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灰鉄の戦祈(アイアンリクイエム) ― Chronicle of the Ash-Iron Campaign ー  作者: CROSSOH


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第十六話 琥珀の瞳と、港の条件 ― Amber Eyes, Harbor Terms

 補給路の雪は、さっきまでの騒ぎが嘘みたいに静かだった。

 静かすぎて、逆に怖い。


 音が戻ってこない場所って、だいたい“抜け殻”だ。


 俺は膝についたまま、胸の奥の残り香を数えていた。

 奪う鼓動。怒り。焦り。――それと、祈り。


(……教団の拍)


 さっき確かに混じった。

 それは味方の拍じゃない。

 でも、敵の拍とも違う。


 “こちらにも、あちらにも、同じ距離”の音。


「ねえ、立てる?」


 ユラが俺の襟を掴んで、もう一回引っ張る。

 乱暴なのに、手だけは震えてない。


「立てる」


「じゃあ立って。転がってる港とか縁起悪い」


「縁起担ぐタイプだったっけ」


「戦場は縁起で出来てるの。知らない?」


 シンが息を整えながら、周囲に目を走らせる。


「まだ近くにいる感じはない。……でも、“見られてる”感じはある」


 その言葉に、背中がひやりとした。


 見られてる、じゃなくて――“測られてる”。


 まるで塔の上の目盛りで、俺の胸の重さを量るみたいに。


 その時、雪の影から足音が一つ、きれいに出た。


 軽い。迷いがない。

 でも、敵の足音じゃない。


 靴底が雪を傷つけない歩き方。


 祈りの人間の歩き方だ。


「……やっぱり来た」


 ユラが小さく吐き捨てる。


 影が、補給路の割れた護環箱の前で止まった。


 淡い琥珀の瞳。

 残響教団の紋章。

 あの女――昨日、推薦枠を渡してきた“塔の上の人”。


「お怪我は?」


 声は優しいのに、温度がない。

 優しいというより、丁寧。


 それが一番怖い。


「かすり傷です」


 俺が答えると、彼女は一瞬だけ俺の胸を見る。

 胸の心紋じゃない。

 “港の中身”を見るみたいに。


「よかった。……今の共鳴盾。あなたが起こしたのね」


「起こした、っていうか……勝手に」


「勝手に起きるほど、あなたの心臓は“条件”を満たしている」


「条件?」


 彼女は護環箱の破片を拾い、指で軽く弾いた。

 金属音が乾いて響く。


「塔から離れた場所で、護環を狙われた。

 これは偶然じゃないわ。試験でもない。――宣戦に近い」


 宣戦。

 その単語が、塔のざわめきより重く胸に落ちた。


「誰が?」


 ユラが噛みつく。


「外縁の破砕兵ブレイカーよ」


 彼女は淡々と言った。


「補給路を裂いて、護環を奪い、塔下を飢えさせる。

 戦争の“始め方”を知っている連中」


 シンが眉を寄せる。


「さっき、名前呼ばれてた。……ロウって」


 琥珀の瞳が、わずかに細くなる。


「ええ。彼はその名で呼ばれている。

 あなたたちが“英雄”と呼ぶ日が来るかもしれない人間」


 俺の喉が、勝手に乾いた。


(ノアとロウは敵国側。だけど、ただの悪役じゃない)


 あの“奪う拍”は、ただの暴力じゃなかった。

 あれは――“返せ”だ。


 俺が港として拾った鼓動の中に、

 確かに“失ったものの形”があった。


「……で?」


 ユラが苛立ちを隠さず言う。


「教団の人は、何しに来たの。

 見物? それとも、カガリを連れてくの?」


 琥珀の瞳の女は、ユラを見た。

 足の心紋を見た。

 そして、礼儀正しく視線を戻す。


「あなたは来ない。そう言ったわね」


「言った。行かない。塔の近く」


「賢明だわ。あなたの火は“戻るため”の火。

 前線に出す火じゃない」


 ユラが一瞬だけ黙る。

 自分の芯を言い当てられるのは、気持ち悪い。


 次に彼女はシンを見る。


「あなたも来ない。喉の人は、塔の上で歌う方がいい」


「……分かってるみたいに言うね」


「分かるわ。あなたの声は“揃える”。

 戦場は揃った声を嫌う。だから、あなたは後方で守るべき」


 そして、最後に俺を見る。


 琥珀の瞳は、まっすぐだった。


「カガリ。あなたは来る」


 断言。

 質問じゃない。


「もう決めた。推薦枠に書いた」


 俺が言うと、彼女は小さくうなずいた。


「なら、条件を渡す」


「条件?」


 彼女は懐から、薄い札束みたいな紙を出した。

 教団の印が押された、細い文書。


《前線観測隊・接続候補者 行動規範》


 字を追った瞬間、胸がむず痒くなる。


「これ、誓約書?」


 シンが嫌そうに言う。


「契約よ。あなたの港に“蓋”をするための」


 蓋。


 その言葉で、俺は理解した。


 教団は俺を守りたいんじゃない。

 俺の“拾い方”を管理したい。


「……何の蓋だよ」


 俺が問うと、彼女は答えた。


「あなたは拾いすぎる。

 戦場で拾いすぎた港は、いずれ“港そのものが沈む”」


 沈む。

 それは、壊れるってことだ。


「沈んだ港は、周りも沈める。

 味方も敵も、区別できなくなる」


 俺の胃が冷たくなる。


 さっきの共鳴盾の中に、敵の怒りが混じった瞬間。

 膜が悲鳴を上げた。

 あれは、ひびの音だった。


「……じゃあ、どうすればいい」


 俺が聞くと、彼女は紙を指で叩いた。


「三つ。守るだけ」


「言え」


「一つ。敵の鼓動を拾わない。

 拾った瞬間、あなたの港は“奪う拍”を覚える。

 それを覚えた港は、次から自分で奪い始める」


 背中がぞわっとした。

 さっき、俺は拾った。……確かに。


「二つ。味方の鼓動を拾うときは、数を決める。

 あなたは港だから、無制限に積める。

 でも無制限に積んだ瞬間、あなたは自分の拍を失う」


 ユラが俺を見る。

 “だから言ったじゃん”という顔。


「三つ。あなたの嘘を持ち歩く」


「……嘘?」


 彼女は、少しだけ口角を上げた。


「本音は折れる。

 でも嘘は折れても“形”が残る。

 戦場で港が必要なのは、鼓動じゃない。形よ」


 それは、ユラが言っていたことと同じだった。


 本音のフリした嘘。


 俺は、喉の奥に笑いが出かかった。

 笑えないのに。


「……教団がそんなこと言うんだ」


「教団は祈りを扱う。

 祈りは、嘘ととても相性がいい」


 その言い方が怖かった。

 祈りは嘘だと言ってるみたいで。

 でも、否定もできない。


「守れなかったら?」


 俺が聞くと、彼女は迷わず言った。


「あなたは接続から外れる。

 ――塔の近くに立つ資格を失う」


 ユラが即座に言い返す。


「それって脅し?」


「いいえ。予防」


 琥珀の瞳は冷たいままだ。


「あなたたちの小隊を守るための予防。

 港が沈めば、足も喉も、まとめて沈む」


 ユラの指が、俺の袖を掴む。

 乱暴なのに、頼むみたいに。


(沈めるな)


 言葉にならない声が伝わってくる。


 俺は息を吸った。

 胸の奥の心種が、かすかに熱い。


「……分かった」


 俺は紙を受け取った。


 重い。

 紙のくせに、護環より重い。


 それは契約であり、首輪であり――

 たぶん、救命具だ。


     ◇


 帰り道、ユラが先に口を開いた。


「ムカつくね、教団」


「同意」


 シンが短く笑う。


「でも正しいことも言ってた。カガリ、さっき拾ったでしょ。敵のやつ」


 俺は黙った。


 拾った。

 拾ったから分かった。


 ロウは、ただ奪うだけの敵じゃない。

 奪う理由がある。


 それが分かってしまったこと自体が、港の呪いだ。


「……拾わない、は無理だろ」


 俺がぽつりと言うと、ユラが即答した。


「無理なら、拾うなって言われたんじゃなくて、拾ったら死ぬって言われたんだよ」


「言い方」


「現場の言い方」


 シンが喉に手を当てて、少しだけ声を落とす。


「ねえ、カガリ。嘘、持って歩くって言われたじゃん」


「持ってる」


「どんな嘘?」


 俺は少し考えた。


 本音は――

 自分の心臓がどこまでやれるか知りたい、だ。


 でもそれは、戦場じゃ折れる。


 だから嘘にする。


「――この戦役を、ちゃんと見ていたい」


 言った瞬間、胸の奥で一拍、形が固まった。


 ユラが小さく息を吐く。


「それなら、まだ沈まなそう」


「沈ませない」


 俺が言うと、シンが静かにうなずいた。


「じゃあ、次は塔の近く。……本当の“前線観測”が始まるね」


 その言葉に合わせるみたいに、地面の下で残響脈がもう一度、低く鳴った。


 あの割れ目の向こうで、

 終わり損ねた拍が集まっている。


 俺は気づいてしまう。


 戦争は、敵が始めるんじゃない。

 “塔が始めさせる”。


 港は、そこに繋がってしまった。


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