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Honey、トラップを仕掛けて~幼馴染が素直になる10秒前~  作者: 猫塚ルイ


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第3話

「よし……。やるわよ、エマ。今日こそは、今日こそは絶対に『ステップ1』の実行よ!」


アイラとの作戦会議から一夜明け


私は騎士団の詰め所へと続く石造りの回廊で、一人小さく拳を握りしめた。


アイラに叩き込まれた作戦は至ってシンプル。


いつも当たり前のように、空気のように自然に触れてくるアルくんに対して、あえて一歩引く


「距離感のバグ」を引き起こすこと。


これまでは、彼の差し出す手に吸い寄せられるように甘えてきたけれど、今日からは違う。


聖女としての仕事を終え、心地よい疲れが全身を包み込み始めた頃


私の耳に規則正しい、凛としたブーツの音が響いてきた。


「お疲れ様、エマちゃん。今日もこの国の結界の維持、本当によく頑張ったね」


振り返ると、そこには茜色の夕陽を背負ったアルくんが立っていた。


逆光に照らされた彼のさらりとした黒髪が、風に揺れてキラキラと輝いている。


いつものように、私の体調を心から気遣うような


砂糖菓子のように甘く柔らかい微笑みが私だけに向けられた。


「あ……、アルくん。お疲れ様」


「顔色が少し悪いかな。魔力酔いが本格的に来る前に、少し休もうか。ほら、おいで」


そう言って、アルくんがごく自然な動作で、私の震える肩を抱き寄せようと


その白く長い指先を伸ばしてきた。


いつもなら、その指先が触れる前に自分から擦り寄って


彼の広い胸の中に飛び込んでしまうところだけれど。


(……今よ!エマ、ステップ1、実行よ!)


私は心臓をバクバクと、耳の奥まで響くほどに打ち鳴らしながら


伸ばされた彼の手をひらりと避けるように、一歩、斜め後ろへと大きく下がった。


「え……?」


アルくんの手が、何もない空中で寂しげに止まる。


一分の隙もないはずの彼の綺麗な眉が


ほんの少しだけ、信じられないものを見たかのように困惑して動いた。


「エマちゃん……?」


「ご、ごめんね、アルくん。ちょっと、今日はまだそんなに寒くないっていうか……。うん、自分一人でちゃんと歩けるから、大丈夫よ!」


精一杯の「自立した女性」を装って、私は泳ぎそうになる視線を強引に逸らした。


よし、成功。


手応えあり。


これで彼は「あれ? いつもと違う」と焦り、独占欲の片鱗を見せてくれるはず───


そう期待して、心の底でガッツポーズをした次の瞬間。


ぐい、と。


決して乱暴ではないけれど、逃げることを許さないような絶対的な強さで、腕を引かれた。


「っ……あ」


背中に冷たい石壁の感触。


気がつくと、私は回廊の壁と、アルくんの両腕の間に閉じ込められていた。


いわゆる「壁ドン」というやつにパニックになる私に、アルくんがさらに距離を詰め


逃げ道を塞ぐように私の頬にそっと、熱を帯びた手を添えてくる。


至近距離で見つめてくる彼の瞳は、いつもの余裕たっぷりな微笑みが完全に消え去り


雨の中に捨てられた子犬のように、潤んで揺れていた。


「……エマちゃん。もしかして、僕に触られるの…嫌になっちゃった?」


耳元で、今にも消え入りそうなほど切なく、震える声が響く。


いつもこの国で一番完璧な騎士様であるはずの彼が


まるで世界が終わるかのような絶望を湛えた顔で

私の反応を恐れるようにじっと見つめてくる。


「そ、そんな、嫌だなんて!そんなこと、一ミリも、これっぽっちも思ってたないよ……っ!」


秒で負けた、惨敗もいいところよ。


こんな、守ってあげたくなるような顔をされたら


ハニートラップなんてどこか遠くの国へ飛んでいってしまう。


結局、彼の手の優しい熱に絆されて


私は「ううん、やっぱりちょっと…ううん、すごく寒いかも……」なんて自分から折れて


彼の腕の中に自分から潜り込んでしまったのだった。



◆◇◆◇


「……で? 結局、相手のペースに飲まれて自分から抱きつきにいったわけ?この大バカエマ!」


翌日、再び緊急招集されたアイラの私室。


一部始終を包み隠さず報告した私を待っていたのは


本日二度目となるアイラの深く、深すぎるため息だった。


「だって、アイラ! アルくん、本当に、今にも消えてしまいそうな泣きそうな顔をしたのよ!?」


「『僕に触られるの嫌?』なんて捨てられた仔犬みたいな声で言われたら、全力で否定するしかないじゃない!」


「それはね、エマ。あんたの性格を熟知した上での確信犯的に使っている『母性本能くすぐり作戦』よ! あんたが押しに弱いって分かってるのよ、あの腹黒鉄壁騎士は!」


「は、腹黒とか言わないでよ!アルくんはそんな人じゃないんだから!」


アイラは愛用の扇子をバンッ! と机に叩きつけると、ガバッと立ち上がった。


その目は本気だ。


「いいわ、ステップ1が失敗したなら、もう生温いことは言ってられない。次は『ステップ2』よ!」


「ステップ2……他の男の人からのプレゼントを見せつける、だっけ?」


「そう! 明日は王宮の園遊会。あえてアルヴィン卿以外が贈った『リボン』を、一番目立つところに結びなさい」


「……いい、エマ? 今度は絶対に逃げちゃダメよ。彼がどんなに子犬のような目をしても、どれだけ甘い声を出しも、そのリボンだけは絶対に外さないこと。分かったわね?」


アイラの背後に、巨大な炎がメラメラと燃え上がる幻覚が見えた気がした。

 

次は、アルくんの隣で、あえて他の男の印を身につける。


想像しただけで胸がキュッと締め付けられて痛むけれど


あの余裕たっぷりの笑顔を独占欲で「ぐちゃぐちゃ」にするためだもの。

 

やるわ


今度こそ、彼を心の底から戸惑わせてみせるんだから!

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