第7話 管理局の憂鬱
カードゲームが中心となる世界は普通のプレイや合法の範囲内での商談をカードゲームで行うことも多々ある。
だが、違法になる金額を賭けたバトルや相手のカードを無理矢理奪うバトル、黒のカードのように力を持ったカードによって起きる事件のような表沙汰にならない事も蔓延っているのも事実。
それを取り締まるのが管理局である。
「では、たまたまデッキを忘れていたからバトルしていなかっただけと言う事ですね?」
「ええ、何度も説明しましたが、距離の近いコンビニに用事があったので持ち運ぶ必要はないと思っていました」
「うーん、バトルしなかったことは良いのですが、バトルを拒否した場合は相手が強硬手段に出る可能性もありますのでデッキは常に所有しておいた方が良いですよ」
「これからは気をつけましょう」
『消すか?こいつ消すか?』
彼は胸ポケット内で苛立ちを隠さない『悪神ウェロボラウス』にヒヤヒヤしながらも、昨晩行われた黒ローブと神宮寺ソノカのバトルを見ずに帰宅したので、その前に何が起きたかを自宅を突き止められて事情聴取されていた。
怪しいバトルから逃げるのは当然ではあるのだが、何故か逃げずに自信満々に返り討ちにせんと挑む人間がほとんどである。
良くも悪くも『ライジングイリュージョン』が中心となりながら成り立ってる世界の住民だ。
「ちなみにですが、黒のカードはどのようなものでしたか?」
「参考程度ですが、ターン開始時に通常ドローと追加コストを倍にする効果でした。なかなか厄介でしたね」
「おやおや、大型を出すためのサポートと言ったところでしょう。相手のエースカードは何でしたか?」
「エース、いえ奪ったカードを次々に出しているような印象でしたね。破壊耐性が全くなかったので少し苦戦する程度でしたよ」
「素晴らしい。流石は管理局の6番隊を任されているだけありますね」
「主席として当然です」
強いことは義務である。管理局の実働部隊として何の疑いもなく正義と力を信奉している彼女に取って、強いというのは褒め言葉では無い。
強くあるのは当然であり、彼女の人生そのものだからだ。
「ご協力ありがとうございました。元々バトルが終わったら事情聴取する予定でしたが、いえ、関わらないことが一番なのですが」
「バトルに興味はあったのですが、あの日はやるべきことがあったので見送ったんです」
「そうですか。では、私はこれで失礼します」
「ええ、お気をつけて。今後の活躍を期待しています」
聞くことは全部聞けたようで神宮寺ソノカは一礼してから彼の前から踵を返し、綺麗なフォームで歩いて去っていった。
その背中を見送った後、玄関の扉を閉めて振り返ったその時だった。
ぎゅんっ、と勢いよく体の横を何かが通る。
それは腐敗臭がする棘が生えた腐りかけの蛇。それも無数に、長く伸びている上に彼の体に絡みつく。
「おや」
ぎゅっ、と逃がさないために一般成人男性では解けない力で縛る。
「おやおや」
廊下は腐りかけの蛇の集合体で敷き詰められ、絶対に逃がさないという意思が全ての蛇の目がギラギラ光っていることで悟ることができた。
「おやおやおや」
そして彼をそのまま引き摺り込む。
「おやおやおやおや」
悪神の嫉妬は人間のソレを超えるものだ。人類が相手してはいけないという理由が、この光景で無理にでも理解できるだろう。
『雌ト、長ク話シタナァ?昨日ノ雌ダナァ?』
「嫉妬するウェロも可愛いですね」
『今日ハ、ズット我ニ構ッテモラウカラナ』
「晩御飯の買い出しまでゆっくりしましょうか」
明らかに邪教か何かの生贄儀式にしか見えないのに彼はどこまでも呑気にしていた。
事実、この1時間後に彼は普通に解放され、ホクホクと満足そうな顔をした角付き褐色幼女が床に転がるのだから相当なことが起こったのだろう。
彼はまた、体に傷が増えたなと『悪神ウェロボラウス』の定期的な噛み癖をどうにかしなければと考えるのであった。
〜●〜●〜●〜●〜
『あれ以上、問い詰めなくて良かったのか?』
「ええ、私はバトル専門であってバトルやカードが絡まない犯罪は管轄外です」
『君のそう言うところ、直した方がいい』
「私はそう教えられて生きてきたので」
『厳しく躾けられる、というのも難だな』
彼の家から離れた場所、神宮寺ソノカと半透明の天使のような精霊が会話をしていた。
天使のような精霊の名は『八大天使 ザラキエル』である。
即死呪文っぽい雰囲気を出しているが、その通り破壊をばら撒き相手の場を壊滅させるソノカのエースカードである。
『黒のカードと関わっておきながら一顧だにしない姿勢から黒だと思うが』
「話し方や人の良さ、そして私に向けられた感情に一切澱みなく悪感情を向けて来ませんでした。恐らく精神力が異様に高い故に耐性があったのでしょう」
『そこらの人間に、麻薬のような誘惑ある黒のカードの雰囲気を浴びておきながら何も思わないということは無いと思うがね』
「勧誘も素性調査を終えてから考えておきましょう」
管理局は万年人手不足である。何故なら黒のカードだけでなく違法バトルも取り締まるため、そのバトルの影響で戦線離脱する人間も少なくは無い。
よって、ソノカのような重役でも小さな事件に駆り出される時があるくらいなので人材募集は年中行なっている。
たまにスパイとか居たりもするが、強ければ入りやすいのである程度黙認されている感じはある。
利用できるものは黒のカード以外利用する、それが管理局の考えなのだ。
『それはそれとして、右手の傷を見たか?あれは幼児の噛んだ後だ』
「そうですね」
『子供が誘拐される際に手を噛んだり相手を怪我させるケースもある。それが決め手となり犯人を捕まえた、なんてこともザラでは無い』
「そうですね」
『…………分かっているのか?人間1人に対して広すぎる家、誰にでも優しいと言われている人柄、犯人は周囲に愛想よく振る舞い正体を隠すと言うが』
「妄言はそれまでですか、ザラキエル」
ソノカは足を止めた。
「彼は確かに子供の噛み跡を残していました。ですが、他にも噛み跡があったはずです」
『…………左手のことか』
「左手の薬指、周囲を噛まれて、まるで指輪のようになっていました。敢えてそうさせたのか、それとも誰かが彼にやったのかは分かりません。そこもですが首筋にもしっかり噛まれた跡があるのは見えましたか?」
『……………………』
「あそこは人体の急所です。本気で嫌がられ逃げようとするなら食いちぎるくらい、なりふり構わずするでしょう。ただ、首筋の跡は加減されたものです」
『…………何が言いたい?』
「彼は、されるがまま噛まれて、受け入れた。それだけです」
それだけを言うとソノカは再び歩き出した。
『たったそれだけで?信じるに値しない言い分だ』
「それに…………いえ、これは個人的な話なのでいいでしょう。私は私として彼を『今は』信用します」
話は終わりと言わんばかりに会話を切り上げ、近くにある管理局の施設へ歩みを進める。
ザラキエルも何か言いたそうだったが、何を言っても無視されるのを察したので黙り込みカードの中へと消えていった。
「(あの違和感、私はどこかで彼と会ったような…………?)」
口に出さぬが一つの疑問、この疑問が彼を信用するに値する人間と思い込める要素としてソノカの心の中で何かが渦巻く。
大事なことを忘れている気がする。そう思っても思い出せないので仕事のことを考えるようにした。
「あ、前の時の報告書って提出期限…………」
『締切は昨日だぞ』
カードケースに居るザラキエルの言葉でソノカは全力で走り出した。




