第2話 魂の融合
オレの名は羅刹。鬼神だ。鬼界の中では名の通った軍神だ。ここは人間界ではない。遥か遠い、鬼たちが住む世界。そしてオレは今敗軍の将として裁判にかけられている。戦争犯罪人として。
「軍神羅刹天よ!何とか言え!黙っていても無罪にはならないぞ!」
オレは喋る気が無かった。負け戦の責任を押し付ける目的で起こした裁判。当然オレに弁護人なんて居ない。結果はわかり切っている。
あんなにも、命がけでこの世界の為に尽くしたのだが、この結果には大いに不満が有る。だが、これで、楽になれると言う気持ちもある。
「判決・・・・・・被告人羅刹天は・・・・・・死刑!」
判決が下った。オレは死刑。思ったとおりだ。覚悟は出来ている。
「即時、執行を行う。被告人を断頭台へ連れて行け!」
オレは刑務官につれられ、死刑執行場所へ連れて行かれた。
今次魔界大戦で戦死した軍神たちの所へ逝ける。もう戦争をしなくていいと考えれば、気が楽だ。
断頭台に縛り付けられた。執行官が大きな太刀を握っている。
「あらゆる魔法を身につけ、鬼神の振る舞いで数々の勝利を得た羅刹殿。あっけない最後ですな」
死刑執行官が話しかけてくる。
「死刑執行官はお前か・・・・・・翔鶴」
「そうです。羅刹天殿の首を刎ねると聞いて是非と志願しました・・・・・・言い残す事は無いですか?」
「生き恥を晒さなくて良かったよ。早くやってくれ。先に逝った戦友が待っている」
オレは眼を瞑り、静かに待つ。
「わかりました。せめてもの情けです。一刀でお送りしましょう」
・・・・・・・・・・・・・・・!
痛みはなかった。長く、無音の世界が広がった。
暫くして、オレは不思議な感覚を受けていた。身体がふわふわとした感覚。そして眼前に広がる光景は・・・・・・首をはねられた自分の身体・・・・・・。
「ああ・・・・・・オレは死んだのだな・・・・・・」
そのまま身体が浮いて天へ昇っていった。
「この先は極楽浄土か・・・・・・・それとも地獄か・・・・・・」
オレは地獄へ落ちるだろう。戦争と言う混乱の中で、敵味方、たくさん殺したからな。地獄へ行く覚悟も出来ている。
天に昇ったオレが来た場所、それは河原だった。賽の河原と言う所か。
自分の身体に五感蘇って来た。死んでいるのに、不思議な感じだ。
オレは死んだ直後の服装だった。白の詰襟、洋装の軍服。黒短靴を履いている。
意外にも天気が良く、青空が広がっていた。春の陽気。川岸は石ころだらけで、歩き難い。フツーの川原だ。
目の前に流れる川。これが有名な・・・・・・。
「三途の川。鬼であるオレもこの川を渡るのか」
もはや、観光客気分のオレ。死んでしまった以上、どうする事も出来ないからこの景色を楽しもう。
伝説では《船頭》とか言うのが舟で向こう岸へ連れて行ってくれるらしい。当然初めての経験だからな。
オレは、さっさと向こう岸へ渡りたかった。この世に未練は全くない。むしろ、戦に明け暮れる地獄に等しかったからな。
川岸を歩いていると、桟橋のようなものが有った。ここから舟が出ているのか?
川の流れは結構速い。上流の方を見ると舟が向こう岸へ行くのが見えた。笠を被った男が必死に櫓をこいでいる。乗っているのは・・・・・・人間の少女のようだ。彼女も死んだんだな。ちょうどいい。彼女の次はオレを運んでもらおう。オレは《船頭》へ声を掛けようと叫んだ。
「おおーい!次はオレを頼む!」
《船頭》は驚いたように振り返った。その瞬間・・・・・・《船頭》がバランスを崩してよろめいた。舟が大きく揺れた。風に舞う木の葉のように大きく揺れた。《船頭》は舟の中へ転んだ。だが、乗っていた少女が川に投げ出されてしまった。
「助けて!・・・・・・」
「いかん!」
少女はもがきながら、下流のほうへ流されていく。泳げないようだ。オレは上着を脱ぎ捨て、に川へ飛び込み、少女の方へ泳いで行った。
「オレも彼女も死んだのに助けに行く必要があるのか?」
変な自問自答をしながら少女の方へ泳いで行く。
ガシっと少女の手を掴むことが出来た。少女がオレにしがみ付く。右手で彼女を抱きかかえ、泳いで岸まで行こうとした。結構流れが速い。どんどん下流へ流される。オレはふと下流の方を見た。
「川が・・・・・・無い・・・・・・」
そう見えた。実際は滝になっていた。
「ダメだ。ここままでは滝に落ちる」
流れが速く岸までたどり着けない。もう滝は目前に迫っていた。オレは少女を抱きしめ、滝から落ちる事を覚悟した。
「そう言えば、オレは死んでいるんだから、滝から落ちたって死ぬ訳ないよな・・・・・・」
オレと少女は滝から、真っ逆さまに落ちた。
「紐なしバンジーかぁ?」
まさにビクトリアフォールのような巨大な滝。オレたちは落ちて行った。
「ジェロニモ!」
オレの叫び声が滝に響いた。
とある病院の一室。ICU集中治療室と書かれた部屋。一人の少女がベッドの上で治療を受けていた。
医師たちの懸命な医療行為も報われず、モニターには《心拍数0》《血圧0》と表示が出ていた。医師たちは無念の表情であった。少女の両親と姉と思わしき人が泣き叫んでいた。看護士がベッドの上の少女の顔へ白い布を掛けようとしたその時・・・・・・。
ドクン!ドクン!ドクン!
急に少女の顔に赤みが差してきた。モニターの数値も『心拍数五十』『血圧七十』数値が回復し出した。
「先生!心臓が動き出しました!」
「こんなことがあるのか?」
少女は今まさに死の淵から蘇ったのだ。
オレは気を失っていたようだ。死んだのに気を失うというのはどう言うことだ?オレは納得が行かなかった。眼を開けると、明るい。部屋の中か。
ん?何で部屋に居る?賽の河原に居たんじゃなかったか?
そうだ三途の川で溺れた少女を助けようとして、滝つぼへ落ちたんだけ。
視界がはっきりして来た。目の前に人間の男と人間の女と人間の少女が居る。三人とも泣いている。
「弥生!気が付いた!良かった!」
少女の方がオレに抱きついてきた。ガシッと抱きしめられた。結構苦しいぞ。
「お姉ちゃんごめんなさい。心配かけちゃって・・・・・・」
何だ?今の声。オレは喋っていないけど、オレの口が喋っている。オレの身体に別な何かが乗り移ったみたいだ。オレの両腕が勝手に少女を抱きしめている。人間二人が抱き合った状態だ。何じゃこりゃ?オレの意思とは無関係に身体が動く。感覚的に非常に気持ち悪い。何が起きているか理解できない。
凄くリアルな肉体の感覚が有る。これは生きていた時と同じ感覚だ。
抱き合った少女がふと離れた。オレが視線を移すと、そこには窓ガラスがあった。窓ガラスに映るベッドの上の少女。
まさかな・・・・・・。
オレは、直感的に気づいた。試してみる。
オレが右手を上げると窓ガラスの少女も右手を上げた。
「きゃっつ!」
「どうしたの弥生・・・・・・」
「右手が勝手に動いたの」
オレは左手を上げてみた・・・・・・鏡の少女も左手を上げた。
「きゃああ!また・・・・・・なに」
「弥生。大丈夫?」
「左手が・・・・・・」
「弥生・・・・・・まだ寝た方が良いわ・・・・・・」
「うん・・・・・・母さん有難う」
これまでの会話。オレは喋っていない。だけどオレの口が、喉が勝手に動く。しかも女の声で喋る。オレは状況が掴めず、あせっていた。
落ち着け、冷静になれ。稀代の軍神と誉れ高いこの羅刹。数万の兵を動かし、数々の戦いに勝利した。 鬼神、魔神、天才軍略家、砂漠の狐、あらゆる名で呼ばれた俺だ。対処の方法は必ず見つかるはずだ。
そうだ、まずは状況を整理しよう。
オレは裁判で死刑になった。首を刎ねられ、死んだ。うん。間違いなく死んだ。そして賽の河原へ行き、三途の川を渡ろうとした。そこまでは良い。正常な流れだ。その後、少女を乗せた舟を見つけた。《船頭》に声を掛けたら、少女が川に落ちた。オレはその少女を助けようとして、川に飛び込んだ。少女を掴んだ。
ん?そうだ!思い出した。この窓ガラスに映る少女はあの〈溺れた少女〉だ!間違いない。
そしてそのまま流され、滝から落ちた・・・・・・待てよ!滝に落ちたと言うことは、三途の川を渡っていないんじゃないのか?
もしかして、オレは死にきれていないんじゃないか?地縛霊みたいになったのか?
彼女の方は三途の川を渡っていないから、助かった?うん。納得感がある。解らないのは、何でこの少女の身体の中にオレはいるのか?
わからん・・・・・・。
部屋を移された。この少女の肉親と思われる人たちはどこかへ行った。「面会時間が終わり」とか 「二、三日で退院」とか言っていた。オレには良くわからん。医者じゃないから。まあ、言葉が通じるだけでも良しとするか。
少女は、ボーっと天井を眺めている。思い切って話かけてみようかな?多分驚くだろう。特に人間の女は不可思議な事態に冷静に対処出来ないと聞いた事がある。だが、どうやって話しかけようか?オレも喋ってみようかな。
そうだな、このままでも埒があかない。思い切って・・・・・・。
『おい、三途の川で溺れた少女!』
「きゃあっ!何私喋ってないのに」
おっ喋れた、喋れた。オレが喋ると、男の、自分の声になるんだな。
『驚くのは無理が無いと思うが、覚えているか?三途の川で溺れただろう』
「なに?なに?私どうしちゃったの?どうして男の人の声で喋るの?・・・・・・そう覚えている。綺麗な川で溺れた・・・・・・もしかして悪霊に憑依されたの?・・・・・・怖い!怖い!助けて誰か!」
少女が泣き出してしまった。これ以上は無理か?しょうがない。しばらく引っ込んで、チャンスを待つか?この少女の身体から出る方法が見つかるまで。なんせ時間はたっぷりある。
なにせ、オレはもう死んでるから。
小鳥の鳴く声が聞こえる。もう朝。病室のカーテンが明るくなっている。昨日は悪い夢でも見たのかな?でも助かってよかった。私、死んだかと思った。でも生きている。ほっぺを自分でつねってみる。
「いたたた」
良かった夢じゃない。
私、東條弥生は生きています。
昨日、川に落ちて溺れた。そこから先は覚えていない。男の人に助けられたような気がする。
コンコン。
ドアをノックする音。ガチャリと音をたて、ドアが開く。
「おはよう。弥生。もう起きてる?」
「おはよう。如月お姉ちゃん。起きてるわ」
如月姉さんが来てくれた。制服を着て、鞄を持っているから、学校へ行く途中みたい。
お姉ちゃんは高校三年生。私は二年生。
「今日退院だって。良かったわね。大した事無くて」
「そうね。ごめんなさいお姉ちゃん。心配かけて」
「もういいわよ。だけど、もう無茶な事はしないでね。あと、お父さんとお母さんはイギリスへ行ったわ。忙しいみたいね」
「そう・・・・・・わかったわ」
お父さんたち、もう行っちゃったんだ。少し寂しい。
「弥生の顔見たら、安心しちゃった。私学校へ行くね」
「お姉ちゃん。一つ聞いていい?」
「なあに?」
「川で溺れた私を助けてくれた男の人。誰だろう。お礼言わなきゃ」
「ええっ?弥生何言ってるの。あなた溺れたんじゃなくて、学校で体育のマラソンの最中に倒れたのよ」
「そうだっけ?良く覚えていないな・・・・・・溺れて助けられた気がしたんだけど・・・・・・」
『助けたのはオレだ』
「ん?お姉ちゃん。何か言った?」
「別に?ああイケナイ!遅刻しちゃう。私学校行くね。夕方また来るから」
「お姉ちゃんありがとう。気をつけてね」
お姉ちゃんは病室を出て行った。
そうだっけ?そうだ、思い出した。私、体育の授業中気分が悪くなってそこから先の記憶がおかしい。 どうしても溺れた記憶がある。そして、男の人に助けられた記憶もある。
「うーん。死にかけたせいで、記憶がおかしくなったのかな」
深く考えるのはよそう。記憶が混乱しているだけよ。きっと。
その日私は、病院を退院した。二日間ほど自宅療養の後、学校へ行ける事になった。
登校日。朝
「弥生!葵ちゃんと寧々ちゃんが迎えに来ているわよ!」
「はーい。今行きます。」
お姉ちゃんの呼ぶ声で、私は玄関を出る。
「おはよう弥生!良かった。」
「弥生!死んじゃやだよ!」
私たち三人は抱き合って無事を喜んだ。三人とも涙を流して喜んだ。
二人は大の親友松平葵と木下寧々。高校入学以来の親友。毎日一緒に学校へ通っている。三人で駅まで歩く。私の家から歩いて五分。もう事故のことは忘れ、短い時間でおしゃべりする。このおしゃべりが結構楽しい。
駅に到着。改札を抜け、ホームに立つ。
「相変わらず混んでるね」
寧々は小柄だから、人ごみに紛れると見えなくなっちゃう。
「ほら寧々、手を握って。」
葵が寧々の手を取る。そう言えば以前、寧々が迷子になったことがあったけ。
「それにしても混んでいるわね」
ホームはすし詰め状態。身動きが取れない。私たちと同じ学校の生徒も沢山いる。もすぐ電車が来る。
「電車の中も混んでそうだね・・・・・・寧々いやだなぁ・・・・・・」
寧々が露骨に嫌な顔をしている。私も嫌だけど・・・・・・。
そう思った時、不意に後ろから、ドンと押された。
「きゃっ」
私たち三人は前のサラリーマンのおじさんにぶつかった。おじさんはその前の人にぶつかった。その拍子で・・・・・・。
「きゃあああ!」
私は見た。悲鳴が聞こえた。ホームの先頭に居た女の子、うちの学校の制服を着ていた女の子がホームに落ちた。もう電車が来ているのが見えている!
「あの娘、轢かれちゃう!」
周囲から悲鳴とどよめきが起きる。間に合わない?誰か助けて!誰か!
私は心の中で叫んだ。自分の力ではどうしようもない。どうしたらいいの?祈るしかないの?誰か助けて!
私はこの後に起こる惨状を決して見まいと目を強く瞑った。
『身体を貸せ!オレが助けてやる!』
何処からか声が聞こえた。物凄くハッキリと聞こえた。男の人の声。聞き覚えがある。そう思った瞬間、私の身体は空中に浮いていた。
オレは強引に弥生の身体を動かす。膝をグッと屈め、思いっきり地を蹴り、高く跳躍する。人垣を一気に飛び超え、女の子が落ちた所へ着地。線路の上に横たわる女の子を抱きかかえる。
「危ない電車が来たぞ!」
ホームの方から、声が聞こえた。オレが顔を上げると目の前に電車が来ていた。
『ヤバイ!轢かれる!』
オレは女の子を抱きかかえたまま。大きく跳躍する。電車は目の前。運転手さんと目が合った。オレは運転席の窓ガラスを思いっきり蹴って、反対側のホームへ飛んだ。三角飛びの応用。
バリッ!
運転席の窓にヒビが入った。
反対側のホームへ着地。人間離れした身体能力を披露してしまった。そりゃオレは鬼神だもの。こんな芸当は朝飯前。
周りから拍手喝采が起きた。抱きかかえた女の子は驚いた顔している。そっとホームのベンチへ座らせた。
『大丈夫か?』
「は、はい。大丈夫です・・・・・・」
怪我も無いようだ。良かった。
周りが騒がしくなってきた。「良くやった!」とか「女の子なのに勇気あるね!」とか言われて、すっかり大勢の人に囲まれてしまった。
『はは・・・・・・どうも』
愛想笑いをした。自分でも顔が引きつっているのが解る。
オレは身の危険を感じ、その場から走って逃げた。当然オレの全力疾走についてこられる人間はいない。逃げた先は・・・・・・女子トイレの個室。扉を閉め、鍵を掛ける。今のオレの姿から言って、これが正しい選択だと思ったから、女子トイレに逃げ込んだ。
『もういいだろう。身体を返すぞ』
オレはそう言って引っ込もうとした。
「待って!私の中に居る人!」
弥生が引き止める。こりゃ面倒な事になりそうだな。
「二日前、病室で私に話しかけてきたのはあなた?」
『いかにも。オレだよ・・・・・・』
「あなた誰?何で私に憑り付いたの?悪霊?」
『三つの質問に一つずつ答えてやる。一つ目、オレは人間じゃなく、鬼神だ。鬼だった。二つ目、憑り付いた訳ではない。君の身体に居る理由は解らん。しかも、出たくても出られない。三途の川で溺れたのを助けたのがきっかけのような気がする。三つ目、悪霊ではない。悪霊が人助けするか?』
「溺れた?助けた?私やっぱり溺れたのね。助けてくれたのはあなたなのね」
『そうだ。三途の川で溺れるヤツが居るとはな』
「そう、私、死ぬ所だったんだ。あなたが助けてくれなければ死んでいたのね」
『まあそうだろう、もう引き返せない向こう岸にたどり着く直前、川に落ちたんだから』
「一応お礼は言っておきます。有難うございます。悪霊さん」
『悪霊ではないって言ってるだろ。オレは二人の人間の命を助けたんだぞ。敬意を持って・・・・・・守護霊のほうが気分的にいい』
「じゃあ、なんて呼べばいいの?貴方に名前があるの?」
『羅刹。オレの名前だ』
「勇ましい名前ね。私は東條弥生」
『よろしくと言っておこう。弥生とやら、学校に行く途中ではないのか?』
「あっ!いけない!今何時?・・・・・・遅刻決定じゃない!次の電車に乗るわ」
やっと学校に到着した。廊下は静まり返っている。もう授業は始まっている。今朝の騒ぎで、遅刻となってしまいまった。私は自分教室の前に来た。
「しょうがない・・・・・・素直に謝ろう」
ガラガラガラ。
扉を開け申し訳なさそうな表情を作り誤る。
「申し訳ありません。電車に乗り遅れて遅刻しました・・・・・・」
パチパチパチパチ
突然教室から拍手が沸き起こった。
「ホームに落ちた一年生を助けた、正義のヒロイン!」
「素敵よ!弥生」
教室はお祭り騒ぎだわ。
「そこまでだ・・・・・・授業を続けるぞ。皆も東條を見習って、人の為に何か出来る人間になりなさい」
拍手が止んだ・・・・・・凄く恥ずかしい。自分でも顔が赤くなっているのが解る。私はうつむいて、自分の席に付いた。隣の席の学級委員長が親指を立て、ウインクする。
「グッジョブ!弥生」
「東條。凄いジャンプだったな。陸上部へ入らないか?」
反対となりの岡崎君。あのジャンプ見てたんだ・・・・・・私があんなに高く飛べる訳無いじゃない。
「いいや。弥生は絶対女子バスケよ!」
「何いってるの!女子バレー部よ」
「囲碁、将棋部よ」
最後のは、ジャンプ力関係ないわね。
「コラ!静かにしろ!授業中だぞ!」
ほら見なさい。先生に怒られた。
それから昼休みまではいつもと同じ授業風景だった。
昼休み。私は仲良し三人組の葵ちゃんと寧々ちゃんとお弁当を食べる。
「葵ちゃん。卵焼き頂戴」
「いいわよ。寧々。弥生のエビフライ頂戴」
「ええ。いいわ。私、寧々のプチトマト食べたいな」
「いいよ。全部あげる。寧々はトマト嫌い。残すとお母さんに怒られるから全部食べて」
いつもの昼食風景。私にとっては二日ぶりのお弁当。美味しかった。お弁当が終わるといつもの雑談。 その雑談を遮る声がした。
「弥生!お客さん!一年生よ」
声がした方、教室の入り口を見る。そこに居たのは。
「先輩!」
今朝助けた女の子。よかった。無事だった。改めて、彼女の姿を見てほっとした。だって助けたの私じゃないから。
その娘が私のところへ近寄ってきた。
「先輩!助けてくれて、有難うございました。」
女の子は元気良く、お礼を言ってくれた。教室内の注目の視線を浴びる。なんか照れくさい。
「まあまあ、座りなよ」
葵ちゃんが椅子を出す。女の子がちょこんと座る。小柄で可愛い子長い髪を左右で縛ってある。今風に言うとツインテール。女の子は緊張しているのかモジモジしている。
「緊張しなくてもいいよ。お名前は」
寧々ちゃんが女の子の頭を撫でながら、名前を聞いている。
「私、風間あすかです。一年B組です。今朝、駅のホームで東條先輩に助けてもらいました」
「私の名前知っているの?」
「東條弥生先輩。舞ちゃん・・じゃなくって、私の友人に聞きました。知っている娘がいたので」
「そう、わざわざ有難ね。あすかちゃんって呼んでいい」
「はい!私も・・・・・・その・・・・・・弥生先輩って呼んでもいいですか?」
「もちろん。よろしくね」
「私は松平葵。弥生の友達よ。よろしくね」
「松平先輩・・・・・・」
「葵でいいわよ」
「はい!葵先輩」
「寧々は寧々でいいよ」
「はい寧々先輩」
私たちはすっかり友達となった。お昼休みの楽しい時間があっと言う間に過ぎて行く。
「あすかちゃんは部活に入っているの?」
「いいえ私はまだ入っていません。先輩方は何かやっているんですか?」
「私は演劇部よ。男役ばかりだけどね」
葵ちゃんの演技は凄く上手。先月の定期公演で演じた『ヘンゼルとグレーテル』のグレーテル役は見事だった。
「寧々はソフトボール部なんだよ。」
寧々ちゃんは運動神経がいい。たまに他の運動部の助っ人もやっている。
「寧々、今スランプなんだよ。全然投げられなくって、レギュラー外されそうなんだよ・・・・・・」
「弥生先輩は部活入っていないんですか?」
「えっ?そうね・・・・・・入っていないわ。運動苦手だし・・・・・・」
「えええっ?」
三人とも驚きの表情。私変な事、言ったかしら?
「先輩、運動苦手って冗談ですよね・・・・・・今朝、忍者のように華麗に飛んでいたじゃないですか?」
「そうね・・・・・・弥生は運動苦手のはずなのに、今朝はどうしたの?」
葵ちゃん鋭いわ。
「実は・・・・・・得意だったのよ。今まで隠していたのよ・・・・・・」
私は背中に冷たい汗をかいているのが解った。苦しい言い訳・・・・・・羅刹さんの事は言えないし。
「じゃあ。今週の体育の授業大丈夫よね。跳び箱、四段飛べなかったら、夏休み補講よ。皆で旅行行けなくなっちゃう」
寧々。それ、私にとっては凄いプレッシャーだよ。
「わあ。先輩たち旅行に行くんですか?いいなあ」
「あすかちゃんも行く?」
「えっ?私も行っていいんですか?お邪魔じゃないですか?」
「うん。皆で行った方が、楽しいし」
葵ちゃんは面倒見がいい。実際、演劇部でも後輩に慕われている。
「有難う御座います。是非ご一緒させて下さい」
パーティーにあすかちゃんが加わった。お姉ちゃんを入れて、五人で旅行。楽しみ。
「今朝の様子じゃ、弥生ちゃんの跳び箱も大丈夫だよね」
とほほ。どうしよう、なんか嘘ついているような罪悪感だわ・・跳び箱練習しないと。
きーんこーんかーこん♪
昼休み終了のチャイムがなった。
「有難う御座いました。私、教室へ戻ります」
「あすかちゃん。またね」
あすかちゃんが自分の教室へ戻って行く。午後の授業が開始となりました。
時間が経過して、もう放課後。葵ちゃんと寧々ちゃんは部活へ行った。私は帰宅部。さあ帰りましょう。鞄を持って、教室を出る。二年生の教室は二階。階段を下りて玄関へ向う。下駄箱で靴を履き替える。
ポンと背中を叩かれた。
「弥生先輩。お帰りですか?」
「ああ、あすかちゃん。うん、帰る所」
「私もです。一緒に帰りましょう。同じ駅ですもんね」
「いいわよ。帰りましょう」
あすかちゃんと一緒に帰る。二人でお喋り。
夏至が近いせいか、夕方とは言え、結構明るい。日差しも強くて暑い。
「弥生先輩って・・・・・・三月生まれですか?弥生だから」
「残念、違うのよ。一月生まれよ。母さんが三月生まれだから弥生になったみたい」
「そーなんですか」
「私、お姉ちゃんがいるんだけど。四月生まれなのに『如月』っていうのよ。父さんが二月生まれだから」
「弥生先輩のお姉さんって三年の東條如月生徒会長?」
「そうよ、成績優秀。スポーツ万能。その上美人。良い所は全部持って行ったわ。私は全然平凡なのにね」
「そんな事無いです。弥生先輩も美人です。私が保証します」
「有難う・・・・・・あすかちゃんは兄弟いるの?」
「兄が一人います。もう就職しています。少し歳が離れています」
「どんなお兄さん?」
「まあ、ろくでもない兄ですけど・・・・・・」
「そうなの?」
私たちはそんな取りとめの無い会話をずっと続けていた。ややしばらくして駅に着いた。喋るのに夢中になって、駅に着くまで結構時間が掛かってしまった。
駅のロータリー。改札口へ行こうとした私たちを呼び止める声がした。
「よう!お嬢さんたち。ちょっといいかな」
若い男二人声を掛けてきた。ちゃらちゃらした格好。制服を着崩しているが。私たちの学校の男子生徒だ。見るからに、ナンパしている。私たちを囲んで、逃げられないようにしている。見た事ある人、三年の日下部良一って人だ。
「俺たちと遊びに行かない?楽しい事しようよ」
「結構です。私たちに構わないで下さい」
あすかちゃんがキッパリ断る。凄いな、私は怖くて言えない・・・・・・。
「そんな邪険にしなくてもいいだろう」
「ほら!行くよ」
男の一人が私の腕を掴んで、強引に連れて行こうとする。怖い!どうしよう!助けて!
「先輩を放しなさいよ!」
あすかちゃんが男に抗議するが当然聞き入れない。男があすかちゃんの腕を掴んだ。
「け、警察を呼ぶわよ!」
「けっ!呼んでみーや!」
男が私の両腕を掴み、押さえつけ、顔を近づけてくる。私は顔を逸らして目を瞑る。誰か、助けて・・・・・・怖い!
次の瞬間。
私を押さえつけていた男が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
傍から見ると、私が男を投げ飛ばしたようになっていた。
『そんなに遊びたいなら、相手になってやる!掛かって来い!』
私が言ったんじゃない・・・・・・羅刹さん?
オレはあすかの腕を掴んでる男に対して、手招きをした。
「上等だ!」
男は殴り掛かって来た。右ストレートパンチ。
「パッシッ!」
オレは左手で軽々と受け止める。
『それがお前の力か・・・・・・パンチはこうするんだ!』
ドッスッ!
男はあすかの目の前で、膝から崩れ落ち、倒れた。オレの右ストレートパンチが腹に決まった。廻りの人間には見えてないだろう、素早いパンチ。
『これでも手加減したんだけどな』
「痛ってえな!てめえ!」
さっき投げ飛ばした男が立ち上がった。懲りないヤツめ・・・・・・。
「その顔に一生モンの傷つけてやる」
男は銀色の短い刃物を取り出した。
『殺人未遂罪決定だな』
「くたばれや!」
男はナイフを突き出した。そんな隙だらけな動作で人が刺せるか?素人め!間合いが浅いぜ!
『とう!』
オレは、ジャンプ一番、男の顎に右膝を叩き込んだ。命中!男が後ろに仰け反る。間髪入れず、男の顔面に踵落しを決める。
ぐわしゃ!
男はダウン・・・・・・顔には24.5センチのローファーの靴跡がついた。
「け、警察・・・・・・?救急車?」
あすかがおろおろしている。オレは彼女の手を握り引っ張って行く。
『面倒くさいから放って置こうぜ。さあ帰ろう』
「あっ・・・・・・でも、完全にのびています。あの人たち・・・・・・」
『これに懲りて、二度とあすかには手を出さないだろよ』
オレたちは改札口の前で、体を弥生に返す。
『弥生。後は頼む。オレは引っ込むから・・・・・・』
「えっ?ちょっと」
その隙にあすかちゃんは改札を通っていた。向こうで手招きしている。私は慌てて追いかける。
駅のホームで二人並んで電車を待つ。あすかちゃんが私の手を握って来た。
「弥生先輩にまた助けて貰っちゃった。先輩、凄いです。格好いいです。男の人やっつけちゃうなんて」
まあ・・・・・・その・・・・・・困ったなあ・・・・・・私じゃないんだけど。変な噂が流れたらどうしよう。東條弥生は不良とか・・・・・・。
「あすかちゃん。お願い。この事は内緒にして。誰にも言わないで。お願い」
「わかりました。内緒にします。先輩の言う事は何でも聞きます」
あすかちゃんは敬礼して約束してくれた。まあ、大丈夫だよね。
「弥生先輩って怒ったら、男性のような低い声になるんですね。ハスキーでカッコイイです」
うっ!なんて言って誤魔化せばいいかな?だって喋ってるの私じゃないんだもん。
「うん・・・・・・怒るとね」
電車が来た。二人で乗り込む。電車の中で、あすかちゃんと手を繋いでいた。二人とも無言だった。さっきの出来事のせいで・・・・・・。
自宅近くの駅に到着。改札口を出る。
「私は西二条だけど、あすかちゃんは?」
「私は東三条です。ここでお別れですね」
「じゃあまたあしたね。気を付けて帰ってね」
「あっ!先輩。待って下さい。私、先輩にお手紙書いたんです。受け取ってください」
あすかちゃんから手紙を貰った。ピンク色の可愛い便箋。
「読んで下さいね。じゃあ、またあした!」
あすかちゃんは走って行ってしまった。私は手紙を見つめながら、自分の家へ向かった。
夕食の後、お風呂に入った。居間であすかちゃんの手紙を読む。内容は・・・・・・。
《弥生先輩。今日は助けてくれて有難う御座います。先輩が助けてくれなかったら、私は天国に行ってたんだよ。私に未来をくれて有難う。
先輩が助けてくれた時、抱きかかえられた時、凄く幸せな気分になりました。先輩の事好きになったみたい。早く先輩に会いたいな。
そうだ今度の日曜日、一緒にお出かけしませんか?お返事待っています。
かしこ》
これって・・・・・・ラブレター・・・・・・?
「弥生。どうしたの?あら、ラブレター貰ったの?」
お姉ちゃんが居間に入ってきた。相変わらずのゴスロリ姿。実はお姉ちゃんコスプレが趣味なのよ。 学校と自宅のギャップが大きいわ。
「後輩の女の子にね・・・・・・女の子に貰っても困るなあ・・・・・・」
「そう?私なんてしょっちゅう貰うわよ。男の子も時々貰うけど、女の子のほうが圧倒的に多いわ。返事書くのが大変よ・・・・・・」
「そりゃあお姉ちゃん、美人だし、モテるもの、私と違って」
「何言ってるの。同じ顔してるじゃない」
そう、私とお姉ちゃんは顔がそっくり。双子と間違えられるくらい。今は髪型が違うから一目瞭然だけど。
「誰から貰ったの?一年生?」
お姉ちゃんが手紙を覗き込む。まあ別に見られても良いけど・・・・・・。
「風間 あすかちゃん。一年B組の娘」
「ああ。今朝、弥生が駅で助けた女の子ね。そうそう。私のクラスでも話題になったわよ。さすが生徒会長の妹だって。姉としても嬉しかったわ」
「やめてよ・・・・・・私、目立つの嫌いなんだから」
それに、あすかちゃんを助けたのは、私じゃなくて、私の守護霊さん・・・・・・とは言えない。つらいわ。
「でも、弥生変わったわね。あなたそんなに運動神経良くないのに・・・・・・体育の跳び箱、追試になるくらいだもん。そう言えば、何か雰囲気も変わったような・・・・・・死にかけたせいかしら」
「もう!お姉ちゃんたら!気のせいよ!」
「あははは。ごめんね」
なんか疲れたな・・・・・・もう寝ようかな・・・・・・。
「お姉ちゃん。私もう寝るね・・・・・・」
「そう。おやすみなさい」
自分の部屋へ行く。ベッドの上に転がる。今日は本当に疲れた。振り返ってみると、《あすかちゃんを人間離れした跳躍で助けた》そして《不良の二人を叩きのめした》。いつもの私じゃ絶対に考えられない事をした。そりゃあ疲れるよね。出来ないことを、させられたんだから。
ん?そうか。助けた本人にあすかちゃんの手紙を渡せばいいんじゃない?そう考えれば手紙の内容に納得が行く。呼んだら出てくるかな?
「ねえ、羅刹さん。聞こえる?返事して」
『ああ。聞こえるぞ』
「今朝の女の子から手紙貰ったんだけど、どうも羅刹さん宛て見たいなの。読んでみて」
身体が勝手に起き上がる。羅刹さんが出てきたようだ。
『では拝見』
オレは手紙を読んだ。現代の人間社会の手紙は喋り言葉をそのまま文章に書くようだ。うん。合理的で読みやすい。
『これは・・・・・・あすかが弥生の事を好きだと言っているようだが?オレ宛じゃないようだが・・・・・・』
「だけど、彼女を助けたのは羅刹さんでしょ。これ羅刹さん宛てって考えると内容が納得行くんだけど。あすかちゃんは羅刹さんの存在は知らないから・・・・・・」
『そうか・・・・・・』
オレは一計を案じた。弥生の部屋にある姿見の前に立つ。これで弥生と会話しやすい。
鏡を見て話す。お互いが鏡に映る自分を相手と思い話す。
『なあ弥生。頼みがある。』
「なあに?頼みって」
『跳び箱の追試、オレが代わりに飛んでやる。そうすれば夏休みの補習は逃れるだろ。その代わり、日曜日、身体を貸してくれ、あすかの相手をしたい』
「それは・・・・・・私は助かるけど・・・・・・私の身体で変な事しない?」
『変な事って何だ?』
「そ、それは・・・・・・・」
鏡の中の弥生は真っ赤な顔になった。どうしたんだ?
「へ、変な事しないなら、いいわよ。さっきも駅で助けて貰ったし、たまには自由に身体を動かすのもいいんじゃない」
『弥生・・・・・・・感謝する。変な事が何かわからんが、変な事しないと誓うぞ』
「じゃあ、取引成立ね。跳び箱頼むわよ。みんなとの旅行が掛かっているんだから」
『承知!』
オレはそう言って、再び引っ込んだ。