序章 時の観測者クロムス
これは、もう終わってしまった戦争――
**《灰鉄戦役(The Ash-Iron Campaign)》**の“墓標代わりの物語”だ。
時の観測者クロムスの手で、
灰鉄塔の下を生き抜いた四人の鼓動が、
ひとつの戦祈として並べられていく。
ページを開くなら、覚悟してほしい。
ここに書かれているのは、勝者の歴史ではなく、
「英雄と呼ばれてしまった人間たち」の記録だ。
私は、時の観測者だ。
人は私を、クロムスと呼ぶ。
大層な称号に聞こえるかもしれないが、やっていることは単純だ。
始まりと終わりを見届けて、
そのあいだに挟まった人間たちの鼓動を、
できるだけ正確に紙へと写し取る。
ただそれだけの、
前線付き記録官――フロントリコーダーにすぎない。
ある戦争の話をしよう。
大地の下を走る《残響脈》が見つかり、
その力を欲した者たちが、それを無理に引き出し、災厄を招いた。
そして、その暴走を鎮めるために、人々は塔を築いた。
灰になった骨と、鉄に変わった血。
そのすべてを封じ、祈りと共に積み上げた封印塔。
街を災厄から守るための“生活の柱”として生まれたそれを、
人々は**灰鉄塔**と呼んだ。
塔は、もとは境界線ではなかった。
誰かの終わりを預かり、街の明日を守る、寡黙な守り手にすぎなかった。
だが、塔が建つ場所には、必ず力が集まる。
残響脈の上に立つその一点は、
魔術にとっても、信仰にとっても、政治にとっても、
あまりに都合の良い“要”だった。
塔を「管理する者」と、
塔の「下で暮らす者」。
塔を「増やしたい者」と、
塔を「これ以上打ち込まれたくない者」。
そして、そもそもエコーと塔の起源を知りながら、
神の名のもとに人々を導こうとした宗教勢力――
《残響教団》。
それぞれの正しさと、それぞれの言い分が、
少しずつ擦れ合い、欠けて、ひび割れていった結果として、
ひとつの戦役が生まれた。
三十三年にわたって続いた、その長い戦いを、
後世の歴史家たちは《灰鉄戦役》と呼んでいる。
教団の古い記録は《残響審判期》と記している。
私にとっては、ただ一つの、
「前線で見届けねばならなかった戦い」にすぎない。
あの三十三年が、
世界にとって救いだったのか、
ただの延命だったのか、
それとも、次に来る何かの“予告編”でしかなかったのか――
それを判断する役目は、私にはない。
私はただ、見て、書く。
灰鉄塔の影の下で、
泥と血と祈りのあいだに立ちながら、
人間たちが選んだ鼓動の形を、ひとつ残らず書き留める。
その三十三年のあいだに、
四人の英雄と呼ばれることになる者たちがいた。
英雄と呼ばれることを、誰も望まなかった英雄たちだ。
ひとりは、灰鉄塔の下で育った少年兵。
塔になる前に、自分の一撃を選ぼうとした少年――カガリ。
ひとりは、平定の名のもとに軍を率いながら、
戦争そのものに嫌悪を抱いていた帝国の貴族――ノア。
ひとりは、塔を奪われ、家族を失い、
自由という名の復讐に身を投じた小国の旗手――ロウ。
そしてもうひとりは、
残響脈と灰鉄塔の罪を知りながら、
それでも祈りをやめなかった《残響教団》の神官――セラ。
四人の英雄が、互いの思想を抱え、運命に抗った話を。
塔を守ろうとした者と、
塔を壊そうとした者と、
塔そのものを裁こうとした者たちの話を。
灰と鉄と心臓で綴られた、
ひとつの戦祈の記録を。
――では、最初の頁を開こう。
灰鉄塔の下で、
はじめて「戦争」を知ることになる少年、
カガリの物語から始めるとしよう。
序章で語ったのは、あくまで“戦争の輪郭”だけだ。
まだ、誰の手も血で濡れていない。
次にページを開けば、
灰鉄塔の下の少年・カガリの視界から、
戦争は急に“地面の高さ”まで降りてくる。
歴史として読むか。
それとも、同じ時代に生きた誰かの鼓動として読むか。
それを決めるのは、
この先を読み進めるあなたの心臓だ。




