第8話 たまに不自然な存在っているよね
「おや?」
それは偶然だった、否、彼にとってよくあるトラブルの種だった。
カードショップの帰り道の事、『悪神ウェロボラウス』は家で留守番しているのでそばに居ない時だ。
いつもの帰り道には公園がある。そこには子供たちが駆け回っていたりバトルしていたりと常ににぎやかだ。
たまに大人が混じっているのも見かけるが、深くは考えていけない。
それでも彼は普段と変わらない筈の公園で違和感を感じた。
子供たちが遊んでいるはずなのに、どこかぽかんと空いている気がする。
その違和感のせいで好奇心が抑えきれず、公園の近くへと寄って周囲を観察してみる。
彼はすぐに違和感の正体に気づいた。一部にのみ人が集まっていないのだ。
その一部、白髪の少年らしい子供がただぽつんと立っている。髪の色から白というのはそこそこ目立つのだが、カラフルな髪色が日常の世界では注視されないのだろう。
それでも誰も気づいていないかのように少年を無視し、遊びまわっているのが彼の感じた違和感だった。
「なるほど、あの子は精霊…………いえ、それも違う」
少年の方に近づこうとするが、妙に気が削がれる。意識をその他に向けられるような、意図的に遠ざけようとする意志をどうしても感じてしまう。
普通、もしくはサブキャラ程度の精神力しか持たない人間だったら簡単に少年のことなど忘れ去ってしまうだろう。
相手が悪かった、悪神相手でも飲まれず、くじけず、むしろ愛するくらいの狂人なのだから。
「こんにちは、今日はいい天気ですね」
何の躊躇いなく話しかけられるのがこの男。気さくに、にこやかに少年の隣に立ち話しかける。
にこやかな不審者に見えがちだが、ご近所から評価はかなり高い。日頃の態度や相談に乗ったり、大体の事柄を肯定してくれるので話していると気分がいい人間なのだ。
それに、小さな不自然を放置しておくと後で酷い目に合うという体験談を元に少しでも情報を得ようと動いている節もある。
「……………………」
「おや、彼らのバトルを見ているのですか?」
「……………………」
「おやおや、困りましたね」
何を聞いてもぼーっとしている少年への対応が困る。
日常的なことを聞いても無反応で、常に公園内でバトルする子供たちをずっと見ている。
「バトルはお好きですか?」
「……………………」
「それとも、バトルは嫌いですか?」
「……………………」
この問いに少年の感情がほんのわずかに揺らいだ。
その証拠として先ほどからずっと動かなかった少年の体が、少しだけ怯えるように震えたのだ。
彼は、これはかなり根深い問題だと言うことにいち早く気づく。
『ライジングイリュージョン』はこの世界の人間にとって切っても切れない存在である。
強ければ強いほど高い地位につける。そのようないびつな社会が出来上がっているが故に、子供に厳しい教育を無理にでも受けさせる親は多くいる。
親がかけるプレッシャーによって子供の才能が潰れると言う事はよくあること。見逃してはいけないはずだが、目を背けられることが多い話なのだ。
この少年もその1人なのだろう。
愛が無ければ正しく育たぬというのに、そういう事を理解できていない人間が多数いる事に彼はため息をつく。
それを失望と受け取ったのか、少年はぴくっと肩を振るわせた。
「ああ、申し訳ありません。君のことでため息をついたのではありません。別にバトルが嫌いでも大丈夫です、人はそれぞれ好きな物が違いますからね」
「……………………」
「君は、何が好きですか?」
僅かな身動ぎしか反応がない少年に、彼は優しく問いかける。
大人と子供が2人で突っ立っているだけだが、カウンセリングのような雰囲気がぽっかり空いた空間を埋めている…………ような気がする。
彼の問いかけに少年は答えない。いや、答えを探しているように沈黙している。
この聞き方もダメだったか、彼がそう思った時に少年の口が動く。
「お絵描き…………」
「おお、お絵描きですか。いいですね、好きなものを好きなように描く。自由に心を表現できる良い方法です」
「……………………」
「絵で生計を立てる人も居ます。もちろん世間に評価されることは必要ですが、思うままに絵を描くというのもストレス発散に便利です」
「…………ん、楽しい」
少し、ほんの少しだけの会話だが、少年の心が完全に虚無になっていた訳では無いことに彼は少し安堵した。
完全に感情が死んでいたら後が厄介な事になる。
黒のカードや悪人につけ込まれやすく、精神が本当に壊れた際には普通に戻るまで非常に時間がかかる。
まだ何かあっても引き止められる所にいる、彼はそう判断したのだ。
「何もしていない時間に自分が楽しめるものを探すのもいいでしょう。ただし、法律に違反したり他の人が不快になるようなものはダメですよ?」
「…………ん」
少年は一つ返事をしたら、そのままトボトボと公園から去っていった。
流石に追いはしない。そこまでしたら不審者でしかないのだ、いや、今の会話も十分不審者だが。
後は少しでも少年が心を取り戻せたらと思うが、こればかりは彼でもどうしようもない。
バトルで親から奪うという手段はあるのだが、普通に違法だし少年の精神が悪化する事もある。
全ては成り行きに任せるしかない。もし、何かあったとしても手が届かなければ干渉もできない。
これ以上、何事もなければいいと思う彼は帰路に就くのだった。
〜●〜●〜●〜●〜
「遅い!どこ寄り道していたのだ!」
「少し気になることがありましたので」
「ふーん?我のおやつは?」
「もちろん、今日はドーナツを買ってきました」
「わーい!」
はしゃぎながら甘い匂いがするドーナツの入った袋を素早くかっぱらい、子供らしく大口を開けて食べる角付き褐色幼女を見て彼は言った。
「私、臭いますか?」
「あむあむ、む?ごっくん、何も臭わないぞ?」
口いっぱいにドーナツを頬張っていたが、物を食べながら喋らないとしっかり教え込まれたので、口の中を空にしてから『悪神ウェロボラウス』は言う。
質問の意図がわからないように首を可愛らしく傾げ、眼から光が消えていく。
「もしかして、誰かと楽しく話したか?」
疑いの目、疑問の目、嫉妬の目で彼を見つめるが、彼は常に微笑み動じない…………ように見える。
それでも彼は答えなければならなかった。
「いいえ、誰とも話し込んでいませんよ」
新たな波乱の種を胸に秘めたまま、彼はそう答えるだけだった。




