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第五部

 それはルクがフィーズのもとを訪れる、少し前。

 彼は乗合馬車に揺られていた。北の町へ向けて、景色はその色を徐々に薄くしていく。

 車内は狭い。向かい合わせに置かれた席は四人乗りが限界で、幅もない。

 向かいには一人の婦人、三十代ほどか。

 がたごとと揺れる景色を、ぼんやりしながら見ていた。

 「あら、雪」

 婦人が言った。ルクは空を見上げる。

 灰色の空に、白く点々とした模様が生まれていた。

 「寒いわけだわ。早くジェンラに着かないかしら」

 息を吐く。白い。

 「旅人さん、これどうぞ」

 「ん?」

 急に水を向けられてルクはちょっと戸惑った。

 「はい、これ」

 そう言って女性が差し出したのは飴ひとつぶ。にこりと笑っていた。

 「……どうも、ありがとう」

 飴を受け取って口に放り込んだ。甘いものを食べるのは随分久しぶりになる。

 「おいしい?」

 「うん、なんだか、懐かしい感じ」

 「懐かしい、だなんて。かわいらしい」

 彼女は声を出して笑った。見た目幼い少年には懐かしいという言葉が似合わないのだろう。

 「……本当だから」

 「あなたは何をしに行くの?」

 馬車の目的地、ジェンラはこの先雪に包まれる、北方の町だ。

 「別に、なにをするわけでもないよ。旅の途中なんだ」

 「その若さで? 大変ね」

 「そうでもないよ。慣れれば」

 「へえ……。てっきり、商人さんかとばかり思ってたわ」

 「商人、ねえ。物を売ることもあるけど」

 旅の途中、路銀を稼ぐために彼はいろいろと工夫を凝らす。単純に働いて金を溜めることもあるし、その金で仕入れたものを売って歩くこともある。

 「でも、今の時期からジェンラに行ったら帰れなくなるわよ?」

 冬の時期、ジェンラは文字通り雪に閉ざされる。毎年降る豪雪のせいで、外との行き来がしづらくなるのだ。

 「まあ、何とかなるんじゃないかな」

 飄々とルクは言う。閉ざされるといっても、完全に出られなくなってしまうわけでもないだろう。

 「おばさんは?」

 「あたし? あたしはジェンラに帰るところさ。買出しに行ってたの」

 床に置いた紙袋をがさりと持ち上げてみせた。入り口付近まで物が詰まっている。

 「冬を越すためにね、こうやっていっぱい買いだめしておくの」

 「へえ」

 「それにしても、大変ね。その若さで旅なんて」

 「どこへ行っても言われるよ」

 でしょうねえ、と婦人は笑った。

 「そうだ、おばさんがジェンラの人なら、聞きたいことがあるんだけど」

 「なあに?」

 「だいぶ前に、ジェンラで悪魔が出たとか噂が立ってね。信じちゃいないけど、気になったから」

 「悪魔? ……ああ、フルムさんのことかしらね」

 「知り合いなの?」

 ルクは婦人の顔を覗き込んだ。

 「知り合いってほどじゃないよ。村の人だからね」

 「それが、悪魔さんとどういう」

 「悪魔さん?」

 妙な呼び方に首をかしげる。

 「あ、いや、なんでもないんだ」

 「そう? ああ、フルムさんね。五年位前、ふらりと村から出て行ったおじさんでね」

 「出て行った?」

 「そう。出て行く前から様子がおかしくてね。医者や神父様に見せようかって、家族の人が相談してたりしたの」

 「それで?」

 「そのときの彼の言動がどうにもおかしかったから、村の意地悪い連中が悪魔だ、悪魔だってフルムさんをからかったの」

 「そうしたら、出て行ってしまったと?」

 そう、と婦人は頷いた。

 「今思えばね、たしかにおかしな人だったわ。突然わめき散らしたり、泣き始めたり、道端の木におびえたり」

 「悪魔、か」

 ルクがつぶやいたそのとき、馬車が急に動きを止めた。

 「どうしたのかしら」

 窓から外の様子を確認しようと、婦人は身を乗り出す。その彼女をルクは制した。

 「いい、動かないで」

 「え?」

 「少し、待っていて」

 それだけ言って、彼は馬車の扉を押し開けた。


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