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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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【ちくわ探偵】湯煙の湯気は血の匂い

作者: 堀吉 蔵人
掲載日:2026/06/23

ちくわ食べたい師匠に愛と敬意を込めて。

湯気と出汁の香りが、夜の廊下にまで染み出していた。


ここは、練り物界屈指の老舗宿泊施設、

大鍋(おおなべ)グランドホテル」。


昆布だしの浴場、からし色の絨毯、各部屋に備えつけられた追い鰹サービス。

格式、風味、塩分濃度。どれを取っても一流のホテルである。


その最上階、特別出汁スイートで、凄惨な事件が起きた。


被害者は、資産家として名高い「極厚がんもどき」氏。


彼は自室の湯船――正確には、やや濃いめの醤油出汁――の中で、無残にも中身の具材を撒き散らして絶命していた。


人参。ひじき。銀杏。

富豪の中身とは、かくも散らかるものなのか。


現場に駆けつけたのは、琥珀色の外套を小粋にまとった私。


ちくわ探偵である。


「うう……なんて酷いことを……」


湯気の向こうで泣き崩れているのは、第一発見者であり、がんもどき氏の若き妻、「白滝」さんだった。

ほどけかけた結び目が、彼女の動揺を物語っている。


その傍らには、いかにも怪しい目つきをした主治医、「エリンギ」先生が立っていた。

傘の部分が妙に湿っている。

まあ、ここはおでんのホテルなので、だいたい全員湿ってはいるのだが。


私は現場を見回した。


私の体には、頭からつま先まで、ぽっかりと空洞が通っている。

その空洞を夜風が抜けるたび、事件の真相が、かすかに囁く。


もっとも、囁かれる内容はたいていくだらない。


「白滝さん」


私は静かに口を開いた。


「失礼ですが、あなたが旦那様を?」


「まさか!」


白滝さんは結び目をぶんぶん振った。


「私はただ、乾燥を防ぐために結び目を解いて、少し出汁に浸かっていただけですわ! その間に主人があんな姿に……!」


「なるほど。では、エリンギ先生」


「俺じゃない」


エリンギ先生は即答した。


「まだ何も聞いていませんが」


「聞かなくてもわかる。どうせ疑ってるんだろう」


「では、確認します。あなたが、がんもどき氏を?」


「バカを言え。私はただのキノコだぞ。あんな分厚いがんもどきを真っ二つにするような筋力はない」


「医者なら、切開の心得はあるのでは?」


「キノコにメスを持たせるな。衛生観念が終わる」


言い分はもっともだった。

悔しいが、キノコにしては筋が通っている。


私は再び現場を見た。


湯船には濁った出汁。

床には散った具材。

壁には飛び散った醤油の斑点。

そして、部屋の中央に、ひとつだけ異様なものが転がっていた。


返り血――いや、返り出汁を浴びた、一本の農具。


「……(くわ)、ですね」


白滝さんが震える声で言った。


そう。

それは、畑を耕すときに使う、どこにでもある(くわ)だった。


だが、ここはおでんのホテルである。


大根ならわかる。

こんにゃくもわかる。

卵など、むしろいて当然だ。


しかし、(くわ)は違う。


出汁の香る密室に、泥臭い農耕具。

あまりにも場違いだった。


エリンギ先生が眉をひそめる。


「おい、ちくわ探偵。凶器がその(くわ)なのは明白だ。だが、犯人は誰なんだ? 現場にいたのは、俺と白滝さんだけだぞ」


「それは違います」


私は琥珀色の外套を、バサァと翻した。


空洞を風が通る。

ひゅう、と鳴った。


事件が、私に答えを告げている。


いや。

正確には、答えっぽい駄洒落を告げている。


私は右手を胸の空洞に当て、ゆっくりと二人を指差した。


「犯人は、この中にいる誰でもありません」


白滝さんが息を呑む。


エリンギ先生の傘が、わずかに震える。


私は言った。


「犯人は――私自身です」


「「ええええええええええっ!?」」


出汁スイートに、驚愕の声が響き渡った。


白滝さんは涙を引っ込め、勢いよく身を乗り出した。


「ちょっと待ってよ探偵! あなた、さっき現場に駆けつけてきたじゃない! アリバイはどうしたのよ!」


「アリバイなど、問題ではありません」


「問題ですわよ!」


「探偵ものでは、たまに勢いで押し切れることがあります」


「押し切れません!」


エリンギ先生が、床の(くわ)を指した。


「だいたい、なぜお前が犯人になるんだ。理由を言え、理由を」


「いいでしょう」


私はフッと、自嘲気味に笑った。


そして、床に転がる血まみれの(くわ)を見つめた。


「皆さん。よく考えてみてください」


部屋が静まり返る。


出汁の湯気だけが、ゆらゆらと天井へ昇っていく。


「犯行に使われたのは、血のついた(くわ)です」


「ええ」


「つまり――」


私は一拍置いた。


()のついた、(くわ)


もう一拍。


「ち、くわ」


さらに一拍。


「ちくわ、だけに」


「…………」


「…………」


沈黙が落ちた。


湯気の音さえ止まった気がした。


白滝さんは、何も言わずに結び目をきつく結び直した。

エリンギ先生の傘は、心なしかシナシナに萎びている。


やがて、エリンギ先生が低い声で言った。


「……おい」


「はい」


「自分でやったと言いたいがために、がんもどきさんを手にかけたのか?」


「はい」


「動機が浅すぎるだろ」


「語呂合わせに命を懸ける者もいます」


「懸けるな」


白滝さんが、静かに首を振った。


「最低ですわ……。推理でもなんでもありませんわ……」


「推理とは、真実に至る道です」


私は外套の襟を正した。


「たとえその道が、駄洒落で舗装されていたとしても」


「舗装しないでください」


だが、もはや長居は無用だった。


私は窓を開けた。


眼下には、夜の出汁街が広がっている。

大根の街灯がぼんやりと光り、遠くで牛すじ横丁の湯気が揺れていた。


背後から、エリンギ先生の声が飛ぶ。


「待て、ちくわ探偵! がんもどきさんに謝れ!」


「いずれ、出汁の中で」


そう言い残し、私は夜へ身を投げた。


風が、胸の空洞を冷たく通り抜けていく。


ひゅう、と鳴った。


私の名は、ちくわ探偵。


真実のためなら嘘をつき、

駄洒落のためなら真実を曲げ、

時には自らを犯人に仕立て上げる。


孤独な練り物である。


そして今夜もまた、どこかの鍋で事件が煮えている。

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― 新着の感想 ―
筆力高いのが無駄になってるwww おでん食べたくなったなぁ
ひでぇ探偵がいたものだ…… 牛スジ食べたくなってきたなぁ
逃げるな捕まれよ真犯人w
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