第七部
体中を血だらけにしながら、ルクは仲間を引きずって逃げていく盗賊を眺めていた。
「お、おい。大丈夫か!?」
明らかに重傷を負っている少年に御者が駆け寄る。
「……大丈夫」
「大丈夫なわけ……!」
ルクはかまわず、歩き出した。足取りは少しも揺らがない。
彼のそんな様子に、御者は言葉を失った。
馬車の中から、婦人が降りてくるのが見えた。御者と同じようにこちらを見ていたが、彼女は意を決したように声をかけてくる。
「……大丈夫、なの?」
「うん……」
ルクは左腕を掲げて見せた。
傷口は、すでに消えていた。流れた血はそのままに傷跡だけがない。
「あなた……」
「こういう、体なんだ」
だから、彼は言った。悪魔だ、と。
「こんなんじゃ、村には行けなさそうだね」
「……」
彼女は何も言わなかった。この少年がまともな人間ではない、それぐらい誰にだって分かる。
世間には一般に、悪魔や魔女が存在する、とまことしやかに語られる。
それは異端の人間を指す言葉として、半ば揶揄を含んで使われる。
しかし彼にとって、それは冗談でもなんでもない。
彼の存在そのものだ。
「あなた……悪魔、って……」
「……俺みたいな人、他にもいるかなって。そう、思ってね」
そう、こんな類の視線は今までいくらでも浴びてきた。
悪魔。
かつて彼が住んでいた村の人間は、こう言った。
ルクは婦人の脇を通り抜け、馬車に乗り込んで荷物を背負った。
また歩きの旅だ。
「……どこへ行くの?」
歩き出そうとした彼に声がかかる。どういう感情を内包しているのか、それはよくわからない。
「とりあえず来た道を戻るよ。おばさん達の村にはもう、行けそうもない」
「……」
「じゃあ、ね。できれば俺のことは、役人に言わないでくれると嬉しいかな」
きびすを返したルクの背に、再び婦人が言った。
「待って」
「?」
「……ありがとうね。こんなことを言うのもおかしいかもしれないけど」
ルクは振り返らなかった。
「気を、つけてね」
「うん」




