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灰鉄の戦祈(アイアンリクイエム) ― Chronicle of the Ash-Iron Campaign ー  作者: CROSSOH


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第四話 塔に似た心臓 ― A Heart Like the Tower

 眠っているときの鼓動ほど、正直なものはない。


 昼間どれだけ強がっても、

 夜になると、胸の奥の音だけは嘘をつかない。


 二段ベッドのきしむ音よりも、

 塔のざわめきよりも、

 いちばん近くで響く自分の拍。


(……本当に、俺の心臓は塔に似てるのか?)


 ハルド教官の言葉が、

 雪の冷たさよりもしつこく胸に残っていた。


 塔は、余った鼓動の行き場。

 祈りも怒りも恐怖も全部預かって、

 街を守る代わりに、静かに濁っていく。


 もし俺の心臓も同じなのだとしたら――

 それは、武器なんだろうか。

 それとも、ただの欠陥なんだろうか。


「……ねえ、カガリ。起きてる?」


 下の段から、シンの声がした。


「起きてない」


「嘘つくときの声だね、それ」


 布越しに伝わる笑い声は、やけにあたたかくて、

 逆に逃げ場がなくなる。


「今日の模擬戦さ」


「……うん」


「嫌だった?」


「嫌じゃない」


 少し考えて、付け足す。


「気持ちよくもない」


「やっぱりね」


 シンがため息をつく気配。


「カガリってさ。

 “拾っちゃいけない鼓動”まで拾うでしょ」


「拾ってねぇよ」


「拾ってるよ。声の高さで分かるもん」


 心紋しんもんが喉のやつは、こういう時ほんとに面倒だ。


「港って、ほんとは嫌なんでしょ。呼ばれるの」


「別に。嫌いじゃない」


「でも、好きじゃない顔してる」


「見えてねぇだろ」


「音で分かるってば」


(……くそ、逃げられない)


 シンは声の人間だ。

 俺の言い方の揺れなんて、全部聞こえている。


「もしさ」


 シンの声が、少しだけ低くなる。


「塔の一番近くで戦うって言われたら、どうする?」


「……なんだよ、その質問」


「教官、言ってたじゃん。

 “塔なしで心種シードが動くやつは、選ばれたやつだけだ”って」


 胸の奥が、ほんの少しだけ縮む。


「カガリは、多分――」


「言うな」


「うん、言わない。……でも、気づいてるよね」


 しばらく黙った。


 その沈黙の中で、塔のざわめきが

 ベッドの板を震わせるみたいに聞こえた。


「……考えとく」


「そればっか」


 そう言いながらも、シンは優しかった。


     ◇


 翌朝。

 掲示板の前は、騒がしさに包まれていた。


 兵舎から流れ出てきた訓練兵たちが、紙切れ一枚を取り囲んでいる。


「また飯の量減るって話じゃないよな」


「この時期にやったら暴動だって」


 背伸びして覗き込むと、整った字が目に飛び込んできた。


《灰鉄塔アストラ前線観測隊

 接続候補者選抜試験のお知らせ》


 紙切れ一枚のくせに、

 塔より重いものが吊り下がっている気がした。


「来ちゃったかー……これ」


 ユラは顔を押さえて、心底うんざりしている。


「参加条件、“心種現象シードげんしょうの安定発現”と……

 あ、カガリ、これ完全に該当者だね」


「読むな」


「読むよ。見えてるんだから」


 シンは横から覗き込みながら、淡々と続ける。


「“塔下第三層以上での居住歴”。

 俺たち、ギリだね」


「ギリで良かったのか、悪かったのかも分かんねぇけどな」


「志願したら、塔の近くで戦うことになる。

 でも、志願しなくても呼ばれることはある」


「なんでそんな落ち着いて言えるんだ、お前」


「喉だからね、俺。こういう話は慣れてる」


 まるで季節の話でもしているような声だった。


「で? カガリはどうすんの」


「……今ここで答える話じゃない」


「それはそうだね」


 ユラがうなずき、しかしすぐ俺を見る。


「でもさ。

 あたしは行かないからね。塔の近く」


「向いてるのに?」


「向いてるから行かないの。

 あたし、前に出たら戻ってこない気がするし」


 軽く言っているのに、どこか真剣だった。


「シンは?」


「俺は後方で歌ってる方が向いてるよ。

 塔の上なんて落ち着かない」


 二人とも、自分の在り方を知っている。


 俺だけが、揺れていた。


 そんな時だ。

 背後から声が飛んできた。


「カガリ。後で訓練場裏に来い」


 ハルド教官だった。


     ◇


 塔の影が深く落ちる裏手で、教官は誰かと待っていた。


 残響教団の紋章を胸に付けた、淡い琥珀の瞳の女性。


「あなたの鼓動の噂は、塔の上まで届いています。

 初めまして、カガリ」


「……嫌なニュースですね」


 正直な言葉に、女性はくすりと笑う。


「あなたの心紋は、塔に似ている。

 余った鼓動の行き場を作る場所。

 それは、とても貴重なのよ」


 貴重、という言葉が、どうも信用できない。


「あなたに、選択肢を一つ渡しに来たの」


 女性は紙を差し出した。


《接続候補者・推薦枠》


 そこに名前を書けば、

 俺は自動的に“塔の近く”に立つことになる。


「すぐに決めなくていいわ」


 琥珀色の瞳が、まっすぐ俺を見る。


「心種の重みは、自分で許すもの。

 誰かの想いで決めるものじゃない。」


 その言葉は、昨日ユラにもシンにも

 同じことを言われた気がして、逃げ場がなかった。


「……預かります」


「ええ。それでいい」


 紙をポケットにしまうと、

 心臓がひとつ余計に重くなった。


 ハルド教官が、壁にもたれたまま口を開く。


「行くかどうかは、お前が決めろ。

 ただ――」


 教官は、塔の方を一度だけ見上げた。


「どっちを選んでも、俺は文句は言わん。

 その代わり、“誰のせいにもすんな”」


「……はい」


 それだけ答えるのが精一杯だった。


     ◇


 兵舎に戻ると、ユラがベッドの上で寝転びながら、天井を見ていた。


「呼び出し、お疲れ」


 気づくと同時に、彼女はそう言った。


「教官と、それから教団の人でしょ」


「何で分かる」


「あたしの心紋、脚だからね。

 足音の高さで分かるんだってば」


 ユラは、ほとんど自慢みたいに言った。


「何、言われたの」


「選択肢を、ひとつ渡された」


「塔の上に行くかどうか、ってやつ?」


「ああ」


 ユラは少し考えてから、

 まっすぐ俺を見下ろす。


「お願いがあるんだけどさ」


「内容による」


「行くにしても、行かないにしても――」


 ユラの瞳が揺れる。


「あたしたちの鼓動を理由にしないで。

 港だからって、全部受け止めなくていいから」


 その言葉は、ひどく優しくて、ひどく残酷だった。


「……考えとく」


「またそれ?」


 ユラは笑う。


「まあいいや。

 迷ってるうちは、まだ塔に持ってかれなさそうだし」


 天井越しに響く塔のざわめきが、

 今夜は少しだけ近く感じた。


 ポケットの中の紙切れと、

 胸の中の心種シードの重みを、

 俺はしばらく、同じリズムで数え続けていた。


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