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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第2話「緒方竜VS石田沙織」

作者: TEATIMEMATE

   緒方竜VS石田沙織


 「緒方ぁ、相変わらず暇そうにしてるじゃないか」

 「(りょう)ちゃーん、御指名だってさ、相手になってやんなよ」

不知火羅牙(しらぬいらいが)碧嶋美希(あおしまみき)は、小柄な娘の後ろに保護者のように付き添ってやってきた。腕組みをしてにやにや笑っている。

 「俺を?指名やて?」

 窓からグランドのサッカーを見ていた緒方竜は、パックのコーヒー牛乳のストローをくわえたままでそう言い、ちうーっとそいつを吸い上げた。

「どーいうこっちゃ、そりゃ」

 竜の手元でコーヒー牛乳がこぽぽと音を立てる。

 「どうもこうも。入部希望者さ。あんたになら負けないってよ」

羅牙は意地悪な笑みを浮かべた。

 「何やて?」

 竜は三○センチ上から三人を見下ろして片眉をつり上げた。

 入部希望者やて?――うちにかいな。

 「うち」――彼らの所属しているお茶会同好会は、正規の部活動ではない。まだ予算も付かない同好会だ――いやそれはどうでもいいことだが――お茶会同好会は、ただの同好会でもなかった。

 「一年四組、石田沙織(いしださおり)。宜しくっ」

 羅牙と美希の前に立つひときわ小さい娘は、景気よく言い放ってガッツポーズを取った。

 竜は彼女に見覚えがあった。転校生の彼とはいえ、同じクラスの人間の顔くらいはもう覚えている。その娘は確かに一の四、彼のクラスメイトだった。

 「うちは希望して出たり入ったりするとこちゃうやろ」

 竜は不機嫌そうな顔で三人を順番に睨み付けた。

 「特例さ。それなりの実力があるならいいよって、(かおる)ちゃんがオッケーしたんだよ」

「会長が?」

「そ、それで誰かとちょいと手合わせしてもらうことになったのさ」

 会長が――お茶会同好会会長、成瀬(なるせ)薫が許可したというのなら仕方がない。竜はちうちうコーヒー牛乳を啜った。

 けど、何で俺なんや――他の奴でもええやないか。

 「あんたになら負けないってよ」――羅牙の言葉を思い出す。

 俺をなめやがっとんのか。

 竜はずびーっと空気を吸い込んでストローを放した。

 確かに「こっち」に来てからは実力を見せる機会がなかったから、誰も彼の力を知らないのかもしれない。竜自身も、羅牙を除いてお茶会同好会の誰とも手合わせしたことがないので、メンバーの力関係の比較などしようもなかった。

 せやけど、俺様の常勝無敗記録くらいは聞いたことあるやろ。

 転校当時、彼の喧嘩達者の噂は確かに評判だった。それは近隣校の不良たちから伝わって、一般の学生にまで広がった。

 連むのを嫌い、どこのグループにも属さず、彼を目障りだとして潰そうと躍起になる連中を一人で相手にしてきた強者。――中学時代から百戦して百勝、関西圏では彼の名を知らぬ者などいないほどだった。

 しかし、この学校に来るまで常勝無敗を唱われた彼は、転校早々、不知火羅牙に不本意な一敗を喫していた。――あのせいか。

 「女相手やと、腕が鈍るんや」

 竜はパックを握り潰して部屋の隅のゴミ箱へ投げ入れた。

 元々彼は女は相手にしない主義だった。だが、こっちへ引っ越してきて登校するまでの数日の内に、この辺りの不良たちから聞き出した名前の中にあった、「不知火羅牙」というのがまさか女の名前だったとは――それで、転校の挨拶代わりの一戦で彼は彼女に無敗記録をストップさせられたのだった。

 「緒方、沙織ちゃんを侮らない方が身のためだよ」

 美希がとりあえずの忠告を与える。

 しかし、侮る以前に、石田沙織は女で、しかも体育の授業で見る限りでも決して腕力があるようには見えない、さらにチビッコだった。

 「何で俺が女子供の遊び相手せにゃならんのや。お前らが遊んでやったらええやないか」

「だから御指名だって、竜ちゃん」

 あまり乗り気でない竜に美希は明るく手を振った。

 「おう、関西人。どっからでもかかってきなさいっ」

 沙織は肩を回して拳を突き出した。

 「沙織ちゃんに一発でも当てられたら竜ちゃんの勝ちにしてあげるからさ」

 美希の言い方は、竜の神経を逆撫でしようとしているのが見え見えだった。――人を挑発しよってからに。

 「泣かすぞ、おんどれ」

 竜は拳を握って、はあっと息をかけた。

 「やーい。かかってこーいっ」

 沙織は、かなり小馬鹿にした口調でそう言うなり、美希と羅牙の間をすり抜けて部屋から飛び出していった。

 「何やっ、逃げんのかっ」

 意表を突かれて竜は大声で突っ込んだ。

 「運動は屋外でねーっ」

 廊下から沙織の声が返ってくる。

 「竜ちゃん、屋上屋上」

 美希がにこにこと天井を指差した。

 何で鬼ごっこまでせにゃならんのや。

 竜はちょいとその気になってしまった自分の気の短さを後悔した。

 「いくよ。緒方」

 野次馬根性丸出しで面白がっている羅牙たちに促されて、竜は渋々教室を出ていった。


★          ★


 石田沙織は屋上のコンクリートの手すりに腰掛けて三人を待っていた。高いところなどあまり好まない竜にとっては他人事でも気持ちのいいものではなかった。

 なのに、

「待ちかねたぞっ、関西人」

と、沙織は手すりの上で立ち上がった。

 「やめんかっ、危ない」

 ぞくっと寒気を感じた竜は沙織を怒鳴りつけて、何とかしろとばかりに羅牙と美希を振り返った。

 「大丈夫大丈夫、落ちやしないって」

 「竜ちゃん、高所恐怖症?」

 二人は全然お構いなしでもう完全に観戦モードに入っていた。

 どこから持ってきたのかパイプ椅子に腰掛け、美希などはどこから出したのかティーカップで茶を啜っている。

 「何くつろいどんのやっ」

 竜はとりあえず関西人らしい突っ込みをかまして、沙織に向き直った。

「もう、何でもええ、かかってこいや」

 沙織は手すりからぴょーんとわざわざ飛び上がるようにして降りてきた。宙返りこそしはしなかったが、やりかねない身の軽さだった。

 「かかってくるのはそっちだぞ、関西人」

 沙織は片手を腰に当て拳を突き出した。

 「泣かす」

 竜は拳を握って殴りかかった。

 先手必勝。軽ーく小突いて終わりや。

 大阪では常勝を誇っていただけあって、緒方竜の運動神経は抜群だった。腕力も並外れていたし、体力も人五倍くらいはありそうだった。

 沙織の方は、五○メートル走と走り幅跳びこそ陸上部並だったが、あとは級外ぎりぎりで、とても竜に喧嘩を売ってこれるほどの身体能力を持ち合わせているとは思えなかった。

 竜は寸止めしてやるつもりで沙織の腹部に拳を繰り出した。

 瞬発力でもリーチでも竜の方が数段勝っている。

 二人の距離と踏み込みのタイミングから言っても、沙織にかわせるはずがなかった。

 しかし。

 沙織は(はな)から()けるつもりなどなかったのだ。ひんやりした小さな手が竜の拳を押さえていた。

 受け止めたやと?

 一瞬のことでどうなったのか竜にもよく解らなかったが、沙織は竜の拳を受け止めたわけでもなかった。現に抵抗が全くない。いくら寸止めするつもりだったとはいえ、軽く当てるつもりで、そこまではそのつもりの力を込めているのだ。受け止めたのならそれなりの反作用で抵抗があるはずだ。なのに沙織の手は触れているだけの軽さだった。

 一瞬の後に沙織の身体がふわりと後ろへ跳び退く。

「さすがに早いね。なかなかの瞬発力だ」

と、笑顔で余裕さえある。

 竜は当てないように細心の注意を払って足を振り上げた。

 今度は、彼女は目をぱっちり開けて動きさえしなかった。

 踵が鼻先を掠めて風が前髪を揺らしてもぴくりとも動かない。

 ――こっちが当てんと分かっとんのか。

 竜はくるりと一回転して間合いを取った。

 「緒方ぁ、いいから当てるつもりでやってみなよ」

 「当てられるならねー」

 ギャラリーから声がかかる。

 「へーい、かもーん」

 沙織が人差し指でちょいちょいと手招きした。

 ぱき。

 と、竜の拳が音を立てた。あんまり強く握りしめたので関節が鳴ったのだ。その拳を震わせながら、

「絶対、泣かす」

竜は沙織を睨み付けた。

 「単純だねぇ、あいつは」

 「ホントに」

 後ろのギャラリーの言葉ももう聞いちゃいなかった。

 隙だらけで間合いを取ろうともしない沙織に、猛然と打って掛かる。狙いは全部ボディだ。――顔だけは勘弁しといたる。

 しかし、当てる気になっても竜の拳は、いつまでたっても沙織には届かなかった。風に漂う羽根のように紙一重のところでするりするりと逃げられてしまう。

 足を払おうとしてもだめだ。軽いフットワークでそれもかわされる。

 「修行が足りんのぅ」

 竜の攻撃をかいくぐって、沙織は竜の顔のすぐ近くで囁いた。

 ひくっと竜のこめかみで血管が震えた。

 「殺す」

 竜は左足で思いきり踏み込んで、右のストレートと左のアッパーとおまけに右脚の膝蹴りをほぼ同時に繰り出した。

 にっと笑って沙織は右の拳をかわした。

 その後のことは、どういうわけだか竜にはスローモーション映像でも見せられているように感じられた。

 沙織は紙一重で、竜の右の拳だけをかわした。左拳は真下から顎を捉え、右膝は脇に完全に入っていった。

 ――しもた、当たってまう。

 当てるつもりだったにもかかわらず、竜ははっとした。

 沙織の笑顔はすぐ目の前だ。万に一つどちらかをかわせても、もう片方は確実に当たる。腹の方がダメージは大きいかもしれないが、顔の方を()けてくれ。竜は祈った。

 だが、沙織は笑顔のままどちらも避けなかった。

 顔の前に二本指を立てて「ピース」をすると、それで竜の拳を受け止める。

 いや、受け止めたのではない。最初と同じだ。右膝にも軽く手が触れる。

 全く抵抗なく、沙織の身体は斜め後ろへぴょーんと跳んだ。

 んな、あほなぁ。

 「勝負あっただろ、緒方」

 呆然とする竜に羅牙が声を掛けた。

 「暖簾に腕押しってまさにこんな感じだよね」

 美希もうんうんと頷く。

 「やっぱ結果は見えてたよな」

 頭の上からも声が降ってきた。

 聞き覚えのある声に竜が振り向くと、屋上の階段小屋の上に成瀬薫が立っていた。

 「会長ぉ」

 また、鈍くさいとこ見られてもうたんかいな。こん畜生。

 「沙織に当てられないようじゃあ、いつまでたっても俺とは勝負できないなぁ、竜」

 お茶会同好会会長、龍騎兵(ドラグーン)総長兼西讃州連合総長成瀬薫は、にこにこ顔で竜の傍に飛び降りた。

「何事も力任せはだめってことさ。勉強になっただろ」

 「緒方は力任せの典型だからね」

 非常口からも人影が現れた。

 「げっ」

 日栄一賀(ひさかえいちが)。あいつもおったんか。

 女性メンバーを除けば、実質、龍騎兵のナンバー2――。

 転校初日、竜は薫と一賀に喧嘩を売った――が、面倒を嫌う二人には、全く相手にされなかった。薫の方は総長なんて呼ばれてるくせに、一般人に紛れ込んで、知らぬ存ぜぬを押し通し、一賀の方は喘息持ちだとかで、青い顔で保健室へ逃げ込んだ。近隣校の奴らから話は聞いてきたのだ。龍騎兵はこの辺りじゃあ最強のチームのはずだった。成瀬薫と日栄一賀と不知火羅牙はその龍騎兵の三本柱で、それぞれに「伝説」を持っていた。今もその「伝説」は生きている。それなのに、当のこの学校じゃあ龍騎兵はとっくに昔話になってしまっていた。

 呑気そのものの学校で、竜は済し崩しにお茶会同好会に入会することになったのだった。

 「薫ちゃーん。あたし合格ー?」

 沙織は頭の上で腕を振りながら薫に言った。

 「沙織、ちゃんて言うな、ちゃんて」

 「ええーっ、一賀ちゃんはいいって言ったもーん」

 「一賀と一緒にするなよ」

 遠ざかっていく声とともに、緒方竜の二度目の敗北が決定したのだった。――お前ら、いつかやったる。竜は拳に誓った。

緒方竜VS石田沙織 あとがき


 【お茶会同好会シリーズ】で最も蔑ろにされている(りょう)ちゃんと、最も世の中をなめている女子高校生沙織(さおり)ちゃんの対戦でした。

 設定資料とか見てたら急に書きたくなって、仕事中二日で書いてみました。

 懐かしいキャラですねぇ。懐かしすぎる。

 わざわざばらさなくってもいいんですが、この話、昭和●●年の話です。いやはや、設定には実歴は使うなってことですね。今では登場人物全員、三十路に入ってしまいました。薫ちゃんなんか学校の先生になっちゃって…はっ、族上がりの先生って、某グレートティーチャーとかぶってる…。

 これから書く予定の【お茶会同好会シリーズ】もすべて昭和のお話かと思うと、このままお蔵入りにしてしまおうかとも思っちゃいます。

 でも、話の中に書かなければ年なんてどうでもいいことだし。いっか。

 近頃、自分が学生でないせいか、学園物のキャラを新しく考えられないので、今いる人たちで何とかやっていきたいと思います。この連中はかなり性格固まってるからなぁ。昔書いた番外編もリライトしたいです。

 で、今回のすぺさるさんくすは白石みなと嬢です。なぜならあたしに一番不足しているやる気って奴をちょいと刺激してくれたから。――いや、本人、そのつもりじゃなかったろうけど。また頼むよ。ぢゃ。

 みなさんまた会いましょう。



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