもりじゃなかったんだけど・・・・・・」

『そうだな。魔法をコントロール出来るようになれば、死神に勝てるかもな』

「そうね。新たな課題が出たわ」

 私はよれよれになった魔法ノートをハンガーに掛けて、乾かす。濡れている服を脱ぐ。

『うむ。まさに《練習に水を差された》って事か』

「羅刹さん。今、自分で『上手いこと言った』って思っているでしょ」

『ははは。やっぱりわかったか』

 私は大きく嘆息した。

「寒いギャグはやめてよ。オヤジくさいから」

『寒いから凍るど《cold》ってか!』

 もう無視しましょう。

 濡れた服を着替え、自分の部屋を出た。雨はもう止んでいた。夕日が綺麗。お姉ちゃんと一緒に夕飯を食べる。テレビのニュースを見て、私は愕然とした。

《突然のゲリラ豪雨によりJR、各私鉄は大幅にダイヤが乱れました。高速道路も一部区間は通行止め、 また落雷により三千戸の住宅が停電となっています。復旧の見通しは立っていません。空港も豪雨の影響で、離発着出来ない状態となりました・・・・・・》

「今日の雨、凄いわね・・・・・・」

 私の魔法はとんでもない威力だった。ここぞと言う時しか使えないわ。

 私はチョッとの罪悪感を感じて自室に戻り、ベッドに転がる。魔法ノートはまだ乾いていない。そういえば、明日・・・・・・。

「ねえ、羅刹さん。明日、あすかちゃんとお出かけよね」

『おう。そうだったな』

「約束どおり、身体貸すから・・・・・・お願いね」

『任せておけ』

 羅刹さん。なんだか楽しそう。

「何か疲れちゃったな・・・・・・」

『魔法を使ったからな。早く休んだ方がいい』

「・・・・・・そうね・・・・・・」

 疲れのせいか凄く眠くなってきた。ご飯食べた後だから・・・・・・。

 私はそのまま深い眠りに付いた。


 日曜日。天気はピーカン。絶好のお出かけ日和。私は身支度して出かける。

「行って来ます」

「気をつけてね。あすかちゃんに宜しく」

 お姉ちゃんの返事が返って来た。家を出て百メートルぐらい歩いた。

「じゃあ、羅刹さん。お願いね」

『ああ。感謝するよ。弥生』


 オレは弥生から、身体を借りた。駅に向かって歩く。今日はスカートじゃないから、動き易い。スカートで暴れると、弥生がうるさい。パンツ見えるとかなんとか言って。今日は気が楽だ。

 駅に着くと・・・・・・手を振って駆け寄って来る少女が・・・・・・あすかだ。

「先輩早いですね。約束の時間までまだ二十分ぐらい有りますけど・・・・・・」

『オレは人を待たせるのは好きじゃないんだ』

「私もです」

 二人並んで歩く。あすかが手を握ってくる。

「ちょっと!羅刹さん」

『何だ?弥生』

 弥生が小声で話す。突然何のようだ。

「羅刹さん。あすかちゃんを褒めてあげて。ほら!可愛いとか、おしゃれだね、とか」

『なんで?』

「あすかちゃん。頑張っておしゃれして来てるのよ。私もびっくりするくらい、可愛らしいわ。白いワンピースに帽子かぶって。

『そうかわかった』

 なんだかわからんが、あすかを褒めることにした。

『あすか。おしゃれだね、かわいいよ』

 すると、どうだろう。あすかの顔がぱあっと明るくなり、笑顔になった。

「嬉しいです。有難う御座います」

 あすかは握っていた右腕に抱きついてきた。多少歩き難いが、まあいいか。

「うう・・・・・・女の子同士で・・・・・・周りの視線が痛い・・・・・・」

 今の声は、弥生だ。確かに周りの人は振り返る。何なんだ?

 歩くこと数分。あすかの目的の店に着いた。その店は・・・・・・ペットショップか。

「私、今度の誕生日にワンちゃん買ってもらうんです。どんなワンちゃんがいいかなぁって見に来たかったんです」

 店の中に入ると・・・・・・畜生・・・・・・もとい、ペットがいる。まあオレは動物嫌いだから、この雰囲気は苦手だ。

『これは、金魚か?』

「弥生先輩。それはグッピーですよ。熱帯魚です。」

『すまん。オレは全部金魚に見える。そう言えば、オレの友達のグッピーが増えすぎて困ってしまった。 そこで解決策としてグッピーの水槽にピラニアを入れたんだ。劇的にグッピーが減って、喜んでたぞ』

「先輩・・・・・・その話、笑えません」



 店の奥のほうへ進む。

『おっ。チキンがいる』

「先輩。それはオカメインコです。チキンは食べ物ですよ」

 オレの中では、鷹も鷲も孔雀もペンギンもケンタッキーも全てチキンの認識だ。更に奥へ進むと、犬がいた。反対側には猫がいる。

「わあ!可愛い!」

 あすかは子犬を見ている。子犬はそれぞれ透明なショウケースに入れられている。十匹ぐらい居る。あすかは店員に頼んで子犬を抱っこしている。とても楽しそう。

「この子可愛い!」

『その犬、なんて言うんだい?』

「この子はポメラニアンって言うんですよ。こっちの大きい子はゴールデンレトリバー。先輩も抱っこして見ませんか」

 あすかが犬をオレに渡す。しょうがないから、抱っこしてみる。

 カプッ!

 おっ。こいつ、噛み付きやがったな。ちょこざいな。ガキの内にちゃんと躾けなければ、後で、人様に迷惑を掛けるからな。

 キャン

 オレは子犬にデコピンをかました。犬は大人しくなった。弥生は・・・・・・さっきのゴールデンハンマーとか言う子犬ぬに抱きついている。

「こっちも可愛い!」

 本当に犬が好きなんだな。あすかが楽しければそれでいい。俺は彼女に合わせることにした。

「早く誕生日来ないかな」

 オレ達はペットショップを後にした。

「弥生先輩。中央公園行きましょう。私お弁当作ってきました。一緒に食べましょう」

 中央公園はここから歩いて五分ぐらいのところにあった。木陰のベンチに二人で座る。

「どうそ。食べてください」

 バスケットの中にはおむすびが入っていた。オレは遠慮なく貰った。

『いただきます』

 一つ食べる・・・・・・うん、美味い。

「お茶もあります。どうぞ」

 あすかが魔法瓶からお茶をついでくれる。茶も美味い。

「どうですか?先輩」

『うん。美味しい。美味しいよ。有難う、あすか』

「良かった。私、お兄ちゃんのお弁当を毎日作っているんですよ。でも今日は先輩のために作りました」

 おむすびか・・・・・・鬼界での戦争中、補給が滞って一個のおむすびを小隊十二人で平等に分けた事があったよな・・・・・・あの時のおむすびの味は忘れられない。そして、あの時おむすびを分けた連中は・・・・・・みんな死んだ。

「弥生先輩?どうかしました?おむすび、変な味ですか?」

 オレは、あすかの声で我に返った。気が付くと頬に涙が伝っていた。昔を思い出して。

『いいや違うんだ。おむすびが美味しくて感動してるんだ』

 あすかは、ハンカチでオレの涙を拭ってくれた。優しい娘だ・・・・・・。

「まだありますから、どんどん食べてください」

 俺たちはおむすびを食べ、満腹となった。幸せな気分だ。だが、ふと思い出す。さっきの戦友の事を。 先に逝ったあいつら、オレを待っているんじゃないか?オレだけこんな幸せな気分になっていて良いのか?何か申し訳ない気がする。オレは心の中でそっと手を合わせ詫びる。あと、数ヶ月待っていてくれ。 弥生の事が片付けば、そっちに行くからな。

「先輩・・・・・・」

 あすかが、オレに寄り掛かってきた。寄りか掛かったを通り越し、抱きついて来た。

「先輩は、弥生先輩じゃないですよね。弥生先輩じゃない人が、弥生先輩に入っています」

 ?!

 ば、バレた?

「だって、今の先輩、男の子の匂いがします。女の子はこんな匂いしません」

「い、いやあ。さ、さっき汗かいたからじゃない。はははは」

 弥生が突然出てきた。オレに代わり、言い訳している。弥生すまん。

「ああっ!弥生先輩に戻った・・・・・・弥生先輩ごめんなさい。もう一人の人とお話したいです。誰にも言いません。お願いします」

 うーん。しょうがない。

『もどったよ・・・・・・これでいいかい?』

 オレが話しかける。

「私を駅のホームで私を助けてくれたのも、不良に絡まれて助けてくれたのも、あなたですよね」

『そうだ。オレだ』

「お名前、教えて下さい。本当の名前」

『オレは羅刹天、羅刹でいい。そして、人ではない。鬼だ。破壊神。弥生の身体に取り付いている』

「人を助ける優しい鬼さんですね」

『どうして、オレの存在に気付いたんだ?普通の人間は気付かないはずだ』

「それは・・・・・・」

 あすかは俯いてしまった。何か言いたくない事でもあるのだろうか?

『話せない事ならいい・・・・・・』

「ううん、違います。聞いてください。私は霊感が強いみたいなんです。見たくない物まで見えてしまいます。だから・・・・・・」

『そうか、だからオレの存在に気付いた訳か・・・・・・すまん、あすかを驚かすつもりもないし、呪ったりするつもりもない。嫌なら、消えるよ』

「違います。羅刹さんは良い人です。わかってます。駅のホームで助けてもらった時から。本当はちゃんとした姿の羅刹さんとお逢いしたかっただけです・・・・・・あっ!あの・・・・・・別に弥生先輩が邪魔な訳ではなく・・・・・・その・・・・・・御免なさい」

『大丈夫だよ、弥生はわかっているよ』

 あすかは更に抱きついて来た。彼女はオレの背中に手を回す。この娘、いい匂いがするな。頭を撫でてみる。さらにいい匂いがする。オレも手をあすかの背中にまわす。柔らかい。抱き心地がいい。太ももとか、お尻とか、胸とか全部やわらかい。このまま連れてかえって、抱っこして寝たいなぁ。

「羅刹さん・・・・・・ずっと私のそばにいてください」

 あすかはそう言って、オレのほっぺに接吻してきた。不思議な感触だ。今までこんな感触に触れた事は無い。うーん。なんとも言えない、いい感触。あすかの顔は真っ赤になってるぞ。オレはあすかのいろんな所を撫でた。

「あんた!いい加減にしなさい」

 オレの左手はあすかから引き剥がされ、自分で自分のほっぺをつねった。

『いてててて』

 弥生が出てきた。怒っているようだ。

「私の身体で、変なことしないって、約束したでしょ!」

『これがへんな事か・・・・・・』

「自覚が無いのは、なお悪い!あすかちゃんも我慢しないで、いやな事はハッキリ断らないと!」

「えっ・・・・・・あの・・・・・・私・・・・・・別に・・・・・・いやじゃないです。もっとして欲しいです」

「あちゃあ・・・・・・参ったな・・・・・・こんな所でするもんじゃないでしょ。映画行くわよ映画!」

 私は強引にあすかちゃんの手を引き公園を後にした。



 映画館の前まで来た。ここは人通りが多いから、変なことは出来ないはず。私は羅刹さんと入れ替わる。

「羅刹さん。映画館で変な事しないでよ!」

『承知』

 オレはあすかの手を引き、中に入る。

『あすか。見たい映画って何だい?』

「うんとね。プロジェクトαって映画」

 オレ達はチケットとコーラとポップコーンを買った。座席に座り、上映を待つ。

 映画館は暗く、空調が効いていて、極めて快適だ。当然眠くなる。


 いつの間にか映画が終わっていた。あすかは・・・・・・。

 なっ、泣いている。ハンカチで目頭を押さえて「ひっく!ひっく」と嗚咽を漏らしている。どんな映画だったんだ?

「主人公が感極まって時計台から落ちたところで・・・・・・涙なしには語れません」

 そうか・・・・・・多分、主人公が時計台から身投げでもしたんだろう。ラブロマンスだったに違いない。



 映画館を出た。駅に向って歩く。日が傾き、夕暮れが迫っている。

「羅刹さん。今日は有難う御座いました。また遊んでください」

『そうだな・・・・・・約束しよう』

 あすかは抱き心地いい。また一緒に遊びたいな。

「じゃあ、明日学校で会いましょう。バイバイ!」

『ああ。さようなら』

 オレは家に戻る。

『弥生。今日は有難う。オレは引っ込む・・・・・・』

「お疲れ様・・・・・・羅刹さん」

 私は家に帰る。

「ただいま」

「お帰りなさい」

 お姉ちゃんがいた。

「どうだった?あすかちゃんとのデート」

「う、うん。楽しかったわよ・・・・・・私部屋で着替えてくるね」

 言えない。絶対に言えない。公園で抱き合った事やほっぺにチューされた事。一番ショックだったのは・・・・・・ショックなのは・・・・・・

「あすかちゃん。私よりスタイルいいかも。ううっ。明日、あすかちゃんと顔あわせづらいな・・・・・・」

 それも、これも羅刹さんのせい?

 違うわね・・・・・・あすかちゃんいつ気付いたんだね。羅刹さんの存在を。

「弥生!ご飯よ!降りてきて!」

「ハーイ!」

 お姉ちゃんと夕ご飯。毎日の日課となっていた。

「ねえ、あすかちゃんと何かあったの?元気ないようだけど」

「うん・・・・・・抱きつかれた。ほっぺにチューされた」

 お姉ちゃんには正直に話す。羅刹さんの事以外を。

「それは大変ねえ。私も生徒会長になった時はそうだったわよ」

「えっ?お姉ちゃんも女の子にチューされたの?」

「うん。でもそんなの麻疹みたいなものよ。私にチューした女の子だって、彼氏が出来た途端、私の事どうでもよくなったみたい。それ以来会ってないもの。それはそれで、ちょっと寂しいけどね」

「そうなんだ」

「だから、あんまり気にしなくていいわよ。あすかちゃんだって、いい人が出来たら、そっちに行くわ」

 お姉ちゃんに言われると楽になる。一歳しか違わないのに随分オトナっぽい発言するなあ、お姉ちゃん。ちょっと悔しい。

 その後、お風呂入って、お姉ちゃんと一緒にお勉強。テスト近いし、お姉ちゃんは来年受験。二時間程勉強して・・・・・・次は魔法の特訓。最近充実してるなあ私。

 私はクタクタになってベッドに潜り込む。

『弥生。お疲れさん。魔法上手くなったな』

「有難う。羅刹さん。何とか物にして、世の為、人の為に使いたいわ・・・・・・」

 そうして、私は眠ってしまった。

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