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Honey、トラップを仕掛けて~幼馴染が素直になる10秒前~  作者: 猫塚ルイ


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第5話

ついに、運命の園遊会当日。


王宮の広大な庭園には、色とりどりのドレスを纏った令嬢や着飾った貴族たちが集まり


華やかな円舞曲が風に乗って流れている。


普段なら胸を躍らせるはずの美しい景色も


今の私には、嵐の前の凪のように不気味な静けさを湛えているように感じられた。


「よし……。準備はいい、エマ? 今日はこの特製の『毒』をたっぷり効かせるのよ」


控室の大きな鏡の前で、親友のアイラが私の背後に立ち、最後に髪を整えてくれた。


鏡の中に映る私は、いつもの聖女としての清廉な装いとは少し違う、艶やかな魅力を放っている。


アイラが満足げに結び直したのは、私のプラチナブロンドの髪に鮮烈なコントラストを描く深紅のリボン。


それは、今日の「協力者」であり、アイラの従兄でもある隣国の若き伯爵───


カイル様から贈られたという体の、偽りの愛の印。


「……アルくん、怒るかしら。あんなに優しい彼が、こんなことで変わってくれるなんて、まだ信じられないけれど」


「怒らせるのが目的でしょう? その余裕な笑顔を引き裂いてこそ、本当のハニートラップよ。さあ、行ってらっしゃい!」


アイラに力強く背中を押され、私はアルヴィンが待つテラスへと足を踏み出した。


人混みの中でも、アルヴィンの姿はすぐに見つかった。近衛騎士の正装に身を包んだ彼は


凛としていて、立っているだけで周囲の令嬢たちの熱い視線を独占している。


私が近づくと、彼はいつものように眩しいほどに穏やかで


全てを包み込むような微笑みを浮かべ、私を迎えようと一歩踏み出した。


「お待たせ、エマちゃん。今日のドレスもよく似合って───…」


その言葉が、不自然に途切れた。


アルヴィンの視線が、私の髪に結ばれた「深紅のリボン」一点に釘付けになる。


一瞬、本当に一瞬だけ。



彼の瞳の奥に、氷点下の冷たさを秘めた鋭い光が走ったのを、私は見逃さなかった。


空気がピリリと凍りついたような錯覚に陥る。


「……エマちゃん。そのリボン、見たことないやつだけど、今日のために?」


紡がれる声は、相変わらず穏やかだ。


けれど、私の髪に触れようと伸ばされた彼の指先が


わずかに、けれど確実に震えているのが分かった。


「あ、これ? さっきカイル様にいただいたの。私の瞳の色に合うからって、どうしても付けてほしいって情熱的に言われちゃって……。素敵でしょ?アルくん」


私はあえて無邪気に、そして残酷なほど華やかに微笑みを浮かべてみせた。


アルヴィンの頬が、ぴくりと微かに引き攣る。


いつもなら「彼らしい、センスの良い贈り物だね」なんて大人の余裕を見せるはずの彼が


今は何も言わずに、ただ射抜くような視線で私をじっと見つめている。


「──おや、噂をすれば。エマ様、そのリボン、期待以上に似合っていますよ。私の目に狂いはなかった」


そこへ、完璧なタイミングでアイラの協力者・カイル様が颯爽と現れた。


彼はアルヴィンから放たれる凍てつくような視線を真っ向から受け流し


私の手を取ると、その甲に恭しく唇を落とす。


「カ、カイル様……!」


「エマ様のような美しい聖女には、やはり冷めた色より情熱的な赤こそが相応しい。……そう思いませんか、アルヴィン副団長?」


カイル様が挑発的にアルヴィンを見据える。


その瞬間、周囲の空気が一変した。


アルヴィンから放たれる威圧感が、一気に膨れ上がり、周囲の貴族たちが思わず足を止めるほどの密度になる。


彼は無言で一歩前に出ると


私の腰を強引に抱き寄せ、カイル様の手から私の手を奪い取るようにして自分の胸元に引き寄せた。


「……ええ、そうですね。ですが、彼女はとても『酔い』やすい体質でして。僕以外の男が不用意に近づくと、毒にあてられて体調を崩してしまうかもしれない。……以後は、お控えいただけますか?」


アルヴィンの声は低く、地を這うような重苦しい響きを含んでいた。


それは、今まで聞いたことのない、敵を屠る瞬間の「騎士」としての冷徹な威嚇。


重ねられた彼の手には、二度と逃がさないと言わんばかりの、痛いほどの強い力がこもっている。


(……アルくん? 今、すごく、見たこともないくらい怖い顔をしてる……っ?)


余裕たっぷりの「優しいお兄ちゃん」の仮面が、今、パキリと音を立てて崩れようとしていた。


けれど、私の仕掛けたトラップはまだ始まったばかり。


カイル様はさらに、追い打ちをかけるように、私の耳元に向かって甘く囁いた。


「エマ様。魔力酔いでお辛いときは、いつでも僕を呼んでください。アルヴィン卿よりも、もっと……深く、優しく、貴女を癒やしてみせますから」


その言葉が、アルヴィンの最後の理性を無慈悲に削り取る。


私を抱きしめる彼の腕が、怒りか、それとも別の情動か、あきらかに激しく震え始めていた。

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