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夢とは現実の表出であり、想像の産物ではない

作者: 森崎 月麦

(ショートショート)

 夢を見た。

                  * * *


夢の中の僕は、小学生の頃に住んでいた築50年ほどの小さな借家の2階にいた。

でも夢の中の僕は当時の小さな僕ではなく、高校生くらいの感覚だった。

家の2階には洗濯物が干せる出窓のような場所があった。ベランダというには和式なその場所に古い布団が置いてあったのが、僕はとても気になっていた。

  布団、そろそろ片付けなきゃ・・・

窓から乗り出して、二つ折りに置いてあった和柄の布団に手を伸ばし、なんとなく上側の端っこをつまんでめくってみた。

覗きこんでみると、そこには、ゲンゴロウが巨大化したような30センチメートルくらいの黒くて大きな虫と、(えい)の裏側――人の顔みたいに見える方だ――を表側にも貼り付けたようなピンク色の生き物が、それぞれ数十匹ほどうごめいていた。

無言のまま、僕はつまんでいた布団をそっと元に戻して部屋に戻り、隣の部屋でテレビを見ていた姉に声をかけた。

  「そんなの、知ってるよ。でも、そういうものなんだよ。」

こちらを振り返りもせずテレビの方を向いたまま、姉が気のない返事を戻してきた。

  なんだ、じゃあ、このままほっといていいってことか・・・

何となくホッとして、そのまま自分の部屋に戻ろうとして、ふと視線を出窓の方に向けた時、布団の間に収まっていたはずの虫たちが、黒い虫たちを先頭に窓から部屋に入ろうとしているのが見えた。

黒いやつらは、ぴかぴか黒光りした楕円形の背中をゆすりながら、腹側の短い手足をゆっくりと動かしぞろぞろと進んでくる。

ピンクの生き物たちに足があるのかわからなかったけれど、柔らかそうな体を左右に揺らしてゆっくりと進んでいる。さっき布団の間に見た時よりも、なんとなく大きくなっているように見えた。

  アイツらやっぱりゆっくりしか動けないなんだな・・・

動きの鈍さをかわいそうに思いながら、さすがに部屋に入ってくるのはヤバいよな、と昨日弁当屋でもらって使わなかった割り箸を取り出し、窓から入り込んできた先頭の黒いヤツをつまんで窓の外に投げようとした。

見た目は固そうなのに、つまむとドロッと溶けて、箸から落ちそうになる。足とか羽根とか大きいパーツは形をいくらか残しながら、ネバネバした感じでゆっくりと床に落ちていく。もう一方の手に持っていたゴミ袋を素早く広げ、落ちる寸前で素早く受け止めた。続いて入ってくるヤツらもつまんでは溶け落ちる前にサクサクとゴミ袋へと放り込んでいく僕。なかなか上手いじゃんって自画自賛しながらどんどんどんどん放り込む。

ピンクの方は最初に見た時よりも、やっぱり大きくなっていて、弁当屋の割り箸でつまむのは結構苦労したけれど、こっちは溶けずに弾力性もあって、意外とゴミ袋にインしやすかった。

なんとか全部片付いて、後で裏山にでも埋めに行こうと思い、とりあえず玄関に置いておくかと1階へ降りていくと、居間で親父が新聞を読んでいた。袋をかざして、虫が湧いていたこと、それを僕が片付けたと伝えると、

  「仕方のないことだ・・・そういうものなんだ・・・」

と、独り言のような、気のない返事が戻ってきた。

そもそも親父がどうにかするはずもないし、姉ちゃんも何かする気もなさそうだったし、結局、僕が片付けるしかなかったんだなあと納得しながら、ふと親父に自然に話しかけていた自分に気づいて、はっと驚いたところで目が覚めた。


                   * * *


 この夢を誰かに夢判断してもらったら、さしずめ、僕の抱えるストレスが黒やピンクの虫になって現れて、僕はそれを一生懸命取り除こうと頑張っているだから、少しずつ無理しないでいきましょうね、みたいなこと言われそうけれど、その夢に、僕にとってちょっとしたトラウマであるはずの親父が当時の姿で普通に出てきたっていうことに、僕は目覚めた後もとても驚いた。自分では、このトラウマをかなり深いものだと思い込んでいたから、夢の中で、自分から自然に親父に話しかけ、虫との格闘劇を話して聞かせた僕自身のことが、妙に素直で気持ち悪かったけれど、でもなんとなく心地よい気分だった。


 でもそうすると、現実の僕が抱えているストレスって、親父以上のストレスってことになる。当時の親父への怒りや憎しみが昇華したといえばそれまでだけど、子ども時代から受け続けたトラウマがそう簡単に消えるはずがないだろうから、それを超えるものがあったということに、また驚いた。


 実は、僕が今抱えているストレスが何なのか、誰のことなのか、あの虫たちが何の表象として僕の夢に現れたのか、僕自身は良く知っている。とはいえ、夢でアイツの姿が出てきたら、さすがにまだまだ時期尚早ということで覚醒すること間違いなしだから、浄化作業を行うために夢の中はデフォルメされる必要があったというところかなあと思った。でも、そうだとすると、アイツは、僕の人生の中で親父以上のトラウマ的存在ってことになる。それもすごいことだけど、その人生最悪の存在を、夢の中で、つまんでポイっと捨ててやったってことがなんだかおかしくて、しばらく布団の中でニヤついていた。


 でも、フロイトが言うように「夢とは現実に起きたことの表出であり、想像の産物ではない」ってことは、僕のこの夢の話——アイツが複数の黒とピンクの虫どもに分裂して現れ、それを僕がゴミ袋に捨てたってこと——が人に知られちゃうと、半年前から行方不明のアイツに僕が何をしたか、アイツがどうなっちゃったかがバレちゃうってことかもしれないよな・・・


 おい、そこのお前、黙っておけよ。でないとお前もバラバラにして袋詰めだ。


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